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家族のかたち  作者: メデュ氷(こんにゃく味)
第一章 始まり
11/74

11

 パートナーの興奮を鎮めることに成功した二人は向かい合って座っていた。

 小さなテーブルには先程カヨが使用人に頼んで持ってこさせた飲み物とお菓子がある。

 カヨの飲み物はアップルティーで、アヤネのは炭酸水だ。

 丁寧に綺麗なグラスに注がれている炭酸水は忙しなくぱちぱちと、小さな泡が水面まで上がっては弾けてを繰り返していた。

 お菓子はアヤネがお土産に持ってきたクッキーだ。中にはアーモンドが入っているものもある。

 カヨの家にいくと聞いて、工房から急いで持ってきたものだった。スキュブのおやつに作っておいたものだったが、また作ればよいだろう。

 

 カヨはクッキーが好きだった。中でもアーモンドが入ったものが好きだった。

 学生のころは自動販売機で買ったアップルティーとコンビニで買ったクッキーをアヤネのもとへ持ってきて 、一緒に食べようとしょっちゅう誘ってきたものだ。

 あまり食べられなかったが、何となく甘い味がしたような気がする。

 本当に味がしたかは定かではないが、思い出にはほんのりとした甘さが、カヨの笑顔と一緒に残っている。


「わたしの好物、覚えててくれたんだね、あーちゃん」


「……スキューのおやつに作ってたのを持ってきただけだよ」


「アーモンドまでちゃんと入ってるじゃん。」


「香ばしくて、美味しいから」


「それ、わたしが言ったことそのままだよ?」


「……お前、そういうところ学生の頃から変わらないよな」


「ちゃーんと見てくれてるんだねぇ~嬉しいな~」


 カヨはにこりと笑った。


「ありがと、あーちゃん。わたしのこと、ちゃんと見てくれる人、大好きだよ」


「……そりゃどうも。

 それと、見てくれるやつが少ないのは、お前がちゃんと見れないように色々やってるからじゃない?」


 カヨはきょとんとした顔をした後、ニヤリと笑った。

 その笑顔はどこか、ディートリッヒに似ている。夫婦というのは似るものなのだろうか。似ていくのだろうか。


「だって、自分の腹の中を見せる相手は選んだほうがいいでしょ。頭のなかがお花畑で、なんでもちちんぷいぷいでどうにかなると思ってるような人には自分の情報なんて与えたくないもん」


 カヨの目はどこか遠い場所を思い出しているようだった。

 誰のことを言っているのかは、何となく察しがつく。


「それに、わたしのことを都合のいいお人形さんだと思っているような人に自分のあれこれを晒すのはもう嫌だもん。相手にとってのわたしは発散用のドール、弱みも握れる、なんて耐えられない」


 細められたカヨの目が悲しげに、それでいてぬらりと光る。

 それは傷付いた少女の瞳なのに、獲物を狙う蛇の目でもあった。


「みーんな、わたしのこと知らないの。好きなものも、嫌いなものも。好きな色だって、お気に入りのお菓子だって知らないんだよ。

 わたしが教えないから。好きなものも、そうじゃないように見せかけるから」


 本当のことを靄のようなもので隠すような物言いだ。

 自分の欲求を隠して、言ってほしいこと、してほしいことを相手から引き出すような遠回しの言い方。少し上目遣いに言ってくるあたりも誰かにそっくりだった。


「……わたしは知ってるよって言わせたいの?」


「知ってるならわざわざ聞かなくてもいいんじゃない?」


「お前といい、ディートといい、好意を確かめる方法が回りくどいんだよ。好きだなんて当然だし、いつだって言ってやるのに」


「あーちゃんなかなか言わないじゃん」


「言うよ」


「うそつきなあーちゃん。知ってるよ?相手に好きだって言ってさ、わたしもだよって言ってくれるのか怖いのも。好きだって言葉が嘘になっちゃうようなことがこの先起きないかどうか不安なのも」


