表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

窓ぎわの東戸さん

作者: 車男

中学1年生になって1週間が経った。クラス替えで小学校から仲のよかった友達と別々になってしまったショックも和らぎ、私は新しいクラスでまた友達を作って、楽しく過ごしていた。


 私の席は窓から2列目のいちばん後ろ。みんなから羨ましがられる席の一つ。そして右隣の席は男子、左隣は東戸さんという女の子。いつも眠たげで、基本的に一人でいるのをよく見かける。2年生になって初めて同じクラスになったけど、まだ一回も話したことはない。


今日は4月というのに結構な暑さだ。まだクーラーは使えないらしく、教室も廊下も窓を全開にしている。それでも、冬のセーラー服を着ているとじんわりと汗をかくほどだ。みんな腕まくりや髪を結ぶなどして暑さに耐えている。


 2時間目の授業中、ふと隣を見てみると、東戸さんは窓の外をぼんやりと眺めていた。校門へと続く道沿いには桜が植えられており、ちょうど満開だ。東戸さんは教科書とノートを開いてはいるが、ノートは真っ白。シャーペンすら持っていない。一体何を見ているのか気になっていると、東戸さんがふいにかがんだ。そして上履きをぽいぽいと脱ぎ捨てると、慣れた手つきで白ソックスを両足ともに脱いでしまったではないか。それから、上履きとソックスは机の下に無造作に脱ぎ置いたまま、素足を前に伸ばして、リラックスした姿勢になった。素早い動作で、思いがけない行動をした東戸さんに、私は釘付けになってしまった。そのせいか、眠たげな顔でこちらを向いた東戸さんとばっちり目があってしまった。

「・・・西野さん、どうかした?」

首を傾げて、小声で聞いてくる。私はあわてて、

「え、ううん、なんでもないよ、なんでも・・・」

そう言って、目線を前に戻す。

「そっかー」

東戸さんはそう言ったきり、相変わらずノートをとる様子もなく、窓の外や前方をぼんやりと眺めている。


 不思議な子だと思っていたけれど、さっきの様子を見ていると、不思議度が増した気がする。見た目はというと、やや茶色がかったふんわりとした髪を肩まで伸ばして、背は140cmの私よりも小さい。制服はまだ大きめで、スカート丈は膝上くらい。白いソックスをずりおろして履いていたが、今はそれも上履きとともに床に無造作に置かれている。


 東戸さんは授業が終わるまでの間中、素足を前に伸ばして指をくねくね、机の棒を指で挟んだり、その上に置いてまたくねくねしたり、椅子の下で組んでみたり、せわしなく足を動かしていた。反面、上半身はほとんど動かしていなかった。


 授業が終わると、次は教室移動。図書館へ行って、図書館の使い方を学ぶらしい。私はもともと本が好きなので、中学校でもいろいろ読みたいなと思っている。小学校にはなかった、オトナ向けの本もあったりするのかな。

「コマちゃん、図書室いこー」

「あ、うん!いまいく!」

新しく友達になった3人と一緒に教室を出ると、先に教室を出ていた東戸さんがいた。相変わらず一人で廊下を歩いている。足元を見てみると、上履きを素足のまま履いていた。ソックスは置いてきたのだろうか。ややぶかぶかの上履きから、歩くたびに赤らんだかかとが顔をのぞかせている。


 中学校の図書館は、上履きを脱いで入るらしい。私たちの前を歩いていた東戸さんは、ためらいもなく上履きを脱ぐと、素足のまま絨毯の敷かれた図書館へと入っていった。周りを見ても、男子も含めて、素足なのは彼女だけのようだった。体育やプールでもない限り、ソックスを脱ぐことってなかなかないよね…?


 自由な6人で一つのテーブルに座るようで、私たち4人は空いていたテーブルに座った。偶然にも、隣は例の東戸さん。足が床につかないのか、素足をプラプラさせながら、先程よりも眠気が覚めた表情で周りを興味深げに見渡している。東戸さんも、本が好きなのかな??キョロキョロする様子がかわいらしい。


 30分ほどで説明が終わり、残りは自由に図書館内を見て回ることになった。人気があるのは、“ライトノベル・コミック”コーナー。でも私は、文庫が並んだ棚へと向かった。やはり中学校、小学校以上の数の文庫がずらりと並ぶ。読んだことのない作品もいっぱいだ。どれにしようかと背表紙を眺めていると、隣にぺたぺたと東戸さんがやってきた。下の方の本を探しているのか、床にペタンと座って、一冊の文庫を手に取ると、その場で読み始めてしまった。スカートで足を覆うことをしておらず、素足の足裏がのぞいている。赤らんだ素足に細かな砂やほこりが付いているのがよくわかる。集中して読みふけっているようだけど、さすがに机で読んだ方がいい気がする。

