第八話
僕は……
その『光景』を、ただじっと見ている事しかできなかった。
手が……
足が……
身体が……動かない。
自分の顔に、本物の銃を向けられているというのにも関わらず。
その場から、全く、身動きを取ろうとしないまま……
ただ、呆然と……
呆然と、その場に立ち尽くしていた。
もし。
もしもこのままだったら。
僕は……
あの銃で、殺されるだろう。
銃口は、正確に僕の顔に向けられている。何という名前の、どれくらいの威力がある銃なのかは解らないけれど、それでも、まともに銃弾を、それも頭に受ければ、絶対に人間は死ぬ。
それなのに……
僕の身体は、動かない。自分の顔に、本物の銃を向けられるという『非日常』に、感覚が麻痺してしまったのかも知れない。
僕は黙ったままで、その青年が持つ銃を見ていた。
そして。
青年が、引き金にかけた指に、ぐっ、と力を込める。
その直後だった。
「兄様っ!!」
ヒステリックな叫び声が、背後から響いた。
その声がした方を、振り返る暇も無く――
僕の身体に、ふわり、と誰かが覆い被さってきた。
「っ!?」
顔に大きな胸が当たり、僕は一瞬どきり、としたけど、それもほんの一瞬の事。
僕はそのままバランスを崩し、その場に仰向けにぐらり、と倒れていた。
ごん、と鈍い音と衝撃が、後頭部に走る、倒れた拍子に頭をアスファルトにぶつけたのだ。その痛みと衝撃に一瞬、意識が遠のきそうになる。けれど……
「!?」
視界に飛び込んできた光景に、僕の意識は瞬時に覚醒した。
僕に体当たりをした張本人。
無論、妹の堂本玲奈だ。そのまま僕の腰の上に馬乗りになる。
そして……
その妹の手の中に……
いつの間にやら、ぎらり、と鈍く輝く拳銃が握られていた。あの青年が、僕に向けていた物とは違い、大きくて、強力そうな拳銃だった。
妹はそれを……
それを、自分の前方。
即ち……
あの青年がいる方に、真っ直ぐに向けながら。
そのまま……
引き金を、引いた。
どんっ!!
大きい音が響く。
そして……
「ぐっ……ああ……っ!!」
聞こえたのは、苦しげな呻き声。
次いで、どさり、と誰かが倒れる音。
まさか……!?
僕の脳裏に、嫌な予感が膨れ上がる。
妹の方を見る。
妹は、もう今し方の青年になど目もくれず、銃を左の方向へと向け、そのまま躊躇いも無く引き金を引いた。
僕は、顔をそちらに向け、そして、見た。
さっきも見た、あの二人組の女子高生だ。そのうちの一人の胸から、まるで噴水の様に血が噴き出していた。
そのまま、その女子高生はぐらり、とその場に倒れる。もう一人の女子高生が、そちらの方を呆然とした様子で見ていた。
けれど……
すぐに、さっきと同じ銃声が、僕の頭の上で響いた。
その次の瞬間、その子の頭から、ばあっ、と赤黒い血が噴き出すのが見えた。僕は慌てて顔を妹の方に向ける。
妹は、もうその女子高生達にも目も向けていなかった。背後に銃を構え、こちらもためらいなく引き金を引いた。
再び轟く銃声、足の近くに、誰かが倒れる気配がした。妹は、さらに別な方向に銃を向け、そしてまたしても引き金を引いた。
「お おい……玲奈!!」
僕は叫んだ。
「お前、止め――」
ろ、まで言う事は出来なかった。
「兄様っ!! 頭を下げてろ!!」
そんな言葉と共に、妹が、銃を持っていない方の手を伸ばし、僕の顔を、まるでアイアンクローするみたいにがっちりと押さえつけ、そのままアスファルトの上に押しつけたからだ。
そのまま、妹がまたしても別方向に発砲するのが、指の間からしっかりと見えた。
誰に当たったのか、その人物がどうなったのかは、もう見たくなかったし、考えたくなかった。
その後も、さらに何発もの発砲音が響き、やがて銃弾が尽きたのか、妹は、ついさっきまで持っていた銃を、まるでゴミの様にぽい、と投げ捨て、横に置かれた例のバッグの中に手を突っ込んで、そこからまた別な銃を取り出した。
「……」
そこで、僕は目を閉じた。
どうにか自由に動く両手を、のろのろと動かし、両耳をしっかりと押さえつける。
……これは……
これは、一体……
一体、何なんだ?
夢、なのか?
僕は、ぼんやりと自分に言い聞かせる。
ああ。
そうか。
夢、だよな?
