第十話
僕と妹は、お互い手を繋いで、駅前広場を離れ、駅舎の近くにあるタクシー乗り場まで走った。
いつもなら何台ものタクシーが停まっているけれど、今は閑散としていて、たったの一台だけが停まっている。妹は、じっとそのタクシーを見ていた。
そして……
「兄様」
妹が、静かな口調で言う。
「そこに隠れていてくれ」
妹が指差したのは、乗り場の隅の方にある案内板だ。この近くにはバス停もあり、そこにバスの時刻表が書かれている。
「……お前は、どうするんだ?」
僕は問いかける。
「車を調達してくるのさ」
「……車って……」
僕は、小さく呟いた。
だが妹は、それ以上答えるつもりは無い、と言わんばかりに、例のバッグを開け、そこからまた別な銃を取り出した。僕は銃の種類なんてまるで解らないけれど、それでも、先刻、あの駅前広場で撃った物と比べても大きく、強力そうな銃だった。
妹はそれを、スカートのポケットに強引にねじ込み、そのまま微かに身を屈めながら、まるで猫の様に足音を忍ばせ、広場に停まっている一台のタクシーの方へと駆け寄って行く。
「……」
僕はそれを……
黙って、見ている事しかできなかった。
タクシーの運転席には、中年の運転手が一人、ハンドルを力一杯握りしめたまま、じっと座っていた。
その表情は険しく、何かを……
或いは……
誰かを……探している様子だった。
それが誰なのかは……解る。
多分……
多分……この僕、なのだろう。
一体……
一体、どうして……
僕が……
僕が、あんな風に……
考えても、答えはまるで出ない。
僕は、妹の方をじっと見る。
既に僕が考えている間に、妹はタクシーに近づいていた。
僕は、黙って妹を見ていた。
タクシーのボンネット近くまで来た妹が、そのままたんっ、と地面を蹴る。
そして……
その身体が、タクシーのボンネットの上にだんっ、と乗った。運転席の男の目が驚愕に見開かれるのが、離れていてもはっきりと見えた。
そのまま妹は、無言で銃を構える。
ようやく妹の手にした銃に気づいたらしい男が、あたふたと助手席のグローブボックスを開け、そこから拳銃を一挺取り出す。だが……
だーんっ!!
「っ!!」
離れていても、耳をつんざくような銃声が轟く。
タクシーのフロントガラスに、まるで蜘蛛の巣の様なヒビが入り、ばあっ、と赤黒い血がしぶく。
その血のせいでガラスが汚れてしまい、中の様子は見えなくなってしまったけれど、多分……
多分、あの運転手は……もう……
「……」
僕は、拳をぎゅっ、と握りしめた。
妹が……
僕の妹が……
人を……
「……」
ややあって……
妹は、車のボンネットから飛び降りると、運転席の方に回り込んで、銃のグリップ部分を、運転席の窓ガラスに向かって叩きつけた。
ガラスが割れる音が響き、運転席の窓が砕ける。妹はその砕けた窓から手を突っ込んで、運転席のロックを外し、がちゃり、とドアを開けた。
そして……
妹が、車内からずるり、と引きずり出したのは……
「……っ」
僕は、微かに息を呑む。
中年の、あのタクシーの運転手だった。顔が真っ赤になっている、妹が撃った銃の弾丸は、正確に頭にヒットした、というわけだ、一体、頭のどの部分に命中したのかは知らないし、考えたくもなかったけれど……
そのまま引きずり出した運転手の遺体を、妹はまるで、ゴミでも放り投げるように路上に投げ捨て、ひょいっ、と顔をこちらに向け、軽く手を振った。
もう出て来ても大丈夫、という事なのだろう。僕は、ふらふらと隠れていた案内板の影から顔を出す。
「ああ、兄様、バッグを持ってきてくれ」
妹が言う。
バッグ、例の銃が入ったバッグだろう、僕はそれを、黙ったままで持ち上げた。
「……っ」
ずっしりと重い。妹はなんでこんなものを軽々と持ち上げられるのだろう? そして……
そして何よりも……
僕は、バッグをちらりと見る。
最初に見た時と同じく、筒状の何かが沢山詰まっているらしい事が、あちこちの出っ張りで解る。
タクシーの方へと歩み寄る。
妹は運転席に乗り込み、ポケットから取り出したハンカチで、フロントガラスや、ハンドル部分に飛び散った血を、丁寧に拭い取る。僕は無言で車の横に立ち、それを見ていた。
「さあ」
ひとしきり周りを掃除し終えた後、妹がにこにこしながら言い、助手席のロックを外した。
「乗ってくれ、兄様、まずはコイツでここから離れよう」
「……離れようって……お前、車の運転なんか出来るのか?」
僕は問い掛ける。
妹はそれに、にこにこしたまま頷いた。
「習ったから平気さ」
「習ったって……」
僕は呟く。
一体、誰に?
そして……
僕の胸の中に、疑問が生まれる。
妹は……
コイツは……一体。
ちらりと後部座席を見る。例のバッグは、そこにちょこんと置かれていた。
あの銃もそうだ。一体……妹はどこから、どうやってあんな物を手に入れたのだろう?
「誰に?」
僕は問い掛ける。
だけど……
「さあ」
妹はそれに答えず、朗らかに言う。僕も助手席に座り、シートベルトを填めた。
「ドライブデートだ、兄様」
妹は、言いながらアクセルを踏み込んだ、ぐん、と圧がかかる。そのまま車が走り出す。
一体……
何が……
何が、どうなっているのだろう?
僕は、シートの背もたれに身体を預けながら嘆息した。
走り出した車が、大通りにさしかかった直後だった。
「いたぞーっ!!」
「っ!?」
怒声に、思わず僕は背後を振り返った。
リアウィンドウ越しに、さっきまでいたタクシー乗り場の方を見る。
大勢の人間が、集団でこちらに向けて駆けて来ていた、先頭にいるのは、さっきも広場で見たあの警察官だ。
その警察官が、銃を構えるのが見える。
遠いせいで、それほど大きくは無かったけれど、それでも発砲音が響く。
ぎんっ、と耳障りな金属音が響く。どうやら車体に弾丸は命中したらしい。
妹が、さらにアクセルを踏み込んだらしい、車のスピードが上がる。集まった人々が、どんどんと遠ざかって行く。
全員が……僕を……
僕を、見ている……
僕を……
殺そうと……している。
「……」
それは、一体何故なのか。
解らない。
僕には……
何も……
何も、解らない。