「ね、ねえ、東戸さん、机で読まない・・・?」

そう声をかけるが、本を読むのに夢中で聞こえていないらしい。肩を叩いてみて、ようやく振り向いた。

「・・・なに?」

ポーっとした表情で振り向く東戸さん。やっぱり、かわいい。

「机で読もうよ、床だと、目が悪くなっちゃうよ?」

「あー、うん、わかった」

そう言って、東戸さんは立ち上がって最初の席に戻り、また本を読み始める。相変わらず、素足の足をぶらぶら・・・。時々足の指をくねくねとさせたり、片方の足の指でもう片方の足の裏をかいてみたり、足の指同士を絡めてみたり。本を読む上半身はほとんど動かないのに、足ばかりが動いているために、どうしてもそっちに目が行ってしまう。本を選ぶふりをして、そちらをちらちらとみていると、チャイムが鳴ってしまった。ここからはいったん教室に戻ってまた授業、その後給食・昼休みだ。


 私は友達と合流すると、上履きを履いて教室へ。東戸さんを探して振り向くと、ちょうど素足を上履きに入れるところだった。この後の授業でも東戸さんはまだ素足なのかなと、少し楽しみになる自分が不思議で仕方ない。


 給食が終わって、昼休み。4時間目の授業から給食までずっと上履きを脱いで足をぶらぶらさせていた東戸さんが、上履きを履きなおして教室を出ていった。私は普段、昼休みを教室で友達をおしゃべりなどして過ごしているが、今日は東戸さんの方が気になってしまい、

「ごめん、ちょっと先生に用事があって!」

そう断って、東戸さんを追った。


 上履きからかかとをパカパカとのぞかせながら、東戸さんは図書館へと向かっているようだった。図書館は教室のある校舎の2階から渡り廊下でつながっている、別棟にある。一階は倉庫になっており、生徒はなかなか足を踏み入れない。その渡り廊下を渡るとき、ふいに東戸さんが振り向いた。はっとして、私は歩を止める。別にあとを付けてたわけじゃないんだけど・・・とか何か言おうとしたけど、とっさに声が出なかった。

「あー、西野さんも、図書館に行くの?」

しかし、東戸さんはそんな私を怪しむことなく、私がぎこちなくうなずくとにこやかな表情で、

「一緒に行く?」

そう誘ってくれた。

「西野さんも、本が好きなの?」

図書館につくと、上履きを脱いで再び素足のまま上がる東戸さん。気持ちよさげに足の指をぐーっとひらく。私も上履きを脱ぐと、

「う、うん、そうなんだ」

「好きな作家さんとか、は?」

「うーんとね、あさのあつこさん、とか結構いっぱい読んでるよ!物語が好きなんだ」

「私はね、とにかくいろいろな本が好きなんだ。物語も、図鑑も、伝記も、いろいろ」

そんなことを話しながら、それぞれ好きな本を探して、近くの机に隣合って座る。横を見ると、素足をもじもじとさせながら、何やら難しそうな小説に読みふける東戸さん。そんな東戸さんとこうやって一緒に本を読めているのが、少しうれしくなった。


 昼休みの50分はとても短くて、集中して本を読んでいると、チャイムが鳴ってしまった。

「あ、昼休み終わっちゃったよ、行こう、東戸さん、掃除だよ」

「あーん、もうちょっとだったのに・・・。この本、借りていこう」

そうのんびりといいつつ、図書館のカウンターへ貸し出しの手続きに向かった。図書館の外で待っていると、やがて借りた本を読みながら出てくる東戸さんが。もう掃除の時間は始まっているので、急いで帰らなきゃ!

「東戸さん、いそご!」

「はっ、そだね、先生におこられちゃうよ」

やっと本から顔を上げた東戸さん。渡り廊下から校舎に入ったところでふと彼女の足元を見ると、素足のままで、上履きを履いていないではないか!

「え、ちょ、東戸さん、上履きは!?」

教室へと急ぐ足をいったん止めて聞くと、

「上履きー・・・?あ、図書館に置いてきちゃったかも」

「ウソ―!?取りに行かなきゃ!」

「えー、いいよ、後で取りに行くよー、それより、教室に早くもどろ!おこられちゃうよ」

「え、ちょ、東戸さん・・・!?」

そう言って、素足のまま廊下をペタペタと歩き始める東戸さん。え、いいの!?


 私たちの教室は、校舎の4階にある。階段を上る東戸さんの後ろをついていくと、床のホコリなどが付いてだんだんと黒っぽくなっていく東戸さんの足の裏が丸見えに。教室で一人だけ素足になることや、みんなが上履きを履いて過ごす学校内を一人裸足で歩くなんて東戸さんはあまり周りを気にしない子なんだなと、改めて思う。そんな彼女を見ていると、ドキドキしてくる私自身が、とても不思議な感じだ。


 みんなの不思議な視線を受けながら、裸足のままで教室の掃除をして、5時間目の授業が始まっても、東戸さんは裸足のままだった。これまでも、授業中は上履きを脱ぎ捨てて素足だったけど、今はその上履きさえもない。後で取りに行くといっていたけれど、もう放課後しか時間がないのでは・・・?


