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戦争と兄妹  作者: KAIN
第三章:過去と兄妹
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第二十六話

 それから……

 僕の毎日は、劇的に変わった。

 否。

 僕の生活は、基本、ほとんど変わっていなかった、僕は相変わらず、あのクラスメイト達に暴力を振るわれ、クラスのみんなにも無視され続けていたし、教師も誰も、それを助けようとはしない。

 そして僕は、いつものように床に這いつくばっていた……

 だけど……

 そう。

 だけど、だ。


 放課後。

 僕はふらふらと身体を起こし、椅子の背もたれに掴まりながら立ち上がる。まるで産まれたばかりの子鹿だ、と思った。

「……まるで産まれたばかりの子鹿ね」

 そんな声が、近くで聞こえる。

「……僕も……」

 椅子にストン、と腰を下ろしながら、僕は苦笑いした。

「今、そう思っていたところさ……」

 そのまま、声をかけてきた相手の方を見る。

「……弥生」

 その言葉に……

 弥生は、軽く笑った。


 僕と、高里弥生は、あれから仲良くなっていた。

 教室の中では、今まで通りに振る舞っていて良い、と、僕から彼女に頼んだ事もあって、教室の中での彼女は、僕に全く関知しない、あの時みたいに、嘘をついて僕を助ける、という様な事も、しなくて良いと言ってあるので、そういう事も無い。

 僕も、教室で……普段、あいつらがいる時には、彼女の方を極力見ないようにしていたし、彼女に話しかけもしなかった。あいつらに……彼女と仲良くなった事かバレるのだけは、どうしても……

 どうしても、避けたかった。

 それをネタに、また虐められるし、彼女にも何かされる可能性がある。

 だから僕は、彼女の事を誰にも言わなかった。


 因みに、妹や両親にも、彼女の事は話していない、特に妹には言えない、あいつは僕が、他の子、特に異性と話をしていると、途端に不機嫌になるのだ。

 だから……僕と彼女は今のところは、みんなに内緒の『友達』というところだ。

「……大丈夫なの?」

 弥生が心配そうに声をかけてくる。

 僕は頷く。

「もう慣れたよ」

 そう。

 それは嘘じゃ無い。

 この中学に入学してから、ずっと毎日こういう目に遭って……

 そのおかげで、あいつらが何処を殴ってくるか、僕がどういう反応をすれば、奴らが満足するか、すっかり解る様にもなってきた。

 僕はそれに合わせて、痛がったり、呻いたりすれば良い、まあ、実際にはもの凄く痛い事の方が多いけれど……

「……」

 いずれにしても、もう……

 もう、平気だ。

 それに今は……

「……君だって、いてくれるしね」

 その言葉に……

 弥生は、一瞬頬を赤らめる。

「……」

 僕も、少しだけ……

 少しだけ、頬を赤らめて俯いた。


 (たか)(ざと)(やよ)()が好きだ。

 そう、僕ははっきりと解った。

 そう思うくらいの事は……

 そう、言葉に出すくらいの事は……

 まあ、許されるだろう。僕みたいな人間にだって、誰かを好きになる権利くらいはあるはずだ。

 彼女のどんなところが好きになったのか? そう聞かれれば、胸を張って言える。

 彼女の笑顔が、好きだ、と。

 だけど……

 だけど……

 まだ僕は……

 それを……

 それを、彼女に直接口に出して伝えてはいなかった。

「……」

 僕みたいな人間が、異性に告白だなんて……

 そんなの、彼女にだって迷惑じゃないか? 僕は勉強も出来ないし、運動も出来ない、特別な才能、例えば絵画だとか音楽だとか、そういう才能も無い。

 取り柄と呼べる様な要素が全く無い、平凡な人間。

 それが、僕……

 (どう)(もと)(まさ)()、という人間なのだ。

 そんな人間が……

 そんな人間が……彼女に対して……

 自分の『恋人』になって欲しい、だなんて……

 そんな言葉……

 そんな言葉は……

 口にしてはいけない。

 そんな気がする。


 だから僕は、彼女に自分の想いを打ち明けるつもりは……無かった。

 その代わりに……

「ねえ」

 彼女が、声をかけてくる。

「この前話したあの映画、観た?」

「ああ……」

 僕は頷く。

 正直なところ、彼女の好きな映画というのは、いかにも王道な純愛物、という感じで、僕にはあまり趣味が合わなかった、僕はやっぱり映画と言えば、派手に戦ったり、アクションがある方が好きだった、だけど……

 彼女は多分、そういうものは嫌いだろう……

 だから僕は、彼女に自分の趣味の事はほとんどと言って良いほど教えなかった、ただ、映画をよく観る、と伝えただけだ。

 そしたら彼女は、次々と自分が好きな映画を紹介してくれた、今、やや興奮気味に語っている映画も、そうして薦められたものの一つだ。

 そうして、自分の好きな映画について語る彼女の顔を見るのも、僕は好きだった。そういう時、彼女は本当に、嬉しそうな顔をする。

 そう。

 こうして放課後、みんなに知られないように……二人きりで、教室で会って、色々な事を話して、校門が閉まるくらいの時間になって帰宅する。

 それで……

 それで僕は……

 十分に、満足だった。

 十分に……幸せだった。

 それだけで……

 良い。

 そう、思っていたのだ。

 本当に……

 だけど……


「あの、さ」

 弥生が、はにかんだ風に言う。

「ん?」

 僕は、彼女の顔を見る。

「……今度、その、教えた映画の……新作が、駅前の映画館で上映になるの……」

「……え?」

 僕は、きょとん、とした顔になる。

 それは……

 それは、まさか……?

「一緒に、観に行かない?」

「……」

 僕は、言葉を失う。

 それは……つまり……

「で でも……」

 僕は、おずおずと口を開く。

「僕なんか、で、良いの?」

 途切れ途切れに問いかける。

 彼女は……

 その問いに……

 ゆっくりと……

 ゆっくりと、頷いた。

「……う うん……貴方と、観に行きたい」

 僕は……

 僕はその言葉に……

 あんぐりと、口を開けた……

 それは……

 それはつまり……

「……」

 僕は、目を閉じる。

 今まで……

 僕には、誰一人、いなかった。

 両親と、妹はいてくれるけれど……それ以外の人間は、誰一人……

 僕の側にいなかった。

 寂しくなんか無い。どうせ他人なんか、すぐに自分を裏切るのだ、みんなが……

 みんなが、僕をそうして裏切っていった。

 だから僕は、他人を信じるのを止めた。

 そのはずだ。

 そのはず、だった。

 だけど……

「……」

 もう一度……

 もう一度だけ……

 他人を、信じてみようか?

 僕は……

 僕は、そう思った。

 そして……

 ゆっくりと、目を開ける。

「良いよ」

 僕は、はっきりと。

 はっきりと、彼女に告げた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] すごく素敵な関係になれていると思います! 雅志くんだって、自分のせいで弥生ちゃんがいじめられるのは耐えられないと思うし、陰で力になってくれるだけでもありがたいですよね(*'ω'*) しかも…
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