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弊社に、爆死を繰り返したアルジュナくんが遂に来ました。おせーよ♡

ということでアルジュナくんを食べていたので更新がそれなりに遅れました

おいしかったです

 闇の中をひたすらに走る。

 どこを走っているか分からない。二人の足音と自分の息切れの音だけがはっきりとしていて、いつ行き止まりにぶつかってもおかしくなかった。


 思えば、こんな風に追いかけられたのは、はじめてだったかもしれない。

 

 夜の中を逃げ回ったことはある。

 夫を寝取ったなと叫びながら、鬼の形相で刃物を振るう女から逃げるのに、夜通し走り回ったことがある。

 

 逆もあった。

 妻を誑かしたと追いかけ回されたこともあった。

 

 夢魔と人間の間に産まれ、両親の顔も碌に分からず、物心ついたときから変態共のところで慰み者として生きてきた。

 全てを受け入れ、人形同然の扱いをされる日々を生き抜き、やがて変態共と自分の立場をひっくり返す術を身につけるまで、どれだけかかっただろう。

 

 人は、快楽に弱い。

 抵抗する子どもに蹴りをいれ、髪の毛を掴んで自分の股間に子どもの顔を押し付けるような糞袋でさえ、こちらが主導権を握り、じっくりと調教をしていけば、いずれは従順な獣に変わる。

 それまでは命がけで、一本の縄の上を綱渡りしていくような駆け引きを要するが、夢魔の性質や、変態共がこれまで要求する行為の好みを活かせば、叶わないことではなかった。

 

 人間らしい食事ができたのは、変態共の調教が済んでからだった。

 それまで家畜以下の餌を食べ、足りない分は精力を吸って生きてきた。

 最初はうまく吸えなかったが、試行錯誤を重ねるうちに上達し、今では夢魔と大差ないくらいに吸うことができる。

 

 精力を吸われ、変態共が地面に這いつくばるのを見たときは飛び上がるくらいに喜んだものだ。

 ようやく、体液と暴力にまみれる日常から抜け出せたのだから。

 

 そんなときに出会ったのが、ダリアという少女だった。

 様々な花と生き物があふれる林のどこか、そこが秘密基地であるかのようにひっそりと座り、手拭きの布に刺繍をする少女は、最初、見つかったときに小さな悲鳴を上げて、手に持っていた布や針を落としてしまうくらい、儚げで小さな女の子だった。

 

 話せば話すほど、今までの人間とは違いすぎて、戸惑った。

 だが、それでも彼女は優しかった。

 はじめての優しさをくれて、目の前の少年が、明らかに普通の人間ではない振る舞いをすると分かっても、ずっと優しくし続けてくれた。

 

 身体を求めてもこない。

 ただ、一緒にいられるだけで楽しいと、何の対価も要求せず、名前までくれた。

 

 幼いながらに、恋をした。

 それは彼女も同じだった。

 

 小さな小指どうしを絡みあわせて、ささやかな約束をしあった。

 

 ――彼女の家族が襲われて、彼女はどこかへ行かざるを得なかったけれど。

 

 そんな彼女に、今は追いかけられている。

 

 こっちはとうに息も切れて、肺が悲鳴を上げている。

 足はもつれそうになるし、身体はもう走るのを止めてくれと叫んでいた。

 

 それに比べてダリアの足音は速度も落とさず、力強さも変わらない。

 むしろ、こちらの速度が落ちるにつれて速くなっているような気がした。

 

 事実、二人の距離はどんどん縮まっていた。

 ダリアの目は確実にユウを捉え、足に迷いはない。

 日頃から鈍器を振り回していたダリアの体力がユウより勝っている、というだけではない。

 今日こそユウを離さないために、絶対に逃さないために、神経を研ぎ澄ますその動きは、獲物を追う狼のように見えた。

 

 ダリアはユウの背に迫ってきていた。

 腕を伸ばせば掴めそうで掴めなさそうな、もっとしっかりとした服を着ていれば、何とか引き寄せられるだろうに、背中まで空いているドレスでは掴みようがない。

 

 ダリアは舌打ちをして、大きく踏み出した。

 一気に距離を詰め、腕を掴んで引き寄せる。

 

