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家族のかたち  作者: メデュ氷(こんにゃく味)
第一章 始まり
4/74

 約束の日の昼、アヤネは眉をひそめていた。

 テーブルの上に置かれたバスケットボール程の大きさの麻袋には硬貨がずっしり入っている。

 その隣にあるもうひとつの麻袋には、強力なモンスターが住み着く山でしか手に入らない希少な鉱石がいくつも入っていた。

 見ただけで分かる。普通の重さではない。

 それが帯びる影ですら、ずっしりしていそうだった。

 これが用意された報酬である。

 あのダンジョンからの救出であればこのくらいが妥当だが、アヤネとしては貰いすぎと思う量であった。

 お金には困っていないので、それほどいらないし、希少な鉱石に関してはあって損はないが、使う機会は過ぎていた。もし、必要となるなら自分の装備強化くらいであろう。スキュブにはもう必要のないものだ。

 それにしても、これだけの金と素材を一晩で用意したと思うと、驚愕せざるを得なかった。

 一般のギルド勤めであれば、これからの生活が不安になるような金額であるし、これほど希少な鉱石であれば、手放すのに覚悟がいるはずだ。

 これを用意したのがアンヘルとは思えない。

 彼の身体能力は確かに優れたものであったが、この若さで用意できるようなものではない。

 もし、アンヘルが用意したとすれば、彼は子どもの頃からギルドで活躍していなければならないだろう。そうでなければ帳尻があわない。

 彼の話によれば、幼い頃は田舎で両親の畑仕事を手伝っていたはずだ。

 そもそも、危険な仕事がうようよとしているギルドに子どもを加入させる親なんて滅多にいない。

 ギルドで仕事をすると両親に言ったときには家族会議が1週間ほど続いたというアンヘルの家庭ならば尚更だ。

 となると、これらはルイスが出したということになる。

 彼は一体何者なのだろう。

 アヤネよりも年上に見えるが、「おじさん」と呼べるほどは老けていない。だが、一瞬だけ窶れたような、空虚を見つめるような表情をすることはあった。

 もしかしたら、長年ギルドに勤めている人物なのかもしれない。

 彼がアンヘルを探しに歩いてきた街の風景を思い返してみれば、確かにそう思える点がいくつかあった。

 彼が歩いた道にいた人の多くは彼を見ていたし、指を指しながら何か話している人もいた。商売の話をしていた商人も視線を移していたところから、顔が売れているということは間違いない。

 子どもは目を輝かせ、興奮して周囲の友達とはしゃいでいたくらいだ。若い世代にとっては憧れの存在なのだろう。

 それならこの量を用意できるのも納得できる。


「……あの、本当に貰っちゃっていいの?これ……さすがに貰いすぎじゃ……」


「いえ。これくらいかと。

 アンヘルから聞きましたよ。かなり危険な洞窟だったそうで。」


「まあ、うん。確かにそうだけど。ほら、わたしにとっては難しくないからさ。これくらい貰うならもうちょっとやらないと申し訳ないかな~って……」


「あなた方はアンヘルの命を救いました。それで十分です。」


 そう歯切れよく言われると、言い返せない。

 他人を言いくるめることも、説得することも得意でないアヤネは、そもそも本気で報酬を減少させようとは思っていなかったのだが、こうなってしまうのはこちらの気持ちの緩さだけではないと思った。

