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戦争と兄妹  作者: KAIN
第三章:過去と兄妹
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第二十四話

 休み時間に、僕は思わず席を立っていた、がた、と椅子が動いたけど、誰も気にしない、いつも僕に絡んで来る連中も、何故か何もしては来なかった、理由はわからないが、絡まれないならチャンスは今しか無い、そう思った。

 そのままおぼつかない足取りで教室を歩く。考えてみれば、自分からクラスメイトに……

 他人に近づくなんて、随分と久しぶりのことだ。

 『彼女』の席は、教室の一番右の端。

 何をするでも無く、誰かと喋るでも無く、ぼんやりとした顔で窓の外を見ている、一体あの少女は……何を……

 何を、見ているのだろうか?

 僕は、そんな事を考えながらふらふらと歩き、少女の席の側に立った。

「……あの……」

 まともに他人、しかも異性と会話するなんて、これもいつ以来なのか、自分でもはっきりと思い出せない。

 とにかくどうにか、僕は最初の一言を絞り出すことが出来た。耳を澄ませていなければ聞こえないくらいに、その声は小さく、囁くようなものだったけれど……

 それでも……

「……」

 『彼女』は、ゆっくりとこちらを振り向いてくれた。

 僕は、安堵のため息をつきたいのをどうにか堪えた、むしろ大変なのはここからだ。

「……何か用?」

 ぼんやりとしていた僕に、『彼女』が嫌悪感すらむき出した表情で問いかける。

「……っ」

 僕は息を呑む。そうだ、何をぼんやりしている、まだ……

 まだ、何も聞いて無いじゃないか。

「な なんで……」

 僕は、あわあわと震えそうになる舌を、必死に回して少女に問いかける。

「なんでさっき、あんな事を言ったんだい?」

「……さっき?」

 『彼女』が、きょとんとした顔になる。

 何を聞かれているのか、本当に解らない、という顔だ。

「……さっき……」

 僕は、俯いた。やはり旨く言葉が出てこない、なんでさっき、僕が殴られている時に、『先生が来る』なんて嘘を言ったんだい? たったこれだけの事を聞くだけなのに、全くと言って良いほど口が動かない、言葉が……

 言葉が、旨く出てこない。

「……『先生が来る』って」

 僕は、ぼそぼそと言った。

「あんな嘘、なんで……」

 言ったんだ?

 そうだ。

 そんな事をして……

 僕を……

 僕を庇うようなことをすれば……

 下手をすれば……自分が……

 自分が、あいつらの標的に……

 僕は、『彼女』の顔をじっと見つめる。

 落ち着いた雰囲気の表情、少し目が大きく、くりくりとしている、少女マンガの主人公みたいだな、と僕は思った。

「……」

 『彼女』は僕の顔をしばらくの間じっと見ていたけど、ややあって、ようやく僕が何を言おうとしていたのか察したらしい、ふいっ、と顔を背けた。

「別に、大した事はしてないわよ」

 少女が言う。

「……あそこで五月蠅くされると、色々と集中出来ないから、言っただけ」

「……」

 何に集中出来ないのか、という事は、多分聞かない方が良い事なのだろう、人には、その人にしか解らないものがあると、僕は思っている。

「……貴方を助けようとかは、特に思って無かった」

「……」

 『彼女』が言う。

「だから、気にしないで」

「……」

 僕は黙り込んだ。

 彼女が、そんな気持ちで、あそこで僕を庇うような事をしたんだ、とは思っていない。

 否。

 思わないように、していた、というのが正しい、自分を庇ってくれる、優しくしてくれる、そんな人間は家族以外にはいない、少なくとも……

 少なくとも、今の僕の周囲には……

 僕は、そう思っていた。

 でも……

「……君が……」

 僕は、ぽつりと呟く。

「君が、声をかけてくれなかったら、僕はもっと、酷い事をされていた、と思う」

「……」

 『彼女』は何も言わない。

 黙って窓の外を見ていた。

 別にそれで良い、勝手に話をさせて貰おう。

「だから、ありがとう」

 僕はそれだけを短く告げた。

「……」

 少女は、ゆっくりと……

 ゆっくりと息を吐く。

「……名前も知らない人に、お礼言われても嬉しくない」

「……っ」

 少女の言葉に、僕は身体を一瞬震わせた。

 彼女が言った言葉の意味は解らない、『嬉しくない』という単語にだけ、何か自分は悪い事を、彼女に対して言ってしまったのか? と思ったからだ。

 だけど。

 『彼女』はこちらを振り返る。

 その顔には……

 何処か……

 何処か、優しい笑顔が浮かんでいる。

 そんな風に、見えた。

「貴方の名前、教えて」

「……っ」

 少女の言葉に息を呑む。

 名前、僕の名前……

「……堂本雅志」

 ぽつり、と囁くような声で言う。

 何で、そんな事が言えたのか。

 そして……

 何で、彼女の顔を直視出来ないのか。

 何で、彼女の声を聞いているだけで、耳が熱くなるのか。

 理由は……

 何となくだけど、解った。

 僕は……

 僕は多分……

 この瞬間に、彼女に恋をしたんだと思う。

 そして……

 俯きながらも、僕は……

 僕は……

 言葉を、絞り出す。

「……僕だって、名前も知らない人に、お礼を言うのは恥ずかしいよ」

 ちょっとだけ、ぼかした言い方をしたのは、照れくさかったからだ。

 彼女がどんな顔をしているのかは、僕には見えなかったけど、さっきみたいな笑顔だと思う。

 そして……

(たか)(ざと)(やよ)()

 少女の名前を、僕は……

 僕はしっかりと、耳に刻んだ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] すごく自然なかたちで弥生ちゃんとの距離を一歩近づけて良かったと思います! 今まで家族だけの世界(人間関係)だった雅志くんが、他の人に自分から声をかけられたのも素敵でした!
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