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いつもどおりのあさがはじまるね

 花贈りの日を過ぎた朝は、微かに祭りの余韻が漂っていた。

 色とりどりになっていた地を、風が箒のように軽くはいたのだろう、昨日ほど花弁は散らばってはいなかったが、まだちらほらと華やかな色が見える。

 

 祭りの熱というのは次の日の朝まで残るものだ。

 道を歩けば祭りの跡があちらこちらに見つかる。

 おそらく、明後日の朝にはきえているだろうか。夢から覚めた直後の、ゆめうつつな心地に似ているものだから、案外今日の昼頃には夢のように消えてしまっているかもしれない。 

 アヤネは家に置いてきたプランターのことを思いながら、そんな物思いにひたっていた。

 

 スキュブからもらったサギソウのプランターは、日のあたりも良く、風通しも良い場所に置いてある。

 本当は持ち運べればいいのだが、ずっと持っているわけにはいかないし、日のあたらないアイテムポーチのなかに入れておくのはかわいそうだ。

 育て方については、後からディートリッヒに詳しく聞かねばならないだろう。

 あの子はカヨのために、日のあたりが悪いところでも育つ花を育てていたり、日あたりのよい庭を作っていたりする。

 

 カヨはハーバリウムやドライフラワー、押し花などを好む。

 学生時代に四つ葉のクローバーを見つけてあげたら、喜んで辞書に挟んで押し花にしていた。

 ときには栞にしたりして眺めていたりしたものだ。

 

 今、彼女の部屋にはどれくらいの花があるのだろう。

 大量にあったら、それはディートリッヒが送ったものだ。

 カヨが喜ぶ姿を見たくて、長年送り続けた愛の証だろう。

 

 

 

 祭りの後の道を歩いていると、スキュブがふと足を止めた。

 どうしたのかとスキュブに目をやると、表情が強ばっている。

 その理由はすぐに分かった。目の前の脇道からルイスが歩いて出てきたのだ。

 彼もこちらに気づいたようで、はっと足を止めた。

 空の色にミルクを数滴さしたような、綺麗な色の目が見開かれるのが分かった。

 

「……この前は、うちのスキューがごめんね」

 

 アヤネが先にそう言うと、スキュブもそれに続く。

 

「……この前は、急にごめんなさい」

 

 スキュブはアヤネの背に隠れることなく、頭を下げる。

 

「ああ、いえ。そちらにも事情があるというのは、何となく分かっていますから……大丈夫ですよ」

 

 ルイスは柔らかな笑みを浮べる。

 

「この子、昔に色々あってさ。たまにパニックになっちゃったりすることもあるから……そういうときはなるべく、迫害したり、変な目で見ないでもらえると助かるな」

 

「迫害だなんて、そんな。人間誰しも、癒えないものを抱えて生きているものですから」

 

 ルイスの表情に、微かに薄暗い何かが見えた。

 触れようとすれば、バチリと指先が痛んで思わず手を引っ込めてしまいそうな、底の見えない闇の秘匿が見えた気がして、アヤネは眉根を寄せた。

 似たようなものをどこかで見た覚えがある。

 底の見えない闇を抱えて生きるのは、毒の混ざった酸素を吸いながら生きていくようなものだ。

 毎日が辛く、のぼる朝日を恐れ、夜は目を瞑るのを恐れ、虚ろになった身体でさまようような――

 

 誰にも言えないことはある。

 外に持ち出せぬ、他人に明かせぬ重苦しいものが、誰にでもあるものだ。

 

 アヤネが言葉の続きを言えないでいると、近くを誰かが通り、足を止める。

 元気なくせ毛が目の端にうつった。おそらくアンヘルだろう。

 

「おはようございます!三人同時に会えるなんて何かハッピーですね!」

 

 明るい声だ。振り返らずともこれで彼がアンヘルだと確定する。

 

「おはようございます、アンヘル。

 ……あ、頭に糸くずがついてますよ」

 

