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「……んで、なんでこのメンツなんだ?相談相手を間違ってるってアヤネにも言われなかったのかよ」


 恋愛相談、テイク2。

 今回の相談相手はダリアとルイスだ。

 ほとんどの者が昼食を済ませ、依頼をこなしに外へ出ている時間帯であった。

 そのおかげか、ギルドのなかはいつもより静かで、どこか落ち着いている。


「……言われました……でも、ちゃんと真剣に相談できる相手となると……こうなって……」


「そういう理由は分かるけどよ。だからって恋愛相談にこのメンツはねぇだろ……」


「えぇ~……ダリアさんはかっこいいし……ルイスはモテるし……」


「ルイスはモテてもよぉ……女の”お”の字もねぇだろ。難攻不落、不沈漢、色仕掛け殺しって言われてるんだぞ。

 娼館のやつらに、お前らのなかの一番人気がルイスを客にできるかって賭けをふっかけたら、全員できねぇ方に賭けたくらいだぜ?」


「……なんて賭けをしてるんですか……」


 ルイスが呆れたようにため息をついた。


「まあいいじゃねぇか。てかよ、本当にお前、恋愛に関しては何の噂も出てこねぇよな。聞こえてくるのは根も葉もないやつばっかりだ。」


「そんなこと知って何になるんですか?」


「いじって何か奢らせる……ってはならねぇなぁ……」


「お金がないならそうしますが」


「ちげぇんだよ、相手の痛いとこを突いてどう出てくるのか反応を見て……どう勝負をつけようかってのがおもしれぇのによ……」


「闘鶏に出される雄鶏じゃないんですから……そんなことばかりしていると、自分にも矛先が向くことくらい分かっているでしょう?」


「それを待ってんだよ。それをどう潰そうかって考えるのさ」


「いずれ痛い目にあいますよ」


「言われなくても。何度かあった」


 ルイスはまたため息をついた。そして、やれやれといった様子で水の入ったグラスに口をつける。

 

 ダリアはどこか血の気が多いところがある。

 常日頃から周囲の人と何かしら喋っており、からかってくる者にはそれ以上のからかいで返す。喧嘩を売られれば必ず買う。

 その逆もあり、彼女からからかいにいくときもあるし、喧嘩を売りにいくこともあった。

 だから彼女の周囲はいつも騒がしい。その輪の中には酔った者もいることが多いので尚更だ。

 台風の目のようである。彼女がいくところには必ず喧騒ができて、いつの間にやらそれを聞いた人たちが吸い込まれていって、それを言うならお前はどうだとか、この前こんなことがあっただとか、そんな言い合いになるのだ。

 しかし彼女はいつも無傷でその言い合いに勝ってくる。

 時には悪い話をでっち上げられている者の味方について、うまく立ち回り、勝ってくることも多かった。

 彼女にとって都合の悪い話を出しても、それ以上の話をもって彼女は反撃してくるので、口喧嘩で彼女に勝てるものは少ない。その上腕っぷしも強い――振り下ろせばモンスターの頭だって砕いてしまいそうなメイスを愛用している――ので、暴力沙汰に発展しても同様である。

 そのため、言い合いに参加した者や、その噂を聞いた者たちは、いつしか彼女を『鋼の女』と呼ぶようになった。

 どんなに叩こうが傷ひとつつかず、打ち返してくる。

 どんな状況でも退かず、地を両足でしっかりととらえて立っている――

 その様子から、人は鋼を連想したのだろう。

 彼女もその二つ名を気に入っているらしい。

 本人曰く、「鋼っていうのは良いよなぁ、強度もあるし、粘り強い。そうなれたら願ったり叶ったりだ」らしい。


 そんな彼女に懐き、会うたびに駆け寄っていくのがアンヘルだ。

 アンヘルも彼女に助けてもらった者の一人である。そのときの背中を見て、自分もいずれそうなりたいと憧れを抱いたのだろう。

 ……彼の性格では、口喧嘩に勝てることはなさそうだが。

 しかし、ルイスから見ると彼女はそうはうつらない。

 先程の発言から分かるように、どこか彼女のことを危ういと思っている節がある。

 無意識に勝利することを求め、流れるような動きでそれにたどり着く様子に、彼は何か暗いものを感じているのだろう。

 敵も多く、味方も同じくらいに多く……人との繋がりのなかで嵐のように巡っていく、流星のような魂。

 その核には雲も星も、月さえもないときの深夜の空に似たものが押し込まれている……

 その正体が何なのかは、彼女の口から語られることはない。


 

