第6話 ここは地獄なら下にも地獄だ
王立軍本部へ連れて来られた翌日。
まだ何の説明も受けていないままだ。
どんな目的があってここに連れて来られた考えても情報が少なすぎて見当もつかない。
最悪の場合を考えると何らかの儀式に生贄として使わせるためにだが宗教的な人物を見た覚えはない。
ここはおそらく軍の施設だとは容易に推測できるから、生贄の可能性は更に落ちる。
食事は軍の兵士並みの量と質が用意されている。
試合前以外にろくな飯が与えられていなかった闘技場とは大違い。
試合前の「元気付け」でもここの一飯に到底及ばない。
やることがなかったから、動けなかった間はひたすら魔力の操作練習をした。
ダークエルフから習った身体強化の魔法を使う為に必要だった最初の魔法練習。
自分の中にある魔力を細かくコントロールする練習。
人間だと魔力を感じる為だけに数年はかかるけど、魔力に近い存在である魔族にとっては自然に出来るもの。
これができても別に魔法は使えないが、その操作能力はどんな魔法を習ってもとても役に立つ。
シンの怪我はゆっくり動くには問題のない程度にはもう治った。
実に凄まじい回復力だ。
もう二日ほとんど動いていないから、少しでも筋肉を使う為にゆっくりベッドから立ち上がり窓まで歩く。
ずっと外の景色が気になっていたが、数時間前までは左足を動かすと痛みが酷かった。
それは今耐える程度まで下がってようやく歩ける。
窓にたどり着いたシンが見たのは中世ヨーロッパ風の街並み。
特に目立った事はなかった。
道を歩く亜人も、空に飛行しているドラゴンや魔導士、精霊や妖精の姿もなかった。
ちょっとは抱いていた猫耳とかを見られる期待も裏切られた。
日本の学生だった頃の彼はいくら武術を習うすこし心ここにあらず系と言ってもラノベや漫画、アニメに完全に疎いと言う訳ではない。
だから、少なからず異世界に対して妄想をも抱いていた。
古くて綺麗だが、ただの街並みの景色に興味が失せて、もうすこし体を動かすことにした。
部屋を移動しながら感覚を確かめる。
色んな知識と経験を持ってもこの肉体で使うには慣れる必要がある。
不幸中の幸いと言うべきか、この体は鍛え上げられて、戦場での硬化も受けた。
慣れるにはそう時間がかからない。
そしてその時だった。
扉のロックが解除された。
反射的に警戒して鋭い目で入口を観察する。
最初に入ったのは昨日見た壮年の男。
周りからは確か『ソロス大佐』と呼ばれたがそれは名前なのか称号なのか不明。
服装から見るとお偉いさんには違えない。
「お、もう立てるのか?いやはやあっぱれ、あっぱれ。しかし、昨日も思ったのが目付きの悪いガキだな~」
後ろにいたオリヴィアとおそらくは扉の前に立たされたであろう兵士二人は昨日のレナール達と同様な反応を見せたがソロス大佐は不敵な笑みを覗かせて愉快そうに感想を告げた。
その黄金に近い薄緑色の目には力があった。
グレン・ソロスの顔はお世辞にも整っているとは言えない。
風と雨、そして潜り抜いた数々の試練が岩のごとくにその顔に後を残した。
だが、シンはその顔をみて、何故か少し安心した。
ソロス大佐とオリヴィアだけ入室して扉を閉じた。
「言葉はわかるか?」
とソロス大佐が確認する。
「...少し...言語...下手...」
現代日本人として若干恥ずかしい経験だと感じたシンがぎこちなく答えた。
別にこの世界の言葉を知らなくても当然のことだが文明レヴェルが明らかに下の人に無知だと思われるのは気が引ける。
見た目はただの汚い八歳の子供だし仕方がないとも思っているが精神的なダメージは防ぎきれない。
「ふむ、そうか。じゃあ~、オリヴィア少尉お願いね」
ソロス大佐は頷き、後ろに立っているオリヴィアに視線を向けた。
「はい、大佐」
オリヴィアは短くこて、首に付けられたネックレスを外し、両手の間に持って集中した。
両方の手のひらに現れた淡い黄色幾何学的な文様がてから離れネックレスの両脇に浮かんで淡い黄色の光を発した。
