表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦争と兄妹  作者: KAIN
第三章:過去と兄妹
21/51

第二十一話

 爆発音が、響く。


 僕達が隠れている瓦礫のすぐ脇を、大小様々な大きさの金属の塊が、がらんっ、がらんっ、と大きな音をさせながら転がって行く……

「……」

 僕は……

 僕は……

 僕は、それを見ながら……

 そっ、と、瓦礫の影から身を乗り出し、車があった方を見た。


 車体が炎に包まれている、もはや一体、何処の部分がまともに残っているのかすらも解らないほどだ。

 あちこちに、鉄の塊が沢山飛んで行く、その中にはかなり大きな物も見える。

 そして……


 がらんっ!!


 一際大きな音が響き、細長い鉄の塊、どうやら車のバンパー部分とみられる鉄が、こちらに飛んで来る。

「……」

 僕は……

 僕は、それを……

 それを、黙って見ていた。

 そのバンパーが、どんどんこちらに近づいて来る。

 僕は、さらに身を乗り出そうとして……

 突然、背後から襟首を掴まれ、ぐいっ、と身体を引っ張られた。

 そのまま、背後にいる誰かの胸の中に、無理矢理抱き寄せられる。

 その直後……

 さっきまで身を乗り出していた位置を、あのバンパーが転がって行くのが見えた、あのまま顔を出していたら、あれがまともに顔面に当たっていただろう。

 ぎゅっ、と。

 首に腕を回され、抱きしめられる感触、大きな胸が後頭部に当たり、一瞬ドキリ、とした。

 僕は顔を上げて、そいつを見る。

 妹だ。

 僕の妹。

 堂本玲奈が、僕を抱きかかえていた。


 ややあって。

 爆音が治まり、飛んで来る金属の数も、大分少なくなって来た頃。

 僕は、未だに首に回されている妹の腕を、軽くポンポンと叩いた。もう離してくれ、という合図だ。

「えー……」

 妹が、不満そうな声をあげる。

「折角兄様を抱きしめていられるのだ、せめてもうあと五分くらい……」

「良いから離せよ、今はそういう事を言ってる場合じゃ無いだろう?」

 僕が呆れた様子で言うと、妹は、ふうう、とため息をついて、そのまま渋々、という様子で、僕の首に回していた腕を離した。

 僕は、ゆっくりと身体を起こす。

「仕方無いなあ、まあ……今は確かにそういう場合じゃ無いし、それに……」

 妹が、背後で言う。

 次いで。

 がしゃ、と、金属音が響く。

「っ!?」

 それは、もうすっかり馴染んでしまった音。

 銃の、撃鉄を起こす音だ。

 僕は慌てて振り返る。

「今は、『余計な奴』もいるからな、兄様と二人きりの空間を邪魔される前に始末しないと」

 その言葉と共に。

 妹が、例の少女に銃口を押し当てていた。


「お おい、玲奈……」

 僕は慌てて言うが、妹は無視して……

「兄様の優しさに感謝するんだな、あの爆発で死ぬところを、ほんの少し生き残る事が出来たんだ、満足だろう?」

 そのまま妹は、銃の引き金に手をかける。

「ちょ ちょっと待って、待ってよ……!!」

 少女が、慌てた様子で言う。

「わ 私は、知らなかったの、あれが……爆弾だなんて、ただ、ある人に、貴方達の車にあれを仕掛けろって言われただけなの」

 少女が慌てふためいて言う。

「そうか、だが、それがお前の命を助ける理由にはならないんだ」

 妹は、冷たく言い放つ。

「玲奈、待ってくれよ」

 僕は慌てて言う。

「その子は、嘘をついてる様には見えない、多分本当に、僕達を殺すつもりは無かったんだ」

 僕は言う。

 だが妹は、ふんっ、と鼻を鳴らした。

「それがどうした? 理由はどうあれ、この女は私達の車を破壊した『敵』だ」

「……いや、だから……」

 僕は言い縋る。

「それにな、兄様」

 妹が、僕の方を見る。

「兄様は、さっきからこの女の言う事を、どうやら本気にしている様だけど……こいつが本当の事を言っている、とは限らないんだ」

「……っ」

 その言葉に、僕は……

 そして、例の少女も、ぎょっとした様に息を呑む。

「……それは、つまり」

「わ 私が、嘘をついてるって言うの?」

 僕の言葉を、少女が引き継いだ。

「ああ、そうだ」

 妹は頷く。

「『命令された』なんていうのはでっち上げ、本当は全部がお前自身の意志でやっている事、もっともらしい事を言って、私や兄様の同情を引いて近づき、油断したところを本性を現して襲いかかる、貴様がそういう事を考える人間では無い、と何故言える?」

