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二次創作をやめたので更新速度は多分上がるような気がしますが、上がらなかったらゴメンネ

「そういえば」

 

 下りた静寂にそっと言葉を差す。

 夕焼けは夜を呼び込み、ろうそくの灯りが色濃く揺れるころになってきた。

 

「依頼で捕まえた混血の人、あそこの店で働くんだよね」

 

 資料にあった、依頼主の名前を思い浮かべた。

 人を見る目は確かで、パフォーマンスに関してもかなり腕が立つため、雇用も教育もできる男だ。

 個性的な従業員に囲まれ、半ば振り回されているように見えるが、やつれている様子ではないので、なかなかに良い職場なのだろう。

 

「あそこなら大丈夫だろうけど、色々大変だろうね。暫くは」

 

 アヤネが目を伏せながらそう言うと、ダリアがばつが悪そうな顔をして、目をそらした。

 

「……そのこと、なんだが……」

 

 ダリアは口籠ったが、意を決したのだろう、額がもたれかかった手をしっかりと組んで、一つ一つ話しはじめた。

 

「……あたしが引き取ったんだ」

 

 アヤネは少し眉をぴくりとさせた。

 ギルドで聞こえてきた噂話は本当だったらしい。何か事情があるのだろうか。

 

「あいつが仕事に出るのは夜だから、すれ違うことはないと思うが……話しておいたほうがいいと思って」

 

 ダリアの目が複雑な色で揺れている。

 

「……難しい話だよね。ごめんね、気をつかわせて」

 

 すれ違おうが、すれ違わまいが、これから過ごす日々に変わりはない。

 いつもと気をつけることは変わらない。

 ……スキュブは心配そうな顔をしているが。

 

「何か、事情があるの?親戚だったとか?」

 

 そうでもなければ、余程の事情がない限り見知らぬ男を引き取るなんてことはないだろう。

 みなしごを引き取るとはわけが違う。

 

「あたしの……幼馴染というか。昔、もう一度会おうって約束したんだ。

 ……会える望みは薄いとは思ってたけど、どうしても諦められなかった」

 

「恩人とか?」

 

「恩人、か。ある意味そうだな。いつか会えると思って、乗り越えてきたことも多いからな……」

 

 組んでいた手に、ダリアの視線が落ちる。

 どこか遠い思い出を、その後ろに見ているかのように。

 

「……強くならなきゃいけなかったからな。何度投げだそうかと思ったが、あいつもどこかで頑張ってるだろうからって……」

 

 言葉のひとひらが、唇の間からぽつり、ぽつりと溢れていくような語り口だった。

 

 ダリアはそのまま話を続ける。

 

「ずっと探してた。もう、誰かに殺されて……とも思ってたけど、どうしても会いたかった。

 あたしも、あいつも、あの頃とは変わってしまったけれど、それでも……」


 ダリアの声が、年相応の少女のような、柔らかで儚いものに聞こえた。

 鋼を思わせるそのかんばせは、若々しい乙女の色合いが薄いヴェールになってかかったようで、ミドリたちがこっそりと恋路の話をしているときのそれを彷彿させる。

 

「……好きだったの?」

 

 ダリアがふっと顔を上げた。

 その輪郭は、薄闇の中でも柔らかい。

 

「……ごめんな、色々と思うところがあるやつのことを……」

 

「いいよ。気にしないで。わたしから聞いたことだし」

 

 ダリアは申し訳なさそうだったが、少し間を置いてから話を続けた。

 

「……まあ、お前の言うとおりなんだ。

 子どものころ、偶然会って、一緒に遊んでた。あいつは混血だとか、色々言ってたけど、幼い頃のあたしにとってはそれの何が問題なのか分からなかったし、人の形をして、自分と同じように喋ってるやつの何がダメなのか、全く分からなかった。……今でも、そう思うけどよ。

 あいつ、名前を聞いたら、自分には名前なんてないんだ、お前とか、物の名前を当てられるんだって言うから、あたしが名前を考えたんだ。

 あいつ、泣いて喜んでさ……何回も、名前を呼んでって頼まれて……」

 

 懐かしさに、ダリアは目を細めた。

 

