第四十二話
「ふん」
真田が、鼻で笑って僕を見る。
「まだそういう目が出来るのかい? 余裕だなあ?」
真田が言う。
「堂本君よお?」
そして。
ぼすんっ、と。
今度は腹に、真田の靴の爪先がめり込んだ。
「ぐっ……」
僕は呻く、身体が自分の意志とは無関係に『く』の字に曲がってしまったけれど、それでも僕は真田を睨めつけていた。これしきが何だ、この『戦争』が始まり、あの『蜘蛛』にワイヤーで首を絞められた時の苦しみに比べれば……
「ふん」
真田も、さすがにもう幾ら殴っても、僕が堪えない、という事に気づいたのだろう、鼻を鳴らした。
「いつの間にか、随分と強くなったみたいだなあ? 堂本君よお?」
「……この『戦争』が、あったからね」
僕は、顔を上げて真田に言う。さっき銃のグリップで頭を殴られた時に、額が切れて出血していたけれど、それでも僕は気にも止めなかった。
「だがよお、どうするんだい? この状況を」
真田が言う。
「……」
僕は何も言わず、真田を睨めつけていた。
「妹ちゃんは、俺に蹴り飛ばされて気絶してるしさあ、お前は武器も持って無いし、そもそもちょっとでも動いたら……」
「ああ」
僕は頷いた。
そうだ。
今僕は、弥生に銃を突きつけられている。少しでもこいつらに反抗する行動を取れば、弥生は躊躇い無く引き金を引くだろう。
「確かに、どうする事も出来ない、けどな……」
僕は、じっと。
じっと、真田を見る。
「……それが、どうした?」
そうだ。
それがどうした?
例え殺されたとしても……僕は……
僕はもう、こいつらには……
こいつらには、屈さない。
そう、決めているんだ。
僕は、真田を見据えた。
「……っ」
真田が、不快そうに眉を寄せる。
「そうかい……」
真田が言う。
「だったら……」
真田は、僕の後ろにちらり、と視線を送る。
「……」
背後にいる弥生が、ぴく、と肩を震わせる気配がした。
「望み通りにしてやるよ、おい、弥生」
「……」
弥生は何も言わない。ただ黙って……
黙って、僕の額により一層強く銃を押し当てただけだ。
「そいつを、殺せ」
「……っ」
弥生は、呻く。
真田は、僕をじっと見ていた。
「……」
僕は、何も言わないで真田を見ていた。
「残念だったなあ、堂本君よお?」
真田が言う。
「お前は、またそいつに裏切られるのさ、あの時みたいになあ」
真田の口元に、下卑た笑みが浮かんだ。
僕は、何も言わない。
「あの時も、そいつは俺らの言う通りに、お前との『デート』をすっぽかしてくれてよお、あの時のお前の顔ったら……」
真田は、小さく笑った。
「なかなか傑作だったぜえ? そして今回も、っていう事さ」
真田は言い、視線を僕の背後にまた向ける。
「さあ、弥生、そいつを殺せ!!」
「……」
弥生は……
何も言わない。
「さあ!!」
真田が苛ついた口調で怒鳴りつける。
弥生からは、まだ……
まだ、何の言葉も無い。
「……弥生」
真田が、じっと弥生を見て言う。
「てめえ、俺に逆らったらどうなるのか、解ってるんだろうな?」
真田が言い、ポケットに手を突っ込んで何かを取り出す。
「……」
僕はそれを、黙って見ていた。
それは……
それは……
小さい、スイッチの様なもの。
「……っ」
それには、見覚えがある、木村が飲み込んでいた爆弾を爆発させた、あのスイッチと同じ物だ、僕はそれを見て、弥生の方を見る。
「……」
弥生の顔が、青ざめていた。
それが、熱のせいだけでは無い、という事は僕にも解った、つまり……
つまり、弥生は……
「……っ」
僕は、真田を睨み付ける。
「真田、お前……」
僕は、真田に向かって言い、そのまま……
そのまま、ふらふらと立ち上がる。
「おっと」
真田が言いながら、僕の方に例のスイッチを向ける。
「……っ」
僕は、真田に向かって走り出しそうになっていた足を、ぴたり、と止めた。
ぎりり、と歯ぎしりする、そういう事か……
僕は、理解した。
あのスイッチ、恐らくは弥生も、爆弾を体内に仕込まれているのだろう。
それが爆発すれば、当然弥生も死んでしまう、そして……
そして僕は……
僕は、それを見たく無い。
結局の所、弥生は真田にとっては仲間でも何でも無い、こうして……
こうして、僕に対しての人質として利用する為だけに、利用されていたのだ。
こいつは……
こいつは……
「……貴様は……」
声がする。
甲高い少女の……
玲奈の声だ。
「何処までも、卑劣な奴だな……」
そして。
その声が終わると同時に……
ばっ、と。
玲奈が身体を起こす。
「ああ!?」
真田が、玲奈の方を振り返る。
「てめえ、まだ生きて……」
真田が言うよりも早く……
玲奈の右手が、ひゅっ、と動いていた。
そして。
がつっ!!
鈍い音。
「うっ……」
真田が呻く。
そして……
真田の手にあったスイッチが、ぽろり、とアスファルトの上に落ちる。
そのまま立ち上がった妹が、だっ、と走り出していた。
「くっ……」
真田が呻いて、手に持った銃を妹に向ける。
その時、玲奈は真田のすぐ目の前にいた。
がしゃ、と音がして、妹の持った銃が真田の額に押し当てられる。
「貴様も男なら……」
玲奈が言う。
「腰巾着の二人や、あの女ばかりで無く、自分の力だけで兄様を殺してみたらどうだ? 無論……」
妹が、にやり、と笑う。
「私を殺さなければそれは不可能だがな、それも、下らない策略で他人を利用してでは無く」
妹が、真田に向かって言う。
「……自分の力だけで、なあ」
そして。
妹が、銃の引き金に指をかける。
真田も、ぎりり、と歯ぎしりし、そして……
二人は、同時に銃の引き金を引いた。
乾いた銃声。
そして……
どさり、と。
倒れ込んだのは……
真田の方、だった。