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大石泉ボイス実装祭を走りきり、スターランクをMAXにし、fgoではジュナオPUで大騒ぎし、レイド戦で金やら素材を巻き上げてたので更新が遅れました。
おいしいおみず おいしいそざい おいしいおかね すき
アヤネはモンスターの素材を剥ぎ取りながら、ため息をついた。
手際に影響が出ているわけではなかったのだが、アヤネが少し疲れた顔をしていたので、スキュブはアヤネに歩み寄り、顔を覗き込む。
「アヤネ、大丈夫?」
アヤネは心配されていることに気づき、苦笑いを浮かべた。
「平気だよ。ちょっと色んな人に話しかけられて、大変だったなぁって」
アヤネはついさっきまでのことを思い出した。
依頼の物を採取していたときだった。近くで悲鳴が聞こえたので、一旦作業のやめて確認しに行ったのだ。
向かった先には、人の背丈を悠悠と超える図体の熊型モンスターと、まだ鎧に着慣れていないような少年たちがおり、少年たちは折れた武器を手に、腰を抜かして硬直していた。
初心者でも狩りやすいモンスターの相手をしていたようだが、運悪く、依頼とは関係のない強いモンスターに遭遇してしまったらしい。
まあまあよくあることだが、これに冷静に対処できる者というのは、それなりに経験を積んだ者である。
少年たちがいた辺りでは、そのような事例の報告が少なかったが、確実というものはない。
偶然近くにいたのが幸運だった。採取対象が順調に採れていたら、悲鳴が響くのはアヤネたちが去ったあとになっただろう。
かくして、少年たちは助かった。
こちらも無傷だったし、大したことではなかった。
しかし、その少年たちと知り合いだったのが、運が悪かったというか、面倒なことになった原因となった。
確か、前に魔法を教えた少年と、スキュブに大剣の使い方を教えてもらった少年だったはずだ。
熱心だったので、アドバイスと、実戦を交えた練習に付き合っただけなのだが、翌日お菓子と共にお礼までされて、それから、すれ違うたびにニコニコとした顔で挨拶されるようになった。
いい挨拶をされるのは別に良いのだが、当然のことをしただけで、なぜそこまで感謝されるのか分からなかった。
だから、今回もかなり感謝された上に、体調を崩していたことを心配され、もう大丈夫だと説明したのになかなか信じてもらえず、もっと休んだほうがいいのではとか、普段から忙しすぎるのではとか――等。
説明に時間がかかった。
魔法を教えた少年の方は半泣きの状態でアヤネを心配していたので、なんだか心が痛んだ。
スキュブの方は、少年相手とはいえ、パニックのことがあったので、アヤネが異性を相手にしていると、段々と気が立ってくる。
そのことに関しては本当に心配させてしまったし、スキュブのこころをかなり消耗させてしまったので、なるべく異性と距離をとるなどし、毎日綿密なコミュニケーションをとって、互いに異常がないことを確認しあっているが、そう簡単に解消されるものではない。
少年たちを落ち着かせながら、会話をなるべく早く終わらせるのは骨が折れた。
会話の効率を良くすることは、考えたことも、試したこともなかったし、タイムアタックもしたことがなかった。
身内以外に心配されることに慣れていないのも重なって、正直、モンスターを狩るよりも大変だった。
「相手は男だった。本当に、何ともない?」
スキュブがアヤネの頬に手を添える。
「年下の男の子だし、小さい子だし、大丈夫だよ。
年上で、覆い……被さる、くらいに大きいと、こわい、けど」
アヤネは父親の影をふと思い出し、眉をひそめた。
亡くなってしまった、本当の父とは似ても似つかぬ、歪な形の影。
だけど、どんな形か詳細に思い出せない。
カメラのフラッシュのように、瞬いて、すぐに消える。