 彼の声はどこか芯が通っているというか、しっかり響いてくるというか、とにかく聞き取りやすく、受け入れやすいのだ。

 物腰が柔らかい、というわけではないのだが、聞き心地が良いのだろうか。聞いていて眠くも怠くもならないのは事実だ。


「……そこまで言うなら、いただきます」


 アヤネはぺこりとしてから二つの麻袋を掴む。

 ――重い。硬貨が大量に入った袋は重い。筋力がまったくないアヤネにとってそれは、夏休み前に荷物を一気に持ち帰る時の重さに等しかった。

 アイテムポーチがなかったら泣き言を言いながら帰る羽目になっただろう。


「鉱石か?」


 スキュブが麻袋の緩まった口をちらりと見た。


「そうそう。よく分かったね。わたしの装備強化に使おうかな」


「それがいい。いつもわたしの装備ばかり強くするからな」


「そりゃお前の装備が優先でしょ。わたしはスキューファーストなのさ」


「わたしが、一番?」


「勿論。お前以上に大切なものなんてあるかよ。」


「……嬉しい」


「お前が笑うとわたしも嬉しい~」


 人前ではあるが、スキュブの微かに綻んだ口もとが可愛らしくて、ついつい頬を指でつついてしまった。

 ちょっと恥ずかしいが仕方ないだろう。スキュブがかわいいのが悪い。

 頬をつつけば少し照れながらも、もっととねだるような目で見つめてくるのだからどうしようもない。

 子どもっぽさがまだ残るその仕草が愛おしくてたまらなくなるのだ。


「……お二人とも、仲が良いのですね。姉弟……いえ、ご家族でしょうか?」


 ルイスが二人のやり取りをみて微笑む。


「あぁ……うん。相棒とかパートナーって言ってるけど、そんなようなものかな。実際、親と喋ってる時間より、スキューと喋ってる時間の方が多いし」


 わたしの親は弟贔屓だからね、と言いかけて、あわてて口を指先で押さえた。

 自分のことを喋り過ぎるのは良くない。そうやって自分の深いところにある内面を容易に提示するのは愚行に等しい。


「長い間、一緒なんですね。」


「うん。もう10年になるかな。結構長いよね、スキュー」


 アヤネがスキュブに目をやると、彼はこくりと頷く。


「10年だ。この前祝ってくれただろう」


「そうだそうだ。出会った記念日と誕生日、一緒だもんね。」


 そう、「スキュブ」が産まれた日は、アヤネと出会った日と同じなのだ。

 いや、アヤネと出会って「スキュブ」が産まれたと言ったほうが正しい。

 今の人格が産まれたのはその日であり、彼自身もその日に産まれたと主張している。


「それは珍しい。運命的な出会いをされた、ということでしょうか」


「そうだねぇ……うん、確かに。ここまでくると、運命って言葉を信じたくなっちゃうかな」


 運命も神も信じていないくせに、そんなことを言える自分にアヤネは自嘲的な笑みを浮かべた。


 今まで姿が見えなかったアンヘルが昼食をトレイにのせてやってくる。

 こちらの存在に気づいたのだろう、首だけぺこりとさせて会釈をするが、油断するとトレイにのったスープがこぼしてしまいそうだったので、すぐに視線をそちらへ集中させた。

 その様子に思わず、手伝おうかと声をかけたが、「大丈夫です!!僕できます!!いけます!!」と少々不安になるような回答をされたので、つい笑ってしまう。


「ふふ、ごめんなさい。アンヘルは勢いがいいですからね、昔はしょっちゅう溢していましたけど、今は大丈夫ですよ。ね、アンヘル?」


 ルイスもクスクスと笑っていた。

 それをみたアンヘルは少しだけ唇を尖らせる。


「もー、それはルイスと出会ってすぐくらいの話じゃないですか。あれからバッチリ教えてもらったことを守ってますからね!大丈夫ですよ!」


「……今回のことも、ばっちり守ってくれれば良かったのですが」


「う……それは、ごめんなさい……」


「ふふ、冗談ですよ。いたずらが過ぎました。許してください」


「ぶー、ルイスのいじわるー!許しちゃいますけど!」


 アンヘルはニコニコしながらトレイをテーブルに置き、料理を並べていった。

 こんがり焼けたフランスパンのようなものが食べやすい大きさに切ってあるものと、湯気をたてているコーンポタージュだ。肉料理は焼いて味をつけたシンプルなものであったが、唾が湧き出てきそうなほど美味しそうな匂いがした。