 妹は、はっきりと告げる。

「……そ そんなの……私は……」

 少女は言う。

 その様子を見て、妹はふん、と鼻を鳴らす。

「まあ、私も正直その可能性は低いと思っている、だけど……」

 妹は、銃口を少女の顔面に、より近づける。

「今は、僅かでも『危険』を感じる要素があれば、それを排除しない、というわけには行かない、それが……」

 それが……『戦争』なんだ。

 妹の言葉の続きは、聞くまでも無く予想出来た。

 そうだ。

 確かに、今は……

 今は、そういう状況なんだ……

 僕は、妹を止めたかった。

 だけど……

 今の妹の言葉に、何一つとして……

 反論出来る要素を、今の僕は持っていない。

 どうして……

 どうして、こんなにも僕は……

 僕は、弱いのだろう?

 自分が情けない、僕は、顔を上げて少女を見た。

 少女もまた、縋る様に僕を見ていた。

 また再び、少女と目が合う。さっきは遠くて、あまりはっきりとは見えなかった少女の姿が、今ははっきりと見える。

 この街でも偏差値の高いお嬢様学校の制服、チェック柄の赤いスカートに、赤いブレザー、その下には多分ブラウスを着ているのだろう、胸元にはやはり赤色のリボンがついている、とても可愛らしい制服。

 何処か落ち着いた雰囲気の顔立ち、やや大きめの瞳が印象的だ。

 腰まで伸びている黒い髪は、何処となく妹に似ている……

 そして……

 その顔には……

 やはり……

 やはり、見覚えがあった。

「……君……まさか……?」

 僕は、小さく呟く。

「……」

 少女も、僕を見て、目を見開いていた。

「貴方、もしかして……?」

 少女が言う。

「……(やよ)()、なのか?」

 僕は、問いかける。

 弥生。

 そう。

 彼女は……

 僕の、中学時代の……

「……ま 雅志、なの……?」

 少女。

 弥生が、驚いた様に言う。

 僕は……

 僕はその問いに、何と言えば良いのか解らず……

 黙って、弥生の顔を見ていた。

 だけど……

「知り合いか?」

 妹の声。

「ああ、僕の……中学の時の同級生だ」

 僕は、ぼそぼそと言う。

 そうだ。

 彼女の名前は……弥生。

 (たか)(ざと)(やよ)()

