第三十五話
「おいおい」
声がする。
「……」
僕は、顔を上げた。
「この俺が、すぐ目の前にいるってのに、一体なあに、二人きりの世界創っちゃってるんだい? なあ?」
そいつが言う。
「堂本君よお?」
「君の存在なんか、眼中に無いからだよ」
僕は、はっきりとした口調で言う。
「僕は今、この妹と……それから……」
ちらりと車の中に一瞬目を向ける。弥生の事を口にしそうになる。
だけど……
だけど、こいつらには言わない方が良いだろう。
「とにかく今、僕はこの『戦争』を生き残る為に必死でね、お前の相手なんかしている暇は無いのさ、解ったらとっととどっか行ってくれないか?」
僕はそいつの顔を見る。
中学にいた頃にさえ、こいつの顔を、こんな風にしっかりと見た事は無い。
だけど今……
僕はしっかりと、目の前にいる『そいつ』の顔。
中学生の頃、僕を毎日毎日虐めていた『奴』の顔を見る。
「真田」
僕は、はっきりと。
はっきりと、そいつの名前を言う。
そいつ。
真田と出会うのは、中学を卒業してからは初めてだけれど……
相変わらず……
中学生の時と、何も変わっていない下卑た笑顔。
僕を見下した表情。
そして……
侮蔑を含んだ、酷く不愉快な口調。
何も……
何も、変わっていない。
そして……
「……君達も、相変わらずこいつの腰巾着なのかい?」
僕は、後ろを振り返る。
そこに、二人の少年が立っていた。
どちらも高校生くらいの年齢、中学の頃からがっちりとした体型だったけれど、今ではさらにがっちりとしている。
「……やあ、浅川君、木村君」
僕は、いっそ後ろにいる二人に笑いかけてやった。
「……」
「……」
二人は何も言わない。
ただ黙って……
黙って、僕と妹を見ていた。
真田広也。
浅川勇斗。
木村浩平。
中学時代、僕を虐めていた男子三人組。
真田がボス兼ブレーンとして色々と考え、それを浅川と木村が実行、まあ、結局最後には暴力という形に落ち着くけれど……
そんな風にして、中学の三年間ずっと……
ずっと、僕を虐めてきた。
そして……
「……」
僕は車の中にまた目を向けそうになって、それをどうにか堪えた。弥生がいる事を、こんな奴らに気づかれる訳にはいかない。
そう。
弥生……
僕は胸の中に、ずん、と重い物が落ちる様な感覚にとらわれる。
弥生と約束をした時、彼女は来ず、代わりに待ち合わせ場所に来たのがこいつらだった、そしてその時に、僕を暴行したのもこいつらだ。
そんな奴らが……
中学の頃よりは、大分大人びてはいたけれど、中学時代と何も変わらない様子で僕の目の前にいる。
「それで?」
僕は問いかける。
「一体何の用なんだ? さっきも行ったが僕達は今、少し急いでいるんだ」
その言葉に……
真田が僕の顔を見る。
そして。
「おいおい……」
真田が口を開く。
「おいおい、おいおい、おいおいおいおいー」
ふざけた口調で、真田は肩を竦めて言い、そして。
「浅川」
背後に立つ二人組の一人、浅川勇斗に命じる。
その言葉が終わると同時に……
たたっ、と。
アスファルトを蹴って走り出す音。そして誰かがこちらに近づく気配。
「っ」
僕は、ばっ、と振り向いた。
浅川勇斗が、こちらに向かって走って来ていた。その手には……
その手には、大ぶりなナイフが握られている。そして……
それは真っ直ぐに、僕に向けられていた。
「っ!!」
僕は思わず身構えていた。だけど……
すっ、と。
僕の目の前に、白い影が。
セーラー服姿の少女が立ちはだかる。
そして。
ぱあんっ!!
乾いた銃声が、轟いた。
次の瞬間……
浅川勇斗の額から、ばあっ、と赤黒い血が噴き出す。
そのまま浅川の身体は、どう、とその場に俯せに倒れ、そして……
そして、動かなくなった。
僕は、真田の方を振り返る。
真田は相変わらずの、下卑た笑みを浮かべている。
そして。
「俺らもさあ、高校生になって、色々と物入りなんだわ」
たった今、浅川が死んだというのに、それを全く意に介した様子も無く。
平然と、真田が告げる。
「そんな時に、『殺人法』で殺して良い奴のリスト見ていたらさあ、とーっても懐かしい名前を……」
そこで真田はズボンのポケットから携帯電話を取りだし、画面に例のサイトを映しながらひらひらと揺らして見せた。
「見つけちゃったって訳さ」
真田がにやついて言う。
「……」
僕は黙って、真田を見ていた。
「そういうわけだから」
真田がにやついて言う。
「ちょっと、俺らに殺されてくれよ」
僕は何も言わない。
真田が、楽しそうに笑いながら僕の顔を見る。
「堂本君さあ」