 こころの隙間に、先の丸い針を差し込まれたような気がして、アヤネは胸がどきりとするのを感じた。

 カヨの言葉はまだ続く。


「思わぬことで、相手に『好きだって言ってくれたのに、あーちゃんのうそつき』って言われるの、怖いでしょ。自分が愛を裏切る側になっちゃうのが嫌なんだよね。

 実はあーちゃんは臆病なの。スーちゃんと似て」


「スキューと、わたしが?」


 アヤネは眉間にしわをよせた。

 あんなにかわいいスキュブと自分みたいのが似ているなんてあり得るのだろうか。


「そうだよ?スーちゃんもあーちゃんに好きって言って、わたしもだよって返してくれるか不安なの。

 自分に自信がないんだろうね。だからあーちゃんが離れていかないようにって色々するし、臆病になって何か言えなかったりするんだよ。

 あーちゃんは束縛とかはしないけど、臆病になっちゃうタイプ。スーちゃんは束縛してないようでガッチリしてるし臆病なタイプ。ね、違うけど似てるでしょ」


 何か言い返したかったが、何も言い返せず、アヤネは顎に手を添えた。

 カヨはうるさいし、いつもふざけて騒いでいるように見えるが、実は細かいところまで見ていたりする。

 使用している消耗品や食事の傾向なども見ていることが多く、教えてもいないのに好きな色や好きな食べ物を当ててきたりもする。

 彼女は人間を深く観察する。その上、勘で自分を大切にしてくれそうな相手をかぎ分ける。

 だから彼女の周りに集う人たちは、彼女のことを知ることができない。


「……それを言うなら、お前こそ似てるでしょ」


「……誰に?」


「ディートに。」


「うそ。ディーくんに似てるなんて、そんなわけないじゃん。」


「似てるよ。さみしがりやのくせに寂しいって言えないところも、めざといとこも。

 いつも言ってほしいことを引き出そうとするのも、気に入った相手の変化にすぐ気がつくのも、そっくり。

 ……ひとりぼっちで寂しいと窓の外を眺めてるところとかもね」


 次はカヨが眉間にしわをよせる番だった。顎に手を添えて、暫く考える素振りを見せる。


「……そう言われると、そうかも」


「でしょ」


「……人間、自分のことを等身大で見られる鏡がないと、自分を正しく認識できないものだねぇ。

 なんだっけ。自分も他人も知ってる自分と、自分が知ってるけど他人は知らない自分と、自分は知らないけど他人は知ってる自分と、自分も他人も知らない自分みたいなやつ……」


「心理学者にでも鞍替えするの?」


「そっちも興味あるけど、学者にはなりたくないかな。

 後はさ、自分の背中は鏡でもない限り自分で見られないみたいな」


「お前が読んでた小説にあったね、そんな文章が」


「そうだそうそう!面白かったなぁ、あれ。あーちゃんにも見せたもんね」


「一緒に読んだよ。わたしのほうが読むスピードはやくて、お前がぎゃーぎゃー言ってた」


「あーちゃんはスピードがレースカーなんだよぅ。国語の音読とか早口言葉みたいでヤバかったよね?」


「はやく終わらせたいからね」


「あれでお経よんだらどうなるんだろう。高速詠唱?妖怪、あやかし、コマンダー常磐?」


「ごっちゃにしないの。あと陰陽師じゃないよ、わたし。

 それ今の子も分かるのかな。最古の動画のネタでしょ」


「分かると信じたい……インターネット老人会になっちゃうじゃん……」


「……ぬるぽ」


「ガッ!!!」 


 やはり即レスが得意というだけある。ぬるぽしたらすぐにガッしてくれる対応のはやさだ。

 しかし、この世界ではネットミームだらけの即レスが役にたつのもアヤネに対してだけとなってしまった。他の者では首を傾げてしまうだろう。


「ここじゃもう、レスバトルできる人はわたしくらいになったね。退屈じゃないの?」


「……あ、そっか。ここじゃネットでくだらない討論もできないか。ネットないもんね。

 でも、ここに来ちゃったらネットがあってもなくても、あーちゃんくらいになっちゃうかな、お話できる人」


「……?なんで?お前ならそこらへんの人と話せるでしょ」


「ディーくんからお許しをいただけてませーん。」

 

