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11 芽生え

「くちゅん!」


 思わずくしゃみがでた。すると急にいろんな感覚が戻ってきて、さっきまではなんとも思っていなかったはずの濡れた服の冷たさや重さ、辺りの暗さが私を苛む。さっきまでのバカみたいな決意なんて、もう全く残ってはいなかった。父と暮らしていたときの方が辛かったはずなのに、今の自分はこんなことすら地獄のように感じてしまう。時間の感覚はとうに消え失せていて、今はただ震えて時が経つのを待つしかなかった。この苦しみが無くなるのは自分が死ぬときなのかも知れないけれど、やっぱり自分から終わる勇気なんてものは出せそうにない。


 どれくらい経ったのだろうか。時間を経るごとに激しさを増す雨が、急に私を打たなくなった。驚いて顔を上げる。そこには待ち望んで、でも諦めていた人がいた。


「なんで……。」


「なんで、じゃないぞこのバカ娘。汐のこと、どれだけ探したと思ってるんだ!」


「どうしてよ!?だって、私はけいちゃんに迷惑しかかけてない!ゆかちゃんにだってそう!こんな人間に、けいちゃんの友達を名乗る資格なんてないわ!」


「考えすぎだ。俺の友達になるのに資格なんて必要ない。俺は汐と友達だと思ってる。汐は俺が嫌いなのか?」


「そんなこと……。そんなわけないじゃない!」


「なら……」


「でも。私はあなたにもらっているだけ。私は何も提供できない。貸し借りなんて考えないでいいって前にけいちゃんは言ったけれど、でも考えないでいいって言われて素直に『そうですか』なんて言えるわけないじゃない!でも、私が持ってるものやできることでは、けいちゃんに何にも返せないの……。」


 けいちゃんがわからない。なんで私を助けようとするんだろう。わからない。私は何もあげられないのに。何をしてもらっても、その代価は支払えないのに。


「じゃあ、借りを返してくれ。汐は俺が頼んだことならやってくれるか?」


「何をしたらいいの?」


「俺と、もう一度友達になって欲しい。俺の前から勝手に消えようとしないで欲しい。これでどうだ?」


「それじゃあ代価にならないわ。そんなの、だって、結局私ばかり得するじゃない!」


「それで何が悪い?俺はそれでいい、いいや、それがいいっていってるんだぞ?」


「でも……。」


「でもじゃない。俺の頼みなら聞いてくれるんだろ?」


 そんな言い方、ずるい。そんなこと言われてしまえば、私にはもう反論する術がないことをわかっているくせに。本当に、ずるい。それでも、やっぱりこれで帳消しなんてことにはなるわけがない、と思う。けいちゃんがなんと言おうと、それに甘えるのは人としてダメなんじゃないだろうか。とはいえ、そんなこと言えるわけもなく。


「うん……。」


「それはよかった!じゃあ、これからもよろしくな、汐!」


 さっきまでの厳しい顔が嘘みたいな、本当に嬉しそうな顔をするけいちゃんから、私は視線を反らす。私の幼馴染は、こんなにかっこよくて優しくて、すごい人なんだ。……そんな人の生活を、もしかしたら人生すら邪魔しているのかもしれないという事実に、罪悪感でいっぱいになる。


「……ごめんなさい。」


「ん?なんか言ったか?」


「ううん。なんでもないわ。」


「そっか。じゃあ、帰ろうか。母さんが夕食を作って待ってるぞ。」


 今度はけいちゃんに聞かれないように、心の中で。ごめんなさい、そう呟いた。


 そうして、けいちゃんの家に帰る途中。不意に私は、けいちゃんの家に行くことを、家に帰ると考えている自分に気がついた。この1か月しか経っていないのに、私はけいちゃんの家を帰る場所だと思っている。それに、帰ることをどこか嬉しく思っている自分もいた。前までは、そんなこと絶対に思わなかっただろうし、今ではあれは悪い夢だったんじゃないかとすら思えてしまうこともある。


 それでも。それでも、私は単なる居候でしかなくて。やっぱり、けいちゃんの家を自分の帰る場所だと思うことを後ろめたく思ってしまう。あんなにも幸せな家族のなかに、自分のような薄汚れた紛い物は相応しくないのだ。だから、この夢もいつか終わらせないといけない。その時を考えると、胸を抉られるような気分になる。けれど、これはもともと私が持てるはずのないものだったのだ。


「汐、ぼうっと歩いてたら危ないぞ。」


 けいちゃんから声をかけられて、意識が思考のループから抜け出す。確かに、もう辺りは真っ暗で、注意していないと足元が見えづらい。


「きゃっ!?」


「おっと。けがは……無さそうだな。」


 ……。………。…………。恥ずかしい。言ってるそばから段差に躓いてしまった。


「ほら、しっかり見てないから。」


「っ!?ご、ごめんなさい……。」


 けいちゃんが私を抱き止めてる……!?そのことに気付くや否や、顔が熱を持ち始める。そして、私は慌てて飛び退いた。煩く打ち続ける心臓をどうにか静めようと、胸を手で押さえる。……すごく、どきどきした。ダメなのに。あそこは、けいちゃんの腕の中は私のものじゃない。もう、ゆかちゃんのものなんだ。なのに、どうして。


 なんだか、少し気まずい空気が流れる。……結局、家に帰りつくまでこの空気を変えることはできなかった。それに、帰ってからはけいちゃんの両親に泣きながら抱き締められたり、私もつられて泣いてしまったりして、けいちゃんと話す時間は取れなかった。ずるずるとそのままの空気感で、それでもいつも通りごはんを食べてお風呂にも入って。そしていざ寝るために自分に割り振られた部屋に戻ったときには、もうけいちゃんとどう話せばいいかさえ分からなくなってしまっていたのだった。

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