第五十話
妹を見る。
酷い姿だった、制服のあちこちがビリビリに裂かれたり千切られている、スカートもあちこちが裂け、スリットが入っているみたいに妹の脚が見えていた、僕は歯ぎしりしながら周りにいる男達を睨んだけれど、今はそれよりも……
僕は、そっと妹の身体を抱え起こす。
「玲奈……」
「にい、さま……」
玲奈が。
妹が、小さい声で僕に呼びかける、うっすらと開かれた目、妹の華奢な身体が震えていた。カチカチと歯が打ち鳴らされる音すら聞こえるくらいだ。
だが。
それでも妹は、ぐっ、と拳を握りしめ、無理矢理震えを抑えつけ、もう片方の手を、近くに落ちている銃に向かってゆっくりと手を伸ばしていた。
「すまない……にいさま……」
妹が、震える声で言う。
「みっともない……ところを……みせた……」
ぎりり、と妹が歯ぎしりする。
「だいじょうぶ、だいじょうぶだから……」
妹が言う。
「すぐに、いままでみたいに……」
妹が言うのを、僕は最後まで聞いていなかった。ぎゅっ、と、妹の身体を抱きしめる。
「!? に にいさま……!?」
妹が驚いた声を出す。
「ごめん、玲奈」
僕は、妹の身体を力一杯抱きしめながら、妹に告げた。
「にいさま……なにを……」
妹が言う。
「今まで、ありがとう」
僕は、はっきりと妹に言う。
「……っ」
それを聞いた妹が何かを言いかけるが、僕は無視して妹の両肩を掴んで、妹を引き離す。
「すまない、本当に、すまなかった」
僕は、妹に頭を下げた。
「にいさま……」
妹が小さい声で言う、抱きしめられて落ち着きを取り戻したのか、妹の声は少しずつ普通に戻っていた。
「もう、お前は家に帰れ、まだ家は無事なんだろう?」
僕は、妹に向かって言う。
妹は何も言わないで、僕の顔を見ていた。
「今まで、僕を守ってくれてありがとう」
そうだ。
僕は……
僕は……
「僕は、間違ってた……」
「にい、さま……?」
妹が、呆然とした表情で言う。
「僕は、間違っていたんだ」
僕は、はっきりとした口調で言う。
「お前に、守って貰うなんて、間違いだった」
そうだ。
僕は妹に言う。
「あのサイトに名前を書かれたのは、僕なんだ、お前じゃ無い、戦うのも逃げるのも、僕が一人でやるべきだったんだ」
僕ははっきりと言う。
「……それなのに……」
僕は目を閉じる。
そうだ。
それなのに僕は、妹に助けて貰って……妹に守って貰って……そして。
いつしか、僕はそれを当然の様に受け入れていた。妹に守って貰えば良い、妹に助けて貰えば良い、そんな風に考えて、自分の意志で戦う事を忘れていた。その結果が……
僕は、妹の顔を見る。血やら土埃やらが、頬についたままの妹の顔、僕は手を伸ばして、妹の頬についた血を拭い取ってやった。
「ごめんよ、玲奈」
僕は、もう一度妹に頭を下げた。
「ここからは、僕一人だけで戦う」
僕は、はっきりと告げる。
「兄様……何を……」
妹が、ようやく震えの治まった、はっきりとした口調で言う。
「だから、お前はもう家に帰れ」
僕はもう一度妹に言う。
「そんな事、出来る訳が無いだろう!? 兄様が一人になってしまったら……」
殺される。
確かにそうだろう。だけど。
「安心しろよ、玲奈」
僕は、妹に微笑みかける。
「僕だって死にたくは無いからね、簡単には殺され無い、逆にこいつら全員を殺して、ちゃんと脱出して、家に帰るさ」
僕は妹の両肩から手を離して立ち上がる。
「だからお前は、ちゃんと僕の帰りを待っていてくれよ、晩ご飯でも用意しながらさ」
僕は、そこでふと思い出して、妹の顔をじとーっ、と見る。
「言っとくけど、ウナギだとかすっぽんの血だとか、意図が見え見えの物は作るなよ?」
以前にこの妹が作った『その手』の料理を食べて大変な思いをした事を思い出し、苦笑いと共に言う。
そして。
そのままそれ以上、妹に何かを言わせる事をせず。
僕は、マスクの女の方を振り返った。
「……さあ」
僕は言う。
真っ直ぐに、彼女のマスクに覆われた顔を見ながら。
はっきりと。
「妹との話は終わりだ、僕を何処にでも連れて行け、ただし……」
じろり、と。
女を睨み付けて、僕は言う。
「妹には、これ以上手出しをするな」
女は何も言わない、ただ黙って、手に持った釘打ち機を、僕の首筋にピタリ、と押し当て、そして……
ばちん、と。
女が引き金を引くなり、僕の首に針が刺さり、中の液体が注入されていくのが解る。一体何の薬なのかは解らない……
否。
すぐに解った。
何故ならば……
針が刺さり、取り付けられた注射器の中の液体が体内に入り込むのを感じた瞬間、僕の意識は一瞬にして……
一瞬にして……
遠のいて……
身体が、ぐらり、と傾く。アスファルトの地面が視界いっぱいに迫って来るのが解る。
だけど、実際には地面に倒れるより早く……
僕の意識は……
闇に……
包まれた……