「……あー。理解した。」


「わかってくれた?他の男と話そうものなら監禁だよ。お部屋から出してくれないんだから。」


 何度も言うが、ディートリッヒはガチのヤンデレだ。

 カヨが他の人間と話そうものなら間に入ってくる。それが異性であったら監禁までしてくる。

 使用人に指示を出すくらいまでなら許せるらしいが、そうでないものは許せないようだ。

 何もそこまでしなくていいと思ったこともあったが、ディートリッヒの気持ちが分からないわけではない。

 カヨは一見すると誰とでも楽しく喋っているように見えるし、話している相手にもそう感じさせるのだ。

 実際はやんわりと距離をおこうとしているし、さっさと話を切ろうとしているのだが、彼女の万人受けする笑顔と相手が話をしやすくなるような話術のせいで、その密かな拒絶は気付かれないことが多い。

 そのため、調子にのってあれこれ話してしまう異性もいるのだ。中には連絡先を聞いてくるような者もいる。

 ディートリッヒにとって、そのような輩は邪魔者でしかないし、排除せねばならぬ害虫でしかない。

 何せ、彼女は絶対に離さないと決めた妻である。

 唯一無二の存在で、奪われてはならないのだ。

 本当は目を塞いで、手足の自由も奪って、自分のことしか見られないようにしたいだろうに、彼はカヨの自由もあるので、という理由でそうしない。

 本当のところは、強すぎる束縛でカヨを傷つけてしまわないか不安なのだろうが、それを言葉にすることはない。


「……ところであーちゃん。聞きたいことがあったっていうかさ。これが本題だよねってことがあったんだけど。」


「……そういやそうだった。お前と話してると脱線するよな」


「え?わたしのせい?……とか言ってるとまた脱線するんだよね~。

 そんじゃせーので言おう。聞きたいことは一緒でしょ」


「うん。どうせそうでしょ」


「そんじゃいくよ?」


「いいよ。せーの」


 

