夏休み、二人きり
「ありゃ…。」
私の名前は遥、小学6年生。今日は8月11日、小学校生活最後の夏休みを満喫中。でもって、今日はクラスで仲のいい瞳子と学校に行く約束をしていて学校の正門前で待ち合わせしている。なんでも、夏休みの宿題のポスターにレタリングをしなくてはいけないらしく、今日は印刷してもらう文字と書体の希望を書いた紙を提出しに来た。しかし、少し早く着いたせいか瞳子はまだ来ていない。そして何より、今日は先生もお盆のお休みなのか、学校の門が開いていない。どうしようと悶々と考えていると、瞳子がやってきた。
「ごめんごめん、おまたせー!」
「全然待ってないよー。」
「さっき新しいサンダル買ってもらってて、早速履いてきちゃったー。」
「私のも今年買ったばかりのおニューだよー。」
久しぶりの再会にテンションも上がり話に花を咲かせていたが、すぐに瞳子も門が締まっていることに気が付いたようだ。
「あれ、今日学校開いてないの!?」
「そうみたい…どうする?」
「せっかく来たし、学校の周りを一周してみない?どこか別のところから入れないか探してみようよ。」
そんなわけで、私たちは歩き始めた。二人とも慣れないサンダルを履いているせいか、いつもより足取りがゆっくりな気がする。しかし、話しながら歩いているためそんなことは全く気にならなかった。
しばらく歩くと、学校の裏門に着いた。やっぱり先生は来ていないのか、門は開かないようになっていた。ただ、頑張れば人が一人入れそうな隙間が空いている。
「ここなら入れるんじゃない?」
そういうと瞳子はするりとその隙間をくぐってしまった。いとも簡単にくぐり抜けたことに驚いていたが、案外私も簡単に入ることができた。第一関門突破!
学校の中に入った私たちは、まず下駄箱に向かった。いくら誰もいないからと言って、さすがに土足のまま学校に上がるのはまずいだろう。それにたくさん歩いたため足の裏にじっとりとした汗をかいている。早くサンダルを脱いでしまいたい。
下駄箱に近づくにつれ、校舎の影に入り少しずつ涼しくなっていく。できるだけ涼しい格好をして家を出たつもりだったが、やはりこの暑さにはかなわない。しかし、日影を喜んでいたのも束の間、下駄箱に着いた瞬間私たちは同時にあることに気づいた。
「そういえば…」
「上履き、持って帰ったんだっけ…」
普段の習慣って、恐ろしい。夏休みに入る前の終業式の日、全員上履きを家に持ち帰ったのだった。長い間家で過ごしていたから、そんなことはすっかり忘れていた。
「うわー…どうしよう…」
「この辺に来客用のスリッパなんてなかったっけ…?」
「うーん…とりあえず探してみようよ?」
私たちはその場でサンダルを脱ぎ、つま先立ちで下駄箱の周りを見渡してみた。二手に分かれてみたけど、やはりそのようなものは見当たらない。
「瞳子ー、何かあったー?」
「何もなーい。そっちはー?」
「何もないよー。上履き、取りに帰るー?」
またあの暑い道のりを…と考えかけていたが、瞳子はすぐに
「仕方ない、今日は裸足でいいや!」
そう答えた。
「えっいいの!?」
「まあ、ちょっとの間だしいいかなー。」
少し抵抗はあったが、瞳子の言う通りすぐに用事は終わる。それに瞳子はつま先立ちをやめ、ペタペタ音を立てて提出場所へと向かっている。
「それもそうだねー!」
私もつま先立ちに疲れてきたので、ぺたりとかかとを下ろした。今までは感じなかったが、案外ひんやりとした廊下の冷たさが心地よい。冬だったら足裏冷凍地獄だな、なんて思いながらペタペタと小走りで瞳子を追いかけた。
ところで、私は学校に来るにあたり少し気になっていたことがあった。
「ねえ瞳子、この紙ってどこに提出するんだっけ…?」
「あ、それ私も気になってたんだよね…。職員室か図工の準備室あたりかと思ってるけど…」