「質問、いいだろうか」


 ロッパーが挙手した。ルイスとダリアは二つ返事でそれを了承する。


「了承、確認した。感謝する。

 ルイスに質問する。アンヘルから女性にモテる……好かれやすい、と聞いた。原因は何だ?『モテる秘訣』というのがあるのか?」


 ルイスはそれを聞くと眉尻を下げて困ったような顔をした。


「うーん……この歳で恋愛対象にされてしまうのは、若く見られてしまいがちだから……としか言えないですね……」


「ちげぇよ、童顔だからモテるんじゃねーよお前は」


 ダリアは肘でルイスの肩をつついた。


「私のような男より、アンヘルの方がかわいらしいと思うのですが」


「そりゃあ年下のかわいいやつが好きってのには人気だな。

 あれだ、お前は色々面倒みちまうから、若いのにときめかれるんだよ」


「それであれば、ヘカテリーナが大勢から好かれても良いでしょう」


「ハッ、ありゃあなぁ、おせっかいの焼きすぎってやつなんだよ。この前ギルドに入ったばっかの新人が、自分の母親より三倍はしつこいって言ってんだぜ?」


「まあ……少々過剰だとは思いますが……面倒見が良いのは事実ですよ」


 ルイスがそう言うと、ロッパーが再度挙手をした。

 何か質問だろうか。一同はロッパーに目をやる。

 

「……ルイスの意見に共感する。特に、後半部には強く頷かざるを得ない」


 まさかの共感であった。皆、予想外の言葉に驚き、一瞬動きが固まった。ダリアに関しては口をぽかーんと開けている。


「ちょ、お前、マジか?!お前平気なのかよアイツのウルトラおせっかい?!」


「平気だ。むしろ感謝している。何かとオイルやボディを綺麗に拭けるタオルをくれた。メンテナンスもしてもらったことがある」


「アイツ機械いじりもできんのかよ?!何でもできるなんて言ってたが、マジなのかよ!!」

 

「マジ、というやつだ。こちらの要望通りの改良を加えてくれたときもある」


「ただの魔法使いとか嘘じゃねーか!機械技師もやれるとか初耳だぞ!!」


 ダリアがそう言いながらテーブルを手のひらで軽く叩いていると、一人の女性の影がダリアの背後に忍び寄ってきた。

 ダリアは気づいていない。

 だが、アンヘルは気づいたようで、その顔を見て、しまった、という顔をした。


「そうだぞぉ~わたし、掃除洗濯料理といった家事は勿論、機械生命体さんのメンテナンス、改良、お悩み相談まで何でもできちゃうんだぞぉ~~~

 ねぇ~~ダァリア~~?信じる気になったかーい?」


 ダリアはぞっとしたのか、肩を強ばらせる。

 急いで振り向くと、そこには笑顔のヘカテリーナが立っていた。


「げ、リーナじゃねぇか!!こっわ、お前暗殺者かよ!アタシが気づけるように背後に立てよバカ!」


「だってわたしの話してるんだもーん、驚かせてやろうと思ってさ」


 ヘカテリーナはダリアの肩に腕を回して寄りかかった。


「十分驚いてんだよこっちは。お前が機械技師としてもいけるとか聞いたことねぇぞ!