 食欲があまりなくてもお腹が空いてきそうだ。お腹が鳴らないか少し心配になる。


「ルイスお手製の美味しい昼御飯です!お二人のお口にもあうと思います!!」


 アヤネが目を輝かせて見ていたのがばれたらしい。アンヘルは嬉しそうにそう言った。


「ルイスはお料理得意なんですよ!僕、しょっちゅうここに転がりこんで、ご馳走になってるくらいに美味しいんです!」


「……確かにそうですね。自分で作れるようになったほうが後々助かりますよ。次から教えましょうか」


「……ベツニイイカナ~……あ!ほら!僕、食べる専門ですし!」


「じゃあ次から教えますね。覚悟なさい。」


「ひえ~……絶対ビシバシでしょ……鬼教官……」


「何か言いました?」


「言ってませーん」

 

 アンヘルはへんてこな口笛をふきながら椅子に座った。

 どうやら彼らも付き合いが長いようだ。

 お互い遠慮なく言葉を交わしているし、冗談を言い合ったりしている。

 きっと、ルイスがアンヘルの面倒をみているうちに仲良くなったのだろう。

 どこか抜けているところがあるアンヘルに人懐っこく接されて、それを放っておくことができずについつい面倒をみてしまうルイスの姿が、見たことがあるわけでもないのに鮮明に思い描ける。

 上司と部下、というより兄弟に近いような、元気いっぱいでトラブルによく見舞われる弟と、その面倒をみる兄、という構図だ。


「それでは準備もできましたので、お召し上がりください」


 ルイスがそう言ったので、アヤネは両手をあわせていただきます、と呟いた。スキュブもそれを真似して同じようにする。

 報酬をもらった上に昼食までご馳走になるなんて、アンヘルを助けたときは予想だにしていなかった。

 何も貰わずにダンジョン周回に戻るつもりであったし、そもそも貰えるとも思っていなかった。

 招かれるのも、会話をするもの少々面倒ではあるが、相手はわりとまともそうだったので、断る理由をでっち上げるのに体力を使うのも怠かった。

 それに、タダでまともな食事にありつけるのだから、それはそれでよいだろう。

 アヤネは一切れのパンを手にとり、コーンポタージュにつけて口へ運んだ。

 さくさくの食感と、パンの香ばしさ、コーンポタージュのまろやかな甘みが口いっぱいに広がる。

 美味しい。アヤネは目を輝かせた。


「……あ~……うまー」


 思わず気の抜けた声が出てしまった。咄嗟に口を手で押さえたが事後にそれをやっても仕方ない。

 アヤネは顔をくもらせたが、ルイスは微笑んでくれた。


「気に入っていただけたようで、なにより」


「はは……ごめんなさい、まともな食事したのが久しぶりだったからさ、間抜けな声だしちゃった」


 そう、アヤネがちゃんとした料理を食べたのは久しぶりのことなのである。

 朝食はヨーグルトと水を飲むだけ、昼食は数秒でチャージ!という売り文句のゼリー飲料、夕食は口のなかの水分を全部持っていく固形物の栄養食とサプリメント、という客観視すれば大変問題のある食生活をしていたため、人間としての一般的な食事をするのは久しいことなのだ。

 同じゲームのプレイヤーである友達が引っ張りだしてくれなければ、独り暮らしし始めてからずっとこの食生活となってしまうアヤネにとって、自分のために食事を作るなんて面倒極まりないことだった。それなら買って食べればよいのだが、ずっと噛まねばならないのがそのうち怠くなってしまう。

 ゲームのなかでもそうであった。

 スキュブの食事はMAXまで上げた料理スキルで豪華なものを作るし、彼が好きな人間の太ももの干肉だって作る。

 しかし、自分の食事は携帯食料で済ませていた。お腹が膨れるなら工房で大量生産したそれでよい。自分のために何かするというのが面倒で面倒で仕方ないのだ。

 アヤネにとってはそれが当然だった。

 だが、周囲の人がそれに同様の感想を抱くかといえば否である。

 事実、目の前にいるルイスは目の下をピクピクとさせているし、アンヘルは話の内容をちゃんと理解できていないらしい、固まった顔で首を傾げている。


「……あの、今、何て?」


 ルイスの笑顔が少し怖い。


「え……こういうちゃんとしたご飯食べるのが久しぶりってことなんだけど」


「年頃の女性が?隣の彼はどうなんですか?」


「スキューはちゃんと食べてるよ。よく食べるからかわいいんだ。この歳の子っていっぱい食べるくらいがちょうどいいよね、作りがいがある」 


「ご自分の分は?」

 

