第四十六話
妹が運転する車は、ますます速度を上げ、マスクの女に突っ込んで行く。
このまま行けば、あの女の身体を跳ね飛ばすだろう。僕は、そう思いながらフロントガラス越しに女を見ていた。
女の方は……どういう訳か、車が迫って来ているのにピクリとも動かない。まるで……
まるで、何かを待っているみたいに……
一体……
一体、あの女……
何を……
何を、企んでいるのだろう?
僕がそんな風に思っていた時だった。
すっ、と。
女が、初めて動いた。
「……?」
僕は、思わず眉を寄せていた、女は何も言わずに、音も無く右腕を振り上げていたのだ、その右手には、真っ赤な手袋が嵌められていた。
僕がそれを確認するのと、ほとんど同時だった。
ふっ、と。
車のフロントガラスに、いきなり褐色の何かが大きく映り……
次の瞬間。
がしゃああんっ!!
大きな音がして、フロントガラスに、蜘蛛の巣の様なヒビが入った。
「……な!?」
僕が声を上げるのと同時に、すぐにまた、別の大きな影が立ちはだかる。
それは、人間だ、あの道路の左右に並んでいた、異様に身体の大きな連中のうちの一人に違い無い、そいつが、まるで女を庇う様に両手を広げて車の前に立ちはだかり……
またしても、大きな音と共に跳ね飛ばされる。
妹の方を見る。
スピードを緩める気配も無く、むしろさらにアクセルを踏み込んでいた、だが……
大きな音がして、三人目が跳ね飛ばされる、その直後……
がくん、と。
車体が、大きく揺れ、さらに車の速度が落ちる。
「な 何だ!?」
僕は声をあげた。
「……やってくれるな」
妹が歯ぎしりして言う。
キュルキュルキュルキュル……と。
僕の足のすぐ下で、タイヤが空回りしている音が響いた。
それで、僕も気づいた、跳ねられた連中の誰かの身体が、車体の下に挟まれたのだ、そのせいで車が進まなくなったのに違い無い。
そして。
それを待っていたかの様に……
車に、一斉に身体の大きな男達が群がって来る。
がんっ!! と大きな音が、突然真横から響いた。
僕はそちらを振り返る、異様に身体が大きい男が、手に石を持って、それを助手席の窓ガラスに叩きつけている。
僕は男の顔を見る、ぼんやりとした虚ろな目に、半開きの口、まるで生気というものが感じられない表情なのに、男はガラスが割れていないという事に気づくと、さらに大きく石を振りかぶって、また窓ガラスを叩いた。
その男だけでは無い、後部座席のガラスにも、やはり同じ様な顔の男が、石を叩きつけている、逆側の後部座席に取り付いている男は、ロックされている扉のノブに手をかけ、ガタガタとノブを引いて扉を開けようとしていた。
「くっ、こいつら、離れろっ!!」
妹が叫びながらアクセルを踏み込むが、タイヤが空回りする耳障りな音が響くだけで、車は一ミリも前進しない。
そしてさらに、運転席の窓ガラスにも、やはり石が叩きつけられる、拳まで叩きつけている奴もいた。
そして……
ついに……
がしゃんっ!!
割れたのは、僕が座る助手席側の窓ガラスだった。
異様に大きな手が、まるで大蛇の様に音も無くするり、と車内に滑り込み、車のロックをがちゃり、と開けた。
「兄様っ!!」
妹が銃を構える。
僕は慌ててドアノブを掴んで扉を押さえつけた。
だが。
ばりんっ!! と大きな音がする、フロントガラスが割られたのだ、見ればいつの間にやら、何人かがボンネットの上によじ登っていた、そこから伸びて来た手が、シートベルトをがちり、と外してしまう。
そして……
ついに、僕の身体は、ドアノブごと引っ張られて……
車の外に、引きずり出された。