「「お前どうやってここに来た?」」



 ……やはり聞きたいことは一緒だった。

 この世界に来た方法だ。

 おそらくカヨも気がついたらここにいた、と言いそうだが情報は共有して損はない。

 帰ろうと思っているわけでもないが、同じ転移者だ。知っていることがあれば聞いてみたい。


「はいじゃあわたし先攻ね。お見合いのはなしがきててクソだるいなーディーくんと結婚してるんだしいいじゃーんって、ゲームしながらふて寝したらここにいた」


「次はわたしか。夜中までゲームしながら寝たらここにいた」


「あーちゃんさぁ、ちゃんと布団で寝なよ……」


「お前もな」


 二人同時にため息をついた。

 予想通りではあったが、やはりここへ来た経緯はほぼ同じらしい。

 得られる情報はこれ以上ないだろう。細部まで掘り下げる議論は無駄な気がした。

 カヨもそう思ったようだ。髪の毛を指でくるくると弄びながら椅子の背もたれに体重を傾けた。


「なぁんだよー同じじゃんわたしら。何?運命共同体?前世で双子だった?」


「お前と双子とかありえないでしょ……」


「え?何?嫌なの?いーじーわーるー、あーちゃんのいじわるー」


「違うよ、お前は一応陽属性じゃん。わたしは根っこも表も陰なんだけど」


「陽キャは見せかけですー。あれはペルソナって言うんだっけ?プリテンダーだからわたし~根っこはあーちゃんと一緒ですー」


「それでも似てないでしょ。みかんとレモンくらいは似てない」


「同じ柑橘類じゃん。ゼリーにすると美味しいよね。わたしみかんゼリー好きなんだよね~でもレモンゼリーもさっぱりしてて好き。あーちゃんも好き」


「その系列だとわたしが食い物みたいじゃん」


「がおー、食べちゃうぞ~」


「それがガチになる世界に来ちゃったけど、どんな気持ち?ねえ、どんな気持ち?」


「最高だぜ!!!ディーくんに丸呑みされても死なないから最高だよ!!!FooOOO!」


「発狂すんな丸呑み大好き女。」


「あーちゃんはスーちゃんにまだ食べられてないの?」


「吸われはしたよ?」


「最高だね!!やっぱカニバって最高だよ!最高の愛情表現だよぉ!!」


「興奮すんな落ち着け。ほら、アップルティーだよ飲め」


 アヤネはカヨのティーカップをとって口元まで持っていった。

 カヨはそれを鷲掴みにし、ジョッキのように呷る。

 酒場の酒呑みか、お前は。

 これでは綺麗なティーカップのデザインも台無しである。

 これを選んだであろうディートリッヒが今の様子を見たら、眉間を指で押さえてため息をつくに違いない。


「ぷはー!アップルティーうめぇ!おかわりちょうだいあーちゃん!」


「わたしはお前のママかよ」


「わたしのママはもっと頭スッカスカだよ。脳ミソの代わりに虹色の綿菓子でも詰め込んでんじゃねってくらいにお花畑だよ。

 そっか!あーちゃんをママにしたらいいじゃん!ママー!もっと欲しい~~!」


「同年代にママとか言われんのキモチ悪っ」


「ひどーい!ママひどーい!!やーだー!おかわりくれなきゃやーだーー!」


 カヨがテーブルを両手で叩くと、使用人がテレポートで現れてアップルティーを注いでくれた。

 カヨは正気に戻って「あ、すいません……」と小声で言いながらペコペコしている。

 使用人は一礼して消えた。

 何ともいえぬ静寂が訪れて、途端、笑いが込み上げてくる。アヤネは耐えられずに吹き出してしまった。

 カヨは頬を膨らませる。


「何笑ってんの?!あーちゃんのせいだからねあーちゃんのせい!」


「何でだよ、お前が台パンしてんのが悪いじゃん」


「ゲーセンじゃないからいいじゃん!」


「マジで子どもかよ、台パンとか小学生かクソゲーマーじゃん」


「キッズじゃありません~はい論破とかしてないもーん!」


「ネット掲示板で意地になってたの誰?」


「わたしでーす。はい論破されましたぁ~カヨちゃんの次回作にご期待ください」


「打ちきり漫画かよ」


「俺たちの冒険まだまだこれから!」


「まさにそんな状態だね、今」


「……確かに」


 カヨはアーモンドが入ったクッキーを一口かじり、頬杖をつく。


「……あーちゃんはどうしてるの?」


「スキューの衣装とるためにギルドで依頼こなしまくってる」


「あーちゃんが?!ギルド?!本当にスーちゃんのためなら何でもやるねぇ?!人付き合いとか面倒じゃないの?」


「わりといいやつが何人かいる」


「それならいいけど……」


「お前は?」


「一回外に出たけど、トラブっちゃって……それからは深夜にちょこちょこディーくんとどっかに行ったりするくらいかな……」


「トラブった?」


「話せば長いぞぅ……それと、あーちゃんも共感できるんじゃない?」


 カヨはクッキーの残りを口のなかへ放りこみ、アップルティーで流し込む 。

 ティーカップがソーサーへ置かれたときのかちゃり、という静かな音を皮切りに、その話は始まった。


「えー。ディーくんと会えてテンションブチ上がりのわたしは、初日からディーくんとデートしようと都近くの草原にピクニックに行きました。

 モンスターは潰したし、お花は綺麗に咲いてるし、ディーくんとデートでマジ嬉しいし、途中までは良かったんだけど……」


 ソーサーに添えてあった小さなスプーンでティーカップのふちを軽く叩く。

 いらいらとしたような高い音はどこか鋭い。


「あそこ綺麗な草原だからね。都も近いし、どうやらそこそこ金持ちの坊っちゃんとかも来るみたいでさ。

 その坊っちゃん、許嫁の女の子連れてたのにわたしを見るや否や首ったけになっちゃって。ほら、わたしらって顔面チャームでしょ?雑魚は見ただけでメロメロになるんだよね。わたしそのこと忘れててさ……」