 つーか重い!お前太ったんじゃねぇのか?寄りかかんならロッパーにしとけよ、お前の体重に耐えられるようにしてあるんだろ?」


 ヘカテリーナは唇を尖らせる。


「昔色々あって機械いじりできるのさ~

 ってか太ったとか酷いじゃないか!レディにそういうこと言っちゃ駄目だろう?!確かにお腹がぷにぷにになってきたけど……」


 お腹をつまみ、ヘカテリーナはルイスをじとーっとした目で見た。


「……ルイスは太らないよね。羨ましー。あーあ。わたしの方が歳上だけどさ、不公平じゃない?」


「大弓をひくのには筋力がいりますからね、鍛えていると脂肪もつきにくいですよ」


「わたし魔法使いなんだけど……トレーニングとか……キツいというか……」


「そうしていると腰をやりますよ」


「腰とかヤメテ……歳を実感しちゃう……」


 ヘカテリーナは腰をさすりながらダリアの肩から腕をほどき、ロッパーのもとへ歩み寄った。


「うえーん、ロッパ~!時の残酷さがわたしをいじめてくる~!」


「……時間には、反撃が不可能だ。すまない……」


 ロッパーの目の光が弱くなった。がくりと顔を伏せた様子から、申し訳なさそうな雰囲気が伝わってくる。


「時間には誰も逆らえないからねぇ~……仕方ないわ……

 時間、老化、老朽化といえばロッパーは大丈夫かい?いつでもメンテナンスしてあげるよ?」


「ヘカテリーナによるメンテナンス……三日前に診てもらった。次回のメンテナンスはもう少し後でも良いと判断する……が」


 ロッパーの目が緩やかに点滅する。頭部からは、しゅいぃーー……と中で何やら忙しなく処理を行っているような音がしていた。


「ヘカテリーナがそうしたいのであれば、お願いする」


「おっけーおっけー!まあでも三日前にみたばっかりだからねぇ、いつもの周期でいこう、近々予定を調整しようじゃないか」


「ヘカテリーナのメンテナンスは、優先度が高い。予定調整の必要はない」

 