 5時間目の授業は教室で、最後の6時間目は、理科室で理科の授業がある。理科室は校舎の2階だから、そこまで移動しなければならない。東戸さんは荷物をまとめると、裸足のまま教室を出ていった。私と友達も続いて理科室へと向かう。前を歩く東戸さん、ペタペタと足音を鳴らしながら、裸足で廊下を歩いている。すれ違う人が時々驚いたような顔をしている。そうだよね、この時期に裸足って何かあったかなと思うよね・・・。

「コマちゃん、東戸さんと仲よくなったんだ?」

理科室への移動中、突然聞かれてあわててしまう。

「え?う、うん、お互いに本が好きってことで。隣の席だし・・・」

「どんな子なのー?ちょっと変わった子だよね・・・?」

「うーん、そうだなあ、マイペース、って感じかな?」

「なるほど…?」

結局、理科室から教室まで戻って、帰りの会(中学校ではホームルーム?っていうんだっけ)が終わるまで、東戸さんは裸足のままだった。あいかわらず足の指をくねくねさせたり、机の棒に素足を乗っけたり、はさんでみたり。椅子の下で足を組んだら、ホコリや砂で黒っぽくなった足の裏が丸見えになって、私はずっとドキドキしていた。


 あいさつが終わると、みんなは部活動見学に行ったり、塾へ向かったり、それぞれ教室を出て行く。私は、東戸さんのことが気になったので、一緒について行くことにした。

「西野さん、よかったの?部活動見学とか・・・」

裸足のまま、私の横をペタペタと歩く東戸さん。気持ち、身長差がもっと開いた気がする。

「うん、私も、今日は図書館でちょっと本を探そうかなって思ってたんだ」

それは、半分ホント、半分はウソだ。裸足の東戸さんともっと一緒にいたい、っていう気持ちが、半分、いやそれ以上あった。

「あ・・・」

「あちゃー・・・」

しかし、その願いは叶わず。図書館には、「本日は閉館しました」の札がかかっていたのだ。

「ウソ・・・、閉まっちゃってる・・・」

「上履きはまた明日だなー。ごめんね、つき合わせちゃって」

私の方がどちらかというとショックを受けているようで、上履きを取り出せなくなった東戸さんは、何事もなかったかのように、裸足のまま来た道を戻っていた。チラチラと見える足の裏は、さっきまでよりももっと黒っぽく汚れている。

「わ、私はいいんだけど、東戸さんは大丈夫??」

「うん、大丈夫だよー、また明日、取りに行くよ」

本当にマイペースだなと思いながら、一緒に靴箱へと向かう。

「東戸さんは、何か部活、入る?」

「ううん、入らないよ。好きな部活なかったし、本を読んだり、習い事で忙しそうだし」

「習い事、してるんだ?」

「うん、習字を、幼稚園の頃から」

「幼稚園?!長くやってるんだね!」

靴箱への道すがら、東戸さんの事が知りたくていろいろ質問をしてしまった。彼女は嫌な顔せず、ひとつひとつに答えてくれる。4人家族で、妹が1人。それにワンちゃんを飼っているらしい。家は学校から歩いて10分くらいのところ。


 やがて靴箱に着くと、今度は東戸さんが聞いてきた。

「西野さん、ポケットティッシュとか持ってないー??」

「ティッシュ?あるよ、はい」

「ありがとうー」

何に使うのかなと思っていたら、東戸さんは靴箱に手をついて、足の裏をティッシュで吹き始めた。ばっちりと見えた、東戸さんの足の裏。土踏まず以外は真っ黒に埃や砂がついており、一度ティッシュで拭いただけではその汚れは落ちず、ごしごしと拭いてやっと汚れが薄くなったかな、という感じ。もう片方の足もティッシュで拭き終わると、東戸さんは靴箱から白いシューズを取り出し、素足のままでそれを履いた。

「東戸さん、靴下は??」

思わず聞いてしまう。

「うーん、メンドイし、いいかなって。もうあとは家に帰るだけだし」

「そ、そうなんだ…」

シューズから伸びる素足、ソックスを履いていないのがはっきりとわかってしまう。この格好のまま帰るのは、私には勇気がいるなと思ってしまう。それに、素足に靴を履いたら蒸れてきもちわるいのではないだろうか…?けれど、そんな東戸さんを見ていると、やっぱりかわいいと感じてしまう。


 帰り道を聞くと、途中の橋まで一緒だった。そこまで、2人で並んで歩く。途中、信号待ちのときに、素足履きのシューズを両足とも完全に脱いで、足の指をもぞもぞさせていた。やがて分かれ道の端に差し掛かると、東戸さんは、

「今日はありがとね。バイバイ」

そう言って小さく手を振った。

「ううん、また図書館行こうね、バイバイ!」

嬉しくなって、でも別れるのが少し寂しくて、私は普通より大きな声でそう言った。ちょっと不思議な東戸さん。また明日、彼女に会えるのが、とても楽しみで仕方なかった。


終わり



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 東戸さんの強烈な不思議感。気ままに、思い立ったまま動く感じなのでしょうか。けれどそこに騒がしさは多分ない。 [気になる点] 東戸さんを見る周囲の目が優しすぎるような気がするのと、東戸さんを…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