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新しい章へ、突入です
月の綺麗な夜、どこかの路地裏で静かに影が揺らめいた。
虫や蛙が歌い、星もらんらんとした明るい夜は、人影のない静かな祭りのようだ。
昼は影を潜めた者たちの賑わいは、ちょうど今頃らしい。
草に隠れた者たちは歌声を上げ、隙間や物影に眠っていた者たちは路地を散歩する。
だから、夜をいつも徘徊しているのは、人の形をなしていない者たちばかりだった。
しかし、今夜は違うらしい。
影はため息をつくと立ち上がり、しなやかに路地裏を抜けていく。
先程まで自分の足元にいた、意識を失って倒れた男達に目をやることもせず、影は冷めた虚ろな目で、頬にかかった長い髪を払うようにした。
路地裏に、一匹の虫が迷いこんだ。
虫は倒れた男達に、首を傾げるように触角で触れたりしたが、動かないことが分かると興味を失ったのだろう。
何事もなかったようにその側を歩いていった。
・ ・ ・
強い日差しが注ぐ町に、そよそよと風がふいた。
鮮やかな花弁をいっぱいに開いた花が揺れ、半袖の服の町人は、額にはりついた前髪を上げて、ふとそれに目をやる。
店が並ぶ道には話し声に混じって、風鈴の音もちらほら聞こえてきている。
品揃えにも、野菜や果物も夏が旬のものが増えてきていた。
そんな夏めいた町に、ざわめきがおこる。
驚いたり、首を傾げたりする人々の視線の先には、アヤネと、アヤネに勢いよく抱きついた、背の小さな全身鎧の人がいた。
スキュブとディートリッヒは、それをいつものことだと、ただ眺めていた。
「あーちゃーーーーーーーーん!
ゃーん全身マジ武装なのも似合ってるぅ〜〜!」
かたい鎧で身を包んだカヨはムギュムギュと……いや、これはガチガチ、のほうが正しいかもしれない。
かたい鎧であることもお構いなしにアヤネを強く抱きしめた。
「……痛いんですけどー。てか勢いよく抱きつくなよその格好で……」
アヤネはもう諦めた様子でされるがままになっている。
カヨはいつもこんな感じだ。鎧を着ていようが、何を着ていようが、勢いよく抱きついてくるのだ。
「いいじゃーん、あーちゃん防御力アップの魔法即行で使ってたじゃん」
「そうしないと痛いんだよお前のタックルは」
「抱擁って言って?」
「この蛇の絞め技みたいののどこが抱擁なんだよ」
「蛇のそれは抱擁でしょ?」
「死の抱擁ってか。じゃあわたしはお前に鯖折りされるわけ?」
「そんなふうに殺しはしないって〜」
「半殺しにするんだもんなわたし分かるよ」
「これではんごろしにします」
「ハンマー持ってそれ言うのやめて?」
カヨは半殺し抱擁を止めはしたが、急にハンマーを取り出したので、周囲の人がざわついた。
それはそうだ。
カヨは全身鎧だ。顔までフルフェイスのヘルムだ。
カヨがこんな行動をとらずに、ディートリッヒの隣を黙って歩いていれば、どこかの貴族の息子とその護衛、というように見える。
それを眺めていたダリアはスキュブの隣まで寄って、小声で話しかけた。
「……なあ、アレお前の知り合いか?」
「む?知り合い……ではない。かぞく、だな」
「身内かよ?!」
驚いて思わず大声を出してしまったダリアは困惑した様子だった。
「わたしの、弟の、妻。アヤネとは姉妹のようなもの、とアヤネが言っていた。」
スキュブは淡々と説明するが、ダリアの眉間には更にしわが寄った。
「えっと……お前の弟の嫁で……お前の身内の……?どうなってんだお前んとこ……」
「わたしもよくわからない。だが、かぞくだ」
ダリアはため息をついて、眉間を軽く揉むようにした。
「……そうだな。お前にとっては家族、だもんな」
スキュブはこくりと頷いた。
「……お兄様、友人ですか?この方は」
