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クリスマスはボックスイベントの時期ですので、今年はこれが最後の更新になると思います。

ここまで読んでいただいた皆様に関しましては、今年はありがとうございました、良いお年を、と申し上げたいところですね。

これがお初の読みなのだ!という方は是非気に入ってもらえれば。

来年もよろしくね♡来年も、目指せ!定期的なハートフルボッコ!

「アヤネさーん!」

 

 ギルド内の食堂で昼食を待っているアヤネのもとへ、ミドリが駆け寄ってきた。

 後ろでは、彼女の仲間であるマシロとベニが、待ってよ〜と言いながらおいかけてきている。

 

「お疲れさま、ミドリ。この前はごめんね」

 

「いえ。お体の具合がよろしくないとなれば、当然のことですわ。

 わたくし、主に倒れた方のサポートしかできませんでしたが……」

 

 ミドリはしょんぼりとした笑みを浮かべた。

 

「わたしが出たところで変わらなかったよ」

 

「いえ……まだまだですわ、わたくし。咄嗟の判断などは、やはり経験が足りないと痛感しましたの。」

 

「お前なら大丈夫だよ。そのうちできるようになるさ」

 

「アヤネさんからそう言っていただけると……できる気がしますわ。自信が持てますわね」

 

 今度は照れ気味に、元気な笑みを浮かべてみせた。

 

 ミドリは実力は確かだ。経験の方も、本人が言うほど初心者というものではない。

 討伐系統の依頼では、敵を確実に仕留められるように動けていたし、仲間へのサポートも文句なしである。

 

 しかし、今回のような捕獲、対象を生きて捕らえるとなると苦手なようだ。

 魔法の威力を制御することは可能だが、無意識に息の根を止めるならこれだ、という風に動いてしまうらしく、そこに関しては特訓中である。

 

 これが都市部等に店舗を展開している、高級衣服店の家系の娘、つまり良いところのお嬢様だというのだから驚きだ。

 彼女の才能を見抜き、育て、家業のことも教えたとなると、彼女の親はかなり手腕の良い者と言える。

 ミドリが持つ、野生に生きる獣のような鋭い感覚を腐らせなかったのは、目利きが良い証だ。

 

「それよりも……アヤネさん、お体の方は?もうお仕事をされても大丈夫ですの?」

 

「大丈夫だよ。スキューもいてくれるし」

 

「スキュブさんも、この前はかなりお疲れのようでしたけど……お二人とも、顔色は大丈夫そうですわね」

 

 ミドリは心配そうに二人を見たが、納得したように頷いて、それ以上は聞いてこなかかった。

 

「ミドリー!淑女は全力で走らないんじゃなかったのー?」

 

 ベニとマシロが追いついた。

 ミドリは振り返って、上品にウインクする。

 

「淑女は上品に全力で走れば問題ありませんわよ?」

 

「確かにミドリちゃん、走り方かわいいよね〜」

 

 マシロがふわふわと笑った。

 

「そういう話じゃないでしょ、マシロ。これは屁理屈よ屁理屈!

 ミドリったら私たちの真似して、最近こういうこと言うようになってきたんだから!」

 

 ベニは人差し指をピンと立てる。

 

「ベニがそう教えてくださったのよ?

 わたくし、いつまでも世間知らずのお嬢様ではありませんわ」

 

 ミドリは胸を張って、腰に手を当てた。

 えっへん!という声が聞こえてきそうだが、動作がどこか上品なので、恐らくこれもマシロかベニの真似をしているのだろう。

 

「あ、それわたしの真似〜!」

 

 マシロが嬉しそうに頬を染めた。


「正解!わたくし、所作や言葉遣いを二人から勉強してますのよ!」

 

「だけど動きは綺麗なままだよねー。ふわっとして……さらっ!って感じ?」

 

 ベニがミドリの動きを真似てみせる。

 あまり似てはいないが、ぎこちない動きと無駄な動作が相まって、じんわり面白かった。

 

「三人とも、仲がいいね」

 

 アヤネはくすりと笑いながら言った。

 すると、ベニとマシロは本来の用事を思い出したようだ。慌てて姿勢を正した。

 

