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戦争と兄妹  作者: KAIN
第二章:蜘蛛と兄妹
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第十四話

「……ま……」

 声が、する。

 小さい、声。

 けれど……

 けれど、ずっと前から聞いて、知っている声。

「に……ま……」

 意識が、ぼんやりとしている。

 声が……あまり良く聞こえない。

 だけど……

「にい……」

 それでも、その声が、何度も……

 何度も、僕を呼ぶ。

 ああ……

 この声を……

 この少女を……

 僕は……

 僕は、知っている。

「にいさま」

 はっきりと……声がする。

 そして。

 それに答える様にして……

 僕の意識は、ゆっくりと……

 ゆっくりと、覚醒していく。


「……っ」

 僕は、はっ、と目を開けた。

「おはよう、兄様」

 妹が、にっこりと微笑みながら僕を見下ろしていた。

「……玲奈……」

 妹の名前を呼ぶ。そこで僕はようやく、妹に膝枕されている事に気づいた。

「お お前……人が寝てる間に……」

 僕は慌てて言う。顔が熱くなるのが自分でも解る、きっと頬も赤くなっているだろう、辺りが暗くて良かった。

「んー?」

 妹が、にこにこしながら可愛らしく小首を傾げた。

「照れること無いじゃないか、膝枕くらいで」

「……」

 僕は、ふいっ、と顔を背けた。

「……兄様」

 妹の声が、頭上から振って来る。

 その声は、僕を起こした時と違い、妙に固い雰囲気だった。

 つまり……

「……」

 僕は、妹の顔を見る。

「どうやら、敵さん達の中には、少々頭の切れる輩がいるようだ」

「……それって……」

 僕は呟く。

「……ああ」

 妹は、頷いた。

 そのままゆっくりと、顔を右に向ける。僕と妹が身を休めている支柱の右側……そこには、無明の闇が広がるばかり。

 だけど……


『ホントに、ここに逃げ込んだんだな?』

『ああ、車が入って行くのを見たってよ』

『このでかい扉、開けられないのかよ?』


「……」

 暗闇の向こう。

 恐らくはあの、閉じられた正面の大扉の前。

 そこに、大勢の人の声と足音が、響いていた。


「……」

 僕は、腕時計を見る。ここに来てから、どれくらい経過したのだろうか?

 発光ランプを押して時間を確認しようとしたが、すぐに意味の無い事だと気づいてぱたん、と手を下ろした、そもそもここに到着した正確な時刻を覚えていない。

 とにかく、妹の言葉からして、どうやら早々に、僕達がここに逃げ込んだ事は、僕の命を狙う連中に知られてしまった様だ。そして……正面にそいつらが集まっている、今は、そういう状況らしい。

 僕は、ゆっくりと身体を起こした。応戦するにしろ逃げるにしろ、いつまでも寝転んではいられない。

「兄様」

 妹が、静かな口調で言う。

 僕は、黙って妹の方を振り向いた。

「兄様は、ここにいてくれ、私が、連中を始末してくる」

「……始末……」

 僕は、小さく呟く。

 始末。

 つまりは……あの人達を……

 あの、駅前広場の人達みたいに……

「……僕にも……」

 僕は、気がつけば口を開いていた。

「僕にも、何か、協力出来る事は無いか?」

 問いかけてから、何を言っているのだろう? と思った。

 あの駅前広場でも、僕は自分の顔に銃が向けられたというのに、ほぼ何も出来なかったと言うのに……

 あの時は、まだ状況が理解出来なくて、身体が動かなかっただけだ。

 そんな言い訳が、一瞬頭の中に浮かんだけれど、だったら今なら、あの外にいる連中を相手に何かが出来る、というのか?

