5 桎梏の綻び
5週目。まだ続いてる。私すごい(自己肯定)
今回タイトルの「桎梏」は「しっこく」と読みます。意味としては、行動や考え方などの自由を縛るものです。字の意味はそれぞれ手枷と足枷らしいですね。
気がつけば、もう時計の針は真上を通り越していた。
「そろそろ、寝るか。」
けいちゃんは不意にそういって立ち上がった。となりの温もりが離れていって、急に心細く感じる。私は思わずけいちゃんのズボンの裾を掴んだ。
「待って……。」
自分でも驚くくらい弱々しい声だった。そんな私をけいちゃんは少し困ったような顔で見る。そんな顔をさせたかったわけじゃないのに。
「ごめんなさい……。迷惑だったよね……。」
「いや、そんなことないけど……。」
でも、一人でいるのはなんだか心細くて。すがるように言葉にしてしまう。
「ねぇ、一緒に寝てもいい?」
「好きにしろ。」
けいちゃんは少し赤くなりながらぶっきらぼうにそういった。居間の電気を消して、けいちゃんと部屋に向かう。けいちゃんの部屋はいつもとちがってなんだか明るく見えた。何回も来ているはずの部屋。だけど、こんなに男の子の部屋だったなんて意識したことはなかった。私の部屋とは全く違った雰囲気で、けいちゃんの色がそこかしこに見える。
「汚い部屋だけど……」
「ううん、大丈夫。でも、なんだか初めてくる部屋みたい。」
「なんだそれ。いつも勉強とかここでしてるだろ?」
「うん。でも、なんか男の子の部屋なんだなって。」
「そ、そりゃそうだろ。いいから早く寝るぞ。電気消すからな。」
そういうと、けいちゃんはいそいそと布団にもぐりこんだ。私もおずおずと布団にもぐりこむ。私は、思わず息を大きく吸い込んだ。あぁ、けいちゃんのにおいだ。なんだかすごく安心するにおい。寝返りを打ってけいちゃんの方を向く。けいちゃんは私に背中を向けていた。
「ねぇ、けいちゃん。」
「なんだ?」
「ありがとね。」
「ん」
「なんでいつも助けてくれるの?」
「それはまぁ……、汐が大事だからだよ。悠華だってそうだ。たった3人しかいない幼馴染、俺にとってはそれが大事なんだ。」
「そっか……。私に幻滅した?」
「いいや。これくらいで幻滅するなら幼馴染やってないぞ。汐とはもう10年以上の仲なんだ。今さらちょっとやそっとのことで幻滅したりなんてしない。」
やっぱりけいちゃんは優しい。いつでも私の存在を肯定してくれる。生きててもいいんだってそう思わせてくれる。
「けいちゃんは優しいね。私にとってけいちゃんは眩しすぎるくらい。私はそんなに……優しくなれない。私ではけいちゃんに釣り合わないよ。」
「汐にも良いところはたくさんあるぞ。むしろ俺の方が釣り合ってないんじゃないかってくらい。でも、釣り合いなんてどうでもいいじゃないか?言いたい奴には勝手に言わせておけばいいんだよ。」
けいちゃんのその言葉を聞いて、何かよく分からない暖かいものが胸に溢れてきた。確かめるようにけいちゃんに訊ねる。
「これからもきっと迷惑かけるよ?」
「どんとこい」
「私は何も返せないよ?」
「大丈夫だ。俺は別に対価を望んでるわけじゃない。助けてほしかったらどうすればいいかわかるか?」
「どうすればいいの?」
「ただ、一言いってくれればいいんだ。助けて、って。」
その言葉がすとんと私の中に落ちてきた。お腹の底からじんわりとした暖かい何かが広がってきて、不意に私は自分がどうしてほしかったのか知った。
「うぅ……。たすけて……。けいちゃん、わたしをひとりにしないで。たすけてよ……!」
悲しくないはずなのに涙が止まらない。こんなの初めてだ。その時、私の中で何かが引きちぎれるような音がした。隣で寝ているけいちゃんが私を抱きしめて、大丈夫、大丈夫だぞって優しくなんども言ってくれるたび、私の心のなかの硬い何かが解れていって、心地よい暖かさが全身に広がるのがわかる。こんなにも安心して眠れる夜は久しぶりだった。
朝。目が覚めると、私は寝ていたのが自分の布団ではないことに驚く。そして横を見て、そこに寝ているけいちゃんに気付き、昨日のことをはっきりと思い出した。ふと見た時計は5時40分ごろを指していて、早く起きすぎたことに気付く。私はもう少し眠ることにした。恐る恐るけいちゃんに抱きついて目を閉じる。すぐに襲ってきた眠気に抵抗せず、私はそのまま再び眠りについた。