「あわわわ、すいません!本当はアヤネさんたちの体調が大丈夫かって聞きにきたのに……」

 

「いいよ、ベニ。わたしたちもう大丈夫だし」

 

「いつも、二人でたくさんのお仕事をこなしていたから、疲れが出ちゃったのかなって……心配になりまして……」

 

「あれくらいは通常運転だよ、マシロ。

 ね、スキュー?」

 

 アヤネがスキュブの方へ目をやると、スキュブはこくりと頷いた。

 

「あれくらいは、普通。今回は……色々あっただけ」

 

 スキュブは視線を落とした。

 

「で、でも……お二人とも、大変だ〜とか、無理かもって思ったら、わたしたちに頼ってくださいねっ、うちにはミドリちゃんがいますから!」

 

「そう!ミドリがいるから大丈夫!大抵なんでもできるから!」

 

 マシロとベニがミドリを手で示す。

 ミドリはまあ、と小さく開けた口を手で覆った。

 

「二人だって頼りになりますのよ。

 スキュブさんにご指導いただいてから、上達したと言ってましたわよね?」

 

「そうそう!私は剣さばきがキレキレになって……」

 

「わたしは矢が命中する回数が増えました〜!」

 

 ベニとマシロが輝いた目でスキュブを見る。

 スキュブは少し身じろぎした。

 

「スキュブさん!余裕があって、体調も大丈夫だったら、また教えてくださいね!」

 

「わたしもまた教わりたいです。あと、上達したところも見てほしいですね〜そして褒めてもらえるともっと伸びます!」

 

 若々しい勢いに、スキュブは少し言葉を詰まらせる。

 

「……アヤネの様子が安定したら、大丈夫」

 

「え、アヤネさん……まだ体調が悪い……?」

 

 ベニが硬直した。それが伝染したかのように、マシロもびくっとする。

 

「もしかして……ギルドの皆さんのために、無理してお仕事を……?」

 

 ここまでくるとミドリにも伝染する。

 口を手で覆って目を張った。

 

 そういうところまで仲良しなのは微笑ましいが、説明するのが面倒なのでやめてほしい。

 

「わたくし……市場の方々から聞いたことがありますわ。

 健康よりも仕事を優先してしまう状態異常があると……」

 

「まさか……アヤネさんとスキュブさんは……」

 

「色々と状態異常ってことですか……?」

 

 三人で顔を見合わせて、重大な事実に気付いてしまった、と言わんばかりにぷるぷると震えだす。

 

 まるでこちらが病人みたいではないか。

 

「あー……大丈夫だよ、健康には問題ないし、異常が起きそうだったらスキュブがどうにかしてくれるし。

 それに、仕事中毒でもないからね?」

 

 アヤネは苦笑いでそう言った。

 勘違いされては困る。仕事に人生を捧げているわけではないし、家族との時間はしっかりとれている。

 そもそも、家族との時間もとれるようにスケジュールを組んでいるのだ。

 最速で仕事をこなし、確実に時間内で今日のタスクを終わらせる。

 そのため、仕事量は周囲の者より多いが、プライベートと仕事の時間の両立はできている。

 スキュブのレベル上げで鍛えたタイムアタック技術は伊達ではない。

 

「でも、アヤネさん、強いモンスターを同時に狩りながら採集までしてたって……」

 

「一匹をわたしが倒して、もう一匹はスキュブが倒してってやってる間に採集してるだけでしょ」

 

「どんなに強い人でも、そんなことしてる人いませんよ〜!」

 

「いるでしょ、ここに」

 

「……スキュブさんの剣さばきを見ると、否定できないのが複雑な気分……」

 

 ベニがぐぬぬ、と険しい顔でぎこちなく頷いた。

 ミドリも考え込むように顎に指を添えて、同じようにする。

 

「アヤネさんの魔法も、大変刺激的で……ファイアー・サンだと思ったら、ファイアー・イーだった、ということがありましたし……」

 

「それって〜……どのくらいすごいの?」

 

 首を傾げるマシロにミドリは、うーんと唸った。

 

