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異世界の夜空に舞う流星群 「休止」  作者: 望月八月
第一章 赤い目の少年
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第7話 マスカレード・ダンスその一 前編

 王都オリオン。

 グロット公爵家の屋敷。


 ソロス大佐とバリスト少尉がシンを訪ねてから二日がたった。


 執務室の机に就いてグロット公爵家現当主エヴァンス・グロットが書類にかこまれていた。


「あれから『レギオス』に関して報告は?」


 書類に目を通しながらきくエヴァンス。


「いえ、主だった情報はございません。ただ、ご購入の件について知っているアルフォンス王子殿下がもう四日間、会いたいと言っているにもかかわらずその願いは叶えられなかったとのことです。更に、連行された王立軍本部にてその管理について一切の噂が流れていませんと言う...」


 と、エヴァンスの後ろに立つ執事が落ち着いた声で答える。


「何?魔族が連れてこられたと言うのに不満も噂もないとは...」


 執事の話を聞いて、驚いた声で告げた。

 その注意深い鋭い青い目は一瞬だけ書類から横にそらされ、また手前の報告書にもどる。


「他には?お前にしては情報が少ない、ギデオン」


 つずきを促す公爵の言葉はいかにこの執事を高く評価しているのがを表す。


「はい、実は緘口令が出ているかと。私の『ネズミ共』も購入の翌日以来、連絡が付かない。おそらくは外に無断で出るのも禁じられています。なので、二日前にトランバーグ卿のお力添えをいただきました。そして、近衛騎士団に弟が所属するセリーネ卿にも声をかけました。近頃に情報を集められるでしょう」


 とギデオンが報告のつずきをした。


「ふむ、やはりお前に頼んで正解だった」


 報告を聞いて、微笑みを刻んだエヴァンスだった。


「ごもったいなきお言葉」


 右手を左胸に添えてお辞儀をしながら答えたギデオン。


「しかし、怪しいな。カール《レベノ準男爵》から聞いた話では輸送していた時にはまだ生きていたが確実に生き残れると言う保証はなかった、或いは魔族相手に誰かを失った兵が狂ったか。でも、慎重深いソロスがそんなヘマするとは思えない。そして内密にしたいならもっと慎重に動くはず...何かがある...」