ディートリッヒがダリアとスキュブの間に入ってきた。
「ゆうじん?ふれんど、というやつか?それとも、フレンズ?」
「……後者についてはカヨとお姉様が酔ったときの定義、とすればあまり精神的によろしくないのでやめていただきたいのですが……」
ディートリッヒは、フレンズ、という言葉がよく使われたアヤネとカヨの会話を思い出して、酷く疲れたときのような怠さを覚えた。
アヤネとカヨは、酔うと謎のハイテンションになって、「わたしたち、親に問題があるフレンズーー!」とか言いながらモンスターを叩きまわることがあった。
そのときの会話は、スキュブとディートリッヒにとっては笑えない内容なのだ。
その上本人たちがゲラゲラ笑いながら言うので、非常に何とも言いがたい気持ちになる。
「ん?こいつがお前の弟か?」
ダリアがディートリッヒを指さした。
「……うん。ディート。ディートはわたしの弟」
「へえ。じゃあこいつもお前みたいにバンバン何でも倒せんのか?」
「もちろん、倒せる。
……わたしのことは、まだ倒せない、かな」
スキュブが首を傾げて考える素振りをした。
「それはそうでしょう。お兄様に敵おうだなんて無理な話です。弱ったヒヨコが蛇に喧嘩を売るようなものですよ?」
「ディートはひよこじゃないよ」
「例えです。それこそ、のろまな小虫とか」
「例えでも、違うもん」
「じゃあ、何です?」
「ディートはわたしの、かわいい弟」
スキュブはディートリッヒを背中からぎゅっと抱きしめた。
ディートリッヒは珍しく、少し狼狽えた様子を見せる。
「ちょ、お兄様。公の場で急にこういうことは」
「む?カヨもよくやってるぞ?」
「やってましたねさっき。ですが違いますお兄様。お姉様とカヨの間ではあれは挨拶くらいのものですしどちらかといえばカヨの突進といいますか」
ディートリッヒがこころなしか早口だ。
「……だめ、なのか?」
スキュブが眉尻を下げる。
「アヤネとカヨは良いけど、わたしとディートは、だめか?」
「いえ、そのようなことは。違います、お兄様。そういう意味ではなくて……」
ディートリッヒが酷く悩んだような唸り声をあげる。
「……どういう意味?」
「それはですね……ほ、ほら。目立ったりすると何かと不都合でしょう」
「兄弟は仲良くしてても目立ってない。
仲良くしてなくて、喧嘩してたりするほうが人間は目を向けるぞ、この町では」
「そうでしたか。ですけどね、お兄様……その……」
ディートリッヒが言葉に詰まっていると、それを見ていたダリアが噴き出した。
スキュブは驚いたのか、眉をぴくりとさせる。
「ふふっ……いや、ごめんな、お前ら仲良いんだな、本当に」
ディートリッヒは微かに眉をひそめる。
「……当たり前です。私とお兄様ですから」
「何だよ、かわいいのは兄貴と話してるときだけか?」
「かわいい?私がですか?適当なことを言わないで下さい。」
「……ディートはかわいいぞ?」
不機嫌な口調で言ったディートリッヒの言葉に、スキュブはこてんと首を傾げる。
ディートリッヒは本日二度目の唸りを上げた。
アヤネとのやり取りをある程度終えたカヨは、それを見逃さなかった。
目ざとく目を光らせて、早足でディートリッヒ達のほうへ寄ってくる。
「わーお、二人とも仲良しブラザーじゃん、イチャイチャしてんじゃん?」
フルフェイスのヘルムで見えないカヨの顔は明らかにニヤニヤと笑っていた。
「……そちらもだいぶお盛んで。昨晩はだいぶお楽しみでしたものね?」
ディートリッヒは皮肉たっぷりに引きつった笑顔で、鼻で笑う。
「誤解をうむ発言やめてディーくん?昨日はディーくんと一緒にぐっすりだったじゃんわたし?」
「武器の手入れやらアイテムの選別やらで、旅行前の子どもみたいでしたものね?