「うーん…とりあえず職員室に行ってみる?ここから近いし!」
「そうだねー。」
職員室は同じ1階にある。ここの廊下をまっすぐ進んでいくと、その端にある。
「それにしても誰もいない学校って静かだね…」
「ほんと、二人の声と足音しかしないねー。」
「ちょっと遥、叫んでみてよ!」
「えっ誰もいないけどそれは嫌!(笑)」
そんなことを言ってると職員室の前に着いた。しかし、先生は誰も学校に来ていないわけだから、職員室が開いているはずはない。
「どこかに封筒や箱みたいなのはないかな?」
二人で職員室の入り口付近を中心に探してみたが、それらしいものは見当たらない。
「うー…ごめん、職員室とは違ったみたい…」
「んもう、遥ー!…嘘よ、図工の準備室まで行ってみよう。」
図工の準備室は3階にあり、ここからは少し離れている。とりあえず今来た道を引き返すことにした。少し歩くと、隣を歩いていた瞳子が急に立ち止まりしゃがんだ。そして遠くを見ているみたいだ。
「どうしたの?何かあったのー?」
「さっきこっちに来るときは分からなかったけど、私たちの足跡ついてない?」
「えっ!?…うわ、ほんとだついてる!」
「へえ、おもしろーい!」
「おもしろいの!?ちょっと恥ずかしくない!?」
「んー、誰も自分たちの足跡ってわからないからそうでもないかなー?」
「まあ、そうだけど…でも、何か…なんとなく恥ずかしいなー」
「まあ、わからなくもないけどねー。」
「…あれ、ってことは職員室の周りも私たちの足跡だらけなのかな!?結構うろうろしたし…」
「職員室の周りはフローリングだから大丈夫じゃない?ここからはコンクリートの廊下だから。」
「あー、そういうことかあ…。」
「夏休み明けには掃除するし、大丈夫じゃない?」
そうは言われても、やはり恥ずかしい。私は、職員室に向かう自分の足跡を消すようにできるだけすり足で歩くようにした。ふと瞳子を見てみると、すり足とまではいかないものの足跡の上を歩いて跡を見えにくくしようとしているようだった。
「なんだ、瞳子もやっぱり恥ずかしいのー?」
「遥が消したら私のだけ残って、それはそれでちょっと嫌かな…(笑)」
すり足で歩いてまで消さなくてもよかったのかもと思い始めたが、もうすぐ出発地点に戻ってくる。普段はこんな歩き方をしないから、ふくらはぎあたりが疲れてきた。しかし、思ったよりも廊下の肌触りは気持ちよく、すりすりと感触を楽しみながら歩いていると元の場所に戻ってきた。
「ふう、脚が疲れた…」
「そりゃあ、遥ずっと変な歩き方してたから(笑)」
「こうすると消えるかなって…。でも、消えたのかな?」
さっき瞳子がしてたみたいに、今度は私がひざをついて遠くまで確認してみた。頑張って歩いたおかげで、何か跡はついているがそれが足跡とはわからなくなっていた。私の通ったところは、まっすぐ線路みたいにずっと遠くまで一本でつながっている。瞳子の方は足跡に足跡を重ねて歩いたことで、四角や細長みたいな変な形の跡が続いているがこれも足跡とはわからない。ひとまず安心していた。
少しひざをついて休んだから脚の疲れも感じなくなってきた。
「大丈夫っぽい、わからなさそう!」
そう言って瞳子の顔を見上げると、何やらくすくすと笑っている。
「えっ何かあった?」
「うん、まあ…後で言うよ(笑)」
「えー何よ、今教えてよ!」
「別にいいけど…いいの?」
「今、今がいい!」
「いや、その…足裏が真っ黒に汚れてるよ(笑)」
声にならない声が出たのとほぼ同時に、私は自分の足の裏を振り返った。ひざをついて座っていたから足の裏はすぐに見えた。…土踏まず以外、焦がしたかのように真っ黒に汚れていた。
「…えええーーー!!?」
おそらく、この時の私の悲鳴に近い叫び声は学校の隅から隅まで響いたのではなかろうか。大親友とはいえこんな汚い足裏を見られたことに対する恥ずかしさで、自分でも顔が赤くなるのがわかった。