そしてその輝きが薄いほぼ透明なフィールドみたいに広まりこの部屋全体をおう。
シンはそれを見て感じた、これは何らかの音操作系の魔法。
魔族は自然と魔法に近いから魔力が自然エネルギーのどの部分に触れるのかを感じる。
だから、具体的な事象と機能まではわからなくても系統や範囲を予測できる。
そしてつずけてもう一度別の三つ幾何学的な文様を浮かび上がらせて、今度はネックレスを中心に三角に浮かべてそのまま維持している。
ソロス大佐とシンの間に二つの淡い黄色の光球が現れそれぞれの首の高度で顔から数センチ離れて中に止まる。
「これなら難しい言葉もわかるかい?凄いだろ」
見るからに誇らしげにいったソロス大佐。
そしてその言葉を不思議と理解したシンは微かに目を見開いたか
「...はい、わかります」
とだけ返事をした。
「なんだ、もっと驚くかと思ったのに~」
想像したリアクションよりだいぶ薄い反応を見てあからさまに不服を見せた。
「ま~、これは戦闘指令連絡用魔術の応用だが単純に言葉を意味に変えて範囲内にいるすべねの者に飛ばすから、対象にその意味に関して何の知識や概念がないなら全く役に立たないだから、お前に使う意味はあるかどうかはやって見なければ分からん」
とソロス大佐が言った。
つまり、使ってる言語を無関係にしてはできる。
でも、「狼」を見た事もそれにかんして知識もない相手にその「狼」をいくら相手の言語で言ってもそれが何かを理解出来ないままだ。
だから、もしシンの思考力が低いとしたら、それはこの魔術では解決できない。
そして、ここでシンは問題に出くわす。
自分の思考力と知能が高い事を明かすべきか、白を切るかの二択。
不自然さで疑いを招くリスクをおうことになるがここで会話をする機会を逃せばそれがまたいつ来るか、そしてまた来ない可能性だってある。
これ以上事態が悪化する確率は低い。
今はアリンコ同然の立場をこれ以上どう悪くなってもほぼ同じ。
だが逆に自分の利用価値を証明したら何かが変わる可能性がある。
よって、利は害を上回る前者を選ぶしかない。
「なるほど、分かりました...でも、戦闘連絡用だとしたら問題がある。言語が関係ないそして範囲内全ての者だと、範囲内の敵兵もその連絡をもらえる。この連絡を暗号化する方法がないと思うし、たぶん民間時軍連絡用しか使えないですね」
と、答えた。
シンにとってもう一つの問題だったのは言葉を実際に話さないといけない。
だが、その言葉が意味に変えられるのならその言葉自体は発動装置しかないと推測した。
ただの音の列を並べてもそれに意味を込めると問題がないはず。
その逆に、特定の言語を意味化する術なら、彼は聞くことはできても、答える事は出来ない。
その仮説を試すためにひらがなの一列をただいって「なるほど、分かりました」の意味を込めた。
そして二人の反応を油断なく観察していて、意味が届いた事を確認してからつずきもひらがなを並べながら意味を込めた。
彼が『言った』事を『聞いて』ソロス大佐もオリヴィアも面を食らう。
ただの闘技場奴隷として育った八歳のガキとは思えない知性を持つ。
「...ふ...ふは...ふはははは、やっぱりこのクソガキには何かが引っかかった。昨日みたあの目、獣として育てられた子供の目じゃなかった」
数秒の沈黙の後、ソロス大佐がこらえ切れなかったのように大声で笑って愉快そうに自分の目に狂いはなかったと宣言した。
「でもま~、ここまでとは驚いたな。ま~、確かにその点が発見された時使えなくなってここにいるオリヴィア少尉が念の為に習ったに過ぎない時代遅れの魔術だ。しかし、意味が通じるなら話は早い。お前、今どんな状況か説明してやるから良く聞け。その方が我らも都合が良い。実のところお前は運が良くて、闘技場からは解放される機会をあたえられた。勿論それには義務や条件、ルールはあるが闘技場奴隷の生き方よりずっとました。だが、その仕事を拒否したらただの死では済まさない、今まで以上に残酷な地獄の中で長年生きる事になる」
