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度重なる体調不良の結果、作者の精神が不安定になったので、趣味に全力で走ることになりました。

一般的にはグロテスクとされるシーンがあります。というか遂にスキュブがアヤネを食べます。

個人的にはえっちなシーンだと思ってますが、グロテスクなんだろうなと思うので、注意していってください。

 アヤネの隣でアルバムを開き、一緒に写真を眺めていたカヨの傍に、メイドが突如現れた。

 

 音もなく現れる彼女たちには、慣れても多少、驚かされる。

 後ろに立たれると、気配がないのでかなり分かりづらい。

 スキュブは何となく気づいているようだが。

 

 カヨは当然慣れている。

 これがさも日常だというように、視線をさらりとメイドの方へ向け、アルバムを捲ろうとした手を止めた。

 

「奥様、旦那様から避難されるようにと、ご伝言が」

 

 カヨは暫く目を細め、そのままだったが、考えがまとまったのか、さっとアルバムを閉じた。

 

「そっか。……あーちゃんのお肉、持たせるべきだったかな」

 

 カヨはアルバムを小脇に抱え、素早くベッドをおりる。

 

「ごめんねあーちゃん。続きはまた今度ね」

 

 カヨは少し寂しそうに笑って、足速に歩き出した。

 

「待って。避難って何?何が起きてるの?」

 

 状況に置いてけぼりにされたアヤネがカヨの背中に声を掛ける。

 だが、カヨは立ち止まることなく、横目に見て手を振るだけだった。

 

「あーちゃんなら分かるよ。耳を済まさなくてもね」

 

 扉は静かに閉まり、メイドもいつの間にやら姿を消して、部屋にはアヤネだけが残された。

 

 アヤネは沈黙を続ける扉をじっと見る。

 

 一応聞きはしたが、先程の会話から考えれば、次にこの扉を開けるのが誰なのか、アヤネには何となく分かった。

 

 来るのがディートリッヒであれば、カヨはここを離れなくても良いし、身内以外の者が来るなどありえない。

 

 そもそも、カヨがアヤネの肉を持たせるべきだった、と言った時点で、ここへ来るのがスキュブだということが確定していた。

 

 しかし、スキュブには夜の依頼があるはずだ。

 仮眠を取りにくるとしても、今の時間では遅い。この時間にはもう、皆が集合していたはずだ。

 

 あの子なら依頼を軽々とこなせるだろう。

 誰の助けもいらない。どんな敵であろうが、あの子は一人でも、苦戦などしない。

 

 目の前でずっと、その強さを見てきた。

 時間を重ねるたびに強くなって、今日は前よりはやく倒せるようになったと、撫でてほしそうにこちらへ寄ってくる、柔らかな表情。

 アヤネのことを傷つけるやつは、全部わたしが殺してみせるから、と囁いて、抱きしめてくれた温もり。

 

 全ての害から守ってくれた。

 全ての敵を容易くねじ伏せてきた。

 

 スキュブが一人だとしても、何の滞りもないはずだ。

 あの子は誰より強いから……

 

 だが、そこまで考えて、アヤネはふと思った。

 

 スキュブが一人で外に出たことは、これがはじめてなのでは、と。

 

 スキュブと暮らし始めてから、外に出るときはいつも一緒だった。

 何をするにしろ、一緒だった。

 この世界の思い出には、必ずスキュブの姿があると言っていいほど、一緒にいる時間は本当に長かった。

 アヤネが一人でモンスターを倒すとなると、体力管理が大変だから、という理由以上に、スキュブと一緒にいることが当たり前で、どこへ行こうともスキュブを連れていくのが当然だった。

 

 それに気づくと、背筋が冷えるような感じがした。

 もしかしたら、スキュブは一人という状態が相当苦しいかもしれない。

 一人でモンスターを倒すのが難しい、という意味ではなく、精神的な面で、だ。

 

 今更だが、考えなくともすぐに気づくようなことだった。

 あの子は寂しがりやだ。

 最近精神が安定してきて、突然子ども返りしたように甘えることも少なくなってきたので安心していたが、スキュブの根底には、孤独や寂しさが、ずっと消えないままで残っている。

 

 カヨの、肉を持たせれば良かったという言葉が脳内で結びついた。

 あの子は今、寂しさという空腹感に襲われて、どうしようもなくなって、ここへ帰ってくるのだ。

 