疲れたのか私を抱きまくらにしてからすぐにいびきかいてましたし」
「うっそいびきかいてた?」
「嘘です。寝言です。」
「そっちのほうがやばいんですけど?!」
「私、しっかり覚えてます。お姉様にお伝えしてもいいんですが」
「やめて?やめろまじで?てかごめんって、かわいい夫にかわいいちょっかいかけただけじゃん?」
「あなたのかわいいは……いえ、まあそうですね。私は該当しますね。
それはそうとしてこのちょっかいは許しません。覚えていないさい」
「はいはい、夫婦喧嘩は自宅でやって」
カヨのあとをついてきたアヤネが手をぱんぱんと叩いて、二人の間に入った。
「カヨはいじわるしない。ディートはほどほどにね」
アヤネは杖でカヨの額を軽く小突いた。
「お姉様の願いとあれば。数十秒ダウンで許してあげましょう」
ディートリッヒは前髪を指先で流して、すっと背筋を伸ばした。
しかしスキュブに抱きしめられたままなのでいまいちピシッとしていない。
「それ、ほどほどじゃなくない?」
「お前にはそれが適切」
「あーちゃんが一番容赦ない件について」
アヤネはまた杖でカヨの額を小突き、ダリアに目をやった。
「そこの全身鎧がうるさくてごめんね」
「いや、仲が良くていいんじゃねえか」
「仲が良すぎて、たまに困っちゃうんだよね」
「仲が悪くて困るよりかいいだろ」
「それはそうだね」
アヤネは口元を上げると――よく見ないと分からないくらいだが――カヨたちの方へ振り返る。
「ほら、カヨとディートは久しぶりにわたしたちと依頼走るんでしょ。
容赦しないからね。わたしとスキューの目標タイムの半分で終わらせるから」
カヨがビクっと震えた。
「ぅゎ、そーいやあーちゃんリアルタイムアタックマシーンだったわ。」
「忘れてたの?本気だしてもらうからね。」
「はなからそのつもりだけどさ、あーちゃんの高速周回、息つく暇もないんだよね……」
「分かってるならさっさと行くよ。」
アヤネはカヨの背中を押しながらギルドへ向かっていった。
スキュブもディートリッヒと一緒にそのあとをついていく。
ダリアはその四人の背中を見ながらボソリと呟いた。
「あいつの身内……濃いな……」
・ ・ ・
その日のギルドの食堂は一際騒がしかった。
噂話、ヒソヒソ声、ざわめきの層は厚く、一つのテーブルに向けられていた。
これでは近寄るのも勇気がいるが、そんなことは気にしない者や、それに呼ばれたメンバーが楽しげに話している。
「へぇ〜!君は妨害系の魔法が得意なのか〜!楽しいよね、妨害……!」
へカテリーナは目を輝かせる。
カヨはぶんぶん頷いて親指をグっと立てた。
「麻痺したやつを燃やしたりさ……成功するとよしッてなる……」
へカテリーナが拳をぎゅっと握る。
カヨは手でハートマークを作り、親指を立てた。
「チャームもいいよって言ってる」
アヤネはカヨのジェスチャーを翻訳した。
カヨはディートリッヒの『お願い』により、身内以外と話すのを禁じられているため、このような会話方法となる。
「チャームね〜!わたしも若い頃はバンバンやった……
そっかぁ、アヤネの身内だもんねぇ、鎧を脱いだら美人さんだなさては〜」
カヨはダブルピースをした。
「……カヨは綺麗ですよ。だから顔を隠しておかないと危なくて困ります」
ディートリッヒは軽くため息をついた。
「君は旦那さんなんだもんね。美人な奥さんもつと色々不安になるってよく聞くなぁ。
そこんところ、うちは大丈夫だから安心だね。ね、ロッパー?」
へカテリーナに、いたずらな笑顔を急に向けられたロッパーは、一瞬モノアイをちかちかと点滅させて、かたまった。
しかし、暫くするとゆっくりと首を傾げてモノアイを横棒を一本引いたような形にする。
「否定。へカテリーナは、きれい。きれい、美人の定義を十分満たす」
「ストレートに言うなぁもう〜!」
