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戦争と兄妹  作者: KAIN
第三章:過去と兄妹
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第四十三話

 静寂が訪れる。

 もう、真田は動かない。

 僕も、弥生も、そして……

 たった今、真田を撃ち殺した妹、玲奈もその場を動こうとはしなかった。

 だが……

 いつまでも、こうしてはいられない。

「……弥生」

 僕は、弥生の方を振り返る。

「……っ」

 まだ、こちらに銃を突きつけたままの姿勢だった弥生が、びくっ、と肩を震わせた。

「もう、大丈夫だ、だから……」

 もう、銃を下ろしてくれ。

 僕は、そう言おうと思った。

 だけど……

「……っ」

 弥生は目を閉じる。

 そして。

 ばさり、と。

 弥生が、今までずっと着ていたお嬢様学校指定のブレザーを脱ぎ捨てる。

 そして……

「っ」

 僕は、その下にある『もの』を見て息を呑んだ。

 白いブラウスに覆われた弥生の上半身。

 そこに取り付けられた黒い、無骨な鉄の塊。

「……まさか……それは……?」

 僕は、呻いた。

「ええ」

 弥生は、頷いた。

「……爆弾、よ……」

 弥生は、やや疲れた様に言う。

 ぴ、ぴ、ぴ、と。

 電子音が響く。

「……」

 僕は、じっとそれを見る。

 細長い、スマートフォンの様な形をした爆弾。

 その真ん中にあるデジタルの数字……それは……

 それは、爆弾が爆発するまでの時間を示すタイマーだ。

 つまり……

「……時限式だった、って事か?」

 僕は呟く。

 妹も、じっと弥生の方を見ていた。

「ええ」

 弥生は頷く。

「……」

 僕は真田を……

 既に動かない、かつて僕を虐めていた男子生徒を睨み付けた。つまり奴は、僕が弥生と出会えば、必ず彼女を保護すると見越した上で、こんな物を彼女に取り付けた、という事だろう。