「なぁに言ってんのさ!友達との予定とかそういうのがあったらそっちを優先したっていいんだぞ?」


 ヘカテリーナはロッパーの肩部をぽんぽんと叩き、アンヘルに微笑みかける。


「ねー、アンヘルもちょくちょくロッパーのとこに遊びに行ってるんだろう?大切だからね、そういうの」


「確かにちょくちょく遊びに行ってますよ!お話するの楽しいですし!」


「若さを楽しめていて感心感心。いいねぇ、元気に遊べるのは今のうちだからさ……」


 ヘカテリーナは膝を擦ってため息をついた。


「まあ身体が老化するのは嘆いたって仕方ないか……

 それじゃ、わたしはそろそろ行くよ。後輩ちゃんたちに魔法を教えてくるのだ~」


「ヘカテリーナさん、また魔法教室開くんですね!おつかれさまです!」


 別れ際にアンヘルがそう言うと、ヘカテリーナはニヤリと笑った。


「……アンヘルもくるかい?ルイスよりは鬼じゃないよ?」


「前に参加してちんぷんかんぷんだったので遠慮します!!」


「それじゃあ後で基本のキから教えてあげよう、魔法は使えて損はないからね」


 ヘカテリーナは手を振りながらそう話し、食堂を去っていった。 

 それを見送った後、ダリアはハッと何かに気づいたように身を乗り出す。


「そういえばよ、恋愛相談ならリーナにすりゃいいじゃねーか。あいつ色んなやつの話聞いてたのを思い出したぜ。」


 しかし、アンヘルは困ったように俯いた。


「確かにそれはそうと思ったんですよぅ……でも……そのですねぇ……」


「何だよ。もしかしてリーナのことが好きだからとか言うんじゃねぇだろうな」


 アンヘルがびくっとし、ロッパーが微かに顔を上げて硬直する。

 二人とも反応が分かりやすすぎである。

 これでは嘘もつけないだろうし、誤魔化すこともできないだろう。

 アンヘルなんかは特にそうだ。顔に「何で分かったんですか?!」と書いてあるような表情をしている。


「……お前らなぁ……もうちっと顔に出さない工夫をしろよ……鎌かけられたらアウトだろ……」


「え、ぼ、僕何もイッテナイデスヨ、そ、ソンナァ、ボクワカンナイナ」


 アンヘルの目が泳いでいる。悪あがきなのだろうが、あまりにも下手である。


「顔に書いてあんだよバーカ。ロッパーもなぁ、別にいいけどよ、何か隠しながらっていうなら気を付けろよ」


「……分かった、善処する」


 二人とも反省しているようだ。

 アンヘルはロッパーに手を合わせて謝罪している。ロッパーはうんうんと頷いて、アンヘルの肩に手を添えていた。


「標的はヘカテリーナ、ですか」


 ルイスが顎に指を当てる。


「最終的にどうしたいかによりますが、彼女を振り向かせたいなら、彼女自身に相談するのもありでしょう。どうにしろ、相手のことをちゃんと知るために会話は必要ですから」


「……ルイス、結構攻めていきますね……?」


「当たり前でしょう。振り向かせたいのなら適度に攻めなければ、と私は思いますが」


「ぐいぐい行きますね……てか、ルイスはそれくらい好きな人、いたんですか?」


 アンヘルが首を傾げる。

 ルイスは少しだけ目を伏せたが、すぐににこりと笑った。


「……いましたよ」


「えっ、本当ですか?!女の子を全然好きにならないルイスが……!」


「何だか勘違いされそうな発言ですね……

 まあ、本当ですよ。とっても幼いころの話、ですが」


 ダリアのため息をつく音が聞こえた。そこそこ期待はずれだったのだろう。呆れたような顔をしている。


「なぁんだよ、それじゃあアタシと変わらねぇじゃねぇか。ガキの頃によくある話だろ。」


「えっ、ダリアさんも恋の経験が?!」


 アンヘルが大袈裟に驚いたので、ダリアは少々不機嫌そうな顔になる。


「んだよお前、何そんなに驚いてんだおい。ガキの頃のならあるわ。アタシだってそこらの女っこみたいにスカートはいてた時期とかあったんだぜ。」


「えーー!?ダリアさんがスカート?!邪魔くせーとか言いそうなのに!!」


「今は邪魔くせぇって思うけどよ、そういう時期もあったって話だよバカ。お前、アタシのことを何だと思ってんだよ。」


「かっこいい人だと思ってます!大好きですね!」


 アンヘルが明るい笑顔で答えたので、ダリアは毒気を抜かれてしまったようだ。ため息をつくと、足を組んで椅子の背もたれに体重をかけた。


「あーはいはい。お前はそういうやつだったわ。負けた負けた。」


「え、何か僕マズいこと言いました……?」


「言ってねーよ。その性格のままでいろ。」


「そうですか!分かりました!」


 ダリアはふとルイスの方を見た。ルイスはそれにすぐ気づいて、くすりと笑う。


「……私は結構慣れましたよ、ダリア」


 視線の意味にも気づいていたらしい。

 慣れるとか慣れないとか、そういうものなのだろうか。ダリアはそのたびお前なぁ、と言ってしまいそうだった。

 そうしても彼は変わらないし、そこらへんは彼らしいところなので、変えようもない。

 分かってはいるが、調子が狂わされるのでどうしようもなく言いそうになってしまう。

 ある意味一番言い争いにくいタイプであった。そもそも言い争いになるか疑問ではあるが。


