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鎌田が「自宅まで送ろうか」と申し出てくれたが、耕太は遠慮した。彼と共に月舘家の前で車から降り、一反の畑のなかで月舘夫妻が野良仕事をしているのを眺めた。
「おう! 耕太じゃねえか!」
畑から野太い声が聞こえてくる。おはようございます、と返して、耕太は彼らに近づいた。少し話が聞きたかったのだ。月舘家とは物理的に家が離れているので、あまり顔を合わせる機会がなかった。それでも会ったときは、フレンドリーに接してくれるから、耕太はこの夫婦が好きだった。どちらも五十代半ば。人の良いおじちゃんおばちゃんだ。
彼らは畑の土をスコップで深く掘り起こしていた。
「もう野菜は植えないの?」
「植えないよ。寒いからな。春になるまでこうやって土を空気に晒して、害虫を殺すのさ」
おじさんが作業の手を止め、得意げに笑った。
「こうしておくと、強い微生物だけ生き残るのよ」
おばさんもニコニコしながら言った。
「あの、おじさんたちは家のリフォームとかした?」
耕太は話を切り出した。
鎌田の言う通り、「同時に騙して頃合いを見て工務店が倒産する」というのが彼らのやり口ならば、リフォーム詐欺にあったのは自分たち家族だけではないはずだ。
「リフォーム? やってないわよ」
おばさんがキョトンとした顔で答えた。嘘ではなさそうだ。耕太はちょっとがっかりした。
「お前のとこはやったのか?」
おじさんに切り替えされ、耕太は口ごもった。「うちはリフォームしようとして騙された」とは言い辛いものがある。耕太は違う質問で返した。
「日野の爺さんにリフォームを勧められなかった?」
「あーそれはあったな。今どきぼっとん便所なんて不衛生だよとか、台風が来たら家が飛ぶとか言われてな。金がないなら貸してやるからともなあ。『うちはやる必要ないんだよ!』 ってはっきり断ったけどな」
「そうそう。吹き飛んだらそれまでだと思ってるのよ。とうとうダメだってなったら引っ越すし」
ふたりの言葉を聞いて、耕太は感心した。ここまで割り切って考えているのなら、日野の爺さんの口車には乗らないだろう。
耕太は最後の質問を投げた。
「昨日、汲み取りの日だったよね。松田クリーンの作業員、態度悪くなかった?」
月舘家に対して、年配作業員がどんな態度をとったか知りたかった。
「おお、お前もそう思ったか? あいつら態度悪いよな。今年の夏は『くせえ』『きたねえ』って悪態吐いて」
「ねえ。『いまどきぼっとんなんて時代遅れだ』とも言ってたわよね」
やっぱり同じようなことを月舘家も言われていたのだ。
「でも今は大人しくなったぜ。俺が前に怒鳴ってやったからな。『ぐちゃぐちゃ言ってねえでちゃっちゃと仕事しろ!』ってな」
おじさんのドスの利いた声が、鼓膜に響いた。これが自分に言われた科白だったら、けっこうビビる。おじさんはガタイが良いし、笑っていないときは強面なのだ。
「怒るときはきっちり怒ってくれるから助かってるのよ」
おばさんが感謝の目つきで、おじさんの方を見た。
「おうよ。お前の代わりにいつでも怒ってやるよ。まかせとけ」
スコップを土にザクっと刺して、おじさんが豪快に笑った。