 僕の中学時代の同級生で……

 僕の……

 僕の……

「そうか」

 妹が、冷たい声で言う。

 そのまま、銃口をより一層弥生の額に近づける。

「お おい……」

 僕は声をあげるが、妹は眉一つ動かさない。

「玲奈、頼むから止めてくれ、彼女は……」

「私達を、殺そうとはしていなかった、という話なら、もう聞き飽きたぞ兄様」

 妹の言葉に、僕は黙り込んだ。

「どんな理由であれ、こいつは私達の車を壊して移動手段を奪った『敵』、それだけだ」

 妹が、銃の引き金に指をかける。

「……あ……う……」

 弥生が呻く。

 その顔が、どんどん青白くなっていく。僕は、妹を止めようと、手を伸ばそうとした。

 だけど……

 それよりも早く……

「……ひう……」

 弥生が、小さい声をあげながら、その場に……

 その場に、へなへなと仰向けに倒れ込んだ。

「弥生?」

 僕は声をかける。

 だが弥生は、その時もう……

 もう、その場に倒れていた。

「……」

 慌てて、手を伸ばして、弥生の身体を支えて起こす。彼女が倒れた理由は、すぐに理解出来た。

「……熱い」

 僕は、呟く。

「凄い熱だ!!」

 僕は、叫ぶ様に言う。

「早く医者へ連れて行かなきゃ、玲奈、手伝ってくれ」

 僕は妹に言う。

 だけど……

 妹は、まるでゴミでも見る様な目で、僕の腕に抱きかかえられた弥生を見ていた。

「玲奈!!」

 僕は叫ぶように言う。

「兄様、一体何を言っているんだ?」

 妹が言う。

「な 何って……彼女を医者に診せないと……」

「今この状況で、暢気に病院で働いている医者がいると思うか?」

 妹の、その言葉に……

 僕は、鼻白んだ。

「……そ それは……」

「それに、病院へ連れて行く、という事は、良いか? 街に戻るって事なんだ」

「……っ」

 その言葉に、僕はまた鼻白む。

 街に戻る。

 それは……つまり……

 僕を狙って、まだ大勢の人間がうろついている危険地帯に……

 自ら、飛び込もう、という事だ。

「……だけど……」

 僕は弥生を見る。

 今は、意識を失って倒れてしまっている……けれど、その顔は酷く苦しそうだ。

「こんな状態の、しかも女の子を放っていくなんて……」

 僕はもごもごと、小さい声で言う。酷く言い訳めいた口調になったけれど、そう思ったのもまた事実だ。

「……兄様」

 妹が、ため息と共に言う。

「なんでそんなに、この女を庇うんだ?」

「……っ」

 その問いに、僕は……

 僕は、息を呑む。

「それとも……」

 妹が、すっ、と。

 こちらに、身を乗り出してくる。

「そんなに大切なのか? この女は、兄様にとって……」

「……っ」

 僕は、妹の顔からわずかに身を退かせた。

「兄様」

 妹が、口を開く。

「答えてくれよ、兄様」

「……」

 僕は、何も言わない。

「この女は、兄様にとって、そんなに大切な相手なのか?」

「べ 別に、そういうわけじゃ……ただ、このままにして置くのは可哀想だからってだけで……」

 僕は、しどろもどろに言う。

「嘘だな」

 妹が言う。

「っ」

 僕は、びくっ、と肩を震わせた。

 嫌な予感が、胸の中に生まれる。

 まさか……

 まさか、こいつ……

 いや。

 そんなわけが無い。

 そんなはずは無い。

 こいつが……

 この妹が……

 『知って』いるわけが……

「兄様」

 妹が、言う。

 僕の顔を、真っ直ぐに見ながら。

 妹が、言う。

「私は、兄様が好きだ」

「……」

 紡ぎ出された言葉は……

 いつものこの妹の、巫山戯た言葉。

 だけど……

「兄様の事を、愛してる」

 だけど……

 その雰囲気は……

 明らかに、いつもとは違っている。

 そして……

 その表情も……

「兄様の物であれば、私は何だって愛おしい」

 すっ、と。

 妹が、手を伸ばす。

 白い、細い、妹の手。

 それが……

 それがまるで……

 獲物に音も無く食らいつく蛇のように……

 僕の、右頬に触れる。

「兄様のこの顔も、兄様のその瞳も、兄様の鼻も、兄様の口も、兄様の耳も、兄様の腕も、兄様の足も、兄様の身体も心も全てが大好きだ」

 言いながら……

 妹が、うっとりと僕の頬を撫でる。

「兄様の身体から出たものであれば、血だって、汗だって、涙だって私は大好きだ、それを口に入れることだって平気さ」

 にぃい……と。

 妹が、笑う。

 いつもの、穏やかな笑顔と、全く違う。

 横倒しになった三日月のように、左右の口の端を釣り上げた笑顔。

 大きく見開かれた目は、異様にギラつきながら、僕の姿を一瞬たりとも視界の外に出すまいと言わんばかりに、じっと僕を見据えている。

「兄様が今、何を思い、何を感じ、何を考えているか、何がしたいか、何をして欲しいか、何をしてほしくないのか……兄様はどうすれば喜んでくれるか、どうすれば笑ってくれるか、どうすれば私を好きになってくれるのだろう? そんな事ばかり、私の頭には浮かんでいる、兄様が好きだ、兄様が愛おしい、兄様が欲しい、兄様に笑って欲しい、兄様に幸せになって欲しい、兄様が、兄様を、兄様、兄様、兄様、兄様兄様兄様兄様兄様……私の中は常に兄様で一杯だ」

「お前……何言ってるんだよ?」

 さすがに気味の悪いものを感じて、僕は妹を引き離そうとした。

 だけど……

「もちろん」

 妹が、もう片方の手を伸ばし、僕の左の肩に手を乗せる。

「そんな大好きな兄様の事を、私は何だって知っている」

「っ!?」

 その言葉に……

 僕は……

 僕は……

 今度こそ……

 今度こそ、言葉を失った。

「兄様の好きな色、兄様の好きな食べ物、飲み物、兄様の好きな漫画やアニメやゲーム、兄様の好きな曲や歌手、得意科目に苦手科目、ああそれから、エッチな本を部屋の何処に隠しているのか、とかも……」

「……」

 僕は、何も言わない。

 言う事が、出来なかった。

 そして……

 妹が、言う。

「そしてもちろん……」

 にいぃ……と。

 妹が、更に口の端を釣り上げて笑う。

「兄様が中学時代に、どんな毎日を過ごしていたのか、とか」

 ちらり、と。

 妹が、弥生に視線を向ける。

「この女が、兄様に何をしたのか、とかも、なあ?」

「……」

 僕は、項垂れる。

 やっぱり……

 妹は、『知って』いた。

 『知って』いたんだ。


 項垂れて、弥生の顔を見ながら……

 僕は……

 僕は、思い出す。

 中学の頃の、毎日。

 弥生と、出会った時の事。

 僕が……

 僕が彼女に、初めて……

 初めて、恋をした時の事を……


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 作品冒頭から、過去に恋愛がらみの人間関係でトラウマになってしまうようなことがあったのは書かれていましたが、気になっていたそれがとうとう明らかになるんですね!(*'ω'*)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