第三十二話
白い光が、視界を覆い尽くす。まるで地上に太陽がもう一つ出現した様だった。
車体がぐらぐらと揺れ、あちこちが軋む音が響く。びしっ、と音がして、何処かの窓ガラスにヒビが入ったのが解る。
轟音の中、妹が何かを叫んでいるのが聞こえたけれど、周囲の轟音のせいで、それはほとんど聞き取れなかった。
そして……
「……」
ややあって、白い光が消えた時。
僕は、もう一度窓の向こうを見る。爆発と振動で、蜘蛛の巣の様な大きなヒビが入っている車の窓ガラス……その向こうには、さっきと同じ様な、雲一つ無い済んだ青空が広がっていた。
だけど……
「……っ」
僕は、息を呑んだ。
その青空のあちこちに、一つ、二つ、三つ……
いくつもの、黒い点が浮かんでいた。
そう。
最初に投擲された、あの手榴弾と同じものに違い無い。
「……玲奈っ!!」
僕は叫んだ。
「解ってる!!」
妹が言いながら、アクセルを踏み込んだ。車のスピードが、ますます早くなり、僕は思わず後ろのシートに身体を押しつけられていた。
そして……
がちゃ……
車のエンジン音が響く車内にいても、はっきりと聞こえる、金属の落下音。
そして……
次の瞬間、再び、あの轟音が辺りに響いた。
爆発音が轟き、辺りが白い輝きに包まれる。
爆発で飛び散る何かの破片が、ガツガツと車体にぶつかってくる、中にはかなり大きな石の塊みたいなものもあった。それらが車体のあちこちを傷つけるけれど、妹は止まること無く車を走らせる。
やがて、どうやらあの爆発で仕留める事が出来ないと察したのか、それとも単に、投げる『もの』がもう無いのか……それは解らないけれど、空に浮かぶ黒い点は、全てが消えていた。
「……」
僕は、ゆっくりと安堵のため息をついた。これで……
これで……安全に……
「……」
僕は、後ろの窓から、そっと、さっき手榴弾が投げつけられた方を見る。
あちこちに、まるでクレーターの様な大きな穴が穿たれていた、手榴弾の威力がどれくらいのものなのかなんて、僕には解らないけれど、それでも妹が車のスピードを上げなければ、僕達三人は、車ごと消し飛んでいただろう。
「……」
一体……
一体どうして、あんなものが、それもあんなに大量に投げられたのだろう?
考えて見れば、この『戦争』はずっとおかしい。
明らかに、今まで武器なんか使った事も無い様な一般人が、強力な武器を大量に所持しているのだ、あの廃工場で、『蜘蛛』と一緒に僕達を追い詰めたあの老人……彼はあの『蜘蛛』に唆され、強力な爆弾を身体に巻き付けていたらしい。
そしてそれを、あの『蜘蛛』は、何者かから『買った』と言っていた。
「……」
もしも……
もしもその『誰か』が、他にも沢山の『武器』を所持しているのだとしたら?
あの手榴弾も、それにあの駅前広場で、最初に僕を殺そうとしたあの青年が手にしていた銃、あれも、その『誰か』が『売った』ものだとしたら?
その人物が、他にどんな『武器』を持っていて、誰にいくつ『売った』かは解らないけれど、この先、もっともっと、強力な『武器』で攻撃される可能性がある、という事だ。
「……」
僕は目を閉じる。
今は、助かっている……けれど……
あの廃工場を吹き飛ばした、あの爆弾。
あんなものが、また再び何処かに仕掛けられ、妹でも対処出来なければ……
「……」
そうなったら……みんな……
みんな……
「……」
僕は、俯いた。
妹が、死ぬかも知れない。
弥生が、死ぬかも知れない。
「……」
それを……
それを防ぐには……
防ぐには……
僕は、目を閉じた。
みんなが……生き残れるようにするには……
そんな事を考えていた時だった。
車が、ゆっくりと減速し始めた。
「……」
僕は、さすがに怪訝な顔になって目を開け、顔を上げた。急いで街に戻らなければいけないのに、一体、どうしてスピードを……?
その理由は、すぐに理解出来た。
僕達の走る道路の前方。
そこに、三台の車が並んで併走していた。
どれもこれも、何の変哲も無い乗用車。だけど……
車線も無視し、道路に三台並んで走っているその車は、明らかに……
明らかに、こちらを妨害しようとしていた。
「……」
僕は、ぎゅっ、と拳を握りしめた。またしても……
またしても、僕を殺そうとする人間が現れた、という事だ。