 僕は、自問した。

 否。

 答えは、すぐに出た。

 何も出来ない。

 出来る訳が無い。

 今の僕は……何も……

 何も、出来ない……

「……」

 妹に……守って貰うだけの……

 ちっぽけで、弱々しい存在。

 それが、今の僕なんだ。

 そう考えて、僕は俯いた。

「……兄様」

 妹の声がする。

「……」

 僕は黙って、顔を上げた。

「兄様は、戦いなんかしなくてもいい、戦うのは、私の役目だ」

「でも……」

 それじゃあ……あまりにも……

 あまりにも、情けない。

 僕は、そう言おうとした。

 だが、その言葉を遮るように、妹が軽く片手を上げる。

「もしも……」

 妹が言う。

「どうしても、兄様が協力したいというのなら、一つだけ、兄様に、して貰いたい事がある」

「何だ?」

 僕は問いかける。戦うなんて、正直なところ、怖くて出来ない。

 だけど……

 それでも、今から僕を守る為に戦う……

 つまりは……人を殺しに行く妹に、何か……

 何か一つでも、してやりたい。

 僕は、妹の顔を真っ直ぐに見た。

「これは、兄様にしか出来ない事だ」

 妹が言う。

「僕にしか……出来ない事?」

 僕は問いかける。

「ああ」

 妹は頷いた。

「兄様、ちょっと両手を出してくれ」

 言われるがままに、僕はすっ、と両手を前に差し出す。

「うむ」

 それを見て、妹は一つ頷くと、そっ、と僕の手首を握り、そのままゆっくりと僕の手を引いて自分の胸元へと持って行き……

「って、お おいっ!!」

 慌ててばっ、と妹の手を振りほどく。

「な 何をしてるんだよお前は!?」

 叫ぶ様に問いかける。

「何って……」

 妹は、きょとん、とした顔で僕を見る。

「兄様に『協力』して貰おうとしているんじゃないか?」

「そ それとお前のお 胸を触らせる事と、一体何の関係があるんだよ!?」

 さすがに『おっぱい』と言うのは憚られ、慌てて言い直す。

「何の関係があるのか、だと? 大ありだぞ兄様?」

 妹が言う。

「私は兄様に身体に触れられると、それだけで兄様に対する愛の力が溢れ出し、普段のおよそ7130倍の力が出せるようになるのだ!! さあ、解ったのなら兄様、その若き情欲の赴くがままに私のおっぱいでもお尻でも好きなところを思う存分いやらしく……」

 ぴしっ、と。

 妹の額を、僕は指で軽く弾いた。

「痛っ」

 妹が額を押さえて言う。

「あのな……お前、少しは状況を弁えろよ!!」

 僕は歯ぎしりと共に言う。こいつは……本当に今の状況が理解出来ているのだろうか?

 だけど……

「……」

 妹は、何も言わずに、僕の顔をじっと見つめていた。

「な 何だよ?」

 僕は、じっと顔を見つめて来る妹に、少し戸惑いながら問いかける。

「いいや」

 妹は、少しだけ笑って、首を横に振る。

「ようやく、いつもの兄様らしくなったな、と思ってな」

「……」

 その言葉に、僕は小さく呻いた。

「この工場に入った時は、死体が歩いていると思える様な酷い顔色だったぞ? 兄様」

「……」

 僕は、何も言わない。

「本当は、参っていたのだろう?」

「……」

 僕は、俯いた。

 突如として、大勢の人間に命を狙われる。

 その事態に、僕は……

 僕は……

「……ああ」

 僕は、素直に頷いた。

 とても……耐えられなかった。正直、妹がいなければ、こんな風に正気を保っていられたかどうかすら危うかっただろう。

「兄様」

 妹が、すっ、と僕の両肩に腕を回す。

 そのまま、優しく妹が抱きしめてくれる。

「私は、兄様の事が好きだ、兄様の事を愛している」

「……」

 僕はその言葉に、何も言わない。

「もちろん、こんな『戦争』の最中でも、それは変わらない、私は、兄様を必ず守り抜いてみせる、絶対に、兄様の側を離れないと約束する」

「……」

 僕は……

 僕はその言葉に……

 頷いた。

「だから、安心してくれ、兄様」

 すっ、と。

 妹が、僕の両肩から腕を離し、そして……

 そして、にっこりと微笑む。

 そのまま……

 そのままゆっくりと……

 妹が、目を閉じ、僕に……

 僕に、そっと顔を近づけて……

「……おい」

 がしっ、と。

 僕はその妹の顔を、手で押さえつける。

「何をしようとしてるんだよ? お前」

「何って……」

 妹は、僕の手から顔を離し、にっこりと笑う。

「兄様にキスをしようとしているんじゃないか? 良い雰囲気の中見つめ合う男女、もう少し明るくて、ムードのある場所だと良いのだけれど、兄様に私のファーストキスを捧げられるのならば、この際贅沢は言うまい、さあ、兄様」

