第三十四話
僕は……
僕は、何も言わない。
何も……言わない。
「……っ」
ぎゅっ、と目を閉じる。
身体の震えが、止まらない。
額から汗がにじみ出る。
足が、ガクガクと震える。
立って……いられない。
奴らは……
そして……
あの声の主、は……
「う……」
僕は、呻いた。
もしも……
もしも、何も無ければ……
僕はそのまま……
そのまま、そこにしゃがみ込んでしまっていたかも知れない。
だけど。
そうなる前に。
「兄様」
声が、した。
妹の、声が。
次いで。
きゅ……
「……っ」
右手の人差し指を、優しく握られる感触。
僕は一瞬、身体をびくっ、と震わせた。温かくて優しい手の感触に、一瞬どきり、としてしまったせいだ。
妹の方を見る。
妹は、じっと僕を見ていた。
その顔には……
優しい笑みが、浮かんでいる。
「兄様」
妹が言う。
「……兄様、『あれ』は、もう……」
妹が、僕の顔を見て言う。
「もう、『過去』だ」
「……」
僕は何も言わず、妹の顔を見ていた。
「『あの時』、兄様はたったの一人で戦っていた」
妹が言う。
そうだ。
その通りだ。
「だけど……」
妹が、僕の目を見る。
「今、兄様は一人では無い、だろう?」
「……っ」
そうだ。
確かに、今……
今、僕は一人じゃない。
隣に……
隣に、妹がいる。
妹が、いてくれる。
「私は、兄様が好きだ、兄様の事を愛している」
妹が言う。
「そして私は、愛する者を絶対に傷つけさせたりはしない」
その言葉に。
僕は……
僕は、一瞬項垂れそうになる。
だけど……
すぐに視線を妹に向ける。
「大丈夫だ、兄様」
妹が言う。
「私が、必ず守るからな」
妹は、そう言って、にっこりと……
にっこりと、微笑んだ。
僕は……
僕は、妹の顔を見て。
そして……
そして……
ゆっくりと、頷いた。
そうだ。
今は……
今は、『過去』に怯えている時じゃない。
妹と一緒に……
この『戦争』を……
生き残るんだ。