「ところで、アンヘル。質問がある」


 ロッパーがアンヘルの肩を指でつつくようにした。


「はい、なんでしょう?」


「ダリアに対する大好き、というのは私のとは異なるのか?」


 アンヘルは自分の発言がそうとらえられることに初めて気づいたようだ。驚いて開けた口を両手でふさいでいる。


「ハッ……!考えたこと、なかった……!」


 恋愛相談の相方がこれで良いのだろうか。やっぱり彼は友愛と恋愛の違いも意識していないらしい。

 愛だの恋だのと語るにはあまりに純粋である。

 お世話になっている異性に好きだと言って、相手に勘違いされたりしないか心配だ。


「あ~……ロッパー、あれだ。多分違う。こいつの好きは懐いてるな~くらいでいいぞ。」


 ダリアが代わりに答えると、ロッパーは納得したようだ。こくりと頷いて理解をしめす表現をしている。


「はぁ……これ大丈夫なのかよ。ぐっだぐだじゃねぇか……」


 本日何回目になるか分からないため息をついたところで、ギルドへ早足で入ってくる足音が聞こえてきた。

 ふとそちらに目を向けると、ものすごく疲れた顔をしたアヤネとそれを心配する様子で見ているスキュブが受付に向かい、依頼達成の手続きをとっていた。

 恋愛相談を最初に受けたメンツだ。ダリアは声をかけた。


「おーい!アヤネ!スキュブ!仕事終わりか~?」


 アヤネは振り向き、受付に一言二言話すとスキュブを連れてこちらへやってきた。


「……うん。終わった。今日の目標は達成かな」


「そうか。珍しく疲れた顔してんじゃねーか。苦戦したやつでもあったのか?」


「苦戦したのはない。スキューがウルトラ優秀だから。」


「じゃあ何で修羅場をくぐってきました、みたいな顔してんだよ?」


 すると、アヤネの顔が嫌なことを思い出したように歪んだ。


「めっっっっちゃ人に絡まれた……主に……スキューが。」


 アヤネは空いている席にスキュブを誘導し、自分もその隣に座った。


「スキュブが絡まれてお前が疲れてんのか。あれか?引き剥がすのに疲れたってやつか?」


「その通り。昨日結婚式衣装の写真撮ってさ。その写真を誰かに見せたやつがいたみたいで……そしたらスキューがめっちゃかっこいいとかかっこいいとかかっこいいとか女がわーわーきゃーきゃー騒いで……」


 アヤネはテーブルを指で叩いている。


「うちのスキューは慣れてない人に絡まれるのが苦手だっていうのに、なっっかなか離れなくて。そしたら今度はわたしの話。ベールをめくって顔を見せて欲しいとか言われて……あー……やだ。ひきこもりたい……」


 アヤネはテーブルに突っ伏した。


「大丈夫か?頭なでるか?」


 スキュブは心配そうにアヤネの肩に手を置いた。


「……なでる~~……いやし……」


 アヤネの腕がもぞもぞと伸びて、スキュブの頭を撫ではじめた。

 動きは油をさしていない機械のようだが、どこか優しい。


「あ゛~~……いやされるぅ……救い……」


「そうか……それなら、嬉しい。わたしも、アヤネに撫でられて、いやされている」


 スキュブの表情は穏やかだった。

 やがて、スキュブも真似をして、アヤネの頭を撫ではじめる。

 手つきはぎこちなく、端から見れば髪の毛をぼさぼさにしているようにしか見えないかもしれないが、そこには明らかに愛が見えた。


「二人とも、今日も仲良しですね」


 ルイスが微笑んだ。


「そりゃあずっと一緒にいるからね……好き好きの好きだから……」


 アヤネは本当に疲れているのだろう。謎の言語を使用している。

 好き寄りの好き、のような響きだが、意味はウルトラ大好きのようなものだろう。深く考えてはいけない。


「質問。どのくらい、長く共にいるのか?」


 ロッパーが興味ありげに挙手をした。


「十年以上、かな。マジで長いよ。」


「十年前から、ずっと互いに好意を抱いているのか?」


「……まあまあ、そうかも。最初の頃は……わたしはひとめぼれみたいなものだったから、好きではあったけど、スキューはどうかな。」


 アヤネは腕を枕にして、記憶のなかを探った。


「好きになるきっかけがあり、互いに好きになったことを認識したきっかけもあったのか?」


「スキューがわたしを好きになったきっかけは分からないけど……ああ、この子、わたしに警戒しなくなったなぁってのはあった」


「それは、どのようなものだ?」


「……わたしが出したご飯を、匂いを嗅いだりして安全かどうか確かめなくなったときとか……ちゃんと横になって寝るようになったときとか……」


 アヤネは最初のころのスキュブの様子を思い出していた。

 言葉もあまり話すことができず、唸って怯えていたあの頃。

 食事は毒が入っていないかどうか、食べられるものなのかどうか、匂いを嗅いだり、一かじりしてみたりしてから食べていた。

 寝るときもずっと怯えていて、横になどならなかった。最低でも座って、うたた寝をしては起きてを繰り返していた。

 お風呂にいれるのは本当に大変だった。

 水浴びくらいしかできないようなので、洗いかたを教えようと手をのばせば、腕を叩き落とすし、鋏角を出して噛みついてくるし、稀に力加減を間違えたのか、アヤネの腕がふき飛んでしまうしまうこともあった。

