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fgoですり抜けアルジュナを狙ったらドゥリーヨダナが二人きたので筆がノリました
ヨダナのおじさん、おもしろいとこ行きたいんだろ、チェイテピラミッド姫路城に連れてってあげるね
ぬくもりの中、目が覚める。
まるで長い夢から浮上してきたような、熱が出た日の、長い眠りからふっと覚めたような、そんな感覚だ。
アヤネは身体を起こそうとする。
だが、肩から下を糸で包まれ、腕も足も動かすことができないうえに、腹のあたりに腕を回され――よく見ると、脚もある――、しっかりと抱きしめられているため、身体を起こすことは叶わなかった。
抱きしめている相手はすぐにわかった。
だが、どうしてそうなっている?
昨晩、敵と遭遇してからのことがあまり思い出せない。
記憶に靄がかかったようで、頭があまり働かなかった。
「……起きたの?アヤネ」
スキュブの声だ。
スキュブの方へ向きたいが、やはり身体が動かなかった。
「起きたよ。おはよう、スキュー」
「おはよう、アヤネ。変な夢、見なかった?」
「……何の夢も見てない。
覚えてないんだ……昨日の夜あたりから、記憶が曖昧で」
スキュブの腕と脚が微かに動き、抱きしめる力が強くなる。
「……よかった。」
スキュブは呟くようにそう言うと、腕と脚をほどいて、ベッドからおりた。
ようやくスキュブの姿を見ることができた。
が、すぐに違和感を感じてアヤネは眉をひそめる。
スキュブが着ている寝間着が、いつもの寝間着ではない。
うちにはないデザインの、背中が開いている服だ。
肩あたりと腰のあたりにしか布がなく、ざっくりと背中が開いている。
いつもなら、背中から脚がはえても大丈夫なよう、背中の方にもボタンがついている寝間着を着ているはずだ。
「アヤネ、待ってて。ごはん持ってくる」
スキュブは背中から生えた脚で器用に、跳ねるように扉へと向かった。
アヤネはその遠ざかっていく背中を止めようと思ったが、そのときには既に、スキュブは部屋を出ていた。
跳ねる勢いのまま、足音はあっという間に遠ざかっていく。
あの子は足が速い。
脚がはえたらもっと速い。
間に合わなかったのは仕方のないことだろう。
アヤネはゆっくりと息を吐き、周囲を見渡す。
スキュブの服に違和感を感じたときから分かっていたことだが、ここは自宅の風景ではない。
三人は寝ることができるサイズのベッドは、うちにもスキュブ専用のベッドで似たものがあるが、血で染めたような赤黒い色のカーペットは、間違いなくカヨのセンスだ。
夏の朝なのに薄暗い。
窓には重苦しいカーテンがかかっている。
おそらく、昼になっても部屋は暗いままだろう。風で揺らぐこともない。
壁には本棚が並んでいる。
誰かが持ち出したのか、うちにあるアルバムらしきものも見えた。
その中に、拘束用の道具もちらほら見える。
だが、目や口を塞ぐものはなく、手足を拘束するものばかりで、しかも血の一滴もついていない新品の如き綺麗さだ。
目を凝らして見てみると、カーペットにも壁にも傷がない。
ベッドから落ちないようにしながら、ベッドの脚部のあたりを見たが、家具をずらしたあともない。
アヤネは確信した。
ここは家畜用の人間で遊ぶための部屋を、急ごしらえで宿泊用にしたものではない。
カヨが前々から用意していた、アヤネ監禁用の部屋である。
「……アヤネ?」
スキュブがいつの間にか、扉を開けて立っていた。
脚はしまったらしい。
盆にのせたお粥がこぼれないよう、ゆっくりと歩いてきたのだろう。
「なにしてるの?」
「いや、状況が分からなくてさ……」
スキュブは後ろ手で扉をしめる。
「ここ、カヨの家。カヨがくれた部屋だよ」
「そこまでは分かったよ。でも、なんで?