へカテリーナはロッパーの胴を肘で軽く突いた。
ロッパーはびくともしないが、モノアイは弧を描いて嬉しそうだ。
「二人とも、すっかり仲良しですね」
ルイスは微笑んだ。
「まあね。正直、最初はどうなるかなって思ったりしたけど、案外問題ないかな。
ロッパーの方は色々あったけどね」
「感情の処理に試行錯誤を重ねた。へカテリーナがいなければ、不明なまま終わっただろう」
「いっぱいお話したもんね。
なあに、人間だって処理に困るものだからね、ゆっくり解決していけばいいさ」
へカテリーナとロッパーは微笑みあった。
カヨは大きく頷く。
「おや、そちらの夫婦さんも色々大変だったのかい?」
へカテリーナの問いに、カヨは握った拳を手のひらでパクパクと包む仕草をしたり、何かを引っ張る仕草をしたりして、親指を立てた。
それを目の端で見ていたディートリッヒは、微かに眉根を寄せる。
「カヨ?お喋りが過ぎますよ」
カヨは自分の口を指さして、顔の前でぶんぶんと手を振った。
「喋ってないじゃん、じゃないです。お姉様も翻訳はぼかしてくださいね」
ディートリッヒはため息をついた。
「あーうん。あれだね。ディートの愛が重いみたいなそういうことだね、だいたい。
でも似たようなこと、カヨもやってるからおあいこじゃない?」
カヨは心底驚いた、というような様子でびくりとし、握った両手を顔の横まで持ってきて、ぷんぷんと振った。
「そんな覚えないとか言わせないぞお前。ディートに色目使ってきたやつに混乱魔法かけてたじゃん。」
アヤネの言葉に、こくりと頷くカヨだが、すぐに肩をすくめる。
「当たり前のことだって?何?命があるだけマシって言いたいの?」
カヨは親指をグッ!と立てた。
こいつ、ディートリッヒに食われたり、束縛されたりで大変なこともあるけど、そこが好き!とジェスチャーで言うだけある。
とはいえ、カヨが唱えられる混乱魔法は最上位のものなので、人によっては数週間発狂したような状態になるだろう。
混乱がとけるまでの間、命に別状がないかと言われると、首を縦には振れない。
「……それにしても、よく分かりますね、アヤネ。
彼女とは、いつもこのような形で会話しているのですか?」
ルイスが興味ありげな視線をアヤネに向けた。
「いや、いつもは普通に会話してるよ。たまにこいつが顔芸だけで会話してきたりするけど……」
「顔芸?」
「そうそう。こんな風にっ……って真似できないや。」
怒りをあらわにする顔芸をしようと思ったのだが、どうにもうまくいかない。
すると、スキュブが小さく手を上げた。
「アヤネ、わたしできるぞ」
「え?本当に?」
スキュブはこくりと頷いて、目をぎゅっと瞑って歯をむき出しにした。
……確かにそれで正解なのかもしれないが、カヨのはもっと漫画のような、顔の筋肉を使うような表情だ。
スキュブのそれでは、ハムスターのモノマネというか、ただただかわいいだけである。
アヤネはくすっとしただけだったが、一番動揺していたのはディートリッヒだった。
ディートリッヒは飲みかけの水を噴き出しかけ、むせっている。
「ちょ、ちょっとお兄様?!何をしているのですか!」
「カヨのまね」
スキュブが変顔のままディートリッヒの方へ顔を向ける。
ディートリッヒは席から立ち上がってスキュブの元へ急いで駆け寄る。
「おやめください!ちょっと!あとカヨのはもっと変です!お兄様はやめてください!」
「わかった」
スキュブは元の顔に戻ったが、カヨは拳を上げて抗議のポーズをした。
アヤネはすかさず翻訳する。
「誰が変ですってー!だって」
「変でしょう。あなた変顔で私を何回むせさせたか覚えてないんですか?
人が飲み物飲んでるときにわざとやってますよね?」
カヨは肩をすくめ、手で四角の形を描いて、それを口に運ぶ仕草をした。
「お前は食ったパンの枚数を覚えてるのか?ですって?