「……アヤネ、だめ。あいつのことは、だめ」
スキュブは真剣な眼差しでアヤネを見つめた。
その目に、苦痛の色が揺れているのが分かって、胸が針で刺されたように痛む。
痛み、悲しみ、怒り。
アヤネが苦痛を思い出すとき、スキュブもそれに襲われるのだ。
「ごめんね、スキュー」
アヤネは剥ぎ取った素材をさっとアイテムポーチにしまい、スキュブの頬を手のひらで優しく包む。
「嫌なことを思い出しても、いいことなんてこれっぽちもないもんね。互いに、痛いだけ」
「……うん。アヤネが痛いの、もう嫌」
「ごめんね……もう思い出したりしないよ」
アヤネはスキュブをぎゅっと抱きしめた。
「……こわいって、いってくれるのは、いいの」
スキュブは目尻にしわを寄せ、目を細める。
「あいつのことが頭に浮かぶの、どうしようもないって、わかる。
あいつが、アヤネの頭のなかにいるのが、許せない。ずっとアヤネにとりついて、はなれないのが、許せないの。
だから……だめっていうのは、思い出しちゃだめって、ことじゃない。」
スキュブは大剣を地面に刺し、アヤネの背に腕を回した。
「だめっていうのは……わたしの、悲鳴。
アヤネが、わたしの手の届かないところで、痛いことされてるのが、痛くて、痛くてたまらないから……
だから……本当に謝らないといけないのは――あいつ」
スキュブの目付きが鋭くなった。
歯ぎしりの音が耳元で聞こえ、地を這うような殺気が漂う。
「そう……だね。そうだね。ずっと前から、お前はそう言ってたね」
以前、スキュブが泣きじゃくりながら言っていたことが頭に浮かんだ。
まだ、こちらにやってくる前。スキュブが、画面の向こうにいたころだ。
アヤネが父親のことで吐いたことに気づき、スキュブがどうして、と泣き出したのだ。
アヤネが苦しんでいるのに、手が届かないから助けられない。
手が届くなら、そいつを殺してしまえるのに、できないのが痛い、と。
今思うと、手が届かないというのは、スキュブの言ったとおりの意味なのかもしれない。
頭のなかに巣くう影に手が届かないのが、彼にとっては苦痛なのだ。
手が届くのなら、とっくに殺している。
喉をかきむしりたいほどの悔しさが、そこにある。
「今はアヤネに手が届くのに、届かない。
苦しいのも、痛いのも、気持ち悪いのも、全部食べられたらいいのに」
スキュブがひとりごとのように呟いた。
「そんなもの食べたら、お腹こわしちゃうでしょ。」
アヤネはスキュブの背中をさすった。
逞しく、頼りのある心地だが、どこか、触れたら薄氷のようにひびがはいって割れてしまいそうな、年相応の脆さがあった。
「……つらいことだって、はんぶんこできるよね」
目を細めたスキュブの唇から漏れた言葉は、消え入りそうな声だった。
「……できるよ」
「うれしいことも、楽しいことも、おいしいものも、はんぶんこできる。
だから、つらいことも、はんぶんこできるよね?」
「勿論。お前をちゃんと頼るよ。」
「うん……わたしたち、ひとつだから、できる」
スキュブは腕をほどいて、地面に刺していた大剣を引き抜いた。
「……ごめん、仕事の邪魔しちゃった」
「大丈夫。ギルドの人たちが心配性なおかげで、ここ暫くは時間に余裕もあるし、いつもの仕事量だったとしても、ちょっと話したくらいじゃなんの支障もないからね」
アヤネは俯いたスキュブに笑いかけた。
「むしろ、色々と気を遣ってくれてありがとうね。
おかげさまで何ともないよ」
アヤネは杖を軽く構えて、テレポートの準備をしながら、スキュブに手を差し伸べた。
スキュブはその手をとって、優しく肩を寄せる。
「……よかった」
スキュブは穏やかな微笑みを浮かべた。
手からは安らかなあたたかさが伝わってくる。
アヤネはそれをしっかりと見届けてからテレポートを唱えた。
二人の姿は、幻のように消え、次の目的地へと向かった。




