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戦争と兄妹  作者: KAIN
第三章:過去と兄妹
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第二十二話

 午前八時二十五分。

 リノリウムの床の上を歩くたび、足下で、きゅっ、きゅっ、と音がする。

 窓から差し込む陽光が、廊下の床に反射して、廊下全体が金色に輝いている。

 眩しい日差し、差し込んだ光のせいで、周囲の空気が暖まり、廊下全体が、優しげなぬくもりに包まれている感覚。

 爽やかな、朝の風景と言えるだろう。

「……」

 僕は……

 (どう)(もと)(まさ)()は……その爽やかな朝の廊下を……

 俯いて。

 そして……

 沈んだ表情で、ただ一人……

 ただ一人、とぼとぼと歩いていた。


 教室に到着する。

 僕は、ゆっくりと息を吐いて引き戸に手をかけ、がらり、と開ける。

 途端、沢山の生徒達の大声が耳に飛び込んで来た。

 笑っている声、大はしゃぎしている声、みんなが楽しそうにしている、みんなが……

 そうだ。

 みんなが、この教室の中では楽しそうにしているのだ。

 だけど……

 僕は、誰にも姿を見られない様に、顔を俯かせて教室に入った。

 みんな騒いでいて、こちらに反応しない。

 それで良い。

 それで良い。

 誰も……

 誰も僕に構うな……

 構わないでくれ……

 僕は、必死でそう願いながら、そっと自分の席に座ろうとした。

 だけど……

 その時……

 僕は、ふと、椅子の上に、朝日を受けて金色に輝く、小さい物が乗っている事に気づいて、足を止めた。

 それは……画鋲だった、沢山あってはさすがに気づかれてしまうと思ったのか、たったの一つだけ、ご丁寧に針の方を上にして、椅子の真ん中に置かれている、当然、この上に座れば、僕の尻に画鋲が刺さっていただろう。

 気がついて良かった。

 僕は小さく胸の中で呟いて、そっと画鋲を摘まんで持ち上げ、ポケットに入れる、後で適当に画鋲入れに戻せば良いだろう。

 そう思って、僕は椅子に座ろうとした。

 だけど……

 それよりも早く。


「おいおい」

 声がする。

「おいおい、おいおい、おいおいおいー」

 巫山戯た声。それと同時に……

 ぐいっ、と、背後から首に腕が回される。

「うぐっ……」

 僕は呻いた。

「俺様がせっかくプレゼントした『もの』を、なーに勝手に片付けちゃってるんだあ? 堂本君さあ?」

 そいつが、ぐぐ、と後ろから首を絞めて来る。

「……あんなのが……プレゼントなものかよ……」

 僕は、首を絞められながらも言う。

「はー……」

 そいつが、少しだけ楽しそうに言う。

 いつの間にか、正面に、大柄な男子生徒が二人並んでいた。

「てめえは、俺様からの折角の『プレゼント』を、『あんなの』とか言うのかい? それはそれは、ひどいなあ……堂本君は」

「ああ、ひどいな」

「ひどい、ひどい」

 二人の男子生徒が下卑た笑顔で言う。

 僕は、そいつらを睨み付けた。

「おいおい」

 その顔に気づいたらしい、後ろにいる奴が、小馬鹿にしたように言う。

「おまけに俺の友達に、なんつー怖い顔してるんだよ? なあ? 堂本君さあー?」

「あーあー、怖い怖い」

「怖いぞー、怖いー」

 その二人が言う。

 そして……

 ひひっ、と。

 後ろにいる奴が、喉の奥で笑う。

「そういう奴には……やっぱり……」

「ああ」

 大柄な男子の一人が言う。

「お仕置き、しないとなあ?」

 もう一人が言い、そして……

 そして……

 二人の拳が、同時に繰り出された。


 ぼすんっ!!


「うぐっ……」

 僕は呻いた。

 だけど、後ろから首を押さえられているから、倒れる事も出来ない。

 そのまま、更に拳を突き入れられる。

「……ぐふ……」

 僕は呻くけれど、相手は全く手を緩めない。

 クラスメイトの他の連中は、いじめっ子達が僕に絡んで、自分達の方に目を向けていないという事で安心し、誰もボクの事なんか助けようとはしない。

 さらに、拳が腹にめり込んだ、こいつらは決して、顔だとかは殴らない、跡が残って、自分達のしている事がバレてしまうからだ。

 そんな知恵だけは……回るんだ。

 それなのに……

 『虐め』は悪い事だと、こいつらは認識出来ない。

 そして……


「そろそろ先生来るよ!!」


 誰かの声。

 その声に、背後から僕の首を押さえている奴が、ちっ、と舌打ちした。

 そのまま、するっ、と首に回されていた腕が離れる。

 僕は、その場にどさり、と倒れた。

「……はあ……はあ……はあ……」

 息が、口から漏れる。

 だけど……

 倒れた僕の髪の毛を、誰かが上から鷲掴みにして頭を無理矢理持ち上げた。

 あの、後ろから首を押さえていた奴だ。

 そいつが、顔を近づけて言う。

「良いか、余計な事を担任にチクんじゃねえぞ? もしも喋ったら……」

「……」

 僕は何も言わない。

 どうせ、僕が言ったところで……

 担任は、それを信用しないのだろう。

 何故なら……

 僕の髪を鷲掴みにして、頭を持ち上げているこの男子生徒。

 僕の『虐め』の主犯格であるこの男子生徒は、親が文科省のお偉いさんか何かで、教師一人の進退くらいはどうとでも決められる。

 だから誰も、こいつには逆らわない、教師達ですら同じだ、一言二言、『そんな事をしてはいけない』とか何とか言って、それで終わりだ。今まで……

 今まで何回も、そういう事があったのだ。

「けっ!!」

 ダメ押し、と言わんばかりに、僕の頭を床にごん、と叩きつけて、そいつは、ずかずかと歩き去って行った。


「……」

 床に倒れたまま……

 僕は……

 僕は、目を閉じていた。

 そう。

 これが……

 これがこの僕……

 堂本雅志の、日常だった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 画鋲を使うなんてすごく陰湿だし、暴力とか最悪です!いじめてる方は、ただの「いじり」とか強めの「じゃれ合い」くらいの感覚なのかも知れないけれど、これは立派な犯罪!!(;´・ω・)
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