序(壱)
そうあれは春の風が強い、決していい天気ではなかった日、地元の小さな公園にある大きな大きな枝垂桜の木を管理する親戚のおじさんに頼まれて僕は歩いてその公園に向かった
「今日も特に変わったことはないですよ、結構激しめに桜吹雪になってしまっているくらいで、そうですね、桜が散るのに僕はあんまり美しさを見いだせないタイプなので」
親戚のおじさんに報告の電話を入れる、階段から転げ落ちて今は立ち上がれないらしい、おしゃべり好きな人で、昔はよく妖怪の話なんかも聞かせてもらった覚えがある
特に桜にまつわる話はどうやら代々伝わる話らしく何回も何回も聞かされた覚えがある、そう何かまるで取りつかれてしまったのではないかと思うような勢いで、何回も何回もきっと昔の世代の人は妖怪とか信じていただろうからそういうことなんだろうとは思うけど、警告というか、そういうやつ
ふと桜の近くから振り返ると高校で見たことがある人がいた、自分は今年二年生になるところなのだが一年生の時は違うクラスだった女の子だ、確か名前は「日立木」さんとか、この子のクラスには自分の中学からの同級生がいたのでよく顔は出していたのだが、正直あまり話したことがないというか、彼女が暗い印象だったのであまり人と話しているのを見たことがない
まあ若干クラスでは煙たがられているのかなって勝手ながら思っている、なにかすかした美人というか、あんまり積極的にかかわってもろくなことがなさそうなそんな感じ、まあ気づいたのに話しかけないというのも失礼な話だろう
「日立木さんこんにちは」
声をかけたはいいが日立木さんは困った顔をしている、あーそうか自分はもしかするとこの子から認識されていないかもしれない、そうだったら声をかけてしまったのは大変失礼なことだったかもしれない
「あ、えーと。よくうちのクラスに来てる、何君だっけ?ごめん・・・」
案の定である、顔だけ見たことがある男に話しかけられるのはあまり気分のいいことではないかもしれない、しかも周りにはカップルが多い、ひとり自転車に乗っている男の子もいるが人が少ないとはいえ、都会とも田舎とも言えないここら辺では有数のデートスポットである、もしかしたら彼氏を待っていたかもしれない
「なんか話しかけちゃって申し訳ない、名前は相馬っていうんだ、まあこれを機会に覚えてくれればうれしいよ、また学校でね」
あまり長居して会話がなくなったりしても仕方がないので僕はそそくさとその場を去ることにした、多少こんな桜が散ってしまう日に桜を見に来た理由が気にはなったが、どうせおじさんとかと同じ桜は散っている時が美しいとかの感性を持つ子なんだろうなと自分を納得させ背を向けようとした
「ねえ、相馬君、桜の花言葉って知ってたりする?」
「たしか、高貴、純潔とかそんな感じだったっけ」
これはおじさんから聞いたことがある、桜は日本の象徴とされるものだけあって結構花言葉が素晴らしいとか何とか言っていた、ただしここにある枝垂桜の花言葉には
「ごめん聞き方が悪かったね、枝垂桜の花言葉、わかる?」
「ごまかし、かな」
そう何かにつけておじさんが話していたから覚えている、「ごまかし」、たしかに枝垂桜の姿というのは何かをごまかしているようなそんな怪しい雰囲気を持っている、そうなんとなく前髪が長めな僕の前にいるこの女の子のような
「へー、意外とロマンチスト?まさか男の子で枝垂桜の花言葉を知っている人がいるなんてね」
「偶然だよ、枝垂桜が大好きなおじさんがいるからね、小さいころによく聞いたんだ」
そっかと彼女はつぶやいた、何となく大人びたような落ち着いた声をしているなとそう思った、枝垂桜の周りは公園のようになっていて僕らのすぐ近くにはベンチがあった、ぼくはなんとなく日立木さんと話してみたくなったのでちょっと話さないかとベンチに座るように促した、日立木さんも多少興味を持ってくれたようで、じゃあちょっと話そうかときれいな所作でベンチの桜を払い二人分の場所を開けてくれた
僕はありがとうと言って座りいろいろと聞いてみることにした、そうきっとこれは話すという
「可能性」
なぜか僕は何となくすごくいい予感がしていた