ソロス大佐が何故シンにモチヴェーションを与えようとするのは奴隷制度の要石である隷属の首輪に関連する。
シンに付けられた首輪はなにも精神支配しているわけではないし、勿論体を動かしているわけでもない。
死に追い込む、物理的/精神的な痛みを与える機能もない。
隷属の首輪が支配しているのは思考と動作を繋ぐリンク。
それも、支配よりも妨害に近い原理で行われる。
奴隷は反抗的な意思を持ってもそれに関して行動する事が出来ない。
その発想が脳から体へ移動する時に必ず首を通る、そして首に付けられている首輪が展開している特殊なフィールドを通す時に分析されて、傍受される。
ただ、それを実行するため、首輪が反抗的とそうでない意思を区別する必要がある。
つまり、ルールの一覧が首輪の中に保存されている。
首輪が思考を分析している時にその一覧と比べている。
そして、許される行為は許されない行為より圧倒的に数が多いゆえ、その一覧には後者が記録されている。
この世界で使用されている首輪が元々発見された古代魔法式を元に作られている。
魔法式の中に組み込まれたのは反抗的な行為をルールセットだ。
その魔法式を分析して、増強することは世界中の魔導士が目指すことだが成功した者はいない。
よってその首輪が人を逆らわなく、逃げられなくする事はできても、何かをやらされる事は出来ない。
その技術は開発された古代文明では囚人管理用に使われたと推測されている。
だから奴隷を動かすには実際に主人が何らかの方法で(大抵は痛みや死、脅迫等々)することは常識。
つまり、護衛を務める奴隷には主人を守る為のモチヴェーションが必要なのだ。
「分かりました、それは確かに俺にとっては良い話ばかりです。でもそれを言葉を教えてからではなく、こうしてこの魔術を使ってでも早速伝えることは...何かの問題があると?」
普通に拒否する理由がない提案に素直に乗ることを決めて、必要な情報を聞くことにしたシン。
「理解が早くて助かる。問題なのはお前が魔族と言う事の事実を消すことが必要」
ソロス大佐は自分の利害をちゃんと計って行動する少年に微笑しながら無駄な事を言えずに肝心な部分だけを簡潔に伝えた。
「うむ...と言う事は俺、怪我に負けてここで死んだってことか?」
シンは少し思案した後、こう尋ねる。
「ふははは、 いい提案だが後で現れる普通の人間奴隷にしてはお前のその髪と目は特徴として有名過ぎる」
自分が最初に思いついた方法を言い当てた少年に愉快そうに笑って、その策を否定した理由を突き出す。
「ふむ、確かに...髪を添えても目が残っているし、*『意味不明』はないと思う...なら、俺のこの姿こそ偽装だと思わせる」
シンは納得し俯いた、そしてブツブツと変装の可能性を検討してから顔を上げて次の案を述べた。
『どういう事?』と言っているような二人の顔をみて、
「隠したい物は一番目立つ場所に隠すべきだ。つまり、『レギオス』が他には存在しているかもしれないがそう簡単に手に入れられる存在ではない。俺がここに怪我に屈した後、時間をあけて、いきなりもう一人を容易く手に入れた貴方は...」
「噓つきになる!」
シンが説明を終える前に得心したソロス大佐が愉快そうに笑って最後の部分を足した。
短時間で『レギオス』程のレア物を手に入れるのは不可能。
それに数年前、シンの家族が発見された時、それは大事件だった。
人間族が住まいとする領域内全ての貴族がその所有権を争っていた。
だから、シンが死ねばいきなり新しい「レギオス」が出てきたら間違いなく偽物に過ぎない。
『アルフォンス王子が欲しがっていた奴隷が死んで焦ったソロス大佐がそれを隠蔽しようとして変わり身を用意した』と言うシナリオを売る必要がある。
だが、この策戦が成功する為にはシンが本当に死んだと思わせる必要がある。
