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戦争と兄妹  作者: KAIN
第二章:蜘蛛と兄妹
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第十八話

 男が、ばっ、と飛び退く。

 妹が手にしたナイフが、ぎらり、とこの暗闇の中でもはっきりと見える輝きを放っていた。

 さすがに、妹に狙われている最中、いつまでも僕を拘束しておく事は出来ないのだろう、その男が軽く右手を動かした瞬間、僕の首を圧迫していた例の感覚が、ふっ、と嘘のように消え去った。

「……が……は……」

 僕は呻いて、その場に膝をつく。

「う……ゴホゴホゴホゴホゴホゴホッ!!」

 何度も咳き込みながら、僕はどうにか……

 どうにか顔を上げ、妹と、あの男を見ていた。

 この暗闇も、目が慣れてくれば、誰が何処にいるのか程度の事は解る、妹は、いつの間にか僕を庇うみたいに、すぐ目の前に立っていた。

 一方、あの男の方も、少し離れた位置に立っている。

「……」

 僕は、まだ咳き込みながら、それを見ていた。

「大丈夫か? 兄様」

 妹が、のんびりとした口調で言う。

「……」

 僕は、何も言わない。というよりも、言う事が出来なかった。

 息が……苦しい……

 身体中がガクガクと震え、まともに立っていられない。

 このままでは……

「兄様……」

 妹が、小さい声で言う。

「私が合図したら、すぐに、そこの横の扉から外に出てくれ」

「……?」


 僕は、妹の顔を見る。

 だけど、妹はそれ以上は何も言わず、男に顔を向けた。

「随分と、私の恋人が世話になったな?」

 恋人じゃない。

 と言いかけたけれど、僕のその言葉は声にはならなかった。それに今は……

 今は、妹の言った事の意味を考えないと……

「……困ったねえ……」

 男が、ぽりぽりと頭を掻いて言う。

「たかが高校生のガキを一人殺して、金を貰ってさようなら、というはずが、一体何処からこんな事になっちまったやら……」

「残念ながら」

 妹が言う。

「その『高校生のガキ』の命を守るために、貴様らのような奴らを何人殺しても構わない、と考えている人間も、世の中にはいる、という事さ」

「うーん……予想外だ」

 男が言う。

「それにしてもお嬢ちゃん、君はあの爺さんの身体の爆弾で、粉々になったと思っていたんだが?」

 男が問いかける。

 確かに、そうだ。あの老人が、身体に巻き付けていたという爆弾……

 あれは、かなりの威力だった。だけど……

 僕は、ちらりと妹を見る。辺りが暗いせいで、あまり良くその姿は見えないけれど、少なくとも、妹は何処も怪我も何もしていない様子だった。

「ふん」

 妹は、鼻で笑う。

「あの老人が、爆弾を身体に隠している事はすでに気づいていたからな、爆破させるための装置も、大方お前が持っているのに違い無い、とも解っていた、ああ、ついでに言えばあの連中が、兄様と私を引き離す為の『囮』に過ぎない、という事も、私は最初から解っていたぞ?」

 妹は、鼻で笑って言う。

「それに……ついでに言えばもう一つ理由があってな……」

 妹が言う。

 だが……

 それよりも早く、男の手がすっ、と動いた。

「っ!!」

 妹も、それに気づいたのだろう、咄嗟にセーラー服のポケットの中に手を突っ込んで……

 その手が、ぴたりっ、と止まる。

「っ!!」

 僕は、息を呑む。

 妹が、何かをしようとしたのだろう。

 だけど……

 それよりも早く、男の放つ『紐』が、妹の手首か何処かに絡みついたに違い無い。

 妹の手が、ポケットに突っ込んだ不自然な体勢のままで固まっていた。

「……っ」

 僕は、喉の奥からヒューヒューと声を絞り出す。妹に、『大丈夫か?』と問いかけたつもりだけれど、それは全く言葉になっていなかった。

 そして……

 妹は、小さく笑う。

「……やるな……」

 妹が言う。

「そりゃあどうも」

 男が、下卑た笑顔と共に言う。

「だけど……残念だな?」

 妹が、また言う。

 小さく……

 少しだけ……

 少しだけ、バカにした様な口調で……

「……?」

 僕は、妹に目を向ける。

「ところで、あの老人に渡したという爆弾だが……」

 妹が、男に向けて言う。

「あれは、お前が作った物か?」

 僕は、妹のその言葉に眉を寄せる。今、そんな事が関係あるのか?