「遥さっき足跡消すのにすりすり歩いてたから、多分それでだと思うよ(笑)」
瞳子は一応フォローしてくれたが、今の私にはあまり効果はない。
「…瞳子は?…足の裏、大丈夫なの?」
「うーん、多少は汚れたけど、遥ほどではないかな(笑)」
瞳子はそう言って足の裏をこっちに向けてくれた。確かに少し汚れてはいた。しかし、埃でうっすら灰色になっているくらいだ。私の黒さと比べれば、かわいらしいものだと思う。
「これは汚すぎる…ちょっと洗ってくる!」
私はとっさに保健室の前にある足洗い場のことを思い出し、そこに向けてダッシュした。一緒にいた瞳子のことを完全に忘れ、一目散に走った。ドンドンというか、ベタベタというか、コンクリートに私の足の裏が強く触れる音のみが響いている。
廊下の半分くらいを走った頃、後ろから瞳子の声が聞こえた。
「今洗ってもまた足跡つくんじゃなーい?」
そういわれてハッとした私は、足を止めた。確かに瞳子の言うとおりだ。せっかく足跡を消しながら廊下を歩いたのに、足を洗った濡れた足で歩けばまた足跡がついてしまいそうだ。それに、まだ用紙を提出するという目的は達成できていない。足を洗うのは最後でもよさそうだ。私は瞳子のもとに歩いて戻った。
さっきは何も考えず走り出したため気づかなかったが、歩いて戻っている途中私はまた廊下に足跡をつけてしまったのではないかという考えが頭をよぎった。そこで、向こうで立っている瞳子に聞いてみた。
「ねえ、そっちから見てまた足跡ついてないー?」
瞳子はちょっとめんどくさそうな顔をしながらもしゃがんで見てくれた。
「んー、はっきりとは見えないから大丈夫だと思うよー。」
それを聞いてまた少し安心した。よくはわからないけど、たぶんしばらく掃除をしてなかったせいで、埃がたまっていたのだろう。そこを私たちが足の裏に埃を吸いつけながら歩いたから、そこの部分だけきれいに汚れがとれたせいで足跡みたいになったのかもしれない。今の私の足の裏にはもうこれ以上埃がつきそうな場所はない、完全に真っ黒に汚れた。そう考えると、廊下と同じ汚れの足で歩いてももう足跡がつく心配はないかもしれない。
ようやく瞳子のもとに戻ってきた。瞳子は相変わらずおもしろそうにからかってきた。
「遥ったら慌てすぎじゃない?(笑)」
「だって、こんなに足の裏が汚れたのなんて初めてだったから…」
思い出すとせっかく落ち着いてきたのにまた顔が赤くなりそうだ。そんな私を見た瞳子は、図工の準備室に向かう途中自分のことを話してくれた。
「私ね、学校を裸足で歩くのこれが初めてじゃないんだー。」
「えっそうなの!?」
「うん、うちのクラスに章宏っているじゃん?」
「ああ、ときどき瞳子にちょっかいかけてくる?」
「そう、で、あいつに4年生のときプール終わりに私の上履きと靴下隠されて。」
「ええ、最低じゃん!」
「そう、そのせいで給食の時間と昼休みはずっと裸足だった。掃除の時間に返してくれたんだっけ?」
「それ、瞳子もよく我慢したよね!?」
「いや、私も遥と一緒で恥ずかしくてたまらなかったよ?足裏真っ黒に汚れるし…」
私は瞳子と4年生では一緒のクラスではなかったから、そんなことがあったなんて知らなかった。しかも、私と違ってクラスのみんなに見られたはずだ。私ならその場で泣き崩れているだろう。
「それで、そのあとどうしたの?」
「怒って足を洗いに行ったけど、章宏もついてきたよ(笑)」
「何で?」
「さすがにやりずぎたって言いながら謝ってきて、私の足に水かけて汚れが落ちたら拭いてくれたよー。」
「へー、何か意外!…でも人に足洗ってもらうのってどうなの?」
「気持ちはうれしかったけどくすぐったかったな(笑)」
「だよねー」
「あ、あとで遥の足洗ってあげるよ!こんなに汚れてたら洗い甲斐もあるぞー(笑)」
