4 幼馴染の女の子
4週目。ストックが切れなければ行けそう(フラグ)
正直にいうと、汐が変わったということには気がついていた。中学に上がって以来ここ数年ずっと、どこか汐の様子が変だったことにも。でも、中学生になって俺が変わったように汐も変わったのだと、特に深刻には受け止めていなかった。
……楽観的に過ぎたその時の俺を殴りたい。今日の汐の様子は尋常じゃなかった。
『ううん、けいちゃんじゃないの。ごめんなさいごめんなさいお願いだから私を嫌わないでゆるして』
俺が少し驚いただけで汐がここまで過剰な反応を見せたことなんて記憶にあるかぎりでは一度としてない。汐はどちらかというと内向的で感情を強く表に出すタイプではなかった。もちろん非行に走るようなヤツじゃないのも知っている。
そんなことを延々と考えていると、いつの間にか家についていた。……女の子を家に泊めるなんて初めてのことなんだが、この非常事態にそんなこと言ってる場合じゃないだろう。悠華の親は厳しいらしいので、汐を泊めてくれるとは思いにくい。……このまま汐を帰すことはだめだと何かが強く訴えているのだ。後悔するぞ、と。
「今日はこの部屋を使ってくれ。客間だけど一応鍵は掛かるから。」
「ありがと……。」
「先風呂行くか?」
「ううん。けいちゃん先に行っていいよ。私はただでさえ迷惑かけてるんだから。」
「別に迷惑だなんて思ってない!悠華だって同じ状況ならそういうに決まってる。」
「でも、私……。けいちゃんに何も返せない……。」
「別に貸し借りなんて思わなくていいんだがな。まあ、お言葉に甘えて先に入るよ。」
この時期でも夜はまだうすら寒い。お湯をためておいて正解だった。手早く体を洗ってから湯船に浸かる。本当はゆっくりしたいが、汐を待たせている。少し温まって出ることにした。
風呂から上がって着替えると、俺は汐のいる部屋に向かった。
「汐。風呂空いたよ。」
「わかったわ。」
そう部屋の外から呼び掛けると、すぐに返事が聞こえて、部屋から汐が出てきた。
「お風呂行ってくるね。」
「うちは石鹸とか家族で共用なんだけど大丈夫か?良ければ好きに使っていいぞ。」
「うん。大丈夫。ありがとう。」
「風呂の場所は分かるか?」
「ううん。分からないわ。」
「そっか。じゃあ案内するよ。」
俺は汐を脱衣場まで案内すると、リビングに戻ってテレビをつけた。いつもはそこそこ面白いはずの番組が、今日はなぜかつまらなく感じた。
そんな様子でぼうっとテレビを見ていたら、急に背中に重さを感じて振り向く。そして目に飛び込んできた映像に、あわてて顔を反らし、視線をテレビの方へ固定した。
気がつけば汐がお風呂に入ってから上がるのに十分すぎるほどの時間がたっていたらしい。俺の後ろには汐がいた。それだけならなんの問題もない。問題なのは彼女の格好だった。汐は、全裸だったのだ。
「ねえ。」
「はっ、はい!」
俄に声をかけられて、思わず答える声が上ずる。突然のことに全く思考がまわらない。
「けいちゃん、私を好きにしてもいいよ。」
「ふ、ふざけたこと言ってないで服を着ろよ。」
天使と悪魔が心の中で言い争うって本当なんだな……。そんなバカなことをしみじみと考えてしまうくらいパニックになっていた。やっとのことで汐に服を着るよう促す言葉を口にする。
「ねぇ、私ってそんなに魅力ないかな……。」
「そんなことない!」
少し震えた声でいう汐に、思わず振り替えって大声で否定する。その拍子に意識しまいと努力していた汐の裸を直視してしまった。白くて滑らかな肌に同級生の女子と比べても大きいだろう胸、細く締まった腰回りまで。でも、それ以上に目を引いたのは、普段は服で隠れていたのであろう痛々しい傷痕だった。
「なんでこんな……。」
「だって、私には……。けいちゃんにあげられるものなんて私にはもうないんだもん……。いつも私はけいちゃんやゆかちゃんに貰ってばっかりで、何も返せてない……!なんにも返せないの!ねぇ、こうする以外にどうしたらいいの?お願いだから私を嫌わないで、見捨てないで……。何でもするから……。何でも、けいちゃんが望むならなんだってするから……。」
違う、そんなこと思ってない。俺も悠華も汐に「何かしてあげている」なんてこれっぽっちも思ってない。貸しとか借りとか、あげるとかもらうとか、そんな安っぽい関係だなんて思ってないのに。でも、今の俺は泣きながら懇願する彼女にそれを伝えられるだけの言葉を持っていなかった。
「風邪ひくといけないから、とりあえずこれ羽織っとけよ。」
「ありがとう……。」
俺は誤魔化すようにそういって、ソファの上に脱ぎ捨てていた制服のジャケットを汐に掛ける。今の俺にはこうする以外にどうすればいいか、全くわからなかった。