6 失望と決意
意外と続くものですね。
目覚ましが鳴って、半ば強制的に覚醒させられる。目覚ましを止めようとして、俺は自分の状況に気がついた。なんと汐が俺に抱き付いて眠っていたのだ。どういう状況かわからず、寝ぼけた頭が混乱する。どうにか手を伸ばして目覚ましを止めた俺は、彼女を起こさずに俺を放させようとした。
「うぅん……。けいちゃ……。一人はやなの……。」
だが、俺は汐の寝言を聞いて思わず動きを止める。昨日の彼女の姿を思い出してしまったからだ。俺は、汐があそこまで追い詰められていることに終ぞ気が付くことができなかった。考えれば、汐が出していたシグナルはいくらでもある。彼女の状況に気付くきっかけはいくらでもあったのだ。それでもなお、俺は汐の抱えているものの存在に気が付くことはできなかった。
俺は……。一体汐の何を見てきたのだろう。一体汐の何を見て、彼女を幼馴染だ、親友だと言ってきたのだろう。あまりにも幼稚で独りよがりだった過去の自分に殺意すら湧く。今の自分は汐の容姿だけで好意を抱いた学校の他の男と何が違うのか。自分で自分が情けない。
ふと横を見ると、いつの間にか起きていた汐が、微笑みながらこちらを見ていた。汐って、こんなに自然に笑えたんだな……。もう、こんな表情は何年も見ていない。
「汐……。ごめん。俺、なんにも見えてなかった。ごめん……。汐になんにもしてあげられなかった。今まで一人で苦しんでたんだよな、辛かったよな……。俺ってこんな薄っぺらい言葉しかかけられないんだよ……。汐を慰める資格なんて、俺にはない……。」
「ううん。そんなことないよ。昨日、本当に嬉しかったの。ほんとはね、私、けいちゃんやゆかちゃんには絶対に知られたくないって思ってた。耐えて、耐えて、耐え忍んで。そうやって隠し通さないといけないんだって。私にはね、けいちゃんやゆかちゃんが輝いて見えてたの。でも、私は薄汚れた矮小な人間で。そんな私だから、私は私の何を差し出してもけいちゃんやゆかちゃんには嫌われたくなかった。」
「汐は薄汚れてないし矮小でもない!お願いだからそんな辛そうな顔で自分を卑下しないでくれよ……。俺は、俺たちはもう汐が苦しんでるのは見たくないんだ……!」
「うん……。どうしたらいいかわからないけど、ちょっと気をつけてみるね。」
そういって、汐は儚げに笑う。あぁ、汐のこんな顔は見たくない。昔みたいに、もっと心から笑って欲しいんだ。なんだか息苦しくなった俺は、誤魔化すように話題を変える。
「な、なぁ、汐。そろそろ朝ごはんにしないか?」
「うん。でも、私は大丈夫。これ以上迷惑かけられないよ。」
「迷惑なんかじゃない。それに、昨日の分が少しどころじゃなく余ってるんだ。食べてってくれないか?」
俺がそういうと、汐は首を縦に振る。話が纏まったので、俺たちは下に降りて朝食の準備を始めた。
今日の朝食は、冷蔵庫のサラダとハムを乗せたトースト。親がいないときはいつもこんな感じだ。朝食を食べ終えてちょっとした問題に気づく。今の汐の格好は俺のTシャツとズボンをベルトで止めているだけ。そして、残念ながらうちに女物の制服はない。昨日の制服は洗濯機に放り込んでしまっている。仕方なく、汐は家に自分の荷物を取りに帰ることになったのだった。
汐は平気そうに言ってたけれど、俺はとても不安だった。昨日の様子を見るに、汐は複雑な家の事情を抱えてるんだろう。……体の傷痕のことを勘案すると、もしかしたら家で虐待されているのかもしれない。本来なら警察かどこかに相談するべきなのかもしれないが、俺はそこまでの踏ん切りがつかなかった。
「なぁ、汐。本当に一人で大丈夫なのか?……また、俺に迷惑かけるとか思ってないか?」
「……ごめん。ちょっとだけ思ってる。でも、本当に大丈夫だよ。いつもこの時間、お父さん家にいないし。多分、いても寝てる。」
「そっか……。じゃあ、気をつけてな。」
俺はそういうと、汐は玄関へ行った。そして、汐が家を出てしばらくすると、俺も汐の家に向かう。汐はああ言ったが、俺は安心なんてできるわけなかった。大丈夫っていう言葉に、俺はもう安心するわけにはいかないのだ。安心してしまえば、今度こそ俺は大切な人をこの手から取りこぼすことになるだろう。2度目のチャンスがあるとは限らないのだから。