「じゃ、俺たちここで別れるから」幼馴染が死ぬほど好きで離れたくない彼女と別れたい彼
「じゃ、俺たちここで別れるから」
祐樹の言葉が胸に刺さった。
え川杉瑞稀は動揺していた。
え? 別れる?
瑞稀の手は咄嗟に彼の左腕を掴んでいた。
「どういう事……私たちずっと一緒にいようって言ったのに」
私は右手を強く握っていた。
高校入学からしばらくが過ぎ、伸びてきた爪が指のシワに食い込み痛い。
「仕方がないじゃないか、時間がないんだ」
彼がアセアセと私に言い張ってくる。
「私たち幼稚園、小学校、中学校全部同じだったのに……どうして?」
納得が行かない……だって中学校卒業の時に祐樹の方から告白してきてくれたんだよ。私その時すごく嬉しかった。ただの幼馴染だと思われていない、普通の女の子としてみられていた事がすごく嬉しかった。やっと想いが通じたんだって。祐樹がショートな子が好きだって言ってくれたから自慢の長い髪も下ろしたのに。あの時「素敵だね」って褒めてくれたのに。
祐希は「はぁ」と息を問いかけ呟いた。
「もう、お前はA組! 俺はB組! クラス違うだけだけ!毎日毎日今生の別れを惜しんでる暇は無いんだよ! じゃ! 」
祐希は握られていた腕を振り解いて自分の教室に向かった。
(はぁ、最近祐樹が私に冷たい気がする。私が祐樹のそばにいる時間が短いからかなぁ。私も祐樹と同じクラスになれてたらな)
瑞稀も祐樹と同様に「はぁ」とため息をついて自分の教室に向かった。
キーンコーン
カーンコーン
朝のホームルームが始まる。
「みんな、おはようだおん」
瑞稀の担任の永谷先生は少し独特だった。
身長160cmくらいで伊達メガネ、年齢は30代前半と言ったところだろうか? 化学の先生ということもあり、日々実験に明け暮れているのだろう。実験に失敗してハリネズミのように爆発した頭を、ハードジェルで無理矢理押さえつけているのが遠目からでもわかる。スラッと細型で容姿は整っているが、最後の語尾に「おん」が付いているのが特徴だ。
「今日は特に何もないおん! いつも通りな1日だおん! 授業中に眠らないようにするおん! そうしないと先生おんおんしちゃうおん!」
ハハハ!
教室中に笑いが広がる。
長谷先生はその独特のキャラと喋り方で一部の生徒から絶大な支持を持っている。高校に入学してみんなが緊張感いっぱいな時、長谷先生がクラスのみんなの不安を取り除いてくれた。お陰でみんなとすぐに打ち解けることができ、先週行った大縄大会で見事優勝する事ができたのだ。
「おんおん! おんおん! 」
しかし、6月末になると流石に語尾がうっとおしくなる。一部の生徒は若干引き気味でホームルームを聞いていた。
「えーと、朝のホームルームはこれで終了だおん。だれか他に言いたいことがある人はいないかおん? 」
長谷先生は教室を見渡す。
(祐樹と同じクラスだったらいいのになぁ)
瑞稀は耳にかかっている髪を人差し指でくるくるしながら祐希の事を考えて黒板上の時計を眺めていた。
!!!
