表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦争と兄妹  作者: KAIN
第一章:開戦と兄妹
7/51

第七話

「……騙し、た?」

 僕は、思わず妹に問いかけていた。

「そうだ、兄様」

 妹は、僕のその問いに、はっきりと頷いて見せた。

「今日、兄様の高校ではオープンキャンパスなんてやって無い、兄様、これからは自分の通っている学校の行事の日程くらい、きちんと把握しておいた方が良いぞ? だからこんなに簡単に騙されるんだ」

 腰に両手をあて、咎める様に言う妹を、僕は黙ったまま睨んでいた。

「……勝手な事、言ってんじゃねえよ」

 低く、ドスの利いた声で言う、だが妹は、それについて何も言わず、さらに続けた。

「兄様の高校を受験したい私の友人なんていうのも、もちろん存在しない、そもそも考えてもみろ、兄様」

 妹は、そこで自分の胸をぽん、と軽く叩く。

「この私に、兄様以外に友達だとか、恋人なんてものがいると思うか?」

「……」

 僕は何も言わない。妹は、くすくすと笑いながら続けた。

「私は兄様の事が好きだ、兄様の事を愛している――」

 僕は、まだ何言わない。

「だから私には、兄様以外の人間なんか、はっきり言ってどうでも良いんだ、兄様の他に友達とか、恋人なんて、今の今まで欲しいと思った事も無いし、今後もそんな相手を作るつもりも無い、ああ、因みに学校の奴らに良くしてやっているのは、学校の中でくだらないトラブルに巻き込まれて、家に帰るのが遅れたらその分、兄様と過ごせる時間が減ってしまうからな、それが嫌だから、誰からも好かれる人間を演じているだけだ」

「……お前、一体何を言ってるんだ?」

 僕は、思わず問いかけていた。

 ……こいつは、一体……

 一体、何なんだ?

 今までは、僕の事を恋愛的な意味で好きだ、と言い張る変な妹でしか無いと思っていたのに……

 今のコイツは……

 目の前にいる、この少女は……

 一体……何なんだろう?


 解らない。

 だけど……

 だけど、一つだけ確かな事がある。

 僕は――

 僕は今日……

 コイツに――

 そうだ。

 コイツは……

 この少女は、僕を……

 僕を、騙したんだ。


 もう、良い。

 どうでも、良い。

 目の前にいるこの少女が、血を分けた妹だとか、こんな……

 こんなか細い体つきの、ちょっとでも小突いたら倒れてしまうような少女だとか。

 そんな事も忘れてしまいそうになるくらい、どす黒い感情が湧き上がって来る。

 そうだ。

 こいつは、人を……

 僕を、騙したんだ。

 そんな奴は……

 そんな奴は……

 そんな奴は――!!


 僕は、自分でも気がつかないうちに握りしめていた拳を、一気に振り上げようとした。

 だが、それよりも早く――


 あはははははははははは……!!


「っ!?」

 突然横から聞こえた甲高い笑い声に、僕は思わず息を呑んでいた。

 頭と心に渦巻いていた怒りが、一瞬にして霧消して行く。僕は思わずそちらを睨み付けていた、鬱陶しい、今大事な話をしている時だというのに……

 目をやればそれは、さっきも見た二人組の女子高生だった、さっき見た時と同じ様に、手を繋いで、何が楽しいのか大きな声で笑い合いながら、僕の横を走り抜けて……

「……?」

 そこでふと、僕は違和感を覚えた。

 あの二人……

 僕は、思い出す。

 そうだ……

 あの二人、確か……

 確かさっきも、僕の横を通り過ぎて行かなかったか?