あー分かりました。鎧の中に水ぶちこんであげますね。
お姉様、お兄様、外に出ましょう。カヨを水責めにします。」
ディートリッヒは手をパン!と叩いてカヨの方へ近づいてきた。
カヨは急いでアヤネの後ろへ隠れる。
「何隠れてんの」
アヤネがカヨへ目をやると、カヨは手をあわせ、ペコペコとしだす。
「助けてって?どうしようかな〜」
アヤネはわざとらしく目をそらした。
「お姉様?カヨと私、どっちの味方ですか?」
ディートリッヒはニンマリと笑った。
「どっちにしようかな」
アヤネもニマっと笑い返して、スキュブの方をちらりと見た。
それに気づいたディートリッヒは眉を上げて、笑みを深める。
「お兄様はどっちにします?」
スキュブは杖を取り出してはいたが、首を傾げて悩んでいた。
「ねえカヨ。この暑さで全身鎧って熱くない?」
アヤネはスキュブの方を見ながら言った。
後ろでカヨが顔の前で手をぶんぶんと振っているが、アヤネに隠れてスキュブには見えていなかった。
「……そうか。カヨが熱いなら、氷とか、作るぞ」
スキュブは気持ちがかたまったらしい。
明るい顔になって杖をしっかりと握った。
カヨは両腕で大きくバツを作って、首を横にぶんぶんと振る。
「氷じゃなくて水がいいって。氷作ったら炎で溶かしてあげな」
アヤネが片眉を上げてそう言うと、スキュブは頷いて立ち上がった。
アヤネはカヨに背中をぽかぽかされていることに気づいていたが、無視した。
「それじゃあ外に出ましょうね。
ほら、カヨ。いつまでもお姉様にくっついてないではやくしてください」
兄には笑顔を向けたのに、カヨの方へ振り向いた瞬間、真顔になったディートリッヒは、平手に拳を軽く打ち付けている。
臨戦態勢ばっちりのようだ。
カヨは少しの間、小さく唸っていたが、急に腹を括ったように走り出した。
どうやら逃げ出すつもりらしい。
だが、それも読まれていたようで、ディートリッヒがいつの間にか取り出していた槍に、カヨは足を引っ掛けられて盛大に転んだ。
ディートリッヒはカヨが起き上がる前にカヨをひょいと持ち上げて――いつもはお姫様抱っこだが、今回は肩に担いでいる――笑顔でギルドを去っていった。
アヤネとスキュブもそれに続いてギルドを去っていく。
ヒソヒソ話していた人の群れに、さっと道ができた。
ディートリッヒ含め、アヤネとスキュブはそれを気にすることなく、人が捌けた道を、軽々とした足どりで歩いていった。
「……それにしても、人気者だねぇ、あの子たち」
へカテリーナは頬づえをつく。
「人気、というより恐れ、を感じる。あそこの人たちは皆、アヤネたちの仕事の速度を恐ろしく感じているような言葉を発している」
ロッパーは首を傾げ、モノアイをちかちかと点滅させた。
「今日のアヤネたちの依頼達成の時間はおよそ、いつもの時間の半分だ。
おそらく、加勢による時間短縮だろう。
しかし、それは良いことだ。全員生還且つ、難関で請け負う者の少ない依頼も達成した。恐ろしく思う必要はないと思うのだが」
「アヤネが何て呼ばれてるか知ってる?ロッパー」
へカテリーナは片眉を上げた。
「黒曜の魔女と呼ばれていたのを記憶している。
黒く、きれいな髪がそう呼ばれる原因とは思うが、魔女の定義は分からない。」
ロッパーはアヤネの姿を記憶から呼び出した。
ローブのフードから垂れている黒く長い髪は、つやつやしており、日の光をいっぱいに浴びたカラスの羽を想起させる。
スキュブの白い髪もきれいだが、アヤネのそれも同じくらいきれいだ。
へカテリーナも、アヤネの髪を見たときはとても感動したらしい。
黒いローブばかりじゃなくて、かわいい服も着てほしい。きっと似合うだろうから、とへカテリーナは度々思うそうだ。
「魔法が得意な女の子はね、よく魔女って言われるものなのさ。
悪魔と枕を交わしてるんじゃないかってね。わたしも若い頃は言われたなぁ」
「それでは魔女というのは褒め言葉に値するのでは?
……しかし、枕を交わす、が分からない。悪魔に枕をどうこうして、何かあるのだろうか、疑問だ」
へカテリーナは何とも言えない微妙な顔になった。
嬉しい気持ちや、悩んだ気持ちが混ざり合うと、彼女はよくこういう表情をする。
感情のカフェオレ状態、とも言うらしい。
「枕を交わす、は学習しなくていいよ、うん。大丈夫、今後使うことないし。うん。
それよりもだ、二つ名がついたりするくらい強いってことだよ。強いと妬まれたりするってわけ。ね、ルイス?」
へカテリーナは早口でそう言った。
しかし、ルイスはどこかを見つめたままで、こちらの話は聞こえていないようだった。
「おーいルイスくぅん。考え事?」
へカテリーナが少し声を大きくしてそう言うと、ルイスははっとしてこちらへ振り向いた。
「……すいません、聞いていませんでした。
……考え事をしていて」
ルイスの目が微かに揺らぐ。
「考え事してたにしたって珍しいねえ。こころここにあらずって感じだったよ?
疲れてるんじゃない?歳とると、いつの間にか体力おちてるんだぞ?無理しないでね」
「そう、ですね。今日はゆっくりします」
ルイスは困ったように笑った。




