第三十三話
並んで走っている車は、いずれもが白い乗用車。ナンバーなどもはっきりと見て取れるが、運転席は見えない。
とにかく、三台の車はこちらに背を向けて道路を走っている、予めあの場所に停車しておいて、僕達が近づくのに合わせて発信した、と、そんなところだろう。
「……」
僕は黙って、その三台を見ていた。一体……
一体、誰が……
解らない。
だけど……
このままでは、いずれ妹の運転する車は、あの車に接近する。そうなった時に、あの車に乗っている奴らがどういう行動に出るか……
だけど。
妹は、簡単に窓を開けてしまった。そのまま銃を持った右手を窓から突き出し、正面の車に狙いを定める。
そして。
妹は何の躊躇いも無く、銃の引き金を引いた。
ぱぁん!!
「……っ」
もう、この『戦争』が始まってから何度聞いたかも解らない銃声と、何度見たのかも解らないマズルフラッシュの輝き。
それらが僕の目と耳を貫いた後、正面に並ぶ三体の左側の車が、突然がくん、と減速した。
目をやれば、左の車の後輪がキュルキュルと耳障りな音をたてながら、激しく回転していた、きっと妹が撃った銃弾がタイヤを貫通し、パンクさせたのだろう。そのまま左の車はどんどんと速度が落ちていき、最終的には停車する。
妹はその時もう既に、手を引っ込めてハンドルを握りしめ、ぐるりと回転させていた。
そのままブレーキを踏んで、スピードを上げ、開いた左側に入り込んで通り抜けようとする。だけど……
横にいた車。つまりは並んでいた三台のうちの、真ん中にいた車がこちらに車体を寄せ、車体と左側の崖との間に挟み込もうとしていた。
だが妹は無視して、アクセルを踏み込んだ。
ギャギャギャギャッ!! と耳障りな音が響いて、車体が擦れる。
妹は、まだ開きっぱなしになっていた窓から銃を突き出し、そのまま引き金を引いた。
がしゃんっ!! と音がして窓ガラスが割れる、だが顔を見る暇も無く、そいつは車のスピードを落としていたせいで、顔ははっきり見えなかった。
妹は無視してアクセルを踏み込んで車を追い抜いた。
だけど……
「……っ」
妹が微かに息を呑む。
僕も、目を正面に向ける。
いつの間にか、車が前方に停まっている。
三台目の車だろう、二台をどうにかしているうちに、いつの間にか正面に回り込んでいたらしい。道路を閉鎖するように、車体を横に向けて停まっている。突き飛ばして進む事は可能だろうけれど、その車のドアの前には、いつの間にか背の高い影が立っていた。
それは、一人の少年だった。
多分、僕と変わらない年齢の、高校生くらいの少年。そいつは顔に軽薄な笑みを浮かべながら、こちらにしっかりと銃を突きつけていた、無理に車を走らせれば、奴は躊躇う事無くあの銃の引き金を引くだろう。運転席にいる妹にでも命中すればどうなるのか……
僕は、考えない事にした。
そして妹も、同じ事を考えたのだろう。車を停めた。
「……兄様」
妹が言う。
「車の中にいてくれ」
「……ダメだ」
僕ははっきりと言う。
「……」
妹が振り返る。
「……あいつらを、殺すんだろう?」
僕は問いかける。
「ああ」
妹は頷いた。
「だったら尚更、僕だけここにいるなんて出来ない」
そうだ。
妹は、これからあの少年と、そして……先ほどの二台の車を運転していた者達とも戦うのだろう。ならば……
「……安全なところで、それを見ているだけなんて出来ないし……何よりも、もしもお前が戦っている間に……」
そうだ。
今の所、近くには誰かが隠れている、という気配は無い。
だけどもし……まだ他に、僕を殺そうとしている者がいたら?
そいつらが、妹が戦っている間に、襲いかかって来たら?
狭い車内は、逆に不利になるだけだ。
「……」
妹は息を吐いた。
「少しは『戦局』が読めるようになったな、兄様、私は嬉しいよ」
「……どうも」
僕は肩を竦める。
「だが、そんな事は兄様が考える必要は無い、考えるのは私だ」
妹が言う。
「僕だって……」
僕は言う。
「生き残る為に、必死なんだ」
そうだ。
僕が……
そして……
「お前が、生き残る方法を考えている」
僕は言う。
そうだ。
こんな形で……妹に死んで欲しくは無い。
僕は、そう思った。
妹は、小さく笑う。
そして。
そのままゆっくりとドアを開ける。
僕も、ドアに手をかけ、ゆっくりと開けた。
そのまま車の外に出る。
そして……
僕は、背後を振り返、先ほどの二台の車の方を見た。
一台目、三列並んでいた左の端、つまり最初にタイヤをパンクさせられた車の運転席から、誰かがのっそりと出て来る。
「……っ!!」
僕は、そいつの顔を見てぎょっ、とした。
そいつは……
そいつは……
「……っ」
慌てて、ばっ、と背後を振り返る。
僕達の行く手を遮るようにして、道路の真ん中に停車している車。
そのドアの前に立ち、やはりこちらに銃を向けている高校生くらいの少年。
そいつにも見覚えがある。
「……お前……」
僕は呟く。
「……」
妹が、僕の呟きを聞き、一瞬僕の顔を見た。少し心配そうに……
だが僕は、その妹の顔を見ても、何も言えなかった。
「……」
手が……
足が……
そして……
全身が……
小刻みに、震え出す。
「……あ……う……」
僕は、呻いた。
思わず、一歩足を退かせていた。
「……お前ら……は……」
僕は呟く。
車から出て来た二人。
それは……
それは……
そして。
僕が、その名前を口にするよりも早く。
「おいおい」
「っ!?」
僕は息を呑む。
中学を卒業してから二年。
片時も忘れた事の無い声が……
僕の耳朶を、穿つ。
「おいおい、おいおいおいー」
僕は……
気がつけば、項垂れていた。
その声は。
間違い無く……
僕を、中学生の頃に毎日虐めていた男子生徒だった。