「面倒だから携帯食料で済ませてるんだけど……」


「それだけの理由で?お体は大丈夫なんですか?」


「大丈夫だよ。スキューがいっぱい食べてればいいし、わざわざ噛むの面倒じゃない?自分のために何かするのって怠いし……

 てか、何で君、そこまで真剣に問い詰めるのさ」


「……ああ、何てことだ……」

 

 ルイスは眉間を指で押さえてしまった。

 何を憂うことがあるのだろう。スキュブが幸せであればそれでよいし、そちらの方が素材調達の効率も良い。何の問題もないのに、何故彼はそこまで悩むのだろうか。――アヤネはそう思って首を傾げた。

 やっと話が理解できたアンヘルが心配そうな顔でルイスを見た後、アヤネの顔を覗き込んだ。


「あのぅ……それならギルドの酒場に行けば、大丈夫なんじゃないでしょうか。僕らのとこ、ご飯おいしいですよ」


「何言ってんのさ、わたしはギルドのメンバーじゃないよ。加盟してないのに使えないでしょ」


「えええええええ?!?!あの強さで?!?!あの優秀さで?!?!?!ギルドにお勤めじゃないんですか?!?!スキュブさんも?!?!」


「うん。スキューだけギルドに入れて単独行動させて自分はお金を荒稼ぎ~なんてしたくないからね。

 そういうやつもいるけど、わたしはスキューと一緒じゃないと死ぬから。……戦闘的な意味で。」

 

 精神的にも彼がいないと辛いのだが、そう言うと病んでいるみたいなので付け加えた。

 実際にスキュブがいない状態でダンジョン行くと、そのうち地面の染みと化すので嘘ではない。


「……わたしも、アヤネと一緒がいい。一緒じゃないと……」


 スキュブはそこまで言って、ふと目を反らした。

 アヤネはその言葉の続きを知っていたので、スキュブを見つめたが、彼は暫く見つめ返して瞳を揺らし、また目を反らした。


「……スキュブ」


 ルイスの芯のある、よく通る声で名前を呼ばれ、スキュブは肩をぴくりと揺らした。


「彼女が、まともな食生活をしていないというのは、本当ですか?」

 

「……他の人間の食事をみたことがないから、あまり、分からないが……アヤネはいつも、携帯食料をかじりながら、わたしが食べているのを、笑顔で見ている。

 でも、携帯食料だけではない。アヤネは、何の味もついていない炭酸水も好きだ。だから大丈夫だ。

 それに、祝い事ではお酒も飲む。その時はとても、健康的だ。言いたいことをちゃんと言う。普段は言わないでおくことを言う。

 よく、お前がいなかったら首吊ってたとか、ちちとはは……?は弟ばかり愛して、わたしのことには無関心だけど、お前はわたしとちゃんと会話してくれて嬉しいとか、言ってくれる。これはいつもはぎゅっとしまいこんで、言わないことだ。それが言えるのは、健康的だ。