「的の真ん中に命中した矢に……矢を命中させる、くらいかと……」

 

「何それすご〜い!」

 

「お二人とも、素晴らしい腕をお持ちの方ですわ。

 わたくしの家の者でも、こんなに腕の立つ方はいらっしゃいませんでした」

 

「つまり……アヤネさんも、スキュブさんも、無理はしてないけど、強すぎるし手際が良すぎるから、そう見えるって……こと?」

 

 ベニが腕を組んで首を傾げる。

 

「スキュブが強いおかげだよ」

 

 ね、スキュー?と言い加えて、スキュブに微笑みかけた。

 スキュブはほんのり頬を染めてもじもじとする。

 

「……アヤネに無駄がないから、はやくできる。わたしはそれに従って、戦ってるだけ」

 

「わたしのタイムアタック、ついていけないってよく言われるんだけどねぇ」

 

「わたしはアヤネにずっと、ついていく。いつだって、一緒」

 

 スキュブは微笑み返した。穏やかな瞳が、あたたかく揺れた。

 

「二人とも、いいな〜……息ピッタリのタッグ、わたし憧れちゃう〜」

 

 マシロはミドリと腕を組む。

 

「私たちも一歩ずつ頑張っていけば、最高のチームになれるでしょ?」

 

 続いてベニも腕を絡めた。

 

「わたくしたちも邁進、ですわね!

 アヤネさんとスキュブさんのようになるには……十年早い、というものでしょうけど」

 

 ミドリはベニとマシロに笑いかけ、二人もニコリと笑った。

 

 女子のみのメンバーでここまで仲が良いのは珍しい。純粋に明るい三人が偶然チームになれたのは、なかなかの奇跡であろう。

 

 三人はたまたまギルドに登録した日が一緒で、チームでの活動がしたいという希望が重なった、即席のチームだったらしいが、今ではすっかり期待の新人チームである。

 

 この三人は眩しすぎる。

 アヤネは胸中でほろ苦い笑みを浮かべて、アイテムポーチから、ミドリに渡そうと思っていた物を取り出した。

 

「お熱いところ申し訳ないけど、この前のお礼はまだだったね」

 

 アヤネは箱を差し出した。

 三人分の饅頭だ。

 シンプルなデザインの包み紙のそれを見た三人は、顔をぱっと輝かせる。

 

 この街で長年愛されている老舗の饅頭だ。

 店は小ぢんまりとしているが、いつも誰かがお菓子を買いに来ていたり、話に来ていたりで、店先は静かに賑わっていることが多い。

 客は子どもから高齢の者までと幅広く、子どもたちが小さな袋に入った小遣いとにらめっこしながら、商品を眺めている姿は珍しくない。

 

 腰の曲がったお婆ちゃんが、手慣れた手付きで包んでくれたこの饅頭は、小豆の味がしっかり香る、程よい甘さの饅頭だ。

 

 たまたま依頼の報酬に上乗せされる形で――所謂、お礼として――出されて知った。

 この街で育った子どもは皆、これが好物らしい。

 

 勿論、ここへ移り住んできた者も例外ではない。

 お茶うけとして出されたり、お礼として貰ったり。もしくは子どもが分けてくれたり。

 彼女たちもそういった経緯で知ったのだろう。

 ギルドでも甘味は注文できるが、やっぱりここの饅頭がおいしいよね、という話に行き着くのだ。

 

「まぁ、ありがとうございます!わたくしたち、このお饅頭が大好物ですのよ!」

 

「私は何もしてないけど……貰っちゃっていいのかな?」

 

 ベニが困ったように笑って、頬をかいた。

 

「ベニとマシロは、挨拶に来てくれたって聞いたよ。」

 

「だって、ミドリちゃんのことですからね〜。

 それに……ミドリちゃんも強いですよ〜って……売り込み?もしたかったですし……」

 

 照れくさそうに笑って、マシロは饅頭の箱を抱きしめる。

 

「ふふ、ミドリも二人が来てくれて緊張がほぐれただろうよ。だから、貰っていいのさ」

 

