2. 遭遇
初めはただの夢だと思っていた。一回寝たら人間に戻っているだろうって。
現実はそう甘くはなかった。三回寝て起きてを繰り返しても、俺はレッサーコボルドのままだった。
……そろそろ現実を受け入れよう。俺はレッサーコボルドになってしまったみたいだ。なぜか。不思議なことに。意味わかんないけど。どうしてだ!
ここ三日間歩き回って、ここはどっかの洞窟の中だってことが分かった。もしかしたらダンジョンの中なのかもしれないけれど、そこまではわからない。まあ、この二つの違いなんて魔物が多く発生するかどうかだ。あんまり気にしなくてもいいだろう。
幸い、真っ暗闇ではない。壁や天井、床にはかすかな光を放つ石がある。確かこれはカンウァン鉱石だ。太陽が出ている時間だけ、地中をめぐる魔力を光に変換する効果がある……と聞いたことがある。いつだったかは思い出せないけど。
〖鑑定〗を使ってみようと思ったんだが、上手く使えなかった。まだスキルLvが低いからかな?
まあ、なんにせよ、この鉱石のおかげで日の移り変わりを知ることはできる。さっき言った三日間というのもこれを頼りに言っている。
この三日間のうちに何体かの魔物も見かけた。〖鑑定〗を使うまでもなく、俺より強いとわかる奴らばっかだった。幸い、特性スキルの〖嗅覚〗のおかげで早めに発見できたので逃げる分には困らなかった。
問題なのは食事だ。水はあちこちにある泉から確保できる。カンウァン鉱石の周りには少しだけだが食べられる草も生えている。なかには毒草も混じってて、間違えて食って死にかけたがまあそれはいい。
だが、俺はレッサーコボルドだ。なぜか。不思議なことに。(以下略)
つまり犬だ。犬が草だけ食って生きていけるわけがない。肉が必要だ。肉を得るには狩りをするか、おこぼれをもらわないといけない。
狩り? 俺は〖ダンジョン最弱の魔物:Lv--〗だぞ? すっげえ弱いんだぞ? 何を狩れと? 無理だよ。逆に狩られるわ!
じゃあ、そこらへんを探して死肉でも食おうかと思うと、そこにはたいてい先客がいる。同じく腹をすかせたレッサーコボルドたちがいる。おまけにこいつら、群れを組んでいるからソロの俺じゃあかなわない。ちょっとくらい分けてくれても……と思っても、あいつらはすぐに追い出しにかかる。
……そういうわけで三日間飢えに耐え続けた結果、〖飢餓耐性〗を獲得した。
うぅ……腹減ったぁ
[耐性スキル〖飢餓耐性〗のLvが1から2に上がりました。]
〖鑑定〗が俺のスキルレベル上昇を知らせてくれた。
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種族:レッサーコボルド(F-)
状態:飢餓
Lv:1/5
HP:4/4
MP:1/1
攻撃:1
防御:1
魔力:1
敏捷:10
特性スキル:
〖嗅覚:Lv1〗
耐性スキル:
〖飢餓耐性:Lv2〗〖毒耐性:Lv1〗
通常スキル:
〖鑑定:Lv1〗〖鋼化:Lv1〗
称号スキル:
〖ダンジョン最弱の魔物:Lv--〗
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ステータスは一切変わっていない。当たり前だ。生物は何かを仕留めないとレベルアップしない。レベルアップしないとステータスも上がらない。これは常識だ。
ひたすら飢えに苦しむ生活から脱出するためには魔物を倒してステータスを上げないといけない。でも何を倒すんだ?
ふと、少し腐ったようなにおいが漂ってきた。もしかしたら何かの死体か? この臭いは肉が残ってるのかもしれない。肉を食べられるかもしれない。……行ってみるか。
前方を警戒しつつ行ってみると大きな鳥の死骸が残っていた。大分喰われているが、まだ少し肉がある。周囲には誰もいない。
く、食い物だ!
俺は一目散に跳びつき、夢中でかぶりついた。
旨い。ちょっと腐っているのか、血や肉から妙なにおいが漂ってるが、そんなの気にならないくらい旨い。
当然か。三日間、肉喰ってなかったんだもんな。
俺はとにかく夢中で食い続けた。
残っていた肉が無くなるころには、俺の空腹感もすっかり満たされていた。
ふ~。食った食った。満足だ。思えばレッサーコボルドになってから、これだけ満腹になったの初めてかもしれない。
次はいつ食べられるかわからないからな。また飢えに苦しむ生活は嫌なんだけどな。でも何を倒したらいいのかわかんねえしなぁ。
「えあっ!」「えあ?」「えあぁ……」
ぶちぶちと悩みながら死体のそばをウロウロしていると、岩陰からレッサーコボルドが三体跳び出てきた。こいつらもこの鳥の臭いを嗅ぎつけたのか? 骨だけになった死体を見てちょっと残念そうにしている。
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種族:レッサーコボルド(F-)
状態:飢餓
Lv:2/5
HP:4/6
MP:2/2
攻撃:2
防御:1
魔力:1
敏捷:12
特性スキル:
〖嗅覚:Lv1〗
耐性スキル:
〖飢餓耐性:Lv2〗
通常スキル:
〖噛みつく:Lv1〗〖仲間を呼ぶ:Lv1〗
称号スキル:
〖ダンジョン最弱の魔物:Lv--〗〖共食い:Lv1〗
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スッと背筋が冷えた。こいつ、Lvが2だ。一体何を倒したんだと思ったら、称号スキルに〖共食い〗とある。こいつ、レッサーコボルドを倒して喰いやがったんだ。
俺は慌てて他の二体のステータスを確認する。幸い、Lvは1だったがそれでも〖共食い〗のスキルは持っていた。
「えあ!」
Lv2の個体が嬉しそうに鳴いた。三体が一斉に俺を見る。獲物を見るときの視線を向けてくる。
俺はとっさに逆方向へと逃げ出した。