「……?」

 僕は顔を上げ、辺りを見回した。


 僕と妹の周りには、沢山の人がいた。

 広場の真ん中のオブジェに寄りかかり、携帯電話を弄っている大学生風の若者。

 休日だというのに、携帯電話に向かって何事かを大きな声で捲し立てながら、足早に駅舎の中に入って行く、スーツ姿のサラリーマン。

 こちらもスーツ姿だけれど、時間には余裕があるのか、腕時計を見ながらのんびりとした足取りで歩いているOL。

 買い物にでも行く途中なのか、赤ん坊を抱いて歩いているエプロン姿の若い主婦。

 杖を突いてゆっくりと歩きながら、のんびり散歩を楽しんでいるらしい老人。

 そして……今し方も見た二人組の女子高生も、手を繋いで、楽しそうに笑い合いながら、通りの方からこの広場に向かって走って来ていた。

 おかしい……

 僕は、胸の中で呟く。

 僕がこの広場に来てから、少なくとももう十分以上が経過しているはずだ。

 その間にみんな、一度は駅の中だったり、あるいは通りの方だったり、とにかく一度は何処かへ移動していったはずだ。

 それなのに……

 それなのに、どうして……


 どうして、みんなまだ『ここ』にいるんだ?


 まるで……

 まるで、何処かで回れ右でもして、もう一度この駅前広場に戻ってきたみたいに……


 否。

 きっと、そうなのだろう。そうで無ければ説明が付かない。

 どこかに去って行くフリをしながら、またここへ戻って来る、この駅前広場にいる全員で、そんな事をずっと十分間繰り返していたに違い無い。でも……

 でも、一体……

 一体、何の為に?


「兄様」

「……」

 妹が、小さい声で呼びかける。

 僕は、その声に妹の方を振り向いていた。さっきまで感じていた怒りは、今やすっかり消え、得体の知れない恐怖が、僕の心にまとわりつき始めていた。

「何だよ?」

 僕は、妹に問いかける。

 その声は、自分でも解るくらい震えていた……

 何かが……

 何かが、起きようとしている。

 あるいは、もう既に起こっているのだろうか?

 解らない……

 僕には……何も……

 何も、解らない……

 妹が、口を開きかける。

 だが、それよりも早く――


 がしゃ……


「っ!?」

 背後から、耳慣れない金属音が響く。

 僕は、思わずばっ、と振り向いていた。


 振り向いた僕の視線の先にいたのは……あの大学生風の青年。

 僕よりも、多分二つくらい年上だろう、鮮やかな金髪に染められた髪は長めで、前髪が左目に少しかかっている。

 着ている服は白い薄手の長袖シャツ、手入れされているのか新品なのか、皺も汚れもあまり見当たらない。青いGパンを履き、その出で立ちはラフだった、多分休日に家にいるのも暇なので、ぶらりと家を出て街へ出て来た、というところだろう……さっきまで退屈そうにスマートフォンを弄っていたのも、待ち合わせの相手が来るまでの退屈しのぎ、というよりは、街に出たのは良いが、何処へ行くかも考えていなかったから、とりあえず適当に遊べそうな場所を探していたとか、そんなところなのかも知れない。


 だけど……

 だけど今……

 その手には……

 スマートフォンの代わりに……


 ぎらり、と。

 陽光を受け、鈍く輝く金属製の、小さい筒が握られていた。

「……拳銃?」

 僕は、小さく呟いていた。


 そう。

 その青年の手には、拳銃が握られていたのだ。

 玩具なんかじゃない。もちろん僕は、本物の銃なんか見た事は無いけれど、それでも、それが偽物なんかじゃ無く、本物の銃だと言う事は解った。どうしてかは解らない、でも、生物の本能みたいなものが、僕にそう告げていた。

 そして……

 そして今……

 その銃は……こちらに……

 僕の顔に、真っ直ぐに向けられていた――


 そして……

 青年が、下卑た笑みを浮かべながら……

 銃の引き金に指をかけるのが見えた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] これから妹ちゃんとのデートが始まるのか、それとも雅志くんが怒って帰っちゃうのか……なんて考えていたけれど、それどころじゃなくなってる!!(; ゜Д゜) 周りの人達がさっきと同じというのも不…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