 ……あ、でも……」


 スキュブは早口で言っていたのをぱっと止めて、困ったようにアヤネの顔を覗き込んだ。


「死にたい、は健康的ではないし……悲しい……すると……酔ったお前は、健康的では、ない?」


 そこまで言ってしまった後に気づいては遅い。

 不健康、というかかなり問題のある発言をしていることをこうも堂々と言われては言い逃れもクソもない。

 スキュブとしては庇おうと言ってくれたのであろうが、その優しさは見事にから回った。

 それに関して怒ることはしないし、眉をひそめることもないアヤネだが、ルイスがこれにどう反応するかは恐ろしいところだ。

 食生活のことを聞いてあの様子であり、アンヘルへの態度から感じられる面倒見の良さもあれば、マズイことになるのは目に見えている。

 アヤネはとりあえず、話題をそらそうとした。


「……あれー……わたし、そんなこと、言ってたっけ~……」


「言っていた。覚えている。悲しかったから、覚えている。その後よしよししたら暫く泣いていたのも。」


「……あはは……悲しかったのは……ごめん。」


 何とも誤魔化せず、スキュブを傷つけたことを謝るしかなかった。

 酔ったときのことを覚えていないといえば嘘になるが、はっきりしないのは確かだ。しかし、そんなことを勢いで言った覚えはある。

 はっきり否定できないまま会話を終了させてしまうと、この後の話が大変面倒なことになりそうだが、嘘でそれを隠そうとすれば、スキュブに対して行った暴露も嘘ということになる。そんなことになってしまえば彼は傷つくだろう。

 こころのこと、感情のこと、愛のこと等で嘘をつかれると彼は深くショックを受ける傾向にある。

 いつでも愛している相手のことをちゃんと知っていたいというのもあるが、それ以上に重く信じているというのもあるだろう。

 信じられるもの、裏切らないもの、というのは彼にとってはアヤネだけだ。

 絶対に裏切らない愛であるアヤネが、愛に関係する感情、内面の奥深くのことで嘘をついたとなれば、彼の世界に罅がはいりかねない。

 スキュブが悲しい顔をするのは嫌だ。故にこれ以上誤魔化すことはできない。

 

 詰んだ。

 絶対に今、ルイスの顔を見たらヤバイ。

 見なくても分かる。険しい表情になっているにちがいない。

 真面目というか、まっすぐというか、明らかに先程の発言をよしとしないだろう、彼は。

 そういえば、彼はギルドだと皆の先輩のような存在だとアンヘルが言っていたのを思い出した。

 色んな人の面倒をみてくれるらしい。特に、新人、若い世代にはきちんとした指導までしてくれるという。

 彼を父のように、または兄のように慕う人は多いのだとか。

 そんな彼がアヤネの現状を知って、見なかったことにする、というのは考えにくい。いや、見逃すはずがない。

 さて、これからはじまるのはつける範囲の嘘で面倒事を回避する誤魔化し戦か。大人しく相手の言うことを聞き入れて面倒事に首を突っ込む玉砕戦か。

 ここまできたらヤケだ。行けるところまで行かねばなるまい。


 しかし、この嫌な静寂に終止符をうったのはアヤネでも、ルイスでもなかった。

 アンヘルが控えめな挙手をする。


「すいません、提案というか……結構図々しい案なんですけど……」


「遠慮せずに、話してごらんなさい」


 口調は柔らかいが、声の鋭さは拭いきれていないルイスの声に、アンヘルはビクッとした。

 ……昨日の説教を思い出したのかもしれない。


「えっとですね……この際ですから、アヤネさんたちにギルドへ加入してもらうっていうのはどうでしょう。

 いや、助けてもらった身でこういうこというの、図々しいっては思いますけど……ギルドに加入すれば安価でご飯も食べられますし、どういう理由でそんな食生活になっちゃってるのかは分かりませんけど、ていうか、こういうことおせっかいすぎかな~とは思いますけど……お金だっていっぱい稼げますし……ね、ルイス?」


 アンヘルはアヤネが金銭に困っているから自分の食事を粗末なものにし、スキュブに十分な食事を与えているのかもしれない、と思っているらしい。

 そういうわけではなく、単に自分の食事を準備するのがめんどくさいだけで、金銭は遊んで暮らせるほどにはあるのだが。

 それより、何だかアンヘルが気の毒であった。

 自分のせいでこうなっているのにそう思うのはなかなか酷いことだが。

 彼はルイスとアヤネの話をなるべく穏便な形で、平和的な解決に導こうとしている。

 きっと、彼はこちらがルイスの提案を面倒がることも、ルイスがギリギリまでこちらの状況をどうにかしようとするのも分かっているのだろう。

 彼にはダンジョン内で随分ものぐさな面を見せてしまった。恐らくそれを察しているに違いない。

 そして、その道中で聞いた彼の話によれば、ルイスは真面目な性格で、初対面の相手であろうと丁寧に接し、叱るときは叱る、という現代にはなかなかいない優しさを持つ人間であるらしい。