 思ったよりしっかりとした感触の腕だった。

 だが、ユウの体勢はあっという間に崩れる。

 あまりに頼りなく、抵抗すらしていないような感触に、ダリアは目を見張ったが、すぐに体勢を整える。

 

「何逃げてんだよ!」

 

 ユウは腕を振り払うような仕草をするが、まるでなっていなかった。

 白兵戦が得意であると報告がなされている者が、こんな動きをするわけがない。

 

「君こそ……どうして追ってくるの?本当に分からない……

 ああ、捕獲しろって依頼が来てたんだっけ。余程良い報酬があるんだろう?補欠まで連れてきて僕を追うんだ、そうなんだろう?」

 

 ユウは吐き捨てるようにそう言った。

 眉をひそめ、目尻にしわをよせている。目には複雑な色が揺れていた。

 どこか卑屈なその様は、全ての言葉を拒絶してしまいそうだ。

 油断すれば、逃げていってしまいそうな、薄くもかたい膜を纏っている。

 

 だが、それを貫通する程の熱をもった相手には、まるで効果がない。

 むしろ、怒りに薪をくべるようなものである。

 

 ダリアの額に青筋が浮かんだ。

 怒りのままに腕を引き、足をかけてユウの身体を地に叩きつける。

 

 ユウはその久しい衝撃に、身を強張らせた。

 一瞬、息のつまるような苦しさに襲われ、目を細める。

 

 その間に胸ぐらを掴まれた。

 ぐっと引き寄せられ、頭が揺れる。

 

「いい加減にしろよお前……!

 報酬のためなんかじゃねぇ、今度こそお前を連れ戻せるって思ったからだよ。それでなきゃあ、さっき近寄ったときに頭をかち割ってたさ!

 お前だからこうしてんだよ、何で分かんねぇんだよ!」

 

「分からないよ!君は、僕にとっては運命の人さ、代わりなんていない、君と別れてから今までずっと、君のような人はいなかった!

 でも君にとってはもう、過去の人じゃないか!こんな誰彼構わず股を開いてきた僕にどうして執着するんだよ!

 僕は普通の人間と同じようには生きていけないんだ!君が僕を連れていったって、嫌な思いをするだけなのに!」

 

 怒りの膜に覆われた、慟哭のような叫びだった。

 しかしダリアはびくともしない。

 

「あたしにとっても運命さ。はじめて恋したやつだった。今まで支えてくれた存在だった。ずっと探し続けてきた人だった!

 長いこと、お前みたいに、身体を売らなきゃ生きていけない混血のやつらを見てきた。フェロモンのせいで仕事場で問題が起きて、苦しんでたやつらもいた。

 ……そいつらをどうにかできないかって雇ってるやつがいる。

 あたしはそれを知ったとき、震えるくらいに嬉しかった。お前がいるかもしれない、お前がそこに来るかもしれないって」

 

 拳の力が強まって、ドレスに深いしわが寄る。

 

「……確かに、お前は普通に生きられない。お前が人間に紛れて生きるには、苦しみが付きまとうだろうさ。

 混血のダチが言ってたよ、どうしても人混みを避けなきゃいけないって。通気性の良い服を着て、定期的に身体を拭かないとどうしても人間を引き寄せちまうって。

 混血に産まれたってだけで散々な目にあう。生きるだけで、精一杯だ。

 そいつは言ってたよ、普通の女の子みたいに生きてみたかったって……」

 

 ダリアの目に悲しみの色が浮かんだ。

 拳の力が一瞬ゆるむ。

 

「でも……あたしには関係ない。混血だろうが、なんだろうが、関係ない。

 お前がこの世のものとは思えないような化け物だったとしても、あたしには関係ない。お前はお前なんだから、お前の種族も血も、何だって構わない。

 あの日みたいに……なんては絶対にならないけど、お前が生きて、一緒にいてくれるだけでいい。

 半ば諦めてたお前が……手の届くところにいる。

 今度こそ、手放さない。自分の運命に振り回されて、お前と離ればなれになるなんてことは絶対にない。そのためなら、どんなことだって背負って生きていく。そう覚悟を決めてんだよ、こっちは」