 アヤネの言葉を聞いて、ベニとマシロはミドリの顔を覗いた。

 

「……そうなの?」

 

「……わたしたち、ちょっぴりだけど力になれたかな?」

 

 ベニとマシロに見つめられ、ミドリは二人の顔を交互に見る。

 

「勿論ですわよ。いつだって、頼りある二人、ですもの」

 

 それを聞いた途端、二人は輝く笑顔で、ミドリを抱きしめた。

 やった〜!とはしゃぐ様子は年相応で若々しい。抱きしめられているミドリも、驚いた様子だったが、徐々にその表情は穏やかなものになっていった。

 

「若いねぇ」

 

 アヤネは頬杖をついて、お冷を煽った。

 

「アヤネもまだ若いよ?」

 

 スキュブが首を傾げる。

 

「お前よりは年上だよ」

 

「それでも、若さは年齢じゃない、若々しくありたいって気持ちだって、カヨが言ってた」

 

 アヤネは吹き出しそうになって口を押さえた。

 少し鼻の奥が痛い。

 カヨはいったい何を吹き込んでいるのか。いらないことを教えるのは彼女の得意技だと再認識する。

 

「……まあ、カヨはまだ二十歳そこらに見えるよね」

 

「アヤネもかわいい格好をしたらすごいって聞いたよ」

 

「そんな格好してどうするのさ」

 

「……わたしが、うれしい、かな」

 

 スキュブがお冷の入ったグラスを手で包んで、照れ気味に言った。

 

「……お前がそう言うなら、今度の夏祭り、カヨの世話になろうかな」

 

「ほんとう?」

 

 スキュブが顔を上げた。目がきらきらと輝いている。プレゼントの約束をした子どもみたいだ。

 

「本当。カヨに連絡しておくよ。一緒にこないかって。

 一緒に行くとなれば、あいつはわたしの格好に我慢できないだろうし」

 

 手紙をアイテムポーチから出して、ペンを走らせた。

 

 ――人気のあんまりないとこに二人きりで行くんだから、あーちゃんはもっとかわいくならなきゃダメでしょ?

 

 学生の頃、そう言われたことを思い出した。

 どんな理屈なんだと聞いたが、元がかわいいんだから、かわいくしなければならないとか、わたしが見たいからだとか、ほとんど後者の理由だろう、カヨの趣味で彼女のお下がりを着たり、バイトでお金をためて服を買ったりした。

 

 思い返せば、自分も良い友を持ったものだ。

 どう運命が転んだのか知らないが、あの時、彼女との出会いを決める、幸運のダイスを振っていたのなら、自分はかなり良い目を出したのだろう。

 

 実の家族より距離が近く、血の繋がりより強い。

 その分束縛も強く、彼女の想いは、時に刃の如く鋭くなる。

 他人には決して見せることのないカヨの黒い面は、普段の様子からは想像できない程に冷たく、容赦ない。

 アヤネを自分の腕の中に囲うと決めた彼女の覚悟と執着は、どんな手段も躊躇わない。

 偶然会った、母と新しい父の間に産まれた、アヤネの弟には笑顔で対応していたが、カヨと話した後の彼は、青い顔で暫く放心していた。

 

 世間では、カヨのような者を恐ろしい女と言うのだろう。

 しかし、娘を見捨てた母よりも、娘を性的な目でしか見られない父よりも、アヤネを愛してくれた。実の家族より家族らしく、友達と言うには距離が近すぎる気がする。

 

 ――実の父親が亡くなっていなければ、出会えていなかっただろう。

 きっと普通の少女としてカヨの前を通り過ぎた。

 そして、スキュブと出会うこともなかった。

 

 随分と酷い目にあったし、今も苦しみは残っているが、いまここにある幸福は……悪くない。

 自然と口元が綻ぶくらいに、悪くない。

 

 そうしているうちに、頼んだ昼食が到着した。

 ほんの少しのアヤネの分と、三人前はあるスキュブの分。

 

 賑やかな三人も昼食を運んできた給仕に注文をし、アヤネたちにお礼を言って、空いた席へと歩いていった。

 

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