 月の民の身体は自動再生していくので、それでも諦めることなく接触していたが。


「一番嬉しかったのは……わたしがご飯を毒見してみせる前に、ご飯を食べてくれて……ありがとうって言ってくれたときだったなぁ。

 やっと、ちょっとだけ安心してもらえたんだなって思ったら、何だかほっとしちゃった」


 その時のスキュブの一口は大きかった。

 アヤネが毒見をする前に、決心がついたような勢いで肉にかぶりついたのだ。

 今にも泣きそうな、恐怖に足を突っ込んだような顔で咀嚼して、飲み込んだときには、やっと成し遂げたというのが分かるくらいの息切れを起こしていた。

 それを見たときにわき上がってきたのは、嬉しさやら感動やらではち切れそうなもので、アヤネはふき飛ばされるのも構わず、スキュブを抱き締めに向かっていた。

 ぎゅっと抱き締めると、スキュブの身体がびくり、と強ばったが、少しずつ、少しずつその緊張は解けていく。

 そして、まだ拙い言葉しか話せない口からこぼれ落ちてきたのだ。

 ありがとう、という言葉が。

 

 しかし、この言葉には続きがある。

 涙をぽろぽろ流しながら、彼はこう続けた。


 すてないで、と。


「……あの時は、たくさん分からなくて……アヤネについていってみようとは思ったのに、分からなくて……」


 スキュブが口を開いた。


「でも、本当に痛いことをしないって分かったし、ご飯は見たことないものばかりだったけど、気持ち悪くなったりしなかった。だから……ありがとうって思った」


 スキュブの指が、優しく髪を梳く。


「それから、ずっと好き。たくさんアヤネがくれるから、わたしもアヤネにたくさんあげたい。

 ……ずっと、守っていたい」


 最後の言葉は地に吸い込まれていくような声色を孕んでいた。

 おそらく、守るという言葉の中身には違う意味も含まれている。

 それが声色の正体だ。

 アヤネはそれが何なのか、何となく分かる。他の人には分からないだろうし、分かったら逃げ出しかねないが、そういった部分を含めてアヤネはスキュブのことを愛していた。


「……ふふ、ありがとう、スキュー。お前が守ってくれるなら、わたしは無敵だね」


 微笑みかけて、スキュブの髪も同じように梳いてやると、頬がほんのり色づいた。


「……てなわけで、ロッパー、参考になった?好きになるきっかけとか、そういうのが知りたくて質問したんでしょ?そうだとしたら多分参考にならなかったと思うけど」


 アヤネがちらりとロッパーに目をやると、彼の目は細い光になっており、まるで、「うーん」と入力したときに変換予測欄に出てくる絵文字のような表情になっている。

 予想以上に器用なやつだ。


「話してもらったところ、大変申し訳ないが、言うとおりだ。

 傷ついた者に寄り添った結果、互いに想いあうようになった、ということは参考になったが、それを自身に置き換えたとき、具体的なことを予測できない」


「まあ、そうだろうね。互いに想いあうことを目的に、他人の傷に寄り添おうっていうのは、弱みにつけこんで洗脳しちゃえって感じでもあるもんね」

 

「そういうのに捕まると碌なことねぇよな」

 

 ダリアは頬杖をついた。


「そうだねぇ……うん。そうだわ。友達がそうだった。」


 アヤネはカヨのことを思い浮かべた。彼女もそんな男と付き合って、酷く傷ついた者である。


「……なんか恋愛って難しいですね……」


 アンヘルの眉尻がさがっている。尻尾を股の間に巻き込む犬のようだ。

 彼にとっては、経験したことのない、正解の見えない現象だ。知っていくほど、その正体が分からなくなっていくのだろう。

 弱気になってしまうのも道理である。


「こら、一番相談にのっているあなたがそれじゃダメでしょう」


 ルイスが苦笑を浮かべながら慰めの言葉をかける。

 言葉の内容は叱るようだが、言い方は柔らかい。


「はーい……がんばりまーす……」


 こうして第二回、恋愛相談会はお開きとなった。

 進展はほとんどなかったが、ロッパーとしては得られるものが多かったらしい、別れ際に皆にペコリと礼をしていた。

 行動がところどころ人間くさい。やはり、人間に近いというか、人間らしさというのを学習し続けた結果なのだろう。

 こころのかたちは人間に近い、機械生命体。

 ほとんど人間といっても良いのだろうが、そのこころは愛をどのようにとらえるだろうか。

 愛は刃か、春の日射しか。

 愛が彼のこころにどのような形を成すのか、今はまだ分からない。

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