「そのころは、どうしてそんなに嬉しいのか、あんまり分からなかったけど、大人になったら分かったよ。あいつがどういう目に遭ってきたのか分かったからな……

 恐らく、親に売られたんだろう。片方は人間だからな。

 こういう仕事をしてると、偶に会うんだよ。そういう境遇からやっと抜け出して、自分の正体を隠しながら生きているやつに……」

 

「……引き取った人も、一緒?」

 

「ああ。あいつは……何とか抜け出してたみたいだが、どうしてもフェロモンがでちまうからな……普通に生きていこうとすると、必ずどこかで問題が起きるんだって言ってたよ。

 職場の親方を寝取ったとかって散々追いかけ回されたって聞いた。……実際には触れてもいないみたいだけどさ」

 

 ダリアの顔が曇る。

 

「あたしは大丈夫だけどさ。体質によってはダメだからな。

 結局、街を転々として……ああいうことをするしかなかった。衣食住には金が必要だからな。

 食に関しては精気も吸えるが、半分は人間の身体だ。口から物を入れねぇといけなくなる」

 

「そんななか、生きていて……また出会えて良かったね」

 

「ああ……本当に。死んじまってもおかしくねぇんだ、人を買うやつには、そういうのもいる……

 あいつが手練れでよかった。髪の毛を引っ掴んでくる奴がいたら、ぶん殴って返せるからな」

 

「……そうだね。反撃できるのは良いことだよ。

 そういうやつらにとっては、わたしたちの身体なんて、動いて喋れる人形と一緒だから」

 

 アヤネはつい、口に出してしまったが、スキュブが身じろぎしたので、すぐに訂正した。

 

「……ごめん、そうじゃなくって――」


 しかし、次の言葉が出てこない。

 そのまま言い淀んでいると、ダリアは目を細め、視線を落とした。

 

「……あいつと、似たこと言うなよな。

 自分なんて、ちょっと値の張る人形みたいなものだ、なんていうんだよ、あいつ……

 そういう意識は消えないんだろうけどさ、スキュブは聞くの、辛いはずだぞ」

 

 ダリアの目に、深い悲しみの色が広がっている。

 

 悲しみは苦い。沈むような苦みは、コーヒーのようにさっぱりと消えてくれない。

 いつまでも残って、重さとしてそこにあり続ける。

 

 彼女の心情が、その目にありありと表れていた。

 二人だけのこの部屋で、初恋の相手からそんなことを聞いた、痛みも、苦味も。

 

「……つらい」

 

 スキュブがぼそりと呟いた。

 低い声だ。そのまま落ちて、沈んでいきそうな。

 

「だいすきな、一人のひと。アヤネはそうなのに、あいつのせいで、そんなふうになるなんて、つらい。

 人形なんかじゃない……大切な、たった一人のアヤネなのに……」

 

 スキュブが拳を握り締める。

 

「あいつ一人が、したことで。アヤネはずっと、癒えない。暗い影を引きずりながら、ずっと、ずっと生きてる。

 どうして?どうしてアヤネが苦しまないといけないの?」

 

 スキュブは顔を上げ、ダリアを真っすぐに見つめた。

 

「癒えない苦しみのなかで、ずっと生きてる。

 わたしたちは、いつかそれを消せる?食べられる?背負ったりできるのかな。

 わたしたちの手が届かないところで苦しみ続けてる。ただ寄り添うだけで、わたしたちの大切なひとは、笑えるようになるのかな?」

 

 スキュブの瞳が潤んで揺れる。

 

 無表情に見えるその顔が心なしか泣きそうに見えたのは、その瞳のせいか。

 それとも、あまりに純粋でやさしい言葉のせいだろうか。

 

 ダリアは組んでいた手にぐっと力を入れ、目尻にしわを寄せた。

 

「……苦しみは、その人だけのものだ。根本的な苦しみをあたしらが解決しよう、なんてことは、傲慢なのかもしれない。

 だけど……それでも隣で支え続けるさ。いつか心の底から笑ってくれるようになるまで、ずっと。

 自分が無力だろうと……手が届かなかろうと、寄り添い続ける。手を伸ばし続ける。

 ……それが好きってことだろ?」

 

 スキュブはぴくりとまぶたを震わせた。

 

「……ダリアは、つよいひとだね」

 

「お前のほうが強いだろ。」

 

「ちがうよ。こころはやわらかいのにかたくて、つよい。

 アヤネの言うとおりだね」

 