 と与えられた情報を分析し、予測を立てる公爵だった。


 *****


 その日の晩。

 バリスト家の王都別荘にて


 シンがここに忍び込まれて二日を過ごした。


 体は早く回復していき、今の調子だと二日後には完全に治る。

 昔はこのくらいの怪我に半月程かかったので、比べて今二倍ぐらい回復力が上がったと推測できる。


 動くとまだ痛むが少しずつ肉体の動きに力が戻ってくる。

 なまった身体をほぐすため軽い体操をしていた彼を見て入室したオリヴィアは驚きで目を見開いた。

 自分の家の中で騎士が付ける鎧や軍服を着用しないで、若い貴族の令嬢が来ているようなものに身を纏っている。


「何をしている?安静にしないと...」


 と、しばらく沈黙の中で行われた非常に気まずい見つめ合い後に冷静な声色で言った彼女。

 何となく彼女が言っている事を察して、


「あ、いえ。...体...いい...」


 今ほど自分の言語力のなさを恨んだ事がないシン。

 これでは、『いい体をしてるね』とでも彼女に言ってるように思える。

 更に気まずい沈黙の中での見つめ合い。


「そう、分かった。でも無理しないで、容体に響くから」


 とだけ言って手に持っていた晩御飯をテーブルに置く。

 使用人がいるこの屋敷で貴族であり家の主人でもある彼女がわざわざ自分で食事を持って来る必要はないはずだ。

 でも見た目から十代後半の彼女がそう長く軍にいるとも思えなかった。

 これはおそらく任された仕事に対する責任感と新米軍人の緊張感の表しだとシンは推測していた。

 朝から晩まで本部にいる彼女がこうして晩御飯だけを自分で持って来る。

 これで連れてこられた日を含めてもう三日目。


 でも、シンに与えられる仕事について何にも言わない、そもそもあまり会話をしない。

 ソロスが言った通りなら、それに関して策戦成功の寸前にオリヴィアから聞ける。

 つまり、彼の死に関してまだ誰も食いついていないと思える。

 具体的に誰を相手にしているのか、そして誰の味方に付いているのかも分からないシンにとって不安要素が多すぎた。


 騎士の格好をしていたソロスとオリヴィアから見て貴族が絡んでいる可能性が高い。

 そして軍の施設に入れられた事からそれはこの国の政府と関わりがある。

 知っている情報はほぼそれだけ。


「...うん...」


 彼女が言った事の意味を理解出来なかったので頷くしかなかったシン。

 少し離れた位置にいる椅子へ移動して腰を降ろしたオリヴィアは無表情で彼を見つめ始めた。

 これも最初日からつずいている行動パターンだ。

 会話こそしていないが食事をテーブルに置くとしばらくただ椅子に座って彼を見る。

 これは監視のつもりか、或いは意思疎通の一種なのかは不明。

 ただシンにとって気まずいのが確かだった。


 対話が出来たらまだしも、自分からも話しかけないならただ気まずいまま過ごすしかない。

 横から感じる視線のせいで喉に行き詰まるような食事を済ますと彼女に向かってペコリと頭を下げる。

 その動作を見て毎回驚く彼女がこの瞬間だけを目撃できる為に残っているのか歌がわさせる。


 でも、この無言で気まずい時間を過ごしてシンは彼女がどういう人なのかを少しずつ理解するようになた。

 少なくとも彼に対して進んで害を及ぼすような正確はしてない。

 裏表のない素直な人なら対話しなくとも十分な時間を一緒に過ごし意識すると自然にわかる。

 シンの管理を任された、そもそも任務に対しての態度が素直な性格を表す。


 この世界に信用できる人がいないシンにとって信頼できるとまではいかないけど少なくとも敵ではない人物は貴重な存在だ。

 それが身近にいるといないとでは大違い。

 周りに敵ばかりと思い込む人は常にとんでもない精神的なプレッシャーを浴びている。

 疑い深さは適度に適用された場合は薬になりますが、乱用されては毒となりパラノイアに導く。


 この世界にいるまともな人。

 それはシンにとってオリヴィアだった。


 *****


 翌日、

 場所はグロット公爵家の屋敷、執務室。


 扉がノックされる音が響いた。


 室内にいたメイドが扉を少し開けて、隙間越しに来訪者の正体を確認する。

 少し後、扉を閉めて主人に向かって


「グロット公爵家直属の軍最高司令官大佐トランバーグ侯爵家当主ガイウス・トランバーグ卿がお越しになりました」


 と報告した。


「通せ」


 エヴァンスは目を上げずに短く指示を出した。

 再び扉を開けて、今度は完全に開いて外に待っている大柄な男へ道を譲る。


 ガイウス・トランバーグの顔には常に厳しい表情だ。

 黒髪でダークグレイ色の目、そして特徴的な傷跡。


 彼は机まで近ずくとお辞儀をした。


「お久しぶりです、閣下」


 と挨拶をする。

 エヴァンスは机から立ち上がり、


「よく来てくれたトランバーグ卿、どうぞこちらへ」


 と挨拶を返して少し離れた位置にあるお応接用に設置されたソーファ二つと背の低いテーブルに誘った。


 腰を下ろすとメイドが用意したお茶を飲みながら世間話を少ししてから本題に入る。


グレン(ソロス大佐)の本部が不審な動きをしているとギデオンから聞いて、自分の部下を動かしました。やはり、王立軍本部が緘口令を出していたが、奴隷が連れて来られた翌日に死んだと言う噂がその前に漏れた。しかし、聞いた我が兵し達は王立軍上層部を恐れて広まることはなかった。更に、その日、あそこから出た死体を処分した者を見つかったが、具体的に誰の死体なのかは見ていない、樽に詰められたから」


 最初に開口したのはトランバーグ。


「ふむ、なるほど...」


 と、思案顔を浮かべながら言ったグロット公爵。


「とうとうやらかしたかあの狸。このしったいは大きいですね、閣下。ただでさえ任された囚人が死んで、それを即座に報告をせずに隠すとは」


 トランバーグは長年のライヴァルに大ダメージを負わせる機会に食いついた。


「ま~、待て。早とちりすると痛い目に会う。だいたい、そんなに軽々と噂が流れているなら尚更だ。その処分役、どうやって見つけた?」


 慎重に状況を把握しようとするエヴァンス。


「はい、それが我が部下も使う何でも処理屋だから見つかりました。王立軍、我が軍、ゼフィーロ公爵家直属の軍、ラープラス公爵家直属の軍、全ての中層部が便利な人の情報を常に共有している。おそらくは一般兵にその仕事を任せるのをためらって外からあの男を見つかった。評判がいいから」