 男の方も、そう思ったのだろう、首を傾げる。

「……それが、今何か関係があるのか?」

「良いから答えろ、あれはお前が作った物か?」

 妹の問いに、男はまだ首を傾げていた、けれど……

「いいや、あれは俺が作った物じゃない、ある人物から『買った』のさ」

 その言葉に……

 妹は、ふっ、と小さく……

 小さく、笑った。

「そうか」

 妹が、言う。

 僕は、妹に目を向けたままだ。

「あの爆弾を、お前に売った『誰かさん』は、どうやら随分とずぼらな人間らしいな」

「……?」

 男が、怪訝な顔になるのが解る。

 妹は、にやり、と笑ったままで続けた。

「実はな、我が家の床下に、同じ様な爆弾が仕掛けられていたのさ」

「……っ」

 その言葉に……

 僕は思わず、息を呑んでいた。

 うちの……床下? そんなところに……?

「……」

 妹を見る。

 この『戦争』が始まる前。妹は、僕を無理矢理外に出かけさせようとしていた。その時妹は、『狭い家の中で分断されれば守れない』と言っていた。だけど……

 だけど……

 僕を無理に外出させた理由は……もう一つ……

 もう一つ、あった、という事か?

 妹は、そんな僕の心の中の言葉に気づいた様子も無く続けた。

「すぐに見つけて取り外した、ついでに起爆信号を解析して、同じ信号を発するリモコンをもう一つ造ってやったさ、多分、貴様があの老人に渡した物と構造も、そして作り手も同じタイプだろう、そして当然……」

 妹が、男の顔を見て言う。

「威力の方も、なあ?」

「……」

 まさか……

 僕は、息を呑む。

 こいつは……

 こいつは、その爆弾を……今……

「もしかしたら……」

 妹が、口を開く。

「貴様がさっき爆発させた、あの老人の持つ爆弾の起爆信号に一緒に反応して、誤作動で爆発してしまうかも知れない、という不安だけが唯一あったけれど、とりあえず杞憂に終わって一安心だ、ああ、安心してくれ兄様」

 妹が、こちらを振り返って微笑む。

「身体には、その爆弾は仕込んでいない、ふふ、何なら私の身体に触れて確かめてくれても良いぞ?」

 妹が、この暗闇の中でもはっきりと見える艶然とした笑みを浮かべるが。僕にはそれにどきり、とする余裕すら無かった。

 その爆弾は……

 それなら……

 今……何処に?

「……さて」

 妹は、男に向き直る。

「貴様には、兄様を苦しめてくれた礼をしてやらないと、なあ?」

 妹が言う。

 そして……

 ポケットに突っ込まれた妹の手が、ぐっ、と。

 微かに、動いた。

「……まさか……」

 つまりは、妹の言う爆弾を爆発させるリモコン、とやらは、あのポケットの中にこそあるのだろう。

 あの男は、『紐』で妹の手を絡めて、動きを止めたつもりだったのだろう……

 だけど……

 その時既に……

 既に、妹は……

 妹は……リモコンを手に掴んでいた。

 そして……

「……兄様」

 妹が、こちらをちらりと見て言う。

「……っ」

 僕は、息を呑む。

 あの男の『紐』から解放されて、どれくらいの時間が経過したのかは知らない。

 だけど……

 さっきまでの息苦しさは、いつの間にか治まっていた、まだ足腰はふらついていたけれど、それでも立ち上がる事くらいは……そして……

 かなり遅いけど、走るくらいは出来る……

 僕は、ふらふらと立ち上がる。

 そして……

 だっ、と。

 さっきまで、妹の戦いぶりを見ていた扉……

 そこから、工場の外へと駆け出す。

 そのまま、死体が横たわる正面の庭を、門の方まで走る。妹が、あの男を相手に話をしていたのも、あの男に腕をあえて絡ませたのも……全て……

 全て……僕が回復して、動けるようになるまでの時間稼ぎ……という事だ。

 そして……


 轟音が……

 さっきとは、比較にもならない激しい轟音……


 次いで……

 大地震の様な揺れが……

 台風のような勢いの爆風が……

 僕に、背後から襲いかかった。


 僕は……

 悲鳴を上げて、その場に俯せに倒れた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 玲奈ちゃんがすごい!カッコいいというよりも、恐ろしいくらいに強いし、駆け引きみたいなこともできて……ビックリです(; ゜Д゜) 雅志くんがずっと守ってもらって助けてもらってる感じがあって……
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