あの後、何があったの?」
スキュブはベッドの側にあったサイドテーブルに盆を置き、アヤネを軽く持ち上げて、ベッドボードに寄りかからせる。
その動きによどみはなく、まつ毛で翳った瞳は真っ直ぐにこちらを見ている。
「分からなくていい。アヤネ、外に出ないから」
「……え?」
聞き返したが、スキュブは構うことなく、お粥を匙ですくって、アヤネの口元へ持ってくる。
「待って、自分で食べられるから……」
そう言ったものの、アヤネの腕は、肩から下が糸で包まれているせいで動かない。
ここまで丈夫な糸となると、この糸を出した本人しか切れないだろう。
「だめ。まだ元気じゃないから、こうしないとだめ」
まるでこちらが病人のようではないか。
アヤネはそう思ったが、この糸から解放されなければ、自分で食べることもできない。
しかたなく口をあけ、差し出されたお粥を食べた。
懐かしい味がする。
丁度よい塩加減とねぎの香り。ふわふわでとろけるたまご。
熱を出していないときでも食べたいと言って、ちゃんと噛むものも食べないとだめ!と、カヨに叱られたのを思い出した。
「これ、カヨが作ったやつだ」
「うん。カヨ、これは自分で作ったって言ってた。」
カヨの料理は、アヤネにとっての『おふくろの味』だった。
自然と食がすすみ、体内があたたまっていく心地がする。
気づけば、お粥が入っていた器は空になっていた。
スキュブは満足そうに微笑み、盆を持って立ち上がる。
「スキュー、待って」
アヤネがスキュブに声をかけると、去ろうとしていた足が止まって、振り返る。
「カヨにありがとうって言っておいて。
それと……」
スキュブが最後の言葉に首を傾げた。
目には翳りと炎の揺らめきのような色がちらついている。
「これ、ほどいてくれないかな……
この状態じゃ、仕事にいけない」
「だめ」
即答だった。有無を言わせないような鋭さだった。
「何があったのかは分からないけど……身体は大丈夫だし、どこにも異常はないから、動ける状態なの。
だから大丈夫。心配ないよ?」
アヤネはそう言って微笑みかけたが、スキュブは鋭く目を細めた。
睨んでいるようで、どこか泣くのを堪えているような顔だ。
「……うそつき」
スキュブの声は掠れている。
「身体は、異常がない。動くことは、できる。それは本当だけど、そこじゃない。
アヤネはいつも大丈夫じゃないとき、大丈夫って笑う。
身体は動くからって無理して動く。こころはぼろぼろなのに、そう言って笑う。
わたし、アヤネが大丈夫じゃないって知ってるのに、アヤネは大丈夫って無理して笑うの!」
スキュブの叫びが響く。
スキュブはギュッと眉間にしわをよせ、奥歯をきつく噛んだ。
「アヤネは、つらいときに笑う。苦しいときに笑う。泣きたいときに笑う。
どうして?どうしてうそつくの?どうしてごまかすの?」
「だって、それは――」
アヤネ前のめりになって、倒れかける。
「……動けるんだから、動かなきゃ。それに、お前に心配かけたくないし……」
「無理してる方が心配。ずっと一緒にいるもん、わたし、アヤネがつらいとき分かるよ……?」
「それでも――」
「でも、じゃない」
スキュブは、話はこれまでだと言うように踵を返し、足早に扉へと向かった。
「スキュー待って!」
アヤネが叫ぶと、扉を開けかけていたスキュブの手が止まった。
しかし、振り返らない。
「お願い……一緒に行かせて……」
スキュブの手がぴくりと震え、振り向きかける。
だが、スキュブはドアノブを握り直して、前へ向き直った。
「……アヤネが大丈夫になるまで、だめ。
アヤネが本当に大丈夫になるまで、わたし……外に出さないから」
扉は少し乱暴にしまった。
バン、という音が虚ろに響いて、アヤネは一人、暫く扉を見つめていた。
・ ・ ・
スキュブは一人、廊下を歩いていた。
廊下は影でいっぱいで薄暗く、足音はからっぽに響く。
自分一人しかいない。
自分の足音だけしかしない。
嫌に静かな朝だ。変に暗い朝だ。
本当は、日が暮れたまま、太陽がのぼってきていないんじゃないか、と感じる。
ふと、アヤネの顔が脳裏に浮かんだ。
昨晩、意識が朦朧としていたアヤネを支えながら、テレポートを唱えて家まで帰ってきた。
その時のアヤネは、大丈夫だなんて、間違っても言えないような状態だった。
呼吸が落ち着いてきたと思ったら、魂が抜けたようにぼーっとしてしまい、かと思ったら、突如何かを思い出したように呻きだす。
そこからはまた酷い息切れを繰り返したり、嘔吐を繰り返したりで、アヤネはとても苦しそうだった。
それなのに、アヤネは笑った。
スキュブが背中をさすりつづけ、嘔吐も落ち着いてきた頃、アヤネはふとこちらへ振り向いて、窶れた笑顔を見せてきたのだ。
――大丈夫、心配しないで。
――わたしはもう大丈夫だから。
顔色は血の気が引いたように悪く、声も震えて今にも倒れそうなのにそう言った。
全然大丈夫じゃない。
いつもそうだ。“あいつ”から通信が入ってきたときと一緒だ。
アヤネは“あいつ”の記憶に引きずり込まれると、暫く戻ってくることができない。
一旦は回復しても、ふっとした拍子に気分が落ち込んだりしやすく、大切なものが抜け落ちてしまったようになる。
身体は落ち着けば回復していく。
だが、こころの傷はなかなか治っていかない。
それなのに、笑う。
