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戦争と兄妹  作者: KAIN
第三章:過去と兄妹
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第三十話

 そのまま僕達は、ゆっくりとした足取りで林を抜けて道路に出る。

 僕は無言で後部座席を開け、弥生の身体をシートに横たえようとした。

 だけど……

「兄様」

 妹が、鋭い口調で言う。

「……」

 僕は黙って、妹の方を見る。

「その女は、助手席に乗せる、具合が悪いならシートを倒しても良いが、とにかくその女は助手席だ」

「何でだよ?」

 僕は問いかける、寝かせるのならば、後部座席の方が良いじゃないか。

 だけど……

 妹は、首を横に振る。

「理由は二つだ、まずその女が、まだ兄様に何かするつもりである可能性を、私は捨ててない、だから……」

「後ろから、彼女に刺されないようにする為、という事か?」

 僕の言葉に、妹は頷く。

「そういう事だ、横で私が見張っていれば、少なくとも兄様に手出しはさせない」

 確かに、それはそうだろう。

「もう一つの理由は、兄様だ」

「……?」

 僕は首を傾げる。

「兄様を、後部座席に座らせる為だ、因みに兄様、後部座席に座ったら、シートに横になっていてくれ、絶対に顔を上げるな」

「……それは……」

 何故だ、と問いかけようとして、僕は息を呑む。

 今は、『戦争』の最中。

 そして……

「この『戦争』に参加しているのは、何も街の人ばかりじゃない、って事だな?」

 僕は、妹に向かって言う。

 妹は、黙って頷いた。


 『戦争』。

 そう。

 僕は今、『戦争』の只中ににいる。

 そしてこの『戦争』には、あの『蜘蛛』の様に、本物の『殺人鬼』も参加している。

 そして……

 もう一人……

 その正体は、まだ不明だけれど――

 『蜘蛛』に操られたあの杖をついた老人が……

 そして……僕達の家の地下に仕掛けられていた物を、妹が逆利用したもの……

 あの『爆弾』。

 あれを造った人間も、この『戦争』に参加している。

 つまりは……

「この『戦争』には、様々な『プロ』が参加している、という事さ」

 妹が言う。

 僕も、頷いた。

 そうだ。

 『蜘蛛』の様な、『人殺し』の『プロ』。

 その『蜘蛛』に爆弾を売った、『爆弾造り』の『プロ』。

 ならば……

「……走っている車に、遠くから銃を撃ってくる様な『プロ』とかが参加していても、おかしく無いって事か?」

 僕は問いかける。

 妹は、その問いに頷いた。

「そういう事だ、そして……その手の輩が兄様を狙ってきた場合、車の中ではどうすることも出来ない」

「……」

 確かに、そうだろう。

「だから兄様は、後部座席に座って、シートに横になっていてくれ、無防備な頭を絶対に晒さないようにして欲しいんだ」

「解ったよ」

 僕は頷く。

 妹の言う事は正しい、僕も、そうするべきだと思う。

 僕は言われたとおりに、弥生の身体をそのまま助手席に横たえた、妹がしっかりとシートベルトを着用させ、動けないようにする、それでも弥生は目覚める事無く、黙ってシートに身体を預けていた。

 僕はそのまま、後部座席にそっと入る。

「……?」

 そこでふと、僕はシートの下に、何か黒い大きな物が置かれている事に気づいた。

 ぎょっとしつつ見て見ると、それは黒いランチジャーだった、どうやら、このワゴンの持ち主であるあの男性のものらしい。

 運転席の方を見る。

 助手席のボックスの正面に、写真が貼り付けられていた。

 写真は二枚、赤ん坊を抱いた年若い女性が、にこにこと微笑みながら写っていた、その隣にある別な写真には、年を取った夫婦が写っている、いずれも撮影場所は同じ家の門の前だった、つまりはあの男性の自宅なのだろう、そして写っているのは、彼の妻子と両親に違い無い。

「……」

 僕は、シートの下のランチジャーをもう一度見た、開けられた形跡は無いから、多分中にはまだ弁当が入っているのだろう、作ったのはあの写真に写っていた妻か、それとももう一枚の写真に写っている老夫婦の妻の方、即ちあの男性の母親なのか……

 それは、僕には解らない。

 だけど……

 あの男性は……もう……

 もう、このジャーの中に入っている、妻か、あるいは母か、とにかく家族からの愛情が詰まった弁当を、もう永遠に口に出来ない……

 否。

 それだけじゃ無い。

 写真に写っている妻、或いは両親は、みんな満面の笑みを浮かべていた、撮影者は多分あの男性なのだろう、その笑顔から、彼は家族に本当に、心から慕われていたのだと解る。

 だけど……

 だけど、もう……

 あの男性は……

 永遠に、あの笑顔を見られないのだ。

 そう。

 そしてそれは……

 それは……

 べりっ、と音がした。

 妹だ、貼り付けられている写真をあっさりと剝がし、ぐしゃり、と丸めてあっさりと道路に投げ捨ててしまった。

 そのまま運転席に乗り込む。

「さて」

 妹が、そのまま平然と言う。

「兄様、私が言った事を忘れるなよ?」

「……ああ……」

 僕は、暗い表情で頷いて……

 そのまま、シートに横になった。

 そして……

 妹が、車を走らせた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 殺してしまった運転手の家族写真を見るのはすごく辛いですね……さらに、杖の老人だって奥さんの治療費のために参加していたわけだし……。 雅志くんを守るため、生き残るためとはいえ、人を殺めてしま…
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