 と思わぬ軍の馴れ合いについて語った大佐。


「しかし、そんなにいい評判ならどうやって口を開いた?金をもらっても、次から仕事をもらえないと知っているであろう。脅迫か拷問なら信用できないし」


 と公爵は具体的にどうやって情報が漏れたと聞く。


「最初にそいつを他の軍に紹介したのはゼフィーロ公爵軍のやつらだ。だが、それはいつかこのように大きな情報を他の軍から持って帰る条件付きの取引だった。中層部と言っても貴族だ。そのような駆け引きは当たり前に毎日されていて、その何でも処理屋は皆誰かの手の内。誰の手の内にいるのかを見分けなければ負け。ですが、ゼフィーロ公爵に使えるドリーム子爵家当主が私に大きな借りがある。王立軍から情報を得られないなら、他の軍を見て当たりを引いたまでです」


 トランバーグは軍の中層部の駆け引きについて説明しながら答えた。


「ふふふ、下級貴族の駆け引きか。うむ、他の軍を当たるとは良く考えたなトランバーグ卿。であれば噂の信頼性も上がる。ゼフィーロ公爵にもこの情報が届いているのは残念がそれは仕方がない事。だが、ガキがクタバッタのは事実だと、それを隠すには何のメリットがある?」


 自分のと比べて滑稽に見えた男爵や子爵達の駆け引きを想像してほほえんだ公爵。

 そして、いよいよ噂が事実を語ると本格的に検討する事が出来るレベルに上がった信用性。

 それを考慮して何の目的を持ってそれを隠蔽しているのかと言う質問に至る。

 エヴァンスが考え込んでいる間に入室した執事のギデオンが話のあらすじを大佐から聞いて主人を見た。

 その視線をよく知るグロット公爵は目で発言を許した。


「恐れながらその質問に関してたった今有力な情報を得ています。閣下がよくお便りになられる奴隷商人ベルト殿が先ほど私を探してここへ来られました。なんでも、ソロス大佐が彼を訪れ、「レギオス」を購入することが出来る手段を聞かれたと」


 ギデオンはお辞儀をして、持ってきた情報を提示した。


「ふ...ふはは...ふはははは...血迷ったかあの狸」


 小声だが、笑いを抑えられないくらいに発想が滑稽に思えたトランバーグが最初の反応を見せる。


「ふふふ...」


 次に呆気にとられた公爵が控えめに笑いながら凍るような目で暖炉に踊る炎を眺めた。

 自分がとんでもない苦労をしてやっと手に入れた物を奴隷商店街に入って、ただ聞けば『はいどうぞ』と言われて買えるとでも思われているのか?

 その考えが彼の頭から離れられないで全身の血を沸かす。


「...そうか...そうだったのか...つまりそもそも奴隷が死んでいないと思わせるために必要な準備をする間の時間稼ぎと言うことか。だが、我々人間の全国が知る限り、あれは最後の『レギオス』だった、だから彼は失敗する...だが重要なのは、それが公の事実になれる前にこの情報をどう扱うかなのだ」


 少しの間、感情に支配された公爵だったが強制的に自分を冷静にさせる。


「ふむ、でもこっちの都合通りに全部が組み上げていくのは引っかかる」


 そして、自分が有利になるといつも最悪の場合を考慮する癖がでて、そう付け足した。


「となると、これを全部閣下に匂わせるに何のメリットがあるのかを考えないといけませんね」


 長年の付き合いで主人の疑い深さに慣れたギデオンは即座に反応した。


「軍人であるソロスがそこまで考えるとは思わないが...後ろには忠誠派の誰かがいるとしか...」


 同じ軍人として、貴族の駆け引きに対する態度を理解しているから、より深い意味を探してもおそらくは何も出ないと思っても、腐っても貴族の一人として疑う重要性を否定できないトランバーグは割れた意見を述べた。


