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戦争と兄妹  作者: KAIN
第三章:過去と兄妹
27/51

第二十七話

 デート。

 短い、言葉だ――

 たったの三文字、いいや、一文字は単なる棒だから、実質的には二文字と言って良い言葉、ペンを手に、どれだけゆっくりと丁寧に書いたとしても、書き終わるまでにせいぜい数秒というところだろう――

 そんな短い言葉なのに――この僕……

 (どう)(もと)(まさ)()には、十四年という生涯の中で一度も縁が無かった言葉。


 しかし――

 そう――

 しかし、だ。


「それも今日までだあぁーっ!!」


 午前七時ジャスト。

 自宅二階の自室。

 八畳ほどのフローリングの洋室の真ん中に立ち、僕は、高らかに宣言した。

 そう――

 僕は――

 僕は今日――


「女の子とデートをするんだああぁーっ!!」


 僕は叫んだ。

 あの高里弥生と、『映画を見に行く』と言う約束をしてから毎日、ずっと……

 ずっと、その事だけが頭を占めていた。

 もちろん、家族にも、妹にもそんな事は教えていない、特にあの妹は、僕が『デートをする』などと聞けば、絶対に妨害してくるのに決まっているのだ。

 その妹にだけは、絶対に知られないようにしないと……

「……うわあああああああああああ……」

 だから、あまり大声で『デート』だと叫ぶのは良く無いかも知れない。

 それは、頭では勿論解っているけれど……

 僕は、気恥ずかしい感情を抑えられずに、ベッドの上に倒れ込んで声をあげていた。

 顔がにやけてしまいそうになる……

 僕が……

「……この僕が……」

 ぽつりと呟く。

 今日まで、女の子どころか、同性の友人すらまともにいなかったこの僕が……

「『デート』だなんて……」

 僕は、ベッドに突っ伏して、叫び声をどうにか押さえ込んだ。

「……」

 ややあって……

 息苦しくなってきた僕は、ばっ、とベッドから顔を起こす。

「……はあはあ……」

 軽く呻いて、僕はベッドから立ち上がる。

 いつまでも浮かれてはいられない。

 支度をしないと……

 今まで、ほとんど自宅と学校を往復するだけだった僕は、当然よそ行きの服なんて数える程度しか持っていない、そのうちの一つに袖を通す。

「……」

 クローゼットの扉の裏手に取り付けられている鏡の前に立ってみる。

 学生服じゃ無い、というだけで、随分と印象が違って見える自分が、そこにいた。

 相変わらず、ややひょろりとした体型や、色白の肌は気に入らないけれど……それでも、十分に『デート』に行くには良い格好だろう。

「……」

 僕は、誰にでも無く頷いて、くるりと踵を返して部屋を出る。


 そのまま朝食を食べ、両親には何だか楽しそうに、妹からは、苛立ちと寂しさがない交ぜになった、何とも複雑な表情で見送られ……

 そして僕は、駅前広場に到着していた。

 中央にある、何を象徴しているのかよく解らないオブジェ。

 そこが、待ち合わせ場所だ。

 待ち合わせの時間は午前九時。

「……」

 僕は腕時計を見る。

 時刻は、八時五十分。十分前、少し早すぎたかな? と思わなくも無いが、まあ、これくらいだろう。

「……」

 後は。

 後は、彼女が来るのを末だけだ。

「……」

 僕は、目を閉じる。

 もう……

 もう僕は、自分の心が、既に決まっていることに気づいていた。

 『彼女』が……


 (たか)(ざと)(やよ)()の事が、好きだ。


 思う程度は許されるだろう。

 だけど……

 もう……それでは……

 それでは、僕の心は満足しない。

 もしかしたら……失敗するかも知れない。

 断られて、しまうかも知れない……

 それでも、構わない。

 この思いを、全て……

 全て、彼女にぶつけよう。

 そうすれば……

 何かが、変えられるかも知れない。

 そんな気が、していた。


「……」

 決意を固めて、僕は腕時計を見る。

 八時五十九分、あと一分か……

 辺りを見回してみるけれど、弥生の姿は見当たらない。思えば彼女の私服を、僕は知らなかった、一体、どんな服装で来るのだろう? 最近は中学生でも、結構大人っぽいというから、もしかしたらもの凄く大人っぽい格好なのかも知れない、僕は彼女と一緒に街を歩いて釣り合うんだろうか? そんな不安が、頭を過った。

「……」

 もう一度時計を見る。

 九時まで、あと三十秒……

 二十秒……

 十秒……

 九、八、七、六……

 弥生は、まだ来ないのか?

