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異世界の夜空に舞う流星群 「休止」  作者: 望月八月
第一章 赤い目の少年
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第1話 プロローグ

挿絵(By みてみん)

 とある日本の街にいる古い道場。


 登り始めた真夏の太陽の日差しが開かれている東側の窓を通して室内を照らす。

 オオルリの鳴き声が涼しい風に流されて辺りに響き渡る。

 平和な国で迎えられる穏やかな朝。


 室内に響く足音と空気を鋭く切り裂ける音。

 その正体は十代半ばの少年が淡々と素振りをしていた。


 少年、北川辰巳きたがわたつみは真剣な面持ちで鍛錬に専念していた。

 姿勢の確認、握りの具合、筋肉の動き、それらを常に完璧にこなせてもなおも意識し続けている。

 より高度な技術、鋭い動き、自然に近い感覚を極めていた。


 年齢は見た目では14歳あたりに見えるが実際に16歳。

 やや小柄であどけなさを印象付ける外見にそぐわない気迫を感じさせるのは長年の修練の成果。


 もともと幼少期に父が通っていた町内会が経営している道場に付き合わさせられて、無理やりやらされたもの。

 やがて鍛錬に心地の良さを覚え、成長している内にどんどんその時間を増やし、今では一つの日課となっている。

 毎朝一人で練習し、週に三回父と近所のみんなと一緒に他所から来ている色んな先生から指導も受けている。

 この時間帯で誰も使わないので町内会から許可を貰って、個人練習をするようになったのは今年で4年目。


 確かに彼には才能も技量もある。

 しかし、無駄な技術とも言える。

 普通に考えて平和な日本でサラリーマンの家庭で生まれ育ち、試合にも大会にも参加を拒否している辰巳とは縁のない技術。

『宝の持ち腐れ』だと指導している者達も、自身の父親にも呆れがこもった眼差しで見られている。


 彼が単に武術が好きだった。

 それを実用化しようとも、人相手に使おうとも一切考えずに純粋に動きが良くなると嬉しい、難易度の技に成功したら嬉しい、集中している真剣な状態が心地いい。

 そして鍛錬の後の気持ちいい肉体の疲れは生きている確かな証拠にもなれる。


 部活や員会に参加していないし、人前で感情をださない節があって距離を置くのが自然状態である。

 人間関係が苦手な彼は鍛錬の時だけ余計な事を考えずに技量を高めるだけに集中することができる。


 それ以外の時間はなんとなくぼおっとしているように、言葉遣いや態度こそ丁寧で冷静だが単にドウデモイイにも見える。

 感情を表に出さない分、何を考えているかわからないとよく言われている。


 シュー・・・


 木剣が空気を閃光みたいに切り裂いて、ピタリと止まる。


 素振りを一先ず終えて、型や動きを確かめ始める。

 動きで熱くなっている体にまだ冷えた朝の風が当たって、実に気持ちいい。


 今日は日本刀と体術の鍛練だけで留まり、いつもみたいに後片付けを念入りに行い、帰宅する。


 シャワーと着替えの後、適当に家族と一緒に朝食を済ませる。

 母は相も変わらず会話も感情もない幽霊のような存在感を印象付ける。

 兄も似たような感じで辰巳を相手にしないのが普通。


 父に至ってはスマホでニュースを読みながらいつもの「成績は?」と、「くれぐれも学校で迷惑をかけるな」しか辰巳に興味はない。

 父の注目は全て、今年いい大学に進学した兄へ向けられている。

 それまで兄が失敗する場合の保険としての役割を持った辰巳は今となっては用済み。

 別に何かが変わった訳ではない、その可能性がなくなっただけ。

 強いて言えば、武術への愛着についてもう聞かなくなったことだけ。

 それも、迷惑をかけない範囲でなら好きにやらせても最早何の問題がなかった。


 家から出発すると電車で学校まで行く。

 鍛練の時と違ってどこか心ここに在らずの雰囲気を放ちながら登校して、ほとんど誰にも相手にされない挨拶をしてから席へ腰を下ろすとぼんやりと窓の外を眺めることにした。


「おはよう!」


 斜め後ろから響いた声が辰巳を一気に現実に引き戻した。


 桐原星花きりはらせいか

 容姿端麗、成績優秀のいわゆる学年のアイドル的な存在。

 落ち着いた雰囲気はどこか可憐で上品なもので、周りにチョクチョク気にかけている面倒見の良い柔らかい人柄。

 完璧すぎるとでも言えるがその上で、さらに結構大きな会社を経営する実家の令嬢である事でもはやパーフェクトお嬢様。


 そして、彼女が辰巳の弱点でもある。

 内側でも外側でも冷静で少しドライ彼だが、 菖蒲を前に、表こそ感情を出さないが、一気に鼓動が高鳴るのを感じて、冷静さを失う。

 辰巳の父親が務める会社がまさに彼女の実家のもので、会社のイヴェントで幼少期から面識があって、従業員の子供が揃って通う学校も小学生の頃からずっと一緒で、一緒のクラスも結構あった事だ。