 特に子どもには優しい。年下にもそうである。年上には敬意を持って接する。

 だからこうもこちらのことを心配してくれるのだろう。

 ――何も心配する必要など、ないというのに。


「……お二人が、納得するなら」


「……あ~どうしよ……

 …あ。そういえば、ギルド関係で、一つ聞いてもいい?」


「何でもどうぞ」


「その年一番活躍した人に、かっこいい服、くれるんだっけ」


「……?あぁ、あの貴族が着るような衣装ですか。貰えますよ。その他にも色々」

 

「よっし!きた!!じゃあやる!!!ギルド入る!!!それ、スキューに着せたかったんだった!スキュー、お前も入るかい?」


「ああ。お前と一緒なら、どこへでも」


 思い出した。ダンジョン周回ばかりして、ギルド関係のことを全くやっていなかったアヤネに、友達が教えてくれたのだ。その年、最も活躍したものには報酬があると。

 友達のパートナーがそれを着させられているのを見て、いつか余裕のあるときにギルド周回をしようと思っていたのだった。結局そう思って何年もやっていなかったのだが。

 これなら都合がよい。

 なるべく面倒な議論をせずに、長年手をつけていなかった目標を達成できる。

 渡りに船だ。アンヘルには感謝せねばならない。


「え、あっさりOK貰えちゃいました?!いいんですか本当に?!生活に関わることですよ?!?!」


「いいよ!色々とまとめて解決できるんだ、これでいいでしょ!」


「やったー!これからいっぱい会えますね!!

 ……あ。あと、ご飯もたべられますね!」


 ……前者の発言は隠しておくべきではないだろうか。

 付け加えるようにして言ったアンヘルの本音は、そちらなのかもしれない。

 彼のことだ、計算してあの提案をしたわけではないのだろうが、無意識的にそうした、という可能性もある。もしかしたら、ギルドに加入していない、と言ったあたりから、スカウトするチャンスを狙っていた、というのも否定できない。

 ちゃっかりしている、というのだろうか。ふわっとしていて案外強かなのかもしれない。

 しかし、それを口に出してしまうのが彼の抜けているところである。

 ルイスが面倒をみたがる理由がなんとなく分かる気がした。


「……ていうことで、ルイスが心配してることは解決しそうなんですが、どうですか……?ダメだったりする……?」


「いえ、ダメなことはありませんが……いくつか、確認しても」


 ルイスはふっと息を吐いてから、アヤネの目をまっすぐに見つめた。

 射抜くような視線だ。嘘をつくことは許されぬ、と感じてしまうほどだった。


「……あなた方は、今、二人だけで生活を?」


「う、うん。そうだけど……」


「親元を離れている、ということで間違いないのですね?」


「うん……そうだな。うん。」


「なら……大丈夫です。こちらの都合に巻き込んでしまって申し訳ありませんでした。

 ……それと、あなたに関しては、食事をきちんととるように。」


 ルイスの視線がふと床へ落ちる。


「あなたのような食生活を続けて、倒れてしまった子を何人も見てきましたから。」


「う……そっか。分かった……三日に一回はそうする」


「毎日です」

 

「アッ、ハイ……」


 思わず返事をしてしまったアヤネは、言い方の鋭さは父親よりも上だな、とこころのどこかで思った。


 この日の昼食は面倒ではあったが、これからの生活を大きく変えるものとなった。

 今までダンジョン周回を主にやってきたアヤネ達は多くの人と接して暮らしていくこととなる。それがどれだけ二人のこころに影響を与えるかは、今の二人にはまだ知る余地のないことであった。

 

 因みに、今晩の夕食は、携帯食料を気だるげに眺めるアヤネに、スキュブが自分の分を半分分けたものとなった。

 アヤネと同じような食生活をしていた子が倒れたと聞いて心配してくれたのだろう。

 月の民は普通の人間と違うのだから、そこまで深刻にとらえなくてもよいのだが、アヤネはスキュブの優しさが嬉しかったので、それを笑顔で口にしたのだった。

 

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