 五、四、三、二、一……

 そして……

 九時ジャスト。


「おいおい、おいおいおいおいおい」


「っ!?」

 聞こえて来たのは。

 この状況で……一番。

 一番、聞きたくない奴の声。

 思わず、顔を上げて声がした方を見る。

「……お前……?」

 僕は、思わず声をあげていた。

 そこにいたのは、いつも僕を虐める主犯格の男子生徒と、その取り巻きの二人組だった、さすがに今日が休日の駅前だからか、学生服じゃ無かったけれど、どんな服を着ていても、いつもと何も変わらない下卑た笑みを浮かべながら、こちらを見ていた。

「堂本君じゃーん? こんなところで何してんのよ?」

「……」

 僕は、顔を背ける。

 こんな日に、嫌な奴らに会ってしまった。

 そう思った。

「おいおい」

 そいつがふざけた口調で言い、僕の首に腕を絡めてくる。

「随分と格好いい服着て、何処かへお出かけかーい? へへ、それなら一緒に行こうぜ?」

「……付いてくるな、離せよ」

 僕はそいつの手を、ばっ、と振りほどこうとした。

 だけど……

 そいつが更に強い力で、僕の首に腕を回してくる。

「おいおい、そういう態度はいただけないなあ、折角休日に会えたんだ、ちょっとくらい、俺らとも遊んでくれよ?」

「……そんな時間は無いんだよ」

 僕は、そいつの顔をきっ、と睨み付けて言う。

 そうだ。

 こんな奴らに構っている暇は無い。

 僕は……

 僕は今日……

「そんなこと言うなよ、どうせ……」

 そいつが、にやり、と笑う。

「どうせ、高里弥生なら来ないぜ?」

「……え?」

 そいつの言葉に、僕は……

 僕は、きょとん、とした顔をそいつに向ける。

「……ど どうして……?」

 僕は問いかけてから、しまった、と思った、それでは今日、弥生とここで待ち合わせをしている事を知らせるようなものだ。

 いや、だけど……

 だけどこいつらは既に……

「どういう事だ!?」

 僕は、叫ぶ様に問いかける。

「おいおい」

 その怒声に、そいつは顔をしかめた。

「お前、それが人様にものを聞く時の態度なのか、なあっ!?」

 そのまま……

 ぼすんっ!! と、腹に拳がめり込む。

「うぐ……」

 僕は呻いた。

 倒れそうになるけれど、あの時の教室と同じで、そいつが首に腕を回しているせいで倒れられない。

 そして……

「弥生なら、来ねえよ、へへへ……」

 そいつが、ヘラヘラと笑って言う。

「……っ」

 僕は、顔を上げてそいつらを睨んだ。

「……お前ら、弥生に何かしたのか……?」

 問いかける。

 そうだ。

 それくらいしか考えられない。

 そうに決まっている、こいつらが弥生に何かしたのに違い無い、そうで無ければ説明がつかない……

 だけど……

「おいおい、失礼だなあ?」

 そいつが、下卑た笑顔で言う。

「俺らは、何もしてねえよ、ただ……彼女が自分で言ったのさ、『今日は行かない』ってね」

「……そんなの……」

 嘘だ。

 僕は、そう叫びそうになった。

 だけど……

「だったら、ほら、これ見ろよ」

 そいつが言いながら、すっ、と。

 僕の目の前に、スマホを差し出して来る。

 そして……

 その画面に、表示されていた文字。

 それは……


『今日は、行かない』


「……っ」

 たったそれだけの……

 短い、言葉……

 そいつにあててのメッセージ……

「……」

 僕は、言葉を失う。

 彼女は……こいつらとも連絡先を交換していた? いや、もしかしたら前から?

 頭の中に、じわじわと……

 じわじわと、暗い思考が浮かんで来る。

 まさか……

 まさか、最初からこいつらと、彼女は……?

 そうだ。

 考えて見れば……

 こいつらの言う、僕との『お遊び』を、あんな形で邪魔をした。

 そんな奴を、この連中が黙って見過ごすはずが無い。

 それなのに、こいつらは彼女に対して何もしていなかった……

 それは……

 それは……

 最初から……

 最初から……こいつらと『彼女』は……

 裏で……繋がっていた?

 そう考えれば、説明が付く。

 そして今まで……彼女が何もされなかったのも?

 全部……こいつらと彼女が、手を組んでいたから?

 そして……

 そして今日……

 ここに、僕がいる事を知っているのは、僕と彼女だけだ。彼女が教えなければ、こいつらはここに、しかも待ち合わせ時間ジャストに来るなんて、出来るハズが無い……

 つまりは……

「……お前らも、『彼女』も、最初から……」

 僕の呟きに、そいつはニヤニヤと笑うだけだ。

 ああ……

 僕は、心の中で呟いた。

 裏切られた。

 騙された。

 罠だった。

 嘘だった。

 そういう『事実』が、頭の中に染みこんでくる。

 胸の中に、落ち込んでくる。

 だけど……

 だけど……

 僕の心には、それほどのショックは無かった。


 また、か……

 僕は、何処か達観した気持ちで、そう呟いた。

 何を、期待していたのだろう?

 何を、勘違いしていたのだろう?

 何を、喜んでいたのだろう?

 結局……

 結局、今までと……

 今までと、何も変わらないじゃないか。


 僕は……

 いつもの三人に、またいつも通りに殴られ、アスファルトの上に倒れながら……

 ぼんやりと、そう思っていた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] えぇ~っ!?本当に????本当に弥生ちゃんがいじめっ子達と繋がってたの!? ウッソやろ……信じたくない……。 いや、これは酷い……トラウマになるわ(;´・ω・) 雅志くんがもう誰も信用でき…
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