 ルイスがそう言うと、アンヘルは髪をわしゃわしゃとし始めた。

 

「えー、どこですか?このへん?」

 

「逆です。もうちょっと右」

 

「ここですか?」

 

「そう、そのあたり」

 

 示されたところを払うと、糸くずが落ちる。

 アンヘルもそれが分かったようだ。人懐っこい笑みを浮べてぺこりと礼をする。

 

「とれましたー!ありがとうございます!」

 

「こちらこそ。」

 

 アンヘルは、それじゃあとぶんぶん手を振りながら、ギルドの方へと歩いていった。

 

 朝から元気なやつだ。

 目覚めたときからあの調子なのだろうか。

 多分、のぼる朝日を憎く思ったことはないのだろう。起きた直後、鏡を見ても笑顔の練習ができるくらいだ。

 それはそれで良いのだが。

 

 すると、先程去っていったアンヘルが走って戻ってきた。

 

「あれー?そういえばロッパーさんとすれ違ったりしてません?」

 

 ここまで来るのにすれ違った覚えはない。ルイスも同じようで、首を軽く傾げている。

 

「すれ違ってないな。いつもこれくらいの時間なの?」

 

「そうなんです。ロッパーさんいつも僕と同じくらいの時間に来てて……

 昨日のことも聞きたいのに……」

 

 アンヘルが心配そうに俯く。

 

 花贈りの日は想いを告げる人も多いイベントだ。

 アンヘルの様子からすると、ロッパーはへカテリーナに花を贈ったのだろう。しょっちゅう相談にのっていた彼からすれば、とても気になる内容だ。

 

「先に着いている可能性もありますし、とりあえずギルドに行ってみてはどうでしょう。遅れて来るのであっても待てますし」

 

「そうですねぇ……とりあえず行ってみます!ありがとうございましたー!」

 

 ルイスの提案に頷くや否や、アンヘルはまた走っていった。

 アヤネは転ばないか気になって、その背中を暫く眺めていたが、彼は躓きもしなかった。

 祭りの余韻が漂う空気を切ってぐんぐんと走っていく。

 

「……昨日といえば。スキュブは何を贈りました?」

 

 ルイスがスキュブに微笑みかける。

 

「……サギソウ。弟にも聞いた。良い花言葉だって」

 

 スキュブはちらりとルイスの目を覗きながら、少し俯き気味でそう言った。

 

「ああ、あの花。良かった、あなたの気持ちに沿っていたようで。」

 

「……うん。アヤネも、気に入ってくれていた。家宝にするとか言ってたから、間違いない」

 

 なぜそれを知っている。

 

 昨晩カヨに手紙を送るのに、音声入力していたのを聞いていたのだろうか。

 あの日は本当にハイテンションで、その勢いのまま、カヨに怪文書を送りつけてしまったかもしれない。

 後で燃やさねば。

 

「まあ、家宝だなんて。それはすごい。」

 

 ルイスが見たこともないような穏やかな笑みを浮かべている。

 何がそこまで微笑ましいのだ。スキュブは微笑ましいのは否定しないが、こちらの発言には笑える点など一つもない。

 

「そりゃ、スキューからの贈り物だもん、家宝に決まってるじゃん」

 

 アヤネは少しむすっとした顔になっていたが、ルイスはそれを気にしていないようだ。

 そんなものかわいいものだと言わんばかりに微笑みを崩さない。

 

「ふふ、本当にその子のことが好きなんですね」

 

「当たり前でしょ。スキューはわたしの太陽なんだし……」

 

 そこまで言ってはじめて、スキュブが身じろぐのに気づいた。

 顔を見てみると、少し頬が赤い。

 指を組んだりして落ち着きもなく、目を伏せている。

 

 これ以上話すとボロが出かねない。はやめにここから去らねばならぬ。

 アヤネはギルドへ向かおうと、スキュブの手を引いた。

 

「そ、それじゃあ、わたしたちは先に行ってるから。またね」

 