 あわよくば自分達が手を下さずとも、弥生が僕を殺してくれる、そう企てていた、という事だ。

 畜生。

「……真田……っ」

 僕は歯ぎしりした。

 既に死んでいるはずなのに、真田がこちらを見て、にやり、と意地悪く笑った様に見えた。

 とにかく、今は、あの爆弾を……

 僕は、爆弾の数字を見る。

 時間は……


「兄様」

 静かな声がする。

 玲奈だ。

 僕は顔を上げ、声がする方を見た。妹が、僕の正面に立っていた。

「玲奈……」

 僕は、妹を見る。妹なら、玲奈ならもしかしたら、あの爆弾を解除する事も……

「残念だが」

 妹は、首を横に振る。

「時間が無い」

「……っ」

 それは……

 それは、つまり……

 僕が、それ以上先を言うよりも早く、玲奈が僕の手首をがっ、と掴んだ。

「逃げよう兄様」

「で でも……それじゃあ……」

 僕は縋る様に玲奈を見、次いで弥生を見る。

「……」

 弥生は、何も言わず。

 ただ黙って……

 こちらを見て、頷いた。

 妹の、言う通りにしろ。

 そんな風に言うみたいに。

「……あの爆弾を解体している時間は無いんだ」

 玲奈が言う。

「……」

 だからつまり、今は……

 今は、玲奈に従うしか無い、という事だ。

 だけど……それでは……

 それでは弥生は……

 弥生は……

「……弥生は……助からないじゃないか……」

 僕は、小さい声で言う。

「良いのよ」

 弥生は言いながら、ゆっくりと……

 ゆっくりと、歩き出す。

 それは……真田の遺体のすぐ側だ。

 そこに、弥生はゆっくりと腰を下ろした。

「もう、良いの」

「……弥生」

 僕は、弥生に呼びかける。

「ごめんなさい、雅志」

 弥生は言う。

「あの時も、私は……」

 弥生は、僕の顔を真っ直ぐに見る。

 そして。


「あの時も、私は、貴方との『デート』に行くつもりだったの」

「……」

 僕は、何も言わない。

「だけど……その途中で、あいつらに会っちゃったの、クラスメイト達の誰かから、私と貴方が『デート』の約束をしているのを聞いて、家の近くで待ち構えていたの」

 僕は、まだ黙っていた。真田達ならば、その程度の事は当然やりかねない。

「そして、貴方との『デート』に行けば、私にも明日から貴方にしていた様な事をするって……もしかしたら、女子だから、もっと酷い目に遭うかもって脅かされて……」

 弥生は項垂れる。

「だから私は、家に帰っちゃったの、そのまま……部屋の中で泣きながら震えていたの」

「弥生……」

 僕は、弥生に駆け寄ろうとした。だが妹が、その手をぐいっ、と引っ張る。

「それからは、毎日が地獄だったわ、貴方と顔を合わせるのが辛くて、学校にも行きたく無かった、だから私は、無理に勉強して、女子校に入ったの、そうすれば……」

 弥生はそこで、嗚咽を漏らした。

「でも……ずっと忘れられなかった……」

 弥生が言う。

「貴方にした事を、ずっと後悔していたの、そんな時に、この『戦争』が始まって……」

 弥生は、泣きながら言う。

「どうして良いのか解らなかった、ただ、身体の具合が悪かったから、それを言い訳にして、家にこもって、関わらない様にしようとしていたのに……また、あいつらが家に来て……」

 そこから先の言葉は、泣き声で声になっていなかった。

「もう、何を言っても言い訳にしかならないけれど……」

 弥生は、涙を浮かべながらこちらを見る。

 僕は、弥生を真っ直ぐに見ていた。

「私は、貴方の事が本当に好きだった」

 弥生は、はっきりと告げた。

「好き、だったのよ」

「……」

 僕は何も言わない。

 そして。

「でも、もう……無理よね」

「そんな事は……」

 僕は言う。

 だが……弥生は首を横に振る。

「私が、貴方を裏切らなければ良かったの、貴方は……」

 弥生は、僕の顔を見た。

「貴方は、どんなに虐められても、決して挫けなかったし、自分の心に恥じる行為はしなかった、私も……」

 弥生は、寂しげに笑う。

「貴方みたいに、なれれば良かったのに……」

「……弥生、僕は……」

 僕は、弥生に言おうとする。

 だけど。

「兄様、もう時間だ」

 妹が言いながら、僕の手をぐいっ、と引っ張る。

「来るんだ、兄様!!」

 そのまま玲奈が僕の手をぐいっ、と引っ張り、強引にその場から離れさせようとする。

 だけど僕は、その場に足を踏ん張った。

「雅志」

 弥生が、言う。

「私は、貴方を裏切った、貴方と一緒にいたいって、そう思っていたのに、怖くてそれを拒絶して逃げた、そんな……卑怯な人間なの」

「弥生っ!!」

 僕は叫ぶ。そんな事は無い、僕だって、あいつらに虐められるのは嫌だったし、学校に行くのは怖いと思っていた、だけど……

 だけど……

 ぎゅっ、と拳を握りしめる。だけど僕は……

「……君が、いてくれたから……」

 僕は、言う。

 だがその時、僕は既に妹によって車の後部座席に押し込まれていた。

 それでも……

 僕は、窓から弥生を見ていた。

 ばんっ、と音がする。

 妹が運転席に乗り込んだ音だ、そのまま妹が車のエンジンをかける。

「……」

 僕は、弥生をじっと見ていた。

 弥生の口が動く。

「……」

 僕は、それをじっと見ていた。

「私は、もう貴方と一緒にいられる資格が無い人間だから……ここで、こいつらの仲間の一人として死ぬ」

 弥生が言う。声はエンジン音にかき消されてしまっていたけれど、それでも何故か僕の耳に、その弥生の言葉ははっきりと届いた。

「だけど……」

 僕は、弥生をじっと見ていた。瞬きさえせずに、じっと……

「貴方は、死なないで、生き残ってね」

 じっと、見ていた。

 その僕の耳に、弥生の声が聞こえる。

「大好きよ、雅志」

 弥生が、そう言った直後だった。


 轟音と爆炎が、弥生の姿を覆い隠す。

 そして……

 妹が車を走らせた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] そっかぁ……そうだよなぁ……弥生ちゃんだって、雅志くんを裏切ってしまった申し訳なさとか、真田の言いなりになってしまった悔しさとか、きっとすごく苦しんだんですよね(;´・ω・) 弥生ちゃんが…
[良い点] ただのバイオレンスや兄妹の近親相姦要素的なものではなく「生きる意味」を考えさせてくれる素晴らしい作品だと考えます。自分には生きる価値などないのかもしれない、自分が生きる意味は何だろう…と誰…
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