 カヨの手からスプーンがぽろりとこぼれおちる。

 スプーンは高い音を立ててソーサーにぶつかって、テーブルへ転がった。


「もう、こっからどうなるかは分かると思うけど、修羅場よ修羅場。

 女の子はボンボンの男にビンタするし、ディーくんはマジギレして槍構えだすし。

 いや、ナンパくらいならディーくんもまだ鞭を取り出すくらいで済んだかもしれないけどさ、求婚よ求婚?!そりゃ連れの女の子もビンタだよね。往復ビンタ。ディーくんはその心臓もらいうける!状態。

 わたしは苦手なタイプの男に求婚された気持ち悪さと、連れの女の子への申し訳なさと、ディーくんをどうにかしなきゃって焦りでもうテレポートするしかなかったよね。あーマジでやばかったなアレ。」


 まくし立てるように喋ったカヨはアップルティーを一口飲んで、八つ当たりするようにクッキーを一口で食べた。

 頬がクッキーでいっぱいになって、ハムスターみたいに膨らんでいる。

 唇にはクッキーの欠片がついていた。いつもならディートリッヒがとってくれるのだろう。カヨは気づいているだろうに唇を拭こうとしない。

 アヤネはため息をつくと、それを仕方なくとってやった。カヨは軽くウインクして礼をする。


「ん、ありがと、あーちゃん。それでね、おうちに戻ってきたでしょ。そしたらディーくん、手枷やら足枷やら準備し始めてさ、わたしお部屋に繋がれちゃったんだよね。

 何とか説得して、顔を隠せば外に出てもいいってことになったけど」


 カヨが言うから本当に仕方なく許可したんですからね、と眉間にしわを寄せているディートリッヒの顔が思い浮かぶ。

 既に自分の妻となったカヨが求婚される様子なんて彼は見ていられないだろう。カヨが断ることが分かっていても、自分が大切にしてきた愛する者に手を出されるのは不快でたまらないのだ。


「あーんな、握手をしたらみんな友達になれるぅ~!みたいな考え方した甘々な男とか絶対にお断りだけどさ!いや、超イケメンで性格もイケメンでもディーくん以上なんてないけどさ。