そうだ、夢に決まっている。こんな事が、現実に起こるはずが無い、いきなり他人から銃を向けられたり、妹が、その相手を銃で……
銃で……
僕は、その先を考えるのが怖かった。
そうだ。
夢だ。こんなのは……
こんなのは……夢なんだ。きっと、初めてのデートで緊張して、こんな酷い悪夢を見ているだけなんだ。
そうだ。そうとも。
早く……
早く、目を覚まそう。
そして……
そして、デートに……
デートに、行くんだ。
両目をぎゅっと閉じ。
両耳を、力一杯押さえつけながら。
僕は……
何回も。
何回も。
自分に、そう言い聞かせていた。
どれくらいの時間が、過ぎたのだろう?
つむ、つむ、と。
頬をつつく感触に、僕は、我に返った。
……これは、夢だ。
もう一度、自分に言い聞かせる。
だけど……
目を閉じていても、耳を塞いでいても……
鼻につく鉄が錆びた様な嫌な臭い。
硝煙、というのだろうか? 花火の火薬の、もっとキツいような臭い。
それらの臭いが……『あれ』が決して夢なんかじゃない、と物語っていた。
そして何よりも……
つむ、つむ、と。
頬をつつく指の感触。
それが、このまま何も知らないふりをして目を閉じ、耳を塞ぎながらここに寝転んでいることは許さない。
そんな風に、言っているみたいだった。
つむ、つむ、と。また頬をつつかれる。
「……」
否。
僕の頬をつついている『やつ』の性格からして、これはただ単に、僕の頬の感触を楽しんでいるだけなのかも知れない。
そんな事を考えている間にも、さらに頬をつつかれる。しかも、だんだんと間隔が短くなって来ていた。そしてついには、うっとりと僕の頬を撫で始める始末だ。
「だぁーっ!!」
さすがに苛立って来た僕は、叫びながらその手を払いのける。
「いい加減にしろっ!! お前はっ!!」
そのまま、『そいつ』を押しのける様にして身体を起こす。
「いやんっ!!」
変に艶めかしい声がしたけれど、僕は無視して立ち上がり……
そして……
「っ!!」
そして……
言葉を、失った。
つい先ほどまで、大勢の人がいて、賑やかだった駅前広場。
その広場は……今。
今……
しん、と、静まり返っていた。
「……」
僕は、辺りを見回した。
最初に目についたのは、中央にあるあのオブジェだ。
そのオブジェに寄りかかるようにして、一人の青年が倒れていた。
最初に僕に銃を向けてきた、あの青年だ。ぐったりと、オブジェにもたれるようにして事切れている。あの白いシャツが、最初からそういう色だったのかと思える様に真っ赤になっていた。
別方向に視線を向ける。
そこにも、別な死体が転がっていた。
あの二人組の女子高生だ、仰向けに倒れている女子高生の胸元からは、まだ、血が少しだけ、とろり、とろり、と零れている。
その少女の横に、うつ伏せに倒れているもう一人の女子高生。
彼女の頭の半分は、まるで大きな生き物にでも囓られた様に『無くなって』いた。
駅舎の方を見れば、その入り口の前に、あのスーツ姿のサラリーマンが。
壁に寄りかかるようにして、OLの女性が倒れていた。その死体のすぐ横には、木工用のハンマーが落ちていた。どちらの物なのかは解らない。
大通りへ出る方に目を向ける。そこでも人が死んでいた。
エプロン姿の主婦だ。アルマジロみたいに身体を丸め、何かを守っているみたいにして死んでいる。その胸の中で、何かがごそごそと微かに動いているのが見えた。
その他にも、老若男女、大勢の人が、俯せに、あるいは仰向けになって倒れている。その大半が、頭や心臓の辺りを銃で撃たれていた。
「……」
僕は、すぐ横を見る。
僕に突き飛ばされ、尻餅をついてひっくり返っていた妹が、ゆっくりと立ち上がる。
今、『ここ』で生きているのは、僕とコイツだけ。つまり……
つまり、『これ』をやったのは……
妹の顔を見る。
妹もまた、僕の顔を見ていた。
そして……
「もう、大丈夫だぞ、兄様」
にっこり、と。
いつもと、全く変わらない。
本当に、いつもと変わらない笑顔で……
僕の妹、堂本玲奈が微笑んだ。
両頬に、恐らくは誰かの返り血と思われる赤黒い液体を、べったりとへばりつかせたまま。
妹が、微笑んでいた。
そして……
「みんな――」
妹が、言う。
いつもの笑顔と共に、言う。
「殺してやったからな」
どうもこんばんは~^^
KAINです。
「みんな、殺してやったからな?」
この妹の台詞を書きたくてこの話を書いたと言っても良いくらいお気に入りの一言です!!
(≧▽≦)b
顔を押さえつけるのを「アイアンクローするみたいに」と表記しましたが、どういう状態かってのは解って頂けましたかね?
後は馬乗りになってる事とか、鞄の口はいつ開いたんだ? とか?
これも「犬死者」も、新人賞に応募して落選とした作品なのですが・・・
そこら辺を書き切れなかったところが原因なのかな?
色々と悩みが多いですが、とりあえずこっちも日常パート終了で本編のスタートです^^
感想、ブクマなどお待ちしていますm(_ _)m