それがスキュブにはとても痛く、たえられるものではなかった。
ぽた、と持っていた盆に雫が落ちた。
頬を伝う感触、熱くなっていく目頭に、足を止める。
しゃくりあげる音が、孤独に響いた。
やっぱり朝なんてきていない。
ずっと夜のままだ。暗くて果てのない寒さに、引きずり込まれたまま帰ってこられない。
「……スーちゃん?」
顔を上げると、そこにはカヨがいた。
お気に入りの赤いワンピースが風に踊る花のように、揺れて見えた。
翡翠色の目が、優しく細められる。
「あーちゃん、だめだった?」
スキュブは頷いた。
涙が、更に盛り上がる。
「あーちゃん、無理して笑うでしょ。昔からのくせなの。」
カヨが、編まれずにおろしたままになったスキュブの髪を撫でた。
「悩みなんて、誰にも相談できないって時期が長かったせいかもね。
あーちゃんが“あいつ”のことを話してくれたのも、すっごい時間かかったからなぁ……」
「……わたし、たりない、のかな」
スキュブはしゃくりあげながら、必死に言葉を紡いだ。
「足りなくなんかないよ。くせで咄嗟にそうしちゃうっていうか……」
カヨは目を伏せた。
「助けを求めるって概念が、とっても希薄なの」
「……どう、して?」
「……だって……親の庇護下でしか生きられない年齢のときに、戸籍上は父親にあたる人に、あんなことされて……ずっと誰にも相談できなかったっていうか……あーちゃん、酷いときは喋れなかったし。」
「なん、で……?なんで、アヤネが……」
「子どもって、親にとっては飾りみたいなものだもの」
カヨは酷く冷たい声で言い切った。
スキュブは思わず、息を飲む。
「子どもは、自分が親だっていう社会的地位を得るための飾りなの。自分を飾るためのアクセサリー。
あーちゃんの本当のお父さんは、そういう人じゃなかったみたいだけど……新しい父親にとっては、自分の性欲を発散するための人形にしか見えてなかったってわけ」
カヨの表情の一切が消えた。
「あーちゃんは……そんな存在じゃない。あーちゃんは、人形じゃない、道具じゃない。
あーちゃんは、わたしの唯一。わたしの……」
カヨはそこまで一気に言い切って、ため息をついた。
「とにかく、あーちゃんは無意識に自分一人でがんばろうとしちゃうの。
そんなことしなくていいのに。言ってくれれば、何だってするのに。」
スキュブは俯きながら、頷いた。
「辛いときには、辛いって言ってほしいよね。
苦しいときには、助けてって言ってほしい。
泣きたいときには、いつだって胸を貸すのに。
一人で抱え込んで、一人でずっと苦しまないでほしいってだけなんだけどね」
カヨは目を伏せて、寂しげに笑った。
その言葉が、表情が、呼び水となって涙を誘う。
スキュブは声を殺しきれず、嗚咽をこぼした。
何故か涙が止まらない。とめどなく、こころが溢れかえってしまったようで、どうにもならない。
どうして涙が止まらないのだろう。
どうして、こころが決壊したように、溢れて止まらないのだろう。
想っているのはアヤネのことだ。
カヨが言ってくれたことが、今アヤネに対して思っていることの全てだ。
胸が苦しくてたまらない。
自分が大きな繭になって、アヤネを包んでしまいたかった。
自分が、アヤネの痛みの全てを覆って癒す、かさぶたになれたら、と何度も思った。
「……悔しいよね。大好きな人の痛みをとってあげられないこと。
ずっと傍にいるのに、何もできない……」
カヨはハンカチを出して、スキュブの涙を優しく拭った。
「でもね、スーちゃん。覚えていて。
こころの痛みはすぐに消えていかないものだし、わたしたちができるのは、傷を治すお手伝いくらいなの。
無力に思えるかもしれないけど、それがわたしたちのできること。それがスーちゃんができること。
だから、傍にいてあげて。自分の無力さとか、ちっぽけさに押しつぶされそうなときもあると思うけど、それが一番、あーちゃんの痛みをとる力になるの。」
「……ほん、とに?わたしが、いれば、アヤネの、いたいの、とれる、かな」
スキュブはしゃくりあげながらも、涙を振り払うような、芯のある声色でそう言った。
「……時間はとってもかかるよ。
でも、わたしたち家族だもの。きっとできる。
自分の存在を……スーちゃんがそこにいてくれるっていうだけで、すごい力になるんだってこと、信じて。ね?」
「……うん」
カヨはスキュブの頬を両手で優しく包み、微笑んだ。
つま先立ちのそれは、背の小ささを錯覚させるような気分にさせた。
スキュブは自分が小さな子どもになったような気持ちで、素直に頷く。
「よし!それじゃあ食器はわたしが片付けておくから、まずはお仕事行っておいで!
あーちゃん、ハードなスケジュール組んでるんでしょ?はやく行かないと間に合わないよ!」
カヨはスキュブが持っていた盆を取り、スキュブの背中をぽんと叩いた。
スキュブはその勢いに少しだけ元気をもらった気がした。
最後の涙を腕で拭って、しっかりと頷く。
「ありがとう、カヨ」
スキュブはそう言って走りだした。
編まれていない、長い髪がなびく。
切った風が頬を掠めて、涙のあとを消していく。
隣にアヤネがいないのは、とても寒くて苦しいけれど、カヨがくれた灯火が、胸の中をあたためてくれている。
今日一日は、なんとかたえられそうだ。
隣に誰もいなくても。
大好きなアヤネがいなくても……




