第四十七話
どさり、と。
車の外に放り出される、妹が車内から何かを叫んでいるのが聞こえたけれど、その妹の声も、すぐに聞こえなくなる、多分妹も、車外に引きずり出されてしまったのだろう。
「……っ」
僕は歯ぎしりしながら、立ち上がって妹の方に走り寄ろうとした、だけど……
がっ、と、背後から、頭や腕を掴まれ、僕の身体はだんっ、とアスファルトの上に叩きつけられる。
「ぐっ……」
僕は呻いた。そのままぐいっ、と頭だけを引っ張られ、強引に正面を向かされる、あの女が……
ガスマスク姿の、背の高い女がこちらをじっと見ていた。
僕は、ぎりっ、と歯ぎしりしてマスクの女を睨み付けていた。
そのまま、女が顔を少しだけ上げ、他の方を向いた、僕を押さえつけている連中に向かって、微かに頷きかける。
そのままぐいっ、と身体を持ち上げられ、僕は女の前にどさり、と放り投げられる。
僕は女を一瞥した後で立ち上がり、妹の方に向かおうとした。だが……
妹の方を振り向いた時、背後からぴたりと何かが首筋に押し当てられる。
「っ!?」
僕は目だけを動かして、そちらを振り返る。
ガスマスクの女が、無言でこちらを見ていた、そして……
その手に握られた無骨な金属の塊、それはどうやら、建設現場などで使われる釘打ち機の様だった、だがそこには、釘の代わりに、毒々しい色の液体で満たされた注射器が取り付けられている、女が引き金を引けば、中の液体がこちらに注射される、という仕組みだろう。
僕はマスクの女の顔を見る。相変わらずマスクに覆われていて、その顔は解らない、それでもこの女が、何を言わんとしているのかは解る、動くな、という事らしい。
僕は女から視線を逸らして正面を見る、この位置ならば、ちょうど僕が引きずり下ろされた場所とは逆側、つまりは運転席の横が見える、僕はそこにいるであろう妹の方を見る。
だけど……
そこには、数人の大男達が、妹を囲む大きな柱の様に佇んでいる、いずれもがこちらに背を向けているせいで、顔は見えないが、きっと妹を見下ろしているのに違い無い、妹がどうなっているのかは解らないが、男達の立っている足の隙間から覗いている妹の脚だけが、そこに妹がいる、という事を物語っていた。
僕は、女を振り返る。
「妹は……」
僕は言う。
そうだ。
妹は、もう……
「妹は、もう関係無い、離してやってくれ」
僕が言うと、女は黙って、こちらにマスクに覆われた顔を向けた。
「それは」
女が言う。
マスク越しでも解る、甲高いけれど綺麗な声だった。それでも僕は、妹の声の方が好きだったけれど。
女はそんな僕の考えなどは気にした様子も無く続ける。
「貴方次第ね」
女の言葉に、僕は何も言わない。ただ黙って……
黙って、女の顔を見ていた。
「私と一緒に来て貰うわ、それがあの子を解放する条件」
女が言う。
僕は……解った、と言いかけて口を開いた。
だけど。
「ダメ、だ」
声がする。
妹だ。女が立っている男達に、軽く右手を振って見せる。
立ち並んでいた男達が、すっ、と左右に別れ、妹の姿がはっきりと見えるようになる。
妹は起き上がり、銃を構えていた。
「……兄様に、手出しはさせない、お前は……」
妹が言う、引きずり出された拍子に、多分抵抗して殴られるか何かしたのだろう、妹の右の頬は、少し赤くなっていた、見えないけれど、身体も殴られたのかも知れない、制服が微かに乱れている、よほど辛い思い、そして……
そして、怖い思いをしたのだろう、銃を構える妹の手は……
微かに……
微かに、震えていた。
それでも妹は、マスク姿の女を睨み付けて銃を構える。
だけど……
銃持っていない方の手は、腹の辺りをしっかりと抑えていた、きっとそこを……
そこを、殴られたのに違い無い。
「……っ」
その妹の姿を見て……
僕は……
僕は……
「お前は……」
妹が言う。
「私が……」
妹が、銃をマスクの女に向ける。
「殺してやる」