 彼女の眩しい存在をいつも憧れた辰巳は、間違いなく恋の念を抱いていた。

 気がつけば彼女の姿を目で追っていた。

 子供の頃は彼女が明るく接したから、人見知りの辰巳は打ち解けて今と違って、真っ直ぐ彼女と向き合って一緒に話したり遊んだりした。

 二人は本当に気が合って、周りと比べにならないくらい仲が良かった。

 二人だけの空間を築いて何をしてもずっと一緒にいた。


 彼女のことはずっと大切だと、守りたいと、一緒にいたいと思っていた。


 だが、現代日本人にもかかわらず、社会の壁は高すぎた。

 世間は甘くはなかった、それは子供にだって、あるいは、子供だからこそ残酷だった。

 ある時期から、それは突然、鉄の雨みたいに彼に降り注いだ。


『対等ではない』

『礼儀を持って接すること』

『決して粗相のないように!』

『分をわきまえろ!』

『馴れ馴れしくしない!』


 周りの大人たちはみんな声を揃えてそう言い始めた。

 彼女の親も、自分の子供達と比べてずっと仲がいいことを面白くないと思った他の会社員も、親の影響を強く受けていた学校の先生も、最初に仲良くなったことを喜んでいて後になって周囲の目を気にするようになった自身の両親も。