 ……わたしが他の男に気移りするなんてありえないのになぁ。」


「お前が他の誰にも惚れたりしないって分かってても、自分の伴侶にちょっかい出されんのは嫌でしょ。

 ディートの場合は余計だよ。あいつ、意外とさみしがりやだって言ってるじゃん。お前がどっかに連れていかれそうになるのが嫌なんだよ。」


「愛を裏切られるってやつ?」


 カヨの目が鋭く細められる。


「……そうかもって不安になることはあるだろ。昔あったことも関係してるだろうし……」


「……そういう意味では、わたしとディーくんが似てるって、本当なんだね」


 カヨが続きを言おうと口を開いたときだった。ドアをノックする音がして、アヤネは振りかえる。

 カヨがどうぞ、と言って開かれたドアの向こうにいたのはディートリッヒだった。隣にはスキュブもいる。


「お姉様、お迎えにきました」


 本当に迎えにきたようだ。スキュブとふれあうのには満足したのだろう。次はアヤネの番だ。


「え~ディーくん、わたしもうちょっとあーちゃんとお話したーい」


「そのもうちょっとって何時間ですか?」


「あー……二、三時間に……なるかも?」


「それをちょっととは言わないでしょう。私だってお姉様をひとりじめにしたいんです。いいですよね?」


「それだと、わたしがあーちゃんをひとりじめにしてたみたいな言い方じゃん」


「事実でしょう?」


「……うん、確かに……うん。そうだわ-…」


「ならお姉様をこちらに。

 それではお兄様、カヨをお願いします。カヨは独りになるとさみしがりますので」


「わかった」


 ディートリッヒはアヤネを迎えに歩み寄り、スキュブはカヨの元へ歩いていく。


「ちょっとディーくん、わたしがさみしがり屋ってなにさ~……事実だけど」


 カヨは何も言い返すことができず、唇を尖らせた。


「分かっているなら言い返さなくてよいでしょう。」


「まあ、うん。でも何か恥ずかしいじゃん」


「ここにいるのは身内だけですよ。恥ずかしがる必要はありません」


「それはそっかぁ……」


 ディートリッヒはアヤネの手をとりながらカヨの相手をする。

 スキュブは不満げそうな顔をしたカヨに微笑みかけた。


「アヤネから、わたしに、せんしゅこうたい、だ。

 カヨ、わたしは話すのは苦手だが……がんばる」


 スキュブは握りこぶしを胸の前に持ってきて意気込む姿勢を見せた。

 かわいい。この姿を近くで見ることができたカヨのことが羨ましい。アヤネは後で八つ当たりに手紙に怪文書でも混ぜてやろうと決めた。


「え、マジかわいい。スーちゃんマジかわいいんだけど。わたしもがんばっちゃうよ?色んな方向で?」


「……カヨもかわいいと言うのか。むむ……」


 スキュブは照れくさそうに俯いた。


「言うよ?マジかわいいよ?ウルトラかわいいよ?あー……あーちゃんが悶える理由分かるわ。これはかわいい。殿堂入りして……」


「む……やめろ、くすぐったいから……」


「やめられない、とまらない、スーちゃんせんべいじゃん……」


 カヨのテンションが上がってきて変な発言を繰り返すようになってきた。

 アヤネはじとっとした目でカヨを見る。


「それ以上やったらお前のR18フォルダの中身言いふらすから」


「え?!やめて?!てか何で知ってるの?!」


「酔った勢いで言ってた」


「過去のわたしを殴りたいんだけど?お願いディーくんには言わないで?」


 カヨが両手をあわせてお願いするのをちらりと見ながら、ディートリッヒがアヤネにそっと耳打ちする。


「……中身はどんなものが?」


「蛇の――」


「ちょっとそこの二人こそこそ話さなーい!ほら、ディーくんはあーちゃん独占タイムでしょ、行った行った!」


「はいはい、行きますよ」


 ディートリッヒはカヨを適当にあしらって、アヤネの手を引いた。

 しかし、その目はまだ諦めていない。後から聞き出すつもりなのだろう。二人になったら話してやらねばなるまい。

 ……しょうもない、何の役にもたたない話ではあるが。

 

 しとねを共にする二人ではあるが、未だにディートリッヒはカヨに手を出したことがない。

 カヨも未成年の相手に手を出すような非常識な人間ではないので、カヨから誘うこともない。

 夫婦の間でどんな感情を抱いているのか、どんな欲がその間にあるのかは定かではない。

 しかし、ディートリッヒはカヨのことなら何でも知りたがる。彼女の性的嗜好もそのうちの一つだ。

 おそらく、彼はこの先も、たとえ成人したとしても、カヨと肌を重ねることはないだろう。それでも、知っていたいのだ。それが何の役にたたない情報であったとしても。

 好きな人のことなら、綺麗なところも、汚いところも、表面のことも、内面のことも、皮膚のことも、内臓のことも知っていたい。

 世界の誰よりもカヨのことを知っていたい。

 カヨの感情、人格のひとかけらでさえ拾わずにはいられないのだ。

 カヨはそれを知っていながら、綺麗でかわいい自分しか見せようとしない。

 しかし、そのように思いながらも、自分の汚く、黒い部分を暴いてほしいと思っている。

 それはディートリッヒも同じだ。弱く、柔い自分を一切見せようとしないのに、こころのどこかではそんな自分に気づいてほしいと思わずにはいられない。

 口から出た言葉と、真に思っていることがすれ違っている二人だ。

 時にこの二人の間に立たねばならぬアヤネはため息をついた。

 これから彼とふたりきりになるのだ。

 彼はカヨに見せない、普段は抑圧している自分を見せてくる。

 カヨと似ている彼だ、それをうまく受け止めなければならないだろう。

 遠回しにしか伝えられない欲求を紐解く時間がやってくる。

 間違わぬよう、その隠されたこころを掬い上げる時間がやってくる。

 別に嫌というわけではないのだが、アヤネは腹をくくったような面持ちで彼に導かれるのだった。

 

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