1 幼少期
連載続くかチャレンジ、いざ開幕!
「ねぇねぇ、おかあさん!どう?にあってる?」
わたし、赤根汐はきょうから小学生!おともだちできるかなぁ……。
「えぇ、よく似合ってるわ!さすが私の娘ね。あーもう、ほんと可愛いんだから!」
おかあさんはそういってわたしのしゃしんをとりつづける。もうそろそろいえをでないとまにあわないよ……。
「深雨、汐。そろそろ行こうか。それと……、汐。制服、似合ってるよ。」
「おとうさん、ありがとう!ねぇおかあさん、はやくいこうよ!ねぇってば!」
「こほん。そうね、そろそろ行きましょうか。」
にゅうがくしきがおわって、わたしは1ねん3くみになった。そうそう、ようちえんのおともだちもおなじクラスにいたの!けいちゃんとゆかちゃん!これからがとってもたのしみ!
◇■◇■◇
それから2年たって、私も小学3年生になっていた。そんなある日の昼休みのことだった。ただごとじゃない様子で先生が私に話しかけてきたのだ。
「落ち着いて聞いてね、汐ちゃん。あなたのお母さんが倒れて病院に運ばれたわ。汐ちゃんは急いで帰る準備をして。校門でお父さんが待っているわ。」
一瞬なにを言われたのか理解できなかった。オカアサンガタオレテビョウインニハコバレタ?お母さんガタオレテ病院ニハコバレタ?……………?お母さんが倒れて病院に運ばれた……!?そして先生の言葉を理解した瞬間、私は弾かれたように走り出した。お父さんが待っているという校門へと。
校門にいたお父さんのただならない様子に、先生の言葉がドッキリでも冗談でもない事実だと言うことを悟った。そのままお父さんと車でお母さんが運ばれた病院に行く。看護師さんに案内されてお母さんがいる病室にいくと、いつも通りの笑顔を浮かべたお母さんがいた。
「ごめんね、汐。お母さんちょっと疲れてたみたい。すぐに元気になるから、心配しないでね。」
その後、お父さんはお医者さんに話を聞きに行った。……病室に戻ってきたお父さんは、なんだかちょっと無理をしているように見えた。
お母さんはそれから時間が経つにつれ、みるみるやつれていった。それでも私はお母さんがまた元気になるのだと、家に帰ってきてくれるのだと無邪気に信じていた。お父さんから、母が癌であることを告げられたのは、小学4年生の春だった。もう助からないだろう、生きていられるのは長くても夏まで。そんな言葉が父の口から出たことに、私は強い衝撃を受けた。
「お母さん、元気になるんだよね?家に帰ってくるよね?」
「汐……。あぁ、元気になるさ。きっと、あの深雨だぜ?こんなにあっさり死ぬわけなんて……。」
お父さんは嗚咽を漏らしながらそういった。お父さんが泣いているところを見るのは初めてだった。
その年の秋。お母さんは死んだ。悲しくて辛くて、でもお葬式では泣かなかった。泣けなかった。お母さんの死に、あまりにも現実味がなかった。お母さんの遺骨を骨壺におさめる時に、お母さんのお骨を見たけれど、こんなに軽くて小さいものがお母さんだったなんて信じられなかった。
お葬式が終わって、家に帰ってきて。そしてお母さんのお見舞いにいかなきゃと思って。唐突にお母さんがいなくなったことを実感した。お母さんがいない。そう思うと、よく分からない塊がお腹の奥の方からのぼってきて目から溢れた。お母さんが死んだ。私のお母さん。優しかったお母さん。私を褒めてくれたお母さん。お母さんの思い出が溢れてきて、私はお母さんの喪失を深く深く思い知った。
お母さんがいなくなって、私が家事を多く分担するようになった。お父さんが仕事で遅く帰ることが多くなったからだ。そんな生活が変わってしまったのは、小学校卒業を目前に控えたある日。仕事から帰ってきた父は正体をなくすまで酔っていた。父は家に入ると、突然出迎えた私を蹴り飛ばしたのだ。何が起きたのか全くわからなかった。壁に背中を強か打った痛みにうずくまる。父は鼻を鳴らして居間へ去っていった。
それからというもの、優しかった父は変わってしまった。よくお酒を飲むようになり、些細なことで私やものに当たるようになった。ゆかちゃんやけいちゃんは何か気付いたのか、私をしきりに心配していたが、こんなこと話せるわけがない。私はもうどうすればいいか分からなかった。
父が仕事をやめていたのだとはっきり悟ったのはそれから少ししてからだった。このままでは生きていくのもままならないと考えた私は、少しでも生活費の足しにしようと高校生だと偽ってバイトを始めた。母が生きていた頃の貯金は既に底をつこうとしていた。月12万。それは私が複数のバイトを掛け持ちしてやっと稼げる額だった。持ち家だっただったのは運が良かったのかもしれない。この上家賃まで払うとなれば、私程度の稼ぎではどうにもならなかっただろう。月に数千円づつであるが、貯金もできるようになった。
◇■◇■◇
中学生も終盤に差し掛かり、みんな受験モードになった。かくいう私も受験勉強を始めていた。私の成績は決してよい方ではない。詳細な順位は分からないが、中の上から中の中くらい。私やゆかちゃんは、成績が良いけいちゃんに勉強を見てもらうことが多かった。いつも通りけいちゃんの家で勉強会を帰り。いつものごとく時間が遅いから、とけいちゃんが家まで送ってくれる。ゆかちゃんの家はけいちゃんの家の斜め向かい。近いので先に帰ってしまうのもいつも通りだった。
「なぁ、汐。志望校はどこにするんだ?」
「まだ決めてないよ。」
「そうか……。俺は東邱高校にしようと思ってるんだが、汐もここにしないか?」
意外だった。けいちゃんは県下一の進学校である長海高校に行くと思っていたのだ。東邱高校は長海高校に比べると数段下がる。けいちゃんの成績なら長海高校に十分合格できるはずなのだ。
「もしかして、私たちの成績に合わせて決めたの?」
「それがない、といえば嘘だけど……。でも、東邱高校ならほぼ間違いなく受かるし、こっちなら家から自転車でも通えるし。別に目標を下げたわけじゃないから。」
「ならいいの。でも、私の成績だと受かるか分からないよ。」
「まぁ、誘ったのは俺だし、勉強の面倒は見るよ。汐の成績なら多分受かるさ。」
「ありがとう。じゃあ、これからもよろしくね、先生!」
「おう、頑張れよ。生徒!」
その言い方がおかしくておもわず笑ってしまう。するとけいちゃんが少し拗ねた様子だったのがさらにおかしかった。
「もう家見えてるし、ここまででいいよ。今日はありがとう。」
「そっか。じゃあな、また明日。」
家の少し前で私たちは別れた。家まで送ってもらったら、自分の現状を知られてしまうかもしれない。でも、少し名残惜しくて私は後ろを振り替える。それに気付いたけいちゃんが私に大きく手を振った。そんなけいちゃんに、私も大きく振り返す。まだ少し頑張れそうな気がした。