 妹は言いながら、また目を閉じる。

「だーかーらー……」

 僕はぐいっ、と妹を引き離す。

「今の状況を弁えろって言ってるんだよ!! 僕は!!」

「むー……」

 妹が不満げに口を尖らせる。

「兄様のいけず……」

「五月蠅い、とにかく今は、この状況を何とかすることだろ?」

 僕は、ちらりと正面ゲートの方を見る。相変わらずそこには闇が広がるばかりだった。

 けれど……


『おい、中から声がしてるぞ』

『やっぱりいるんだな!?』

『出て来やがれ!!』


 怒声が響く。声やざわめきや足音も、さっきよりも増えている気がする。

「……」

 僕は、じっ、とその声がする方を見る。

「……やれやれ」

 妹が、軽く息を吐いて言う。

「仕方無いな……まあ、確かに、愛し合う男女が愛を育むのには、少々喧しくなってきた事だし……」

「誰も愛し合ってはいないし愛も育んではいない」

 僕は、ぴしゃりと告げる。

「そう照れることは無いじゃないか、兄様、私のおっぱいを触ろうとしたのに……」

「それはお前が勝手にやったんだろうが!?」

 さっきの事を思い出し、僕は両手をぶんぶん振り回して抗議した。

 妹は、そんな僕を見て、また少しだけ、安心したように笑う。

「兄様」

 妹が、優しく呼びかける。

「もう、大丈夫だな?」

 その言葉が、どういう意味なのかは、僕にも解る。

「……ああ」

 僕は、頷いた。

 いつまでも、怯えてはいられない。

 これは……

 これは、『戦争』なんだ。

 戦う力が無くとも……

 武器が無くとも……

 僕は、まさしくこの『戦争』で戦う『戦士』なのだ。

 僕は、妹にしっかりと頷きかける。

「ありがとう、玲奈」

 もう……迷わない。

 まだ少し、怖いけれど……

 僕は……

 僕は……

「この『戦争』を、生き延びる」

「ああ」

 妹は、その言葉に頷いた。

「……」

 僕も、そんな妹に軽く笑いかけた後……

 すっ、と、妹に向かって手を伸ばした。

「兄様……」

 妹が、僕のその手を見て、ずいっ、とわざとらしく胸を突き出して来る。

 僕は、その胸に向かって手を伸ばし……

 胸の膨らみに触れるか触れないか、という位置で、その手を上げ、妹の頭にぽん、と乗せた。

 そのまま、妹の頭を撫でる。

「……兄様?」

 妹が、僕の顔を見る。その目はまるで、死んだ魚みたいだった。

「……なんだ、これは?」

「何って……」

 僕は、にやりと悪戯っぽく笑う。

「お前が勝てるように、『協力』しているんだけど?」

 そう言いながら、僕はさらに妹の頭を撫でた。

「さっき自分で言ったんじゃないか? これでお前、普段の7000……何倍だか強くなるんだろう?」

「これではダメだ!!」

 妹が声を上げる。

「何でだよ? ちゃーんと、さっきお前が言った通り、僕の『手』で、お前に『触れて』いるじゃないか?」

 僕は、にやつきながら言う。

「……ぬぬぬ……」

 妹は、歯ぎしりしながら僕を不満げに見ていた。

 その口が動くよりも早く……


 ガーン!!


「っ!?」

 大きな音が、外から響いた。どうやらあの正面の扉を破ろうとしているらしい。

「……ふう……」

 妹が、ため息を吐く。

「仕方無い、今は、これで我慢しよう」

 妹は言いながら、すっ、とその場にしゃがみ込み、例のバッグの口を開け、何かを取り出した。

 それは……

 それは、銃だ。

 黒光りする拳銃……妹はそれを、しっかりと握りしめて、そのままゆっくりと歩き出す。「それじゃあ……」

 妹が、僕の方を振り返って言う。

「行ってくるからな、兄様」

「……」

 その妹に……

 何と声をかければ良いのか……僕には……

 僕には、解らない。

 そして。

 暗闇の中を歩いた妹は、あのゲートの横。

 多分、従業員達が出入りする為の扉があるのだろう、そこで足を止め、ノブを回して、そっと扉を開ける。

 そのまま……

 そのままゆっくりと……

 外に、出た。


「……っ」

 ほんの一瞬。

 扉が開けられた事で、周囲の暗がりが四角く切り取られ、光が差し込む。

 その光に一瞬、目がくらんだけれど、僕はすぐに……

 すぐに、そのまま歩き出した。

 目指す場所は……

 さっき、妹が出て行ったあの扉。

 僕はその扉の前に立つ。

 扉には、窓も無い、どうやら鉄製らしいその表面には、穴も開いていない。

 仕方無い……

 僕は、そっと扉を開ける。

 指も通らないほどの、小さい隙間だけを開け、外を見る。

 ……こんな事をすることが、危険な行為だ、という事くらいは、僕にだって解る。

 でも……

 でも……

 僕を守る為、妹が大勢の人を殺す。

 そして……

 僕には、それを止める術は無い。

 それが……この『戦争』なのだ。

 なら……

 ならせめて……

 妹の戦いを……

 そして……

 妹に、殺されてしまう人達……

 即ち……

 僕のせいで、殺されてしまう人達。

 せめて……

 その最期の瞬間。

 それを、しっかりと見届けよう。

 少なくとも、そうする義務がある。

 僕は……そう思った。

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 追手が来て、これからまた殺し合いが始まってしまう……そんな状況で雅志くんと玲奈ちゃんのコミカルでほのぼのなやり取りに、ちょっと心が救われました。 雅志くんも精神的にかなり参っていたと思いま…
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