第四十四話
沈黙が、車内に下りている。
僕にはもう、車内の様子も、車外の風景も、そして妹の様子も見えていなかった。
僕の脳裏に浮かんでいるのは、弥生が最期に見せた、あの寂しげな笑顔だけ。
弥生は……死んでしまった。
死んでしまったのだ。
真田達三人。
あの『蜘蛛』。
そしてこの『戦争』が始まってから犠牲になった、沢山の人達と同じ様に。
弥生も、死んでしまった。
そして……
僕は黙ったままで、シート越しに車を運転する妹の手を見る。
小さくて、白い妹の手。こんな状況だというのに、その手は見事にハンドルを捌いている。
この手が……
この妹が……
あんな風に、死なないという保証は何処にも無い。
何処にも、無いんだ。
僕は、その事を考えて、思わず身震いしていた。
「兄様」
物思いに耽る僕の耳に、妹の声が聞こえた。
「っ」
僕は、一瞬身体を震わせた、まさか……
まさか、また誰か……新たな『敵』が……
そう問いかけようとするよりも早く、妹が言う。
「そろそろ街に着く」
ぴしゃりと言ったその言葉に、僕は黙っていた。
街。
僕はそこでようやく、窓の外の風景を見る。
いつの間にか、周りに大小様々な建物が見え始めていた。
ごく普通の民家から、シャッターを下ろしたままの商店、そして小さい雑居ビルなど様々だ。
それはつまり……
つまり、街に戻って来た、という事だ。
僕は、何も言わない。
妹も、それ以上は何も言わなかった。
けれど。
妹が何を言いたいのかは解る。
街に着く。
そうだ。
あの後。
僕達は、結局街に戻る事を決めた、あのままあの場所にいても意味が無い、二度も三度も爆発が起きたのだから、きっとあそこに僕達がいる、と、僕の命を狙う連中も気づいただろう、そうなれば当然、あそこに『敵』が集まるのは確実だ。
だからこそ、僕達はあの場を離れた。
あの廃工場であった場所にも、もちろんもう戻る事は出来ない、あの廃工場の爆発を見た連中が、まだあの辺りには大勢いる、戻ればそいつらと鉢合わせする可能性が高い。
だからこそ僕達は、街に戻る事にした。
だけど……
街の中でも、まだ……
まだ、油断は出来ない。
あの廃工場の爆発を見て、沢山の車が廃工場に向かった。だが全員が向かった訳じゃない、当然、街に残っている者達もいるだろう。
そいつらに見つかれば、当然戦いになる。
戦い。
僕はその言葉を、頭の中で思い浮かべて、また憂鬱な気分になった。
そう。
弥生が死んでも、真田達が死んでも……
この『戦争』は終わっていない。
否。
『終わらない』のだ。
僕が生きている限り、この『戦争』は……
だからこそ、いつまでも悲しみにくれている暇は無い。
気を引き締めて、次の『戦い』に備えろ。
『街に着く』。
妹のさっきの言葉を思い出す。
あの言葉には、そういうメッセージが含まれている、という事だ。
僕は……
僕は、ゆっくりと……
ゆっくりと、顔を上げる。
やがて、車は大通りに入る。
僕はふと、腕時計を見た。
時刻は、午後三時になろうとしていた、この大通りを最初に通った時から、五、六時間程度しか経過していない。
それなのに……一体何人が死んで……
そして。
今日が終わるまでに、後……
あと、何人の命が失われるのか。