 アヤネはいち早く、スキュブの元へ行きたくて仕方なくなり、身体が糸で巻かれているのも忘れて立ち上がろうとした。

 言わずもがな、立ち上がることはできず、体勢を崩す。

 柔らかなベッドの上だったので、身体が打ち付けられることはなかったが、すぐに走り出せないことに苛立ちが募った。

 

 いっそのこと、身体を転がして移動してしまおうかと思った時だった。

 玄関が開く音がした。

 間もなく、凄まじい速さの足音が聞こえ、ぐんぐんとこちらへと向かってくるのがすぐ分かった。

 

 アヤネは身体を転がし、ベッドから落ちる。

 身体が床に打ち付けられたが、気にすることなく扉を目指した。

 

 足音が扉の目の前まで迫る。

 その音は間髪入れず、雷が木を裂いたような音へと変わり、ここの家主が簡単に壊れないようにしたはずの扉を容易く貫通した。

 しかし、焦燥と本能に染まったそれは、もはや丁寧に扉から入ろうだなんて勢いではなかった。

 頑丈にできているはずの壁さえ破壊して、大きな身体を部屋へ滑りこませてくる。

 

 壁や扉の小さな破片が、いくつかアヤネに当たった。

 もう少し前に転がっていたら、大きな残骸が直撃していたかもしれない。

 

 アヤネは咳き込みながらも顔を上げる。

 結われていない、長い髪の隙間から覗いた目と、目が合った。

 微かにしか見えないはずなのに、その目が揺れたのが分かった。

 乾いた唇が、ゆっくりと弧を描く。

 

「アヤネ……アヤネ!!」

 

 スキュブは背中から生えた脚で床を蹴り、アヤネに飛びかかった。

 

 アヤネの全身を影が覆う。

 

 頬に、冷たい一滴が落ちてきて、伝っていった。

 それは、喜びで細められたスキュブの目から落ちたものだった。

 

「ああ、アヤネ……ずっと会いたかった、会いたくて、会いたくて、ずっと寒かった」

 

 今朝まで一緒だったのに、数年ぶりに再会したかのような口ぶりだった。

 

 スキュブは腕を使い、アヤネの身体を自分の胸まで抱え上げ、力いっぱい抱きしめる。

 アヤネの肋骨が軋み、息が苦しくなったが、アヤネの口元に浮かんだのは笑みだった。

 幼子を抱く母親のように優しく、アヤネはスキュブに微笑みかけていた。

 

「おかえり、スキュー

 ……ごめんね、一人にするようなことして」

 

「ただいま、アヤネ……

 いいの、分かってくれれば、アヤネが苦しまなければ、それでいいの……」

 

 スキュブはアヤネの首元に頬をつけ、ゆっくりと呼吸をする。

 

 次第に、腕が白い毛で覆われ始めた。

 身体も変形が始まり、口からは鋏角が見える。

 

 蜘蛛になりつつあった。

 こうなったら止まることはでない。

 

 だが、覚悟していたことだった。

 アヤネは何とも言えぬ、ぬるま湯に身体を浮かばせるようなここちで、スキュブに抱かれていた。

 

「ア……アヤ、ネ……わた、し……」

 

 声が出しづらいのだろう。言葉にならない掠れた声だった。

 

「いいよ、スキュー。食べていいんだよ」

 

 スキュブが小さく呻く。

 

「だ……だめ……たべたい、たべたい……アヤネ、たべたい……にげ、て」

 

 そうは言うものの、腕の力を弱めることができていない。

 

 モンスターとしての本能的な部分が顔を出し始めていた。

 アヤネの首元から頬をはなして、見つめあったときのスキュブの顔には、白い毛が生え、目はやさしい眼差しのものから、つぶらなものに変わりつつある。

 

「逃げないよ。わたしのこと、ちゃんと食べて。

 スキューに辛い思いをさせちゃったんだし。」

 

「……わたし……アヤネの、こと――」

 

 その言葉を最後に、スキュブは蜘蛛の姿へと変化を遂げた。

 人間の形はなくなり、腕だった部分が触肢へ変わり、先が見えていただけの鋏角が完全に露出する。

 

 つぶらな赤い目がアヤネをしっかりと捉えている。

 

 触肢の力が強まり、鋏角は待ちかねたような勢いで、アヤネの身体に食らいついた。

 腺から毒が流れ、身体を侵していくのを感じ、アヤネは目を閉じる。

 