 少しずつ重みが重ね続けた。

 父親は社内のプレッシャーをそのまま辰巳に押し付けて、菖蒲との関係が親に迷惑をかけていることを自覚させた。

 まだ幼い子供に親の立場に対しての責任と自分の立場に対しての意識を叩き込まれた。


 それはその時の彼に重すぎた。

 呑気に過ごせる子供の時間が本格的に始まる前に終わった。

 早すぎる頃に現実を知ることになった。


 だからだろうか、いつの間にか彼は自分と彼女の間にも距離を置くようになった。

 そこに元々人見知りの性格が混ざって、尚更彼女が近寄り難い存在となっていた。


 中等部に入学以来、親に厳しく叱られて、辰巳は突然入学式の日から彼女を『セッチャン』ではなく『桐原さん』と呼ぶことになった。

 その時から少しずつ距離が広くなって、やがて彼女も呼び方を変えて、お互いに他人行儀になっていた。


 そして、彼女の周りには彼を遠ざけるかのようにいろんな会社の社長の子供が集まり始めた。

 彼女が最も接していた人が彼一人から、有数の何人かに擦り帰っていた。

 その家柄も外見も優れた者たちの空間に入ることがより辛くなって、高校に進学してからは一言も交わしていない。


 でも、心だけは抑えることができなかった。

 遠い目で彼女を憧れ、好きな気持ちを抱いていることが確かだった。

 誰よりも眩しい、憧れの存在。

 誰よりも愛おしい、大好きな幼馴染。


 *****


 昼休みに辰巳に声をかけたのは西園寺梨花さいおんじりか

 辰巳とも学校外の面識のある星花と同様、社長令嬢にして、剣道部の若き天才。

 明るく、人当たりの良い、元気な性格をしている彼女も人気存在。


 昔から辰巳にもよく声をかけることがある。


 梨花の隣に立っていた仙道せんどうマヤは天才と呼ばれる少女。

 ややアイスプリンセスみたいな雰囲気を放つが、友人に対してとても優しい人...と噂されているが辰巳とあまり関わりがなかった。


 前々からクラス全員で決められた肝試しの件だった。

 どうやら他のクラスからも参加したい人が出て、大規模なイヴェントとなった。


 その夜、複数のクラスから構成された集団が辺所で一番噂されている排気校舎を訪れていた。

 集団の中には梨花に半ば強制的に連れて来られた辰巳の姿もあった。


 鎖で厳重に閉ざされた学問を無視してたまに訪れる学生達がよく使う隠し通路で敷地内に入って、校舎前で騒がしく立ち止まった。

 そこで、コース決めや班分けを開催した。

 準備中はお祭り気分で騒いだり喋ったりするなか、辰巳はぼんやり佇んでいた。


 そして、その時だった。


 突然、地面が地震のように震え始めた 。

 空気自体も震えるように見えて、下から不思議な薄ターコイズ色の光が照らしはじめた。

 周りの景色は歪み始めた時、南側の空間がガラスの表面みたいに割れて、黒い皹が高速に広まった。


 そして黒い皹から一つの化け物が現れた。


 大柄の大人の人に近い体型、黒に近い濃い赤色の肌の下に猛々しい筋肉が凶暴な見た目を与えていた。

 上半身は葉だけているがベルトに人の頭蓋骨が飾られていて、薄汚れたボロボロな服の上に腰から複数な図太い鎖が ぶら下げて、そこにも様々な骨がつけられている。

 服自体は下にパンツ類があるが、その上から袴みたいに何枚か布が雑に着けられている。

 目玉は濃い灰色で、瞳は輝くような赤色で、この世のすべての憎しみと怒りが宿るような気迫を放つ。

 顔も怒りでひどく歪んで、口から刃のように鋭い歯と牙が見える。

 指の先には二センチ弱の鋭い爪。片手には無骨な大き大剣が握られている。


「ひいいいいい!!!」


 その怪物を見てその場にいた全員が恐怖と絶望に満ちた悲鳴をあげ、体を小刻みに震い 始めた。

 面々の表情はひどく歪んで、あからさまに腰が抜けて動けない状態にある。


「ウ・・?・・・・・フン!」


 化け物は不思議そうに少年少女達を見て、然る後、悪質な笑みを刻んだ。


 そして、握っていた剣を振りかぶった。


 瞬間、辰巳が直感した、その剣の斬道に星花がいると...


 恐怖、混乱、絶望の気持ちに駆られた彼だが、彼女だけは何としても守らないといけない。

 だが、体の動きが鈍い、怖い、得物は無い、距離も大きすぎる、守るには斬撃を防ぐではなく、星花をなんとかその場から退けるだけた。


 怖い、どうしよもなく怖い。息が苦しい、頭の中がごちゃごちゃで何にも分からない。

 だが・・・


 気づいたら、体が動いていた。震えて、息を荒くして 、だが必死に全力で星花の所へ走り出した。


 実際、位置と距離から考えて、唯一の方法は星花を自分が進んでいると逆方向に飛ばす。

 なら、それは自分が剣の起動に飛び込むようなものだ。

 だが、距離が大きすぎるから一直線に走っっても間に合うかどうか。

 よって彼女を押しながら別の方向へ逃げるには走る起動を変える時間がない。

 それ以外の方法は単に間に合わない。


 その時、辰巳は本当の意味で理解していなかった。

 それをしたら自分がほぼ間違いなく死ぬと。

 そこまで考えられる程、彼の精神状態は、今この瞬間、安定していなかった。

 それを理解したら場合もう少し躊躇ったはず。

 だがその余裕もなく、状況が混乱の中に何にもわからなく、星花が危ないという事実だけが明らかだった。


 そして、地面から照らされている光が強まっている中、隣にいる女子たちを落ち着かせようとした星花は斜め後方から衝撃を感じて、横に飛ばされた。

 直後、肉と骨が切り裂ける嫌な音、さっきまで自分がいた方向から飛んできて。


「ガハッ・・・!」


 ほんの少し遅れて苦しみに満ちた声が聞こえた。

 だが、周りの悲鳴と混乱の音に混じって、その痛みに歪んだ声の主を特定するのが不可能だった。


 他方、気を失うほど激しい痛み、と自分が死ぬという実感。激痛、絶望、恐怖、未練と悲しみに襲われた辰巳は目の前で菖蒲の無事な姿を視界にとらえた。


(よかった、無事でよかった、じゃあ・・ね、・・・・セッチャン)


 急速に遠ざかる意識は、そんなことしか考えられなかった。


 暗くなっている視界に地面から照らされている光は世界を包み込むように眩しくなって、その光しか見えなくなってしまう。


 辰巳は決して死にたくなかった、しかし死を免れる手段なんてなかった。


 これで、終わり...

 のはずだった。

 だが、そこで彼は幼い子供の声を聞こえた...



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