「閣下に恥を書かせるだけ、他に思いつく利益はございません。閣下がこの情報を利用しようとした時に絶対的な証拠を持って否定すれば奴隷を無理やり購入されたことに拗ねている愚か者に見せかける事が出来ます」


 ギデオンはたっぷり思考を巡らせて自分が納得できる雄一の理由を口にする。


「同感です、閣下」


 トランバーグは眉をひそめて考えたが、ギデオンの言葉を聞いて賛成した。


「だが、それは閣下の仰る通りこの情報の利用次第ですね。他の立て役の口を用いればこちらに一切の危険はなくなります」


 と、ギデオンが自分が考えた相手の思惑に見つけた問題点を提示する。


「確かにそうだ。ただ、これはこの策の対象が私であればの話。その前提自体が間違いとあらば我々が行動すると私にこそ被害はなくとも相手に何らかの利益が訪れる可能性がある。私が負けるのは大嫌い、でもそれよりも嫌いなのは相手の思惑通りに動く事だ」


 公爵は冷血に言う。


 彼が思うには、人生において最も警戒するべきなのは自分の不利益ではなく他人の利益だ。

 例外はあるが、他人を貶めようとする人は大抵自分の利益に元付いて行動する。

 対象の不利益が自分の利益と一致しただけ。

 他人を持ち上げようとする人もまた同じ。

 対象の利益が自分の利益と一致した。

 利益を支配する人は他人を支配できる。

 幼い頃にこの行動原理の一つを発見してからエヴァンスはそれを常に意識して動く。


 無論成長するにつれて利害の他に様々な行動原理が存在する事に気付いたが、それでもこの単純だが協力な方程式は要石の一つに代わりがなかった。

 だから、率先して人と敵対する時に自分の不利益を防ぐではなくいかに相手に利益を得られないようにする事が重要だ。

 人に一切の利益を得られないようにすれば勝手に自滅する、そう彼は信じていた。


「決めた、現状では待機し進展を観察する。情報収集の努力を下げるな」


 と、エヴァンスが宣言した。


「御意に」

「御意に。では、閣下、私はこれにて失礼させていただきます」


 同時に答えた部下達。そしてトランバーグは職務に戻ると別れの挨拶を口にする。


「あ、ご苦労だった」


 エヴァンスの許しを得て大佐は退室した。

 彼は扉を出るのを見届けると、あと一分ほど間を開けてギデオンは主人に向けて


「ですが閣下、この機会を逃すことにもなりますがよろしでしょうか?」


 と、問う。

 他の人の前では決して反論しないが、主人の決定を疑う事を恐れない部下を見て嬉しそうに微笑んだエヴァンスはこう答えた、


「簡単なことさ、この一件は公になるのは時間の問題。ソロスはどうあがこうが『レギオス』を入手することは不可能。その事実が明らかになるのを防ぐのは私にだって出来ない、だから交渉材料として使えないこの情報をただ攻撃材料として使うしかない。」


 公爵は自分の考えを述べる。

 使い道はいくつあっても最も優子的なのは「情報を漏らす」という脅しで自分に有利な取引を結ぶか、或いは情報を明かし、公の面前で攻撃に使う。


「だが、それを私が明かさなくても勝手に公になった後に攻撃に使うことができる。多少は積極性と威力を失うことになっても効果はあることに変わりはない。ゆえに、罠や策に引っかかるリスクを背負わなくともできる事をわざわざ背負う行為は愚行だと言えよう。無論、新しい情報が出てそれとも状況が変われば見直す必要はある、だからこそ監視を怠るなとも命じた」


 何のリスクや相手に望んだ結果を与える可能性なしで高みの見物するのが得策とエヴァンスが結論付けた。


「なるほど、愚かな私の懸念を寛大に聞いてそして閣下の知恵をお教え頂き誠にありがとうございます。閣下の結論を疑うとは、愚行してしまいましたこの私をお許しください」


 ギデオンは得心し、尊敬する主人に向かって深く頭を下げた。


「良い、これが正解だ。私は自分で考えず、命令を一切疑えずにただただ従う部下を山ほど持っている。だが少数の最も近い部下に私の意見を挑戦するようにして欲しいといつも言っているであろう。そうしたら私が間違えた時にそれに気付くことができる」


 そう言ってグロット公爵は窓に近づいて王都の町並みを見ながら数日中に幕を上げるであろう劇を想像しながら微笑んだ。

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