 

 ダリアの真っ直ぐな視線に、ユウは首を横に振りかける。

 その目には涙が浮かんでいた。まばたきすれば、頬を伝って落ちるだろう。

 

「それなら……尚更、どうしてなのさ。

 どうして、そこまで僕のことも何もかも、背負っていけるの?」

 

 ユウの頬に涙が伝った。

 声はか細く、今にも消え入りそうだ。

 

 ダリアは、胸につっと走った痛みに目を細め、ユウを引き寄せる。

 先程のような強引な力より優しいそれは、ユウの目をはっと見開かせた。

 

 ダリアの腕が、ユウの背中に回される。

 ユウはダリアを押しのけようと腕を動かしたが、胸の虚しさがどこか埋まっていくような心地がして、動きを止めた。

 

 少しかたくて逞しいけれど、今まで触れ合ってきたどの人間よりもあたたかかった。

 金でこの身体を買っていた人間とは違う、何とも拒めない不思議なぬくもり。

 

 息を吸えば、懐かしいような、優しい匂いが胸に広がった。

 枝に太陽のあたたかさがじっくりと広がっていくように、胸にぬくもりが染み、伝わっていく。

 

 春を待ちわびた芽が開くとき、こんな気持ちなのだろう。

 ああ、何だか外があたたかいわ、冬が終わったのね、とみずみずしく小さな緑を持ち上げて、開かせる。

 

 花開く日を夢見る力が湧いてくるのは、きっとこの時だ。

 水や栄養を力強く吸い上げて生きる力。

 夜に窶した身体を、日の元へ連れ戻す力。

 

 ユウの目に、僅かばかりの光が灯る。

 そんなわけがない、と拒絶する気持ちがあっても、ダリアの気持ちを信じられる力が、ほんの少し射し込んだのだ。

 

 その一寸ばかりのこころの隙に、ダリアはすかさず言葉を差し込んだ。

 

「……好きだから、に決まってんだろ。

 ガキの頃にも言っただろ。忘れたのかよ」

 

 静かな声だったが、重みのある、しっかりとした声だった。

 

 ユウの手が迷うように動く。

 

「……忘れてなんかない。でも、どうしてずっと好いてくれてるのか、分からなくて。

 こんな僕なのに……他の誰も、こんな風に抱きしめてなんて、くれなかった」

 

「理由なんているかよ。ただ、お前が好きだ。

 難しいことなんて必要ねぇよ。この胸にある気持ちが真実なんだから」

 

 ユウの目に涙が盛り上がった。

 迷っていた手がダリアの背に触れる。

 

「……僕は、人間を籠絡する悪魔だよ。

 男女構わず抱いて、金もこころも奪っていく。そんな悪魔だ。

 君を想いながらも、ずっとそう呼ばれてきた。呼ばれるようなことをしてきた。

 ……そんな僕でも、君に愛される資格はあるのかい?愛されて……いいの?」

 

「誰が悪魔だよ。お前はユウだ。それ以上でも、以下でもない。

 あたしが愛するひとにあげた名前だ。今まで大事に、形見の指輪を持っていてくれたひとの名前だよ。

 だから、お前は愛されていいんだよ。お前の気持ちに対する償いはこれからでいい。あたしと一緒に、時間をかけて……」

 

 ダリアの抱きしめる力が強くなる。

 

「ユウ、あたしがお前の悪夢を終わらせる。

 一緒に生きよう。決して楽な道ではないけれど」

 

 ユウはしゃくりあげそうになるのをぐっと堪えて、目を瞑り、ダリアをしっかりと抱きしめ返した。

 

「君は……変わり者だ。誰も愛さなかった、男でも女でもない僕を、愛してるだなんて。

 ああ。でも……僕も、そんな君が、好きだ。どうしようもなく、好きだ……」

 

 ユウの目から、涙が溢れる。

 頬に伝っては、ひとしずく、ひとしずく、雨止みの屋根のように落ちていく。

 

 夜空に浮かんでいた雲の切れ間から、一粒の光が漏れた。

 強い光、一等星と呼ばれるその光は今、夜空の誰よりも輝いている。

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