第九話
「……ふ ふざ、けるな……!!」
僕は、妹に向かって、掠れたような声で言った。
「お お前……お前……っ!!」
ぎりり、と歯ぎしりする。
怒りなのか、それとも恐怖なのか……訳の解らない、それでも強い感情だけがこみ上げて来る。
僕はその感情のままに手を伸ばし、妹の服の胸ぐらを掴んで、ぐいっ、と引き寄せた。
「お前、自分が何をしたか解ってるのか!?」
「……ん?」
僕は、怒鳴りつけたけど、妹は、きょとん、とした顔だ。僕に胸ぐらを掴まれている事も、まるで意味がよく解っていない、という様子だった。
「何の話だ? 兄様?」
妹が、のんびりした口調で言う。
「とぼけるなっ!!」
僕は叫んだ。
「お前……お前がした事は……っ」
僕はそこで言葉を一瞬途切れさせる。
言いたくない。
だけど……
言わなきゃいけない。
そうだ。
コイツが……
この妹が、した事は……
「殺人……」
ぽつりと呟く。
そうだ。
こんな恐ろしい、今の今まで、自分の人生で、無縁だと思っていた言葉を、まさか口にする日がくるなんて……
しかも……その相手が……
その相手が、妹だなんて……
僕は、涙が出そうになった。
それでも……
それでも、僕は強い口調で言う。
「殺人だぞ!?」
僕は、怒鳴りつけた。
しばしの沈黙。
ややあって……
「そうだな」
妹は、のんびりとした口調で言う。
「……そうだな……って、お前……っ」
僕はぎりっ、と歯ぎしりする。
「だがな、兄様」
妹が、またのんびりと言う。
「あいつらが、兄様に何をしようとしていたのか、気がつかなかった訳じゃ無いだろう?」
「っ!!」
その言葉に、僕は一瞬、息を呑んだ。
妹が、僕の顔を見ていた。
「あいつらが、兄様に、何をしようとしていたのか――」
妹が、一言一言、区切るように言う。
僕はその言葉に、一瞬……
一瞬、あのオブジェ近くに倒れている青年の方を見る。
彼が、何をしようとしていたのか。
否。
彼が、僕に対して、何をするつもりだったのか。
僕は……
僕は、気づいていた。
そう……
彼は……
あの青年は、あの時――僕に……
僕に、何をしようとしていた?
そして……
僕は……
僕は……
「気がつかなかった、という訳じゃ、無いだろう?」
妹が、またしても区切るように言う。
「それ、は……」
僕は呟く。
妹の胸ぐらを掴む手が、するり、と離れる。
そう。
僕は、見た。
はっきりと、見たんだ。
あの青年が……僕に……
僕に、何をしようとしていた。
そう。
あの時――
彼は……
彼は……僕に……
僕に、銃を……
「どうして……」
僕は呟いた。
そうだ。
どうして、僕が……
僕が、見ず知らずの他人に、いきなり銃を向けられなければいけないんだ?
僕は、妹の顔を見る。
「……お前は……その……」
僕は、妹に問いかける。
「その……知っているのか?」
妹は、僕の顔を見ていた。
「どうして、僕が……あんな風に、命を……」
命を……狙われるのか。
「……それは……」
妹が、口を開く。
だけど、それよりも早く――
「いたぞーっ!!」
「っ!?」
男の声に、僕は思わず振り返る。
人だ。
駅舎の中、恐らくは逆側の出入り口の方から、沢山の人がこちらに向かって走って来る。
その人の群れの先頭に立っているのは……
「あそこだ!! あそこにいるぞっ!!」
一際大きな声が響く。そのおかげで、その人物だけが目立っていた。
立っていたのは、青い制服に身を包んだ長身の男性。
警察官だ。
「警察……」
僕は小さく呟く。
そうだ。
警察だ、警察に連絡しないと。僕は、周りの人達の死体を見る。
彼らは……僕を殺そうとしていた。どうしてなのかは解らない、けれど、間違い無く、僕を殺そうとしていたんだ。
当然、まずは誰かに――警察に助けを求めるべきだろう。
妹の方を見る。
コイツのした事は、もちろん許される事では無い。
だけど……
コイツは、僕を守ろうとして、あんな事をしたんだ。ちゃんと話せば、きっと解って貰えるだろう。
僕は手をあげ、走って来る人達をこちらに呼ぼうとした。
だけど……
がしっ、と、その手を横から誰かが押さえつけた。
妹だ。
「……おい」
僕は、妹に言う。
「何してるんだよ?」
「兄様こそ、何をしているんだ?」
妹が、鋭い口調で言う。
「何をって……今は誰かに助けを求めるべきじゃないか?」
僕は言うけど、妹は首を横に振る。
「兄様、悪いが今、兄様の事なんか誰も助けない、この私以外はな」
「……どういう事だよ?」
僕は問いかける。
「今は、それを話している暇は無い、とにかく、一緒に逃げよう、兄様」
「……」
僕は何も言わない。
妹は、僕の顔をじっと見つめた。その表情は、普段のコイツからは想像も出来ない程に真剣なものだった。
「頼む、兄様」
妹が言う。
「今は、私を信じてくれ」
僕は、何も言わない。
信じる?
コイツを?
僕は、自問する。
つい今し方、沢山の人を銃で殺した、この狂った少女を?
信じろ――っていうのか?
僕は、妹の顔を見る。
「……兄様」
妹が言う。
僕は、また黙り込んだ。
僕の手首を、ぎゅっ、と、痛いくらいの力で握りしめる妹。
だけど……
だけど……
その手が、微かに……
微かに……震えていた。
「……」
僕は、妹の顔をもう一度見る。
妹の目が、不安げに揺れていた。
そうだ。
僕は、自分に言い聞かせる。
コイツは……
コイツは……僕の……
僕の、妹なんだ。
どんな事があっても……
何をしても……
僕の……
たったの一人の……妹なんだ。
僕は、ゆっくりと……
ゆっくりと、息を吐いた。
「……解った」
妹に向けて、小さく言う。
「今は、お前を信じるよ」
しばしの沈黙。
そして……
「ありがとう、兄様」
どうもこんばんは~^^
KAINです。
まずは「犬たちは~」の方、ブクマ10件、ありがとうございます^^
こちらの方にもそれなりにブクマが増えている様で、重ね重ねありがとうございますm(_ _)m
で、今回の話。
なんか一行で行変わるの多過ぎね?
うーむ……臨場感というか引きというか……それを作る為にやっているのですが^^;
落選の理由もそんなところにあるのかな?
ともあれ、とりあえずは妹を信じる事にした雅志君。
はたして二人の運命は!?
そして雅志は何故、狙われるのか!?
次回更新で、その辺がとりあえずは明らかになります……多分^^;
では、また