「二人揃って同じことを言うんだな。お前ら、双子なんじゃねぇかって言われるだろ?」


 ダリアは少しからかうように言いながらも、優しく微笑んだ。

 

「……まちがいでは、ないかもしれない。

 わたしたちは、ふたりで一つ」

 

「それじゃあ今まで通り、アヤネの隣にいてやれよ。

 お前らが似てるとなれば、お前が傍にいねぇとアヤネは窶れるぞ。」


 スキュブがアヤネの方へ振り向いた。

 本当?と伺うような顔をしていたので、頷く。

 

「……ダリアの言う通りだね。スキューがいないとご飯を食べる意味もないし」

 

「食事はちゃんとしろよ……お前ガリッガリだろ」

 

「頑張ってはいるよ?前より食べる量は増えたし」

 

 アヤネが肩をすくめてみせると、スキュブが少し眉をひそめた。

 

「アヤネぜんぜんお肉ない」

 

「太らない体質なのさ」

 

「昔よりお肉増えたけど、細い。すとれす、じゃないよね?」

 

「お前といるのにストレスなんてあるものか」

 

「カヨも心配してる。昔よりもよくなったけど、また食べられなくなってたらどうしようって」

 

「……それは、大丈夫だけど。

 あいつ、わたしに直接聞かないでスキュブに聞くあたりがずるいんだよね……」

 

 カヨがアヤネを心配しているとなると、スキュブはアヤネにカヨが心配してた、と色々聞いてくる。

 気持ちは分かるが、大抵カヨがスキュブにそのようなことを聞くときは、アヤネがカヨの質問をかわしそうだからだ。

 スキュブに聞かれたほうがごまかせないし痛いというところを理解しているカヨは策士である。

 

 アヤネのこととなると彼女は頭が回るのだ。

 他者から見ると厄介に見えるかもしれないが、その頭脳に何度助けられたことか。

 彼女は命の恩人である。

 

 アヤネは微笑んで、ダリアの方へ向き直った。

 

「……色々とありがとうね。話してくれたり、話をきいてくれたり」

 

「こっちこそ、ありがとうな。

 お前が無理そうなのはあたしに回してくれ。なんでか耐性はあるからな」

 

「頼もしいね。ギルドの方にもそう伝えとくよ」

 

 アヤネはそう言って立ち上がった。

 もうそろそろ日が暮れる。長居するのも悪いだろう。

 

 しかし、気になることがあった。ここで話さねば、機会を逃してしまいそうな予感のすることが。

 

 出口の方へ向こうとしていたのを振り向いて、アヤネはそっと言葉を投げかけた。

 

「……そういえば、引き取った人はここにいるの?もう仕事にでちゃった?」

 

 ダリアは一瞬顔を強張らせたが、それほど間を置くことなく答える。

 

「……暫くは、うちにいる。ちょっと休めって言われてな。

 今も、いる。さすがに同席させるのは、と思ったから言わなかったが……」

 

「ちょっと……話してみたい。」

 

 アヤネはスキュブに目配せした。

 スキュブは頷いてさっとアヤネの傍に寄る。

 

「……無理はしないよ。」

 

「……本当に大丈夫か?」

 

「約束したもの。いざってときはちゃんとスキューを頼るって。無理もしないって」

 

 アヤネはスキュブと目を合わせる。

 強い瞳がそこにあった。薄紅色の、静かながらも強い光を宿した瞳が。

 

 ダリアは暫く黙っていたが、ゆっくりと瞬きをし、立ち上がった。

 

「分かった。呼んでくる。

 ……無理はするなよ?」

 

「約束するよ」

 

 アヤネが頷くと、ダリアは部屋の奥へと消えていった。

 

 物音とドアの開く蝶番の音が聞こえる。

 足音が近づいてくる度に緊張が強まっていったが、ここで顔を合わせなければ、どこかわだかまりを抱えたままになるような気がする。

 

 すれ違うことは少ないだろうが。

 それでも、会うべきだと勘が告げていた。

 

 部屋の奥から、二人の影が近づいてくる。

 ダリアの後ろから着いてきた華奢なようで引き締まった輪郭のそれは、男であるような、女であるような、どちらでもあるような曖昧さがあった。

 

 綺麗な紫色の瞳が、困惑で揺れている。

 こちらから切り出すべきか、そう思ったときにユウの唇が動いた。

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