その時偶然にも先生と目があってしまった。
「あれ川杉さん、なんか悩みがありそうな顔をしているおん。何かあったおん? 」先生が心配そうにこちらに問いかけた。
「先生、私この教室いやです……」
「ぷお!何かあったんだおん! 」
(あっ、やばい)
瑞稀は咄嗟に口を滑らせてしまった。
流石にこの理由を「祐樹と一緒のクラスになりたいからこの教室がいや」なんて恥ずかしくて言えやしない。
えと……えと……
私は何かこの場をやり過ごそうと私は正直な気持ちで口を開く
「その先生の話し方……キモいです」
(あっ、やばい)
「な、なゃんだって」
長谷先生は自分のキャラが活かしたナイスガイだと思っていたが、瑞稀の声を聞き絶句してしまった。
「せ、先生はキモく……無いおん!初めて言われたおん!絶対キモく無いおん! アイデンティティだおん! うおおおおおん!」
長谷先生は教室から飛び出していった。
「せ、先生!!! 」
1時間目 大教室
「……というわけで、長谷先生が具合が悪くて早退した。この時間の授業は幸いにも学級活動の時間だ。そのため急遽A組B組合同で行う」
B組担任の月夜先生がA組B組を大教室に集めた。月夜先生は長い黒髪をパサッと掻き上げる。
「祐樹、やっと一緒のクラスになれたね。運命の再会だね」
瑞稀がちょこんと祐樹の隣に座りきらきらした目線がじっと祐樹の方に注がれた。
「まさか元気が取り柄の長谷先生が具合悪くなるなんてな、なんか変なものでも食べたのかな」
「ははは……どうだろね」
この櫻律舎学園は生徒の成績によってクラスが変わる。学年トップの人たちが集まるAクラスからB、C、Dクラスと続く。各クラス25名の少人数で毎月上位5名下位5名がテストの成績によって入れ替わる。
瑞稀と祐樹は元々同じAクラスだったが、5月末の1回目のテスト以降祐希はBクラスに移動してしてしまった。
「お前ら今学期最後のテストが週末あるのは知っているな。毎回話しているがB組の上位5名はA組へ下位5名はC組へ移動する。同様にA組の下位5名はB組に移動する」
月夜先生は話を続ける。
「そして新校舎が9月から使えるようになる。他のクラスより優位性を示す為、各学年のA組だけが校舎も異動だ。あそこは国の最新技術が取り揃えてある。専門の教授も手配済みだ。さあ将来有名になりたいやつは各自苦手を克服できるようにしっかり自習しろよ」
月夜先生はそうみんなに告げると、「ふぅ」と長い髪を一つに束ね、空いている席に座り事務作業を始めた。そして他の人たちも自分の苦手科目の勉強を始めた。
櫻律舎学園はここらへんじゃ有名な進学校だ。独自のシステムで去年の三年生のA組の卒業生たちも、名が知れた有名大学に入学した。
「ねぇ祐樹、新校舎ってどれくらい離れてるの? 」
瑞稀が自習の邪魔にならないように小さな声で祐樹に問いかける。
「えっとこの校舎の反対側だから片道10分くらいの距離だな」
「それじゃあ休み時間に他のクラスへ行くって事は……」
「無理そうだな」
「でも移動教室とかでいつもの校舎に来れるとかは……」
「新校舎はすべての施設が整っている。しかも最新技術が取り揃えてある」
「という事は……」
「A組とその他グループは完全に分かれる」
「私がA組……祐樹がB組、私たちせっかく頑張って同じ高校に入れたのに」
「同じ学校だし別に良いんじゃ……」
「だめなの! それじゃあ一緒に居られなくなるじゃない! 祐樹もA組じゃないとダメなの! 」
そう言って瑞稀が顔をむうぅと膨らませながら、他の人にバレないように机の下から左手で右腕をつねった。
「あいった! 」
「そこ! 静かに」
月夜先生がギリっと祐樹を睨む。
「す……すみません」
祐樹は右手を平を頭の後ろに当てて先生に軽く会釈する。
「祐樹、授業中なんだからしーだよ? 」
瑞稀が右手で静かにするジェスチャーを見せてる。
「いや、おまえが腕をつねったからだろ。ほら自習するぞ俺をAクラスにあげたいんだろ?」