その為にそれが発見された時にソロス大佐が全力で隠蔽しようとして、それでもその事実を防ぎきれない状況を作る必要がある。
そして隠蔽鋼索が失敗したことを知らずに変わり身を王子の前に披露する。
シンの顔を知っている人はいない。
誰も見ようと思わなかった。
だから、偽物を演じても気付く者はいない。
「では、鉄は熱いうちに打てとも言うし、今日中に偽造の死を準備しないと。今日で怪我を負ってから二日目でから信頼性がある、昨日の輸送も状態を悪化させたと言えば尚更だ。そしてお前を秘密裏に別の場所へ移動する必要がある...確、今バリスト家の王都にある別荘は空いているな?」
ソロス大佐は瞬時に策戦の成功に導く段取りに思考をめぐり、オリヴィアに確認する。
「はい、現在私だけが滞在しています。ですが、大佐。この策が本当に成功すると、貴方の顔に泥を塗るようになります」
オリヴィアは肯定して上官を案じるように告げた。
「構わんさ。元々根っこからの軍人である私が政治や貴族の何たるかに興味はない。与えられた任務の為に喜んでこの命も捧げられる、貴族社会の評価なんぞ...ま~、信頼されている家臣がその面目に傷をおったら多少は迷惑を掛ける事になるが、そこは許容範囲内と思う」
自分の身を案じていなかったソロスだった。
「では、今日の夕暮れ辺りにお前を連れ出して変わり身を持ち込む。心の準備をして待て、そして念の為に怪我が悪化しているかのようにしろ」
そしてシンに告げた。
「...質問を2つ、聞いてもいいですか?」
たっぷり逡巡した後、シンが真剣な面持ちで聞いた。
「ん?何だ?不安?あまり時間はないが、何?」
準備する事が多いゆえ、時間を気にしながら許すソロス。
「...まず、薄ターコイズ色の魔法は何ですか?」
シンがそれを聞いた瞬間、二人の騎士が驚愕の表情を見せた。
「何処でそれを...あ、確か、お前の家族の討伐に向かったのはミストリア聖豊国の聖騎士団の総力だったな...あれは聖なる魔術でミストリア聖豊国にしか使える者はいない、大規模な儀式にしか使えないと噂があるけど聖騎士なら使えてもおかしくはないかもね」
最初に問いただそうと深刻な顔で言い始めたソロスだったが突然何かを思い出して視線を逸らし落ち着いた声で説明した。
それをシンが何処で見たことに勘違いしたのは嬉しい誤算だった。
回答が始まった様子から推測すると危うく今築き上げた自分に対しての信頼を完全に消滅するところだった。
この場合、二つ目の質問にする予定だった『勇者召喚』や『異世界人』に関して聞けばたぶん自分が魔族に使えるスパイだと疑われる。
だから、
「そして、二つ目は結局俺にやらされる仕事って何ですか?」
と無難にこれからの事を知りたいと主張する。
「策戦がこうなった以上はまだ言えない。後でオリヴィアが伝える」
とだけ答えてオリヴィアに合図をした。
彼女は軽く頷き術を逆の順番に解除した。
そひて、二人ともそのまま退出した。
また一人に残されたシンは言われた通りベッドに横になって考え事をする。
シンは自分の死にざまを思い出してあの光は魔法だと、そして現れた化け物がこの世界の魔物だと前々から思った。
そして、その光の正体を知った今、確証を得た。
おそらくはあれは召喚だった。
なら求めるのは勇者と召喚に関する情報。
情報詮索方向を見つけた今、残るのはそれを集めること。
*****
「末恐ろしいな、周りをしっかり観察した目を見てすばしっこいとは思ったが、まさかここまでとは...いやはや恐ろしい」
廊下を歩くソロスが感心したようにも楽しんでいるようにも聞こえた。
「ですね。これではレナール兄様と彼、どちらが貴族か分かりませんね」
と、オリヴィアが淡々とした口調で告げた。
「おいおい...全く、レナール・バリスト卿をいじめるその癖はお前らの親父に似てるから俺の前でやらないで欲しいな、思い出せるから」
少し呆れがガチに答えた大佐。
そして真面目な顔をして、
「それで、具体的には...