 アヤネはそう言うや、ルイスの返事も聞かずに早足で歩いていく。

 手を引かれたスキュブもそれに驚くことも、体勢を崩すこともなく付いていった。

 

 ルイスは仲睦まじい二人の背中が小さくなるまで、暫く立って眺めていた。

 

 

 

 ・ ・ ・

 

 

 少しずつ賑わい始め、受付にも人が並び始めた頃、アンヘルはギルドの中を歩きまわっていた。

 ロッパーを探しているのだが見つからない。昨日のことも聞きたいし、今日の依頼は彼と一緒にやる予定だった。

 真面目な彼が約束をやぶるなんて考えられなかった。今までそんなことは一切なかったし、急な用事ができたときはわざわざ知らせに来てくれるくらいだ。

 色んな人に彼を見かけなかったか聞いてみたが、誰も見かけていないらしく、皆も今頃には来ているはずだと首を傾げていた。

 

 彼の自宅に行ってみようか、と思い始めてきたあたりで、へカテリーナも見かけないことに気づいた。

 彼女も今頃には来ているはずだ。

 

 二人に何かあったのか。

 

 会ってみれば分かるだろう。アンヘルは駆け足でギルドを出た。

 

 人数が増え始め、賑わい始めた街を走る。

 話し声や、店から聞こえる様々な音のなか、地面を蹴って、路地の方にいないか、物影にいないか、無機質だけどもどこかあたたかい動きをするロッパーの影を探す。

 

 もしかしたら道中で人助けをして遅れているだけかもしれない。

 途中で誰かと話し込んでいるだけかもしれない。

 ひょっとしたら、次の路地で見かけるかもしれない。そうであってほしかった。

 

 そのとき、心臓がどくどくと速まっているのに気づいた。

 胸のなかで心臓がうねり、急かされるような不安を感じる。

 走っているときの、疲れるがどこかさっぱりとするような気持ちの良いものとは程遠い、気味の悪い動悸だ。

 

 それが何なのか、アンヘルは直感的に気づきつつあった。

 思い当たるものがある。想定外の敵が出てくる前の、頭のどこかがピン、と張りつめて、他のことにどんなに集中していたとしても、ふと危険に気づくときのそれだ。

 脳が静かな警告を発しているのだ。本能的な部分がこの先で待ち受けている何かを察している。 

 分かりやすくいえば、嫌な予感、というやつだ。アンヘルは胸の内側で百足が這うような、ゾッとする胸騒ぎを感じて、眉をひそめた。

 

 はやく行かねばならない。アンヘルはその気持ちに駆られて、風を切り走っていった。

 


 ロッパーの家に着いた頃、アンヘルは息が切れ、膝に手をつけそうになっていた。

 しかし、友達の安否確認が先だ。ゆっくり休んでいる暇はない。

 アンヘルは一度ゆっくりと長く息を吐いてから、ドアを少し強めにノックした。

 いつもはわくわくしながらしていたノックの音が、今はやけに重たい。

 

「ロッパーさん、いますか?」

 

 割と大きめの声で言ったが、返事がない。もう一度ノックをして同じことをしたが、やはり返事はなかった。

 アンヘルは窓のある方へ行き、つま先立ちになって部屋を確認してみる。しかし部屋の中は空っぽで薄暗い。

 ドアノブをひねってもみたが、彼が施錠を忘れるわけもなく、周囲が嫌に静かに感じるあたり、この家には本当に誰もいないのであろう。

 

 アンヘルは一度俯き、考えを巡らせる。

 

 ――へカテリーナの姿も見えなかった。

 同じタイミングで姿を消したとなると、やはり昨日なにかあったのだろうか。昨日へカテリーナの家に行くとは聞いていないが、行ってみなければ分からないこともある。

 

 アンヘルは再び地を蹴って走り出した。

 その小さな背中は暑くなってきた気だるい空気を切り、街のざわめきにとけていった。

 

 

 

そういや感想とかお気に入り登録を促すと埋もれにくいとかなんとか

感想とか書けるんですかねこの作品……

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