 身体の自由がきかなくなっていく。

 いずれ、大きな蜘蛛に捕らえられたネズミのように痙攣し、スキュブに言葉を囁くことすら叶わなくなるだろう。

 

 蜘蛛に捕らえられた獲物が、力いっぱいに暴れていたというのに、徐々に動かなくなっていくのは、この毒のせいだ。

 蜘蛛はそうして獲物の動きを止め、消化液を流し込んで溶かし、食事をする。

 

 残るのは骨くらいだろうか。

 自分の肉がスキュブの寒さを和らげることを願いながら、アヤネは意識を手放した。

 

 

 

 ・ ・ ・

 

 

 

 あたたかい。

 

 空っぽの腹に熱が通い、全身が温まっていくのを感じる。

 

 そういえば、お昼ごはんは食べていなかったっけ。

 お腹なんて空いてなかったし、口に物を入れると気分が悪くなったから、何も食べたくなかった。

 

 でも、今は大丈夫だ。

 こんなにあたたかくて幸せなものが、身体を満たしてくれている。

 今日の苦しみが、全て洗い流されていくようだ。

 決して満たされぬ、空いたままの胸の穴に、そっと手を添えて塞いでくれるようなぬくもりが、身体中を巡っている。

 

 どろどろになった、愛の肉を吸う。

 あの日、泣きじゃくる自分を優しく抱きしめてくれた、腕の匂いがした。

 そのときかけてくれた、愛の味が深く、濃く、腹を満たしていく。

 

 夢中になって吸いながら、スキュブは思った。

 これは体温だ。自分にとっての、体温なのだと。

 

 これがなくては寒くて死んでしまう。

 アヤネがいなくては、自分の身を温めることができず、寒さにやられてしまう。

 

 この愛なしでは生きてさえいけない、なんて言葉を聞いたことがあるが、あれは本当なのだ。

 このぽっかりと空いた胸の穴から這い出てくる寒さを殺すためには、それを塞いでくれる熱が必要だ。

 

 抱きしめれば折れてしまいそうなほど薄い腹に詰まった、臓物の味を啜る。

 

 細くて白い足の味を啜る。

 

 骨の表面を吸い、そこから何も出てこなくとも、触肢からこぼれ落ちるまで続ける。

 

 やさしい、愛の味。

 腹に巡る、熱のここち。

 

 アヤネと一つになる。

 愛と自分の身体が一つになって、寒さも、不安も、一滴残らず消えていく。

 

 ああ、満たされる……

 

 アヤネと、愛と、永遠に一緒になれたような、満足感と多幸感が、暖気の香る、緩やかな海に身体を浮かべたようなここちへ誘った。

 

 終わらない春。

 身を包む夢。

 胸に空いた穴へ注がれ、底をそっと撫でる愛の指先。

 

 スキュブは床に落ちていたアヤネの頭部を拾い、勢いよく噛み付いた。

 

 くすぐったい口づけをくれた思い出、喜びの味。

 頬を寄せてふわふわとしたあたたかをくれた、幸せの味。

 深く見つめ、こちらを想い、色を変える目の吸い込まれるような、胸に染み入る味。

 

 愛を飲み干す。

 熱を飲み干す。

 

 抱きしめて、折って、遂にはアヤネの思考を司る部分、自分を想う全てを生み出す場所へ辿り着く。

 消化液を流し込み、じっくり、じっくり時間をかけて溶かしてから吸い上げれば、脳を突き抜けるような快感が全身を走り、熱が腹をいっぱいに満たして、スキュブは暫く身を震わせ、幸福に浸っていた。

 

 これで全部、ひとつになった。

 離れることのない確かな愛が、自分の血となり、肉となり、繋いだ手は決して離れないと約束された。

 

 スキュブは愛と一つになった幸せや安心感を脚先にのせながら、床に散らばった骨を集め始める。

 一つ一つ大切に寄せ、糸で覆い、端を丁寧に剥がして、蜘蛛が卵を抱えるときのようにしっかりと抱く。

 

 愛の余韻が冷めるまで。

 熱の残滓が溶けてばらばらになり、散っていくまで。

 

 人の姿に戻り、正気を取り戻すまで、スキュブはアヤネの骨を抱きしめて、愛の夢をみていた。

 

 

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