第四十五話
やがて、僕と妹が乗る車は街の大通りへとさしかかる。
そして。
僕は見た。
大通りの左右……そこに、沢山の人達が集まっていた。
「……なんだ、あれ……?」
僕は、思わず呟いていた。
みんなの様子は、明らかにおかしかった。
その場に棒立ちになり、僕達の方に襲いかかって来る気配も無ければ、何かを言ったりもしないで、ただ黙ってこちらを見ているのだ、しかも……
「みんな……」
僕は呟く。
そうだ。
周囲にいる人達はみんな……
みんな、大きかった。
太っている、という訳では無いのだけれど、どういう訳かみんな、レスラーの様な体型だった、そういう人間ばかりが集まった、というよりは……
みんな、何かによって、そんな体型にさせられた。
そんな風にすら感じる。
僕は思わず唾を飲み込んでいた。一体……
一体、彼らは何を……
妹も、不審な物を感じたらしい、車のアクセルを、より一層強く踏んだ。
そのまま、車の速度が速まっていく。
しかし……
それでも、大通りに集まる人々は……
まるでオブジェの様に、その場に佇んだままで……
何も、して来なかった。
やがて……
どれくらいの距離を進んだのか……
妹が、突然車のブレーキを踏んだ。
「うわっ!!」
いきなり車が停まったせいで、僕は派手に前につんのめり、グローブボックスに頭をぶつけそうになる。
だけど……
フロントガラスの向こうに映っている『もの』を見て、妹が急にブレーキをかけた事に対する文句など消し飛んでしまった。
「……あれは……」
僕は、呟いた。
妹は、何も言わずに……
黙って、ガラスの向こうの『もの』を見ていた。
『それ』は、大通りの真ん中に、静かに佇んでいた。
僕は最初、妙な人形が置かれている、と、そんな風に思ったくらいだった。だけど……
『それ』は間違い無く人間だ。
立っていたのは、かなり大柄な人間だった。
両手で、真っ黒な日傘を持ち、それを逆さまにし、その先端を地面につけて静かに佇む仕草には、優雅さすら感じられる。
だけど……
真夏、という陽気では無いが、それほど寒くも無い晴れた日に、そいつは全身を深緑色のロングコートで覆い。頭には、真っ黒なシルクハットを被っている。
その顔は、真っ直ぐこちらに向けられていたけれど、その表情は、全く見えない。
何故なら……
そいつの顔は、頭のシルクハットと同じ様に真っ黒いガスマスクで完全に覆われていたからだ、その顔も、その瞳も、その表情も、マスクのせいで全く見えなかった。
僕はそいつの……
その、異様な風体に、完全に言葉を失っていた。
「兄様」
妹が言う。
「っ 何だ?」
妹の声に、僕はようやく我に返った。
「……撥ねる」
妹がそれだけを言い、アクセルを踏み込んだ。
僕は……何も……
何も、言えなかった。
人を殺すのは良く無いことだ。出来る事ならば、これ以上誰かに死んで欲しくない。
それは、間違い無く僕の本心だ。だけど……
だけど……あいつは……
あの異様な風体の人間、マスクとロングコートのせいで、顔も見えなければその体型も解らないから、男か女なのかも解らないが……
とにかく、あいつは……
あいつは、『違う』。
あの『蜘蛛』と同じ……
否。
奴は、あの『蜘蛛』よりも、さらに危険だ。
あいつは、『違う』。
僕は、そう思った。




