表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦争と兄妹  作者: KAIN
第二章:蜘蛛と兄妹
16/51

第十六話

「よう、坊や」

 警察官が、朗らかな口調で言う。

「……っ……っ……っ」

 僕は、声にならない声で呻きながら、その男を見ていた。

 首筋に手を当てる、だけど……

「……っ」

 何も……無い。

 首の表面の皮膚に手を触れる。けど……そこには何も無いのだ、首を圧迫される感覚は確かにあるのに……まるで見えない手で絞めつけられているみたいに、首を絞めている『もの』に触れる事が出来ない。

「……っ」

 だけど……

 それでも、首を絞められる感覚は、はっきりとある。

 苦しい……

 息が……

 息が、出来ない。

 僕は声にならない声で呻く。

 警察官が、にやついているのが、暗い中にいてもはっきりと見える。

「これで、賞金は俺が頂けるなあ」

 警察官の男が言う。

 僕は、ぶるぶる震える手を伸ばし、首を絞めている『何か』を掴もうとするけれど、やはり何にも触れられない。

「無駄だよ」

 そんな僕の動きを見て、警察官が小馬鹿にした様に言う。

「俺から逃れられた奴は、誰もいないのさ」

 男の言葉に、僕は……

 僕は……何も言えない……

「君みたいな、線の細い男の子は、結構嫌いじゃねえんだが……生憎だが、俺の趣味は若い女でねえ」

 ひひっ、と男が下品な声で笑う。

「みんな単純だよなあ? 警察官の格好だけしてれば、夜、街中で声かけても誰も警戒しねえんだよ、それで人気の無いところまで連れ込んでさ、きゅっ、と、な?」

 警察官。

 否。

 警察官の格好だけをしている男が、そう言ってまた品の無い声で笑う。

「結構楽しかったんだけど、残念ながらちょっとばっかり『殺り過ぎ』ちまってなあ、ヤバくなったんで、国外へでも逃げようと思ったんだが、生憎と金が無くてよお」

 男がにやにやして言う。

「そんな時に、ふと思い出したのさ……この国の『法律』を、ね」

「……」

 その男の言葉に、僕は思い出す。

 数ヶ月ほど前まで、テレビやネットのニュースを賑わせていた、連続殺人犯。

 被害者は全員、若い女性、職業にも、容姿にも、全く共通点は無い、とにかく若い女性であれば、無差別に狙って殺しているという話だった。

 凶器は、細長い紐状の『もの』、残念ながらそれが具体的にどんな物なのかは、警察の捜査でもまだ不明のまま。

 そして無論……犯人に繋がるような証拠も見つかっておらず、しばらくの間、若い女性達は恐怖に怯えていた。僕も妹に、帰りは注意するように、と言った事がある。

 しかしここ最近、事件はぴたりと収まっていた、犯人はまだ捕まってはいないけれど、女性達の警戒は大分緩んでいた。

 つまり……

 つまりは、こいつこそがその犯人、という事だ。

 そして殺しすぎて、ニュースなどで大々的に取り上げられるようになり、女性達が警戒し、夜出歩かなくなった事で犯行を控えた。

 そして今、国外へと逃亡する資金を稼ぐため、僕を殺して得られる『賞金』に目を付けた、という訳だ。

 あの狂った『殺人法』では、『賞金』のかけられた相手を殺した人間に関しては、経歴や職業は一切問わない、ホームレスだって公務員だって構わないし、本物の『殺人犯』でも良いのだ。

「……っ」

 つくづく、あの狂った『法律』が腹立たしくて仕方無い。

 だけど……

 その怒りを口に出す事も……

 今の僕には……出来ない。

 意識が……遠のいて行く。

 もともと真っ暗だった周囲が……さらに……

 さらに、暗くなっていく……

 見えない『紐』を掴もうとしていた手が、力無くだらん、と垂れ下がる……

「さて」

 男の声が、闇の中に響く。

「あの外にいる奴らの中によお、杖ついた爺さんがいただろう?」

「……っ」

 その言葉に、僕は思い出す。

 確かに……あの駅前広場に、そして外に集まった人々の中に、そんな老人がいた。

「あの爺さんは可哀想な人でよお?」

 男が下卑た声で笑いながら言う。

「何でも奥様が、何やら難しい名前の病気に罹っちまったらしいぜ? 手術にはとんでもない金額の金が必要だそうだ」

 朦朧とする意識の中でも、男の声は、はっきりと聞こえる。

「爺さんの年金じゃあ、どうすることも出来ない金額だ、それで目を付けたのが、あの『殺人法』さ、だけどあんな爺さんに、お前みたいな若い男を殺すのは難しい、しかもお前さんには、あんな怖え妹ちゃんがボディーガードについてるしなあ?」

「……っ」

 妹、という言葉を聞いた時。

 遠のきそうになっていた意識が、覚醒する。

 「だから俺がよお、ちょっとアドバイスしてやったのさ、俺があの怖え妹ちゃんを引き離すから……お前さんは、あの妹ちゃんを殺してくれってな」

 僕は……

 目を開けて、男を見る。

 男の手に、いつの間にか何か……

 何か、小さい物が握られていた。

 それは……ボタンの付いたリモコンの様な小さい機械。

「で、俺がお前を殺す、そうして得られた『賞金』は、あんたの奥様に少しだけ分けてやるってよ、それを信じた爺さんは、俺が渡した『もの』を、何の躊躇いも無く身体に巻き付けてくれたぜ?」

「……っ」

 僕は、息を呑む。

 あのリモコン。

 そして……

 こいつがあの老人に渡した『もの』。

 それが何なのか理解出来たからだ。

 僕は……

 ぶるぶる震えながらも……それでも手を伸ばして、そのリモコンを奪い取ろうとした、無論、届くわけが無い、それは解っている。

 それでも……

 それでも僕は、手を伸ばした。

「ほう?」

 男の目が細められる。

「気づいたか? あの妹ちゃんに守られるだけの、しょうも無いガキかと思ってたら、意外と頭良いんだな? だけど……」

 男がにやついて言う。

「もう遅いぜ、ひひっ……」

 男がせせら笑う。

 あのリモコンは……

 ややあって……

 男が、手にしたリモコンのボタンを……

 押す。


 かちり……


 小さい音が響く。

 そして……

 次の瞬間……


 轟音と爆発音が……

 工場全体を激しく揺らした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 杖のお爺さんは死ぬ覚悟ができてたったことかぁ……金目当てと一言でいっても、お金が必要な理由も事情も色々あるんですよね(;´・ω・)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