「え、いい、いい、自分でやるから!」
また話が盛り上がってきたところで、私たちは3階まで階段を上り切った。いくら日の当たらない階段とはいえ、さっき走ったのと話しながら階段を上ったことでまたうっすらと汗をかいてきた。この用紙を出してさっさと足を洗い、涼みたい。
そう思っていたが、まさかの第二関門があった。図工の準備室に向かう廊下にある扉が閉められていた。
「嘘、何で閉まってるの!?」
思わず二人とも声に出てしまった。防犯のためかは知らないが、よりによってここか…。どうやら、2階までいったん降りてそこからぐるりと反対側に回らないといけないらしい。たった一枚の用紙を提出するだけでここまで苦労することになるとは…。
2階に下りたとき、脚が疲れてきたから私は何気なくふくらはぎを軽く叩いた。さっきすり足で歩いたのが余計に負担になっている気がした。すると、それを見た瞳子が
「脚、疲れたんでしょ?あとは私が一緒に出してくるよ!遥は休んでていいよー」
そう言って私の持っていた用紙をするりと取り、ペタペタと走り出した。
「いや、そんなの悪いよ!一緒に行くから!」
私も追いかけたが、瞳子は振り返らず
「いいって、これ以上足の裏汚したくないでしょー?」
それだけ言ってどんどん走っていった。
私は瞳子に気を使わせてしまったことを申し訳なく思いながら、歩いて瞳子の後を追った。確かに足の裏は汚れたが、それはお互い様だ。むしろもうこれ以上汚れるところもないくらい真っ黒になっている私の方が行くべきじゃなかったかな…。
ちょうど2階から3階へ向かう階段の真ん中あたりで、戻ってきた瞳子と会った。
「ごめん、瞳子、ここまで来たなら一緒に行ったのに…」
「へへ、結局私も遥と同じくらい足汚れちゃった!ほら!」
「えー、ほんとにごめん…。」
「まあ、いいって。それより聞いてよ、出来上がりたぶん20日過ぎるって!」
「えっ何でそんなに時間かかるの!?」
「準備室に張り紙してたんだけど、先生が家族旅行行くんだって。」
「え~何それ!?」
「うらやましいな~、うち今年はどこにも行かなさそうだし…」
「うらやましいというか、宿題は仕上がるの!?」
「うーん、まあ何とかなるんじゃない?」
「何が終わってるの?」
「まあ、何も終わってないけど…」
「ほらー!」
「そういう遥は何が終わってるの?」
「夏休みの友は終わった…あれ、時間足りるかな?」
宿題の話をしながら歩いていると、あっという間に下駄箱に戻ってきていた。毎年宿題は何とか終わらせていたが、今年は読書感想文や自由研究に時間がかかっていて不安だ。私は、サンダルを履きながら何となく瞳子に聞いてみた。
「ねえ、明日でも明後日でも一緒に宿題やらない?」
聞いた瞬間、瞳子の顔が輝いたのが目に見えて分かった。
「えっいいの!?それじゃあ、遠慮なく写させてもらおう!」
「いや、それはさすがにまずいんじゃない…?」
「冗談よ、さすがに(笑)でも、うれしい!」
「本当ー?それなら、うちにおいでよ。」
来た道を戻りながら、私たちは宿題の話を進めていた。とりあえず、明日の昼過ぎに瞳子が家に来ることが決まった。たぶん、大物の宿題を二人で話しながら進めることになりそうだ。
帰り道の途中、私たちはスーパーに寄って明日のためのおやつを買って別れた。
家に着き、ベッドに倒れこんだ。長い半日だった。気づけばもう夕方だ。今日は部屋の片づけを終わらせ、また明日から頑張ろう。…そう思っていたが、母がものすごく怒っているのを見てハッとした。私は宿題のことに夢中で学校を出る前足を洗い忘れていた。家の玄関から私の部屋に至るまで汚れた足跡がはっきりと残っている。私は裸足のままベランダの水道のところへ飛び出した。足をきれいにしたら、歩いたところの床を掃除しなければならない。今日という日は、まだ終わりそうにない…。