15. ニセモノと本物は紙一重
2月上旬には上げるつもりだったんですけれど……。何はともあれ、連載再開です。……リハビリが必要だなぁ、これは。
俺たちが必死の思いで探したけれど、汐は見つからなかった。そのうち雨まで降ってきて、これ以上探すのは難しい、あとは警察に届けるしかないってなって。だから、俺が汐を見つけられたのは、本当に偶然としか言いようがなかった。
灯台下暗し、というが、この時ほどこの言葉がぴったりとあてはまるシチュエーションもないだろう。汐は、俺の家からほんの少ししか離れていない公園にいた。たまたま俺が、雨の中公園のベンチにうずくまっている人影に気づけたから見つけることができたのだ。学校のあたりとか、汐の家の近くとか、そういう場所はたくさん探したのに、俺の家の近くはほとんど探していなかったのだから笑うしかない。
俺はベンチに歩み寄ると、汐がこれ以上雨に濡れないように黙って傘を差しだした。着衣水泳でもしたのかと思うくらいぐっしょりと濡れた服は、今さら傘をさす意味に疑問を抱く程だったけれど、震えている彼女を雨に打たれるままにしておくのは忍びなかった。すると、汐は急に雨の冷たさが自らを苛まなくなったことに驚いたのだろうか、徐に顔を上げた。そして、俺の姿を認識すると、一瞬壊れそうな笑顔を浮かべ、驚愕や疑問を表すように目を大きく見開いた。
「なんで……。」
その、今にも壊れそうな顔を見ていると、なにか形容しがたい塊が俺の胸に生まれて、大きくなる。この娘をもっと壊したいというような、どす黒い衝動。それを隠すように、必死になっていつも通りを演じる。
「なんで、じゃないぞこのバカ娘。汐のこと、どれだけ探したと思ってるんだ!」
そういうと、汐は必死に虚勢を張って見せる。
「どうしてよ!?だって、私はけいちゃんに迷惑しかかけてない!ゆかちゃんにだってそう!こんな人間に、けいちゃんの友達を名乗る資格なんてないわ!」
俺の中で、ぶつんと何かが引きちぎれる音がした。あぁ、あぁ。たぶん俺は、何も心配することはなかったんだろう。汐はすでに俺たちに軽く依存してしまっているのだから。だって、本当に俺のことがどうでもいいのなら、こんな決死の表情で俺を拒絶するようなセリフが吐けるわけないじゃないか。なんて、危ういんだろう。こんな関係、絶対に正しくない。でも、それでも、俺はこの状況を喜んでいた。喜んでしまっていた。だって、好きな女の子が自分に依存してくれているのだ。誰が正しくないと言おうと、汐が自分の隣で幸せならそれでいい。
だから、俺は汐に言葉をかける。それは、蜘蛛の巣のようにゆっくりとがんじがらめにしていく罠だ。汐の中の俺の存在をどんどん大きくしていくための、汐の心を壊すための刃だ。
「考えすぎだ。俺の友達になるのに資格なんて必要ない。俺は汐と友達だと思ってる。」
そして、ダメ押しとばかりに、汐に質問を投げかけた。
「汐は俺が嫌いなのか?」
これは質問であって質問ではない。なぜなら、汐にはNoしか答えが残されていないのだ。
「そんなこと……。そんなわけないじゃない!」
汐は俺の思惑通り、俺の言葉を否定した。自分にこんな黒い面があったことに俺はちょっと驚いている。でも、俺は好きな女の子のためなら地獄にだって堕ちることができるのだ。地獄の底でも、汐さえいれば笑っていられる。認めよう、俺は汐を愛している。たとえ、恋と呼べるほど甘くも優しくも、綺麗でもないとしても、これは愛だ。気が付いてしまえば、もはや自分を偽ることはできない。
「でも。私はあなたにもらっているだけ。私は何も提供できない。貸し借りなんて考えないでいいって前にけいちゃんは言ったけれど、でも考えないでいいって言われて素直に『そうですか』なんて言えるわけないじゃない!でも、私が持ってるものやできることでは、けいちゃんに何にも返せないの……。」
想定通り過ぎる返答に、思わず嗤いがこみあげてくる。でも、ここで笑ってしまっては台無しだ。だから、俺はほほの内側を噛んで、嗤いを抑え込んだ。
「じゃあ、借りを返してくれ。汐は俺が頼んだことならやってくれるか?」
「何をしたらいいの?」
汐は断らないだろうと思っていたけれど、ここまで素直だとむしろ罪悪感すらわいてくる。はやる心を抑えつつ、俺はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「俺と、もう一度友達になって欲しい。俺の前から勝手に消えようとしないで欲しい。これでどうだ?」
案の定汐は、それでは対価にならないと反発したけれど、今はこれでいいのだ。今はまだ、その負い目が必要だ。それが俺と汐を結びつける最も強い鎹だから。こんな関係が健全でないことなんて、端から承知の上だ。健全だろうがそうでなかろうが、汐が俺の隣にいるという事実こそが重要なのだ。
汐は本当の意味で愛を知らない。友情は俺や悠華に抱いているだろう。でも、それ以上の愛を汐は知らないのだ。だから、俺が全霊を以て汐に愛を捧げよう。俺が捧げられる愛は、くすんで、汚れた紛い物かもしれない。それでも、それしか知らない汐にとって、その紛い物はいつか本物になるだろう。……そうなれば、俺の勝ちだ。
なんか思ったよりも闇深くなってしまった。まぁそういうコンセプトだし多少は許されるでしょう()