「そうだよ。祐樹は私が付いてないとダメなんだから。ほら新校舎のA組の施設を使うために頑張ろうね」
「はいはい……頑張りますよ」
そう言って祐樹は苦手な化学の勉強、瑞稀は得意な英語の勉強をはじめた。
(はぁ……)
前園祐樹は川杉瑞稀と彼氏彼女の関係だが、正直後悔をしていた。
とにかく瑞稀との時間が長すぎる。
たしかに容姿端麗で性格もよく火の付け所がない幼馴染の彼女は俺の憧れだった。だから中学卒業の時に頑張って告白したんだ。
幼馴染の彼女はいつだって俺の隣にいた。毎朝起こしてくれるし、学校も通学、帰宅、その後も一緒だ。
俺と隣の瑞稀の家はかなり特殊で両親は共働きで、朝7時に家を出て22時を過ぎなければ帰ってこない。
だから平日は一人ぼっちにならないように親公認で、俺の家に瑞稀が毎日やってくる。毎日の炊事、洗濯、掃除を楽しそうにやってくれている。たまに俺の下着の枚数が合わなくなる時もあるが……
入学当時は瑞稀と同じA組で勉強を頑張っていたが、彼女の束縛が激しくなり交友関係もまともに築けなくなっていた。今じゃ女子はもちろん男子からも事務的な話しかされない。
だから俺は瑞稀と別のクラスになる為勉強を全くしなかった。結果クラス替えテストで18点というクラス最低得点を出しB組へ降格。瑞稀とは別のクラスになった。
普通クラスの降格は嫌な事に思えるが、俺は別だった。瑞稀と別のクラスになってからは気持ちがすぅっと楽になった。
最初は声をかけてくれる人は少なかったが徐々に声をかけてくれる人が増えてくれたんだ。
友達と毎日くだらない話ができるのはとても有意義な時間だった。
しかし、その時間も長くは1週間と続かなかった。
初めは昼ご飯だけいっしょに過ごしていたが、徐々に休み時間もB組へやってくるようになった。毎日毎日瑞稀がやってくるので、クラスメイトと話す事が出来ず、せっかく仲良くなれそうなB組のクラスメイトからも孤立してしまった。
俺は瑞稀との時間より友達との関係の方が重要に感じた。
(あぁ……瑞稀と別れたい。この思い伝えて、楽になりたい)
僕はそう思いながら化学の自習を続けた。
キーンコーン
カーンコーン
「お、時間だな。じゃそう言う事で次の授業もちゃんとやれよ」
月夜先生はそう言って大教室から退出していった。
「じゃ、俺もこれで……B組に戻るかな」
祐樹は筆記用具をまとめて席を立つ。
「あ! まって……あの! 祐樹! 放課後時間ある? 」
少し緊張しているのだろうか。
「いつも俺の時間はお前で埋まっているよ」
「え、嬉しい! 」
「いや、というか俺の予定くらい、瑞稀全部知ってるだろ」
「うん、それはもう朝から晩まで全部知ってるけど……実は話したい事があるの。放課後、誰にも見つからないように校舎の裏に来て!」
「ああ、わかった。ついでに俺も伝えたい事があるんだ」
瑞稀の頬が赤く染まる。
「ふふっ! そうなんだ! 同じ事考えてたら良いね! それじゃ、楽しみにしてるね! 」
そう言って瑞稀は足早に大教室から出て行った。
瑞稀は恥ずかしさのあまり走って大教室から抜けてきた。
「ふふーん! 」
(今日は言うんだ!祐樹にあの言葉を!あの時祐樹から告白してくれたけど今度は私が気持ちを伝える番!
「結婚して下さい! 私をお嫁さんにしてください」って!
祐樹、絶対喜んでくれるよね! )
放課後 校舎裏
祐樹が校舎裏へ行くとそこには瑞稀が待っていた。手をグーを作り顔が真っ赤……顔の向きは下を向いており顔が前髪に隠れてしまっている。
「よ、よう……瑞稀、いきなりどうしたんだ? 」
「あ、祐樹。来てくれたんだ」
「そりゃあな……」
「あのね! 私、祐樹に伝えたい事があるの、実は私……あ! でも祐樹も言いたいことあるんでしょ?」
「あ……ああ」
「あ、あの……よしそれじゃ一緒に言おっか……同じ言葉だったらすごく嬉しい! 」
そう言って瑞稀は「せーの! 」と呟く
「私と! 」
「俺と! 」
「結婚してください! 」
「別れてください! 